本研究は、滞日外国人における発症までの在住期間に影響する様々な要因について分析した。外国籍の一時滞在者で、来日時には精神障害を呈しておらず、来日後に精神障害の病相の発現があり、1980年から1993年までの間に、東京大学医学部附属病院分院神経科ほかの3施設で面接をうけた103例について研究者による面接を行い、下記の結果を得ている。 1.発症までの在住期間を月数で表したAbsolute Premorbid Interval Of Residence(APIR)が、正規分布に従っている可能性は棄却された。APIRの対数、Logarithm of APIR(LPIR)の分布は、正規分布に近似した分布をしている可能性があった。 2.SASのGeneral Linear Modelプロシジャによる分析では、本研究の説明変数15要因全体は、全偏差平方の46.4%を説明し、F値2.82、0.1%の水準で、目的変数である発症までの在住期間と有意な相関を示した。 3.人口データ、滞在状況データ、病相データは、それぞれ全体の偏差平方の12.8%、16.6%、16.2%を説明しており、3領域がそれぞれ発症までの在住期間への影響に寄与している、という仮説が支持された。 4.各要因別の分析では、精神科の既往歴と婚姻状況が1%の水準で、年齢、所属組織型、過去の日本滞在歴が5%の水準で発症までの在住期間と有意な相関を示した。 5.各要因のカテゴリーの間の、発症までの在住期間の平均に差については、日本語能力のレベル3(勉強や仕事で日本語を使える)はレベル1(挨拶程度)に対し、主診断の感情病群はその他の群に対して、5%の水準で長い発症までの在住期間の平均を示した。婚姻経験群は未婚群に対し、教育程度のレベル2(大学卒業以上)はレベル1(それ以外)に対し、精神科歴で他の精神障害の既往のみの群は同じ精神障害の既往ありの群に対して1%の水準で、また、精神科歴の既往なしの群は同じ精神障害の既往ありの群に対して、0.1%の水準で長い発症までの在住期間の平均を示した。 6.本研究で示されたvulnerabilityに関する知見は、有病率を用いた他の研究と、既婚群、高教育群、高語学力群の精神衛生がよいこと、また、性、年令、主診断については、明確な傾向を示さないという点で共通していた。本研究では、特に精神科歴の影響が重要であることが示されたが、これは臨床的に理解されるところである。これらの知見から、発症までの在住期間によって示されるvulnerabilityと有病率で示されるliabilityのあいだには、ある程度の共通性があると考えられた。 以上、本論文は103名の一時滞日外国人群において、調査された15要因が発症までの在住期間に高度に有意な影響を与えること、人口データ・滞在状況データ・病相データは、発症までの在住期間にそれぞれが影響を示すこと、滞在状況データは発症までの在住期間により大きな影響を与えているとは言えないこと、発症までの在住期間によって示されるvulnerabilityと有病率で示されるliabilityのあいだには、ある程度の共通性があることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、滞日外国人の精神障害発症における諸要因の寄与の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |