学位論文要旨



No 212354
著者(漢字) 中村,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,テツヤ
標題(和) ヒトB細胞に発現する免疫グロブリン付随分子(Ig-,Ig-)の解析
標題(洋)
報告番号 212354
報告番号 乙12354
学位授与日 1995.05.31
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12354号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 助教授 浅野,喜博
 東京大学 講師 北村,聖
内容要旨

 研究の背景:Bリンパ球上の免疫グロブリン分子(surface immunoglobulin、以下sIg)は抗原に対するリセプタ-(B細胞リセプター、以下BCR)として体液性免疫において根幹的役割をはたしている。1988年にHombachたちは、弱い界面活性効果を持つdigitoninでBリンパ球の膜タンパクを可溶化することにより、sIgに物理的に付随する分子(免疫グロブリン付随分子)が存在することを初めて明らかにした。その後の研究で、この付随分子はシステインを介して共有結合する2つの膜タンパク(Ig-、Ig-)で構成され、sIgの膜発現のための補助分子として、また細胞質内へのシグナル伝達分子としての機能を果たすと考えられている。

 私は、各分化段階のBリンパ球でのBCRを介した活性化機構の解析および抗免疫グロブリン付随分子抗体による体液性免疫抑制の試みを目的に、まずIg-とIg-に対する抗体を作製することから本研究を開始した。以下に、抗体作製の方法、それを用いて解析したBリンパ球分化におけるIg-の発現、免疫グロブリン付随分子の生化学的特徴、免疫グロブリン付随分子を介したシグナル伝達の解析、抗Ig-抗体による体液性免疫抑制効果の検討結果を考察した。

結果と考察:1.抗免疫グロブリン付随分子抗体の作製について

 本研究を始めるにあたり、免疫グロブリン付随分子を解析する手段としてまず抗免疫グロブリン付随分子抗体を樹立することを試みた。Ig-に対しては2つのモノクローナル抗体CB3-1、CB3-2を得ることが出来た。この抗体は細胞外ドメインのエピトープを認識し、免疫蛍光染色、免疫沈降、Western blotで使用できるばかりでなく、Ig-を架橋しBリンパ球を活性化できる点で有用な抗体であった。これに対し、Ig-に対しては、3種類の異なる部位の合成ペプチド、大腸菌で発現させたリコンビナントIg-を抗原として抗Ig-抗体の作製を試みて来たが、CB3-1、CB3-2と同様の活性を持つモノクローナル抗体は得られていない。本論文で使用したウサギ抗リコンビナントIg-血清はWestern blotにおいてSDS変性させたIg-を認識したが、免疫蛍光染色、免疫沈降ではIg-を認識出来なかった。

 現在までのところ、ヒト免疫グロブリン付随分子の細胞外エピトープに対する抗体はCB3-1、CB3-2以外得られていない。本論文では、この抗体を用いることにより免疫グロブリン付随分子の生化学的特徴・機能に関するいくつかの新たな知見を明らかにした。

2.B細胞分化におけるBCRの構造と機能

 A.未熟Bリンパ球はIg-よりもIg-を過剩に発現している可能性がある:前述のCB3-1,CB3-2を用いることにより、Ig-の発現はpro-Bの段階から細胞質で始まりHCの膜発現と同時に細胞膜上に現われること、HCとIg-の膜発現量は厳密な相関関係にあることが明らかとなった。これに対し、Ig-のタンパクレベルでの発現はIg-のそれより早期に起こり、IgMとIg-の膜発現量の間には相関関係が認められないことが報告されている。sIgMの量はpre-BからBリンパ球に分化する過程で増加していくわけであるが、この結果はその際にsIgMとIg-の分子数比は常に一定であるのに対し、sIgMとIg-の比にばらつきがあることを意味する。 従って、BCRすなわちsIgM・Ig-・Ig-複合体の構成(分子数比)を考えた場合、sIgM:Ig-比はどのBCRでも一定であるのに対し、Ig-に関しては相対的にIg-の過剰なBCR、過小なBCRが存在し、未熟Bリンパ球のBCRにおいてはIg-がIg-に比し相対的に過剰に発現している可能性が示唆された。

 B.免疫グロブリン付随分子を介したBリンパ球の活性化は未熟Bリンパ球においてIg-優位で、成熟Bリンパ球においてIg-優位である:本論文において、Ig-を介したBリンパ球の活性化は成熟したBリンパ球においてのみ認められることを示した。抗Ig-抗体は主に未熟Bリンパ球を活性化し成熟Bリンパ球に対しては無効であることが報告されているが、抗Ig-抗体は逆に未熟Bリンパ球に対し無効で、成熟Bリンパ球に対しより効果的であった。この事実は、Ig-、Ig-を介したBリンパ球の活性化がその分化段階により異なることを示唆するものであり、上記Aで述べたIg-、Ig-の量的な差異を反映している可能性がある。

 C.Ig-、Ig-の分子量・分子数はBリンパ球の分化段階、sIgのアイソタイプにより多様性がある:pre-Bリンパ球と成熟Bリンパ球のHCに付随するIg-とIg-の分子量には明瞭な差異が認められ、この分子量の違いは糖鎖修飾の違いによるものであった。一方、成熟Bリンパ球の各アイソタイプに付随するIg-のバンドはHCでは明瞭に、HCではやや不明瞭に認められたが、HCに付随するIg-はそのバンドを同定出来なかった。その理由としては HCはHCと同様の分子量の大きな(糖鎖の多い)Ig-を付随しており、それがHCの分子量とほぼ同じで単独のバンドとして検出できなかった可能性が高いと思われた。一方、Ig-に関しては1、2、3HC全てでその存在が明らかで、その分子量には本文表4に示すような多様性が認められた。また、Ig-のバンドの濃さは1、2、3HCにおいてHCに較べ明らかに薄かった。その理由についてはいくつかの可能性が考えられたが、フローサイトメーター上HC陽性末梢血Bリンパ球のIg-の発現量がHC陽性Bリンパ球よりも少なかったことを考慮すると(本論文図9)、HC以外のアイソタイプには少数のIg-しか付随しないことが推察された。

 D.Ig-・Ig-ヘテロダイマーとsIgの結合親和性はsIgのアイソタイプにより異なる:本論文で、Ig-・Ig-ヘテロダイマーとIgMの結合はNP-40の存在下においても部分的には保たれるのに対し、IgDのそれは完全に失われることを示した。このことは、IgMとIg-・Ig-ヘテロダイマーとの結合親和性がIgDのそれよりも強いことが示唆する。

 抗原のsIgへの結合はsIgの構造変化としてIg-・Ig-へ伝達されるが、その際sIgとIg-・Ig-の結合親和性の違いはシグナル伝達の効率の違いとして反映されるものと考えられる。また、sIg1分子あたりのIg-・Ig-の分子数に多様性があれば、仮に同一の強さのシグナルがsIgから伝えられても、ある場合はIg-優位のある場合はIg-優位のシグナルが細胞質内に入ることになる。Ig-、Ig-各々に接続する細胞内シグナル伝達系は異なっていることが知られており、sIgからの同一のシグナルが結果的に細胞質内へは量的・質的に異なったシグナルとして伝達されることが想像される。

 本論文で、B細胞の分化段階の違いおよびHCアイソタイプの違いにおけるBCRの多様性を示し得た。今後の課題として、Ig-、Ig-の多様性特にHC:Ig-:Ig-の分子数比をより定量的に明らかにすると共にその多様性がIg-、Ig-に接続する細胞内シグナル伝達系に質的、量的にどのような影響を与えるのかを具体的に検討していく必要があるものと思われる。

3.抗免疫グロブリン付随分子抗体による体液性免疫抑制効果の検討

 この機序として、i)抗免疫グロブリン付随分子抗体がBCRをdown-modulationさせ、Bリンパ球の抗原認識を阻害し、ii)同時に抗体産生細胞への分化を抑制することを想定した。i)に関しては、抗付随分子抗体が末梢血Bリンパ球のBCRの約80%をdown-modulationしたこと、ii)に関しては、PWMによるBリンパ球の分化誘導の系でIgG,IgM産生を著明に抑制したことで共に正しいことを証明し得た。実際に、破傷風毒素に対する抗体産生の系で検討したところ、抗原添加前に抗免疫グロブリン付随分子抗体を加えると著明な抗体産生の抑制が見られた。抗原添加24時間後に抗免疫グロブリン付随分子抗体を加えた場合はその効果が明らかでなかったことから、抗免疫グロブリン付随分子抗体による体液性免疫抑制は、抗原認識の阻害が主たる機序であるか、又は抗原認識・分化の阻害両者が相乗的に働いているものと考えられる。

審査要旨

 本研究では、Bリンパ球でのBCRの構造と機能を解析し、抗免疫グロブリン付随分子抗体による体液性免疫抑制を試みた。

1.B細胞分化におけるBCRの構造と機能

 Ig-の発現はpro-Bの段階から細胞質で始まりHCの膜発現と同時に細胞膜上に現われること、HCとIg-の膜発現量は厳密な相関関係にあることを明らかにした。これに対し、Ig-のタンパクレベルでの発現はIg-のそれより早期に起こり、IgMとIg-の膜発現量の間には相関関係が認められないことが報告されている。sIgMの量はpre-BからBリンパ球に分化する過程で増加していくわけであるが、この結果はその際にsIgMとIg-の分子数比は常に一定であるのに対し、sIgMとIg-の比にばらつきがあることを意味する。 従って、BCRすなわちsIgM・Ig-・Ig-複合体の構成(分子数比)を考えた場合、sIgM:Ig-比はどのBCRでも一定であるのに対し、Ig-に関しては相対的にIg-の過剰なBCR、過小なBCRが存在し、未熟Bリンパ球のBCRにおいてはIg-がIg-に比し相対的に過剰に発現している可能性が示唆された。

2.抗免疫グロブリン付随分子抗体による体液性免疫抑制効果の検討

 この機序として、i)抗免疫グロブリン付随分子抗体がBCRをdown-modulationさせ、Bリンパ球の抗原認識を阻害し、ii)同時に抗体産生細胞への分化を抑制することを想定した。i)に関しては、抗付随分子抗体が末梢血Bリンパ球のBCRの約80%をdown-modulationしたこと、ii)に関しては、PWMによるBリンパ球の分化誘導の系でIgG,IgM産生を著明に抑制したことで共に正しいことを証明し得た。実際に、破傷風毒素に対する抗体産生の系で検討したところ、抗原添加前に抗免疫グロブリン付随分子抗体を加えると著明な抗体産生の抑制が見られた。抗原添加24時間後に抗免疫グロブリン付随分子抗体を加えた場合はその効果が明らかでなかったことから、抗免疫グロブリン付随分子抗体による体液性免疫抑制は、抗原認識の阻害が主たる機序であるか、又は抗原認識・分化の阻害両者が相乗的に働いているものと考えられる。

 以上,本論文は免疫グロブリン付随分子の生化学的特徴、免疫グロブリン付随分子を介したシグナル伝達の解析、抗Ig-抗体による体液性免疫抑制効果を明らかにしたもので,Bリンパ球の機能の解析に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク