学位論文要旨



No 212358
著者(漢字) 秋山,剛
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,ツヨシ
標題(和) 滞日外国人における、発症までの在住期間に影響する諸要因についての研究
標題(洋) STUDY OF FACTORS EFFECTING PREMORBID INTERVAL OF RESIDENCE IN FOREIGNERS IN JAPAN
報告番号 212358
報告番号 乙12358
学位授与日 1995.05.31
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12358号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松下,正明
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 末松,弘行
 東京大学 助教授 中安,信夫
 東京大学 講師 磯田,雄二郎
内容要旨 目的

 わが国の国際化に伴い、日本に滞在する外国人の精神障害の報告かされてきている。しかし、これまでの研究は操作的診断に基づいておらず、また統計分析も記述的なものがほとんどである。

 本研究の目的は、発症までの在住期間に影響する様々な要因について分析することであり、発症までの在住期間が長いものは、vulnerabilityが低いものと考えた。

 検証されるべき仮説は、(1)本研究において調査された15要因は全体として発症までの在住期間に有意な影響を与えている、(2)15要因がとられている3領域はそれぞれ発症までの在住期間への影響に寄与している、(3)滞在状況データが、発症までの在住期間により大きな影響を与える、の3つである。また、vulnerablityと一般に有病率について定義されているliaiblityとの比較については、最後に考察した。

対象

 本研究の対象は、外国籍の一時滞在者であって、来日時には精神障害を呈しておらず、来日後に精神障害の病相の発現があり、1980年から1993年までの間に、東京大学医学部附属病院分院神経科、東京メディカルアンドサージカルクリニック、長谷川病院の3施設で、研究者により英語で面接を受けた103例である。一時滞在者は、勉学または就労を目的として、定まった居所を持って日本に滞在し帰国を予定する者とその家族と定義され、旅行者、定住者は除外されている。

方法

 発症までの在住期間は、来日から、精神障害のために臨床的関与を必要とした時点までの期間として定義された。DSM-IIIRの第二軸に人格障害が診断される者では、発症までの在住期間は第一軸の精神障害に対して定められた。

 発症までの在住期間への影響が分析された要因は、人口データ(性、渡航時の年齢、婚姻状況、国籍、教育程度)、滞在状況データ(渡航発端者との関係、社会経済的地位、所属機関型、日本語能力、過去の滞日歴、日本人親戚の有無)、病相データ(主診断、重複診断の有無、精神科既往歴、病相の重症度)の3領域からなる。

 統計的分析にはSASが用いられた。発症までの在住期間の分布の分析はUnivariateプロシジャ、他の研究との発症までの在住期間の分布の比較はx自乗検定、各要因の発症までの在住期間への影響の分析は(カテゴリー間の分布が等しくないためANOVAではなく)GLMプロシジャ、各要因内のカテゴリー間の発症までの在住期間の差の検定はFischerの最小有意差検定、をそれぞれ用いて行われた。

結果

 対象の主な記述的データを、表1に、発症までの在住期間の分布を表2に示した。

 発症までの在住期間を月数で表したAbsolute Premorbid Interval Of Residence(APIR)は、非常に高い正の歪度、尖度を示し、Shapiro-Wilk検定値は0.673と低く、正規分布に従っている可能性は棄却された。多変量解析では、目的変数が正規分布に従うことを前提とするため、APIRの対数、Logarithm of APIR(LPIR)の分布を調べると、Shapiro-Wilkの検定値0.970と、正規分布に近似した分布をしている可能性があった。以後の多変量解析はLPIRに対して行われた。(表3)

 GLMによる分析では、本研究の説明変数15要因全体は、全偏差平方の46.4%を説明し、F値2.82、0.1%の水準で、目的変数である発症までの在住期間と有意な相関を示した。(表4)

 各要因別の分析では、精神科の既往歴と婚姻状況が1%の水準で、年齢、所属組織型、過去の日本滞在歴が5%の水準で発症までの在住期間と有意な相関を示した。領域別では、人口データ、滞在状況データ、病相データはそれぞれ、全体の偏差平方の12.8%、16.6%、16.2%を説明しており、3領域がそれぞれ発症までの在住期間に影響を与えているという結果であった。(表5)

 最後に、各要因のカテゴリーの間で、発症までの在住期間の平均に差がみられるかを検討した。日本語能力のレベル3(勉強や仕事で日本語を使える)はレベル1(挨拶程度)に対し、主診断の感情病群はその他の群に対して、5%の水準で長い発症までの在住期間の平均を示した。婚姻経験群は未婚群に対し、教育程度のレベル2(大学卒業以上)はレベル1(それ以外)に対し、精神科歴で他の精神障害の既往のみの群は同じ精神障害の既往ありの群に対して1%の水準で、また、精神科歴の既往なしの群は同じ精神障害の既往ありの群に対して、0.1%の水準で長い発症までの在住期間の平均を示した。(表6)

考察対象の斉一性

 対象には、母国が英語圏でないものも含まれるため、国籍が英語圏のものとそうでないものとの間で、他の14要因の分布に差があるかを自乗検定で検討したところ、重症度と有意水準5%の相関を示したのみであった。(表7)

 また、データは14年間にわたって収集されているため、対象を初診年が1980年から86年-36名、87年から89年-32名、90年から93年-35名と群分けし、15の説明要因との関連を自乗検定で検討した。結果は、最近の群が日本語能力、日本人の親戚がいる割合がやや高かったが、ほかには有意な差は見られなかった。(表8)

発症までの在住期間の分布

 本研究で示された発症までの在住期間の分布を、これまでの報告と比較した。比較可能な研究として、一時滞在者群では、滞米日本人留学生(島崎ら)、パリ在住日本人(植本ら)、イギリスへの留学生(Copeland)、ドイツ滞在の外国人(Benkertら)、在日外国人救急例(江畑)などの報告がある。移民群では、イギリスへの移民(Gordon)、フランスへの移民(Pougetら)、ドイツへの移民(Lazaridis)などの報告がある。自乗検定では、本研究の発症までの在住期間の分布は、Benkertら、Lazaridisの報告とのみ有意差がみられた。(表9)

 本研究の発症までの在住期間の分布は、一時滞在者群、移民群についての多くの報告と有意差はみられなかった。発症までの在住期間については、まだ確定的な知見がなく今後の実証的な研究が望まれる。

15要因全体の影響

 表4に示したように、今回調査された15の説明要因は発症までの滞在期間に対し0.1%と高度に有意な水準で相関を示し、15要因が全体として発症までの在住期間に有意な影響を与えている、という第一の仮説は支持された。

3領域の影響

 表5に示したように、人口データ、滞在状況データ、病相データは、それぞれ発症までの在住期間の決定に寄与を示しており、15要因がとられている3領域がそれぞれ発症までの在住期間への影響に寄与している、という第二の仮説も支持された。

各要因の影響

 人口データのうち、性については、女性の精神症状の高さを報告する研究があるが、他の要因との複雑な関連を指摘する研究も多い。本研究では、性は発症までの在住期間に大きな影響を与えていなかった。年令についてのこれまでの知見は様々である。本研究では、年令は5%の水準で発症までの在住期間に有意な相関を示したが、カテゴリー間の差は明かでなく、意味付けは困難であった。婚姻状況については、これまで多くの研究が未婚群の脆弱性が高いことを報告しており、本研究の結果もそれを支持した。国籍については、本研究では英語を母国語とする国とその他の国の間では差が見られなかった。教育程度については、これまでの研究での知見に一致して、教育程度の高い群で発症までの在住期間が長かった。

 滞在状況データのうち、渡航発端者との関係は過去の報告がほとんどない。本研究では明瞭な影響は与えていなかった。社会経済的地位は、本研究では、大きな影響を及ぼしていなかった。所属組織型については、これまでの研究には、母国型にあたる群は含まれていない。本研究では、この要因は発症までの在住期間に5%水準で有意な相関を示したがカテゴリー間の差は明らかでなかった。この要因は日本文化への接触度を反映しており、今後さらに研究を進める必要がある。本研究では、日本語能力が高い者が低い者より、脆弱性が低いという結果で得られ、一般にいわれる言語習得の重要性を裏付けている。滞日歴や日本人親戚の有無にあたるデータは、これまで報告されていない。本研究では、滞日歴は、発症までの在住期間に5%のレベルで有意な相関を示したが、カテゴリー間の差は明らかではなかった。日本人の親戚の有無は、発症までの在住期間に余り影響を与えていなかった。滞在経験は今後さらに研究される必要があろう。

 病相データのうち、主診断の分布では、本研究ではこれまでの報告より、分裂病群の割合が低く、感情病群の割合が高い。感情病群がその他のカテゴリーより5%の水準で発症までの在住期間が長かったが、意味づけは難しかった。また、発症までの在住期間を群分けし、診断群との相関を自乗検定で検討したが、有意な相関は見られなかった。(表10)併発診断については、これまでの報告はない。本研究では、発症までの在住期間にほとんど影響を与えておらず、重複診断が単一診断より脆弱性が高いとは言えない結果であった。精神科歴については、渡航者のかなりの割合に既往があるという報告が過去にいくつか見られる。本研究では50%に同じ精神障害、10%に他の障害の既往があった。この要因は、全分散の9.6%を説明し、同じ精神障害の既往群と他の精神障害の既往群で1%、同じ精神障害の既往群と既往なしの群で0.1%のレベルで発症までの在住期間の差がみられた。この結果は、精神科の既往歴が発症までの在住期間に強い影響を与えており、同じ精神障害の既往は高い脆弱性を示すと理解される。重症度については、過去の研究の多くは入院例のみに基づいているが、本研究は精神療法のみの群から入院群までを含んでいる。重症型が早く発症しているとは言えなかった。

 これらをまとめると、精神科歴、婚姻状況はLPIRと有意な相関を示し、カテゴリー間の差も明らかであった。教育程度、日本語能力、主診断はカテゴリー間の差が見られたが、LPIRとの相関は有意ではなかった。滞日歴、年令、所属組織型はLPIRとは有意な相関を示したが、カテゴリー間の差が明らかではなかった。つまり、発症までの在住期間にもっとも一貫した影響を与えた因子は、渡日以前に存在していた因子であり、滞在状況データが、発症までの在住期間にもっとも大きな影響を与える、という第三の仮説は支持されなかった。

Vulnerabilityとliabilityとの比較

 本研究で示されたvulnerabilityに関する知見は、有病率を用いた他の研究と、既婚群、高教育群、高語学力群の精神衛生がよいこと、また、性、年令、主診断については、明確な傾向を示さないという点で共通していた。本研究では、特に精神科歴の影響が重要であることが示されたが、これは臨床的に理解されるところである。これらの知見から、発症までの在住期間によって示されるvulnerabilityと有病率で示されるliabilityのあいだには、ある程度の共通性があると考えられる。

まとめ

 (1)本研究で調査された15要因は発症までの在住期間に高度に有意な影響を与えている。

 (2)人口データ、滞在状況データ、病相データは全偏差平方のそれぞれ12.8%、16.6%、16.2%を説明し、発症までの在住期間にそれぞれが影響を示した。

 (3)滞在状況は発症までの在住期間により大きな影響を与えているとは言えなかった。

 (4)発症までの在住期間によって示されるvulnerabilityと有病率で示されるliabilityのあいだには、ある程度の共通性があると考えられる。

審査要旨

 本研究は、滞日外国人における発症までの在住期間に影響する様々な要因について分析した。外国籍の一時滞在者で、来日時には精神障害を呈しておらず、来日後に精神障害の病相の発現があり、1980年から1993年までの間に、東京大学医学部附属病院分院神経科ほかの3施設で面接をうけた103例について研究者による面接を行い、下記の結果を得ている。

 1.発症までの在住期間を月数で表したAbsolute Premorbid Interval Of Residence(APIR)が、正規分布に従っている可能性は棄却された。APIRの対数、Logarithm of APIR(LPIR)の分布は、正規分布に近似した分布をしている可能性があった。

 2.SASのGeneral Linear Modelプロシジャによる分析では、本研究の説明変数15要因全体は、全偏差平方の46.4%を説明し、F値2.82、0.1%の水準で、目的変数である発症までの在住期間と有意な相関を示した。

 3.人口データ、滞在状況データ、病相データは、それぞれ全体の偏差平方の12.8%、16.6%、16.2%を説明しており、3領域がそれぞれ発症までの在住期間への影響に寄与している、という仮説が支持された。

 4.各要因別の分析では、精神科の既往歴と婚姻状況が1%の水準で、年齢、所属組織型、過去の日本滞在歴が5%の水準で発症までの在住期間と有意な相関を示した。

 5.各要因のカテゴリーの間の、発症までの在住期間の平均に差については、日本語能力のレベル3(勉強や仕事で日本語を使える)はレベル1(挨拶程度)に対し、主診断の感情病群はその他の群に対して、5%の水準で長い発症までの在住期間の平均を示した。婚姻経験群は未婚群に対し、教育程度のレベル2(大学卒業以上)はレベル1(それ以外)に対し、精神科歴で他の精神障害の既往のみの群は同じ精神障害の既往ありの群に対して1%の水準で、また、精神科歴の既往なしの群は同じ精神障害の既往ありの群に対して、0.1%の水準で長い発症までの在住期間の平均を示した。

 6.本研究で示されたvulnerabilityに関する知見は、有病率を用いた他の研究と、既婚群、高教育群、高語学力群の精神衛生がよいこと、また、性、年令、主診断については、明確な傾向を示さないという点で共通していた。本研究では、特に精神科歴の影響が重要であることが示されたが、これは臨床的に理解されるところである。これらの知見から、発症までの在住期間によって示されるvulnerabilityと有病率で示されるliabilityのあいだには、ある程度の共通性があると考えられた。

 以上、本論文は103名の一時滞日外国人群において、調査された15要因が発症までの在住期間に高度に有意な影響を与えること、人口データ・滞在状況データ・病相データは、発症までの在住期間にそれぞれが影響を示すこと、滞在状況データは発症までの在住期間により大きな影響を与えているとは言えないこと、発症までの在住期間によって示されるvulnerabilityと有病率で示されるliabilityのあいだには、ある程度の共通性があることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、滞日外国人の精神障害発症における諸要因の寄与の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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