学位論文要旨



No 212360
著者(漢字) 明渡,陽子
著者(英字) Akedo,Yoko
著者(カナ) アケド,ヨウコ
標題(和) 骨芽細胞におけるビタミンK2の作用機序
標題(洋) Mode of Action of VitaminK2 in Osteoblastic Cells
報告番号 212360
報告番号 乙12360
学位授与日 1995.05.31
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12360号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,清
 東京大学 助教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 講師 松本,俊夫
内容要旨

 [緒言]ビタミンKは、1929年Damらにより血液凝固機転に重要な役割をもつものという意味で"Koagulation"の頭文字をとり命名された。当初は血液凝固因子の合成を促進する因子という考え方で研究されてきたが、1974年にプロトロンビン分子中に-カルポキシグルタミン酸(Gla)が発見されて以後、ビタミンKの作用機序が蛋白質のグルタミン酸(Glu)残基の位の炭酸置換を行なうY-カルボキシル化反応の補酵素として機能すると考えるようになった。ビタミンKと骨代謝との関連を示唆する報告は、すでに1960年からウサギにビタミンKを投与すると骨折治癒が早まること、ビタミンKの拮抗剤を服用した妊婦から出生した子供に骨発育不全が認められたこと、またビタミンKの拮抗剤を服用した患者で骨塩量の低下が認められたことなどがあった。骨で1975年HauschkaらがGla含有蛋白質としてosteocalcinを、1976年にはPriceらがMatrix-gla proteinを発見した。これらGla含有蛋白質が骨の石灰化部位に局在しており、Gla基はカルシウムイオンやヒドロキシアパタイトと親和性を有する事、osteocalcinは骨芽細胞が生合成、分泌する事などからビタミンKが骨代謝に重要な役割を果たしていると考えられるようになった。臨床面でも、骨折のある骨粗鬆症患者でビタミンK1の血清レベルが低値であること、閉経前に比し閉経後女性で血清非カルボキシル化オステオカルシンが高値となり、高齢女性では有意に高くなることが報告され、1992年に折茂らが1(OH)2D3製剤との二重盲検試験においてビタミンK2が退行期骨粗鬆患者の骨量を増加させるとの報告以後、ビタミンKの骨代謝における作用機序の解明に向けて研究が始められた。ビタミンKは卵巣摘除、ステロイド投与モデルラットにおいて骨強度および骨量を維持するとの報告、マウス頭蓋冠培養系で骨吸収を抑制する報告、ビタミンDで誘導された多核の破骨細胞様細胞数と吸収かがビタミンK2で抑制された報告など多くの成績が骨吸収系について蓄積されてきてきた。これらからビタミンK2による骨吸収系への作用は、破骨細胞の形成抑制を介しての作用であり、この破骨細胞形成抑制は破骨細胞前駆細胞から破骨細胞への分化を直接抑制するのではなく、一部は骨芽細胞あるいは間質細胞の産生するPGE2の抑制によることが示唆された。一方、骨形成系では培養ヒト骨芽細胞の石灰沈着をビタミンK2が促進し、ビタミンDと併用すると石灰化およびオステオカルシン量が著しく増加するとの報告がある。しかしながら、ビタミンKの骨芽細胞における作用を、細胞生物学的に検討した報告は他にほとんどない。今回in vitroの骨芽細胞培養系を用いてビタミンK2の作用機序の検討を行なった。

[実験-1]ビタミンK2(MK-4)のアルカリフォスファターゼ(ALP)活性と細胞増殖能に及ぼす影響の検討。

 [方法]マウス骨芽細胞様細胞株(MC3T3-E1)とヒト骨肉腫細胞(HOS-TE85)を牛胎児血清(FCS)含有-MEM中で培養し、MK-4を添加し3日間培養後、細胞数と細胞内ALP活性を測定した。また、warfarinを添加し、MK-4の作用に対する影響を検討した。

 [結果]MK-4は、MC3T3-E1及びHOS-TE85の増殖を濃度依存的に抑制した。最大細胞増殖抑制濃度は、HOS-TE85では10-7M,MC3T3-E1では10-6Mであり、細胞数はそれぞれコントロールの約56%、約84%に抑制された。細胞内ALP活性は、両細胞株ともMK-4の濃度に依存して上昇した。HOS-TE85では、MK-4が10-6Mの時コントロールの約5倍に上昇し、MC3T3-E1では、MK-4が3x10-7Mの時に約1.5倍に上昇した。warfarinは、両細胞株においてMK-4の細胞増殖抑制作用を抑制したが、MK-4の細胞内ALP活性上昇作用への影響はなかった。また、warfarin単独では細胞増殖および細胞内ALP活性への影響は示さなかった。

[実験-2]MK-4の細胞周期へ及ぼす影響の検討。

 [方法]HOS-TE85を細胞周期のS期開始時期に同調させた後、各種濃度のMK-4を含む10%FCS含有-MEM培養液中で培養し、経時的に細胞数の算定ならびに細胞内ALP活性の測定を行なった。細胞にBromodeoxyuridine(BrdU)を取り込ませ、免疫組織学的に検出することによりDNA合成期にある細胞の割合を算定し、細胞周期をモニターした。またMK-4存在下で培養したHOS-TE85をpropidium iodideとBrdUで2重標識し、FACS(fluorescence-activated cell sorter)にて解析した。

 [結果]細胞周期のS期の開始時期に同調させたHOS-TE85は培養開始後約24時間で細胞数が倍増し細胞周期を一巡することがBrdU染色でも確認された。10-7MのMK-4の添加により、細胞数の倍化時間は約36時間に延長した。BrdU染色でも最初のS期の進行が遅延し、細胞周期も延長した。また、細胞内ALP活性は対照群とMK-4群ともに細胞分裂期(M期)に低下し、その後G1期に上昇したが、両群間に有意差は認められなかった。FACS解析では、対照群に比べMK-4はS期にある細胞比率を減少させG1期の比率を上昇させる傾向が示された。

[実験-3]細胞内遊離カルシウムイオン([Ca2+]i)の変化に及ぼすMK-4の影響の検討。

 [方法]MC3T3-E1に蛍光Ca指示薬Fura2/AMを負荷後、[Ca2+]iを励起波長340nmおよび380nm(蛍光波長510nm)の比より求めた。この系でMK-4の[Ca2+]iに与える影響,1,25-(OH)2D3との相互作用、Ca2+voltage channel blockerであるverapamilの影響を検討した。

 [結果]MK-4添加後、[Ca2+]iは上昇し、2分後にプラトーに達した。[Ca2+]iはMK-4濃度依存的にベル型(上にmaxを描く)を示し、最大[Ca2+]i値はMK-4が10-8Mの時で、平均25.0±2.23nM上昇し、ビタミンDとMK-4を同時に添加すると平均40.0±2.3nMとなりMK-4単独添加時よりも上昇した。EGTA添加後にはMK-4による[Ca2+]iの上昇は認められなかった。verapamilで前処置するとMK-4添加時の[Ca2+]iの上昇が部分的に抑制された。

 [考察]MK-4は、in vitroの骨芽細胞培養系において、細胞増殖を抑制し、細胞内ALP活性を上昇させた。S期同調培養法及びFACS解析より、この細胞増殖抑制作用は、MK-4が最初のS期を延ばすこと、及び細胞周期を延長させることにより細胞分裂回数が減る結果と考えられた。なお、MK-4の細胞増殖抑制作用がtoxic effectsでないことはトリパンブルーでviabilityを確認してある。またwarfarinがMK-4の細胞増殖抑制作用を阻止した事から細胞増殖にはMK-4の-カルボキシラーゼの補酵素としての機能の関与が考えられた。さらに骨芽細胞の分化の指標である細胞内ALP活性の上昇については、ALP活性の高いstageの細胞(G1期)の細胞割合が増加するためと考えられるも、今回のS期同調培養法及ぴFACS解析の結果からのみでは充分な解釈はつけられなかった。しかし、細胞内ALP活性はwarfarinにより影響をうけなかったことから、MK-4の-カルボキシレーション以外の作用が考えられた。以上よりMK-4は細胞周期を調節して細胞の増殖と機能に影響を与えることが示唆された。細胞増殖と細胞内Ca2+との関連についてはマウス線維芽細胞(Balb/c3T3細胞)などで、細胞内Ca2+の上昇が細胞増殖を促すと報告されている。そこでMK-4の作用機序をさらに解明するために細胞内情報伝達系においてsecond messengerとされる細胞内Ca2+の動態を考察した。MK-4は細胞内Ca2+を1,25-(OH)2D3と同程度上昇させた。このMK-4による細胞内Ca2+の上昇の大部分はverapamil-sensitive calcium channelを介する細胞外からのCa2+流入であることが示された。1,25-(OH)2D3はMK-4と同様にMC3T3-E1などの細胞で細胞増殖を抑制すると報告されている。今回の成績から、両ビタミンは共に細胞内Ca2+を上昇させ、細胞増殖を抑制する方向への作用が示唆された。また細胞内Ca2+は、MK-4と1,25-(OH)2D3を同時に加えるとそれぞれの単独投与の時よりも上昇を示したことから、MK-4と1,25-(OH)2D3の共同作用の存在が示唆された。一般的には細胞内Ca2+の上昇は細胞増殖を促すとされるが、細胞増殖は成長因子であるIGF(insulin-like growth factor)を介しても制御されており、これらの総和の結果としてあらわれるので、細胞内Ca2+の動きのみで細胞増殖を一元的に議論するのは困難であると考えられる。細胞が増殖し続ける系において、レチノイン酸やホルボールエステルが細胞増殖を抑制しながら分化を促進する例があるように、臨床面で示されたMK-4の骨量増加作用は、本研究の結果よりMK-4が骨芽細胞の増殖を抑制しながら、分化誘導を促進するためと考えられた。

審査要旨

 本研究はビタミンKと骨代謝に関して臨床面や基礎実験において蓄積されつつある成績(骨量増加効果および骨吸収作用など)の背景となるメカニズムを探るため、in vitroの2種類の骨芽細胞培養系、すなわち、マウス骨芽細胞様細胞株(MC3T3-E1)とヒト骨肉種細胞(HOS-TE85)を用いて、ビタミンK2(MK-4)の骨芽細胞に対する作用機序を細胞生物学的に検討し、下記の結果を得ている。

 1.MC3T3-E1とHOS-TE85を用いてMK-4のアルカリフォスファターゼ(ALP)活性と細胞増殖能に及ぼす影響の検討を行なった結果、MK-4は細胞増殖を抑制し、細胞内ALP活性を上昇させた。また、ビタミンKの拮抗剤であるwarfarinにて前処置し、ALP活性と細胞増殖能に及ぼす影響の検討を行なった結果、warfarinは両細胞株においてMK-4の細胞増殖抑制作用を抑制したが、MK-4の細胞内ALP活性上昇作用への有意な影響は認められなかった。これらの事から、細胞増殖にはMK-4がもつ-カルボキシラーゼの補酵素としての機能の関与が示唆された。一方、細胞内ALP活性におよぼす作用に関しては、-カルボキシレーション以外の作用が考えられた。

 2.MK-4の細胞増殖抑制作用および細胞内ALP活性上昇作用のメカニズムを探るためにthymidineとhydroxyureaでS期2重同調培養した細胞を用いて検討した。つまり、これらの細胞にBrdU(Bromodeoxyuridine)を取り込ませ免疫組織学的に検出し、DNA合成期にある細胞の割合を算定し細胞周期をモニターした。さらにMK-4で処理したHOS-TE85を用いて、FACS(fluorescence-activated cell sorter:propidium iodideとBrdUで2重標識)にて解析を行ない、MK-4の細胞周期に及ぼす影響を検討した。培養細胞を細胞周期のS期開始時期に同調させるとMK-4は細胞数倍化時間を延長させており、またBrdU染色でもMK-4は最初のS期への進行を遅延させ、細胞周期も延長させる事が示された。さらに、FACS解析でもMK-4はS期にある細胞比率を減少させていた事から、MK-4の細胞増殖抑制作用は、MK-4が最初のS期を延ばすこと及び細胞周期を延長させることで細胞分裂回数を減らすための結果と考えられた。細胞内ALP活性に関しては、ALP活性の高いstageの細胞(G1期)の細胞割合が増加するためと推測されたが、今回のS期2重同調培養法及びFACS解析の結果からでは結論づけられなかった。

 3.細胞内Ca2+は細胞増殖と細胞内情報伝達系においてsecond messengerの1つとされている。たとえば、マウス繊維芽細胞(Balb/c3T3細胞)などで、細胞内Ca2+の上昇が細胞増殖を促すと報告されている。そこで、MC3T3-E1において、MK-4の細胞内Ca2+へ及ぼす影響を検討した。その結果、MK-4は1,25-(OH)2D3と同程度に細胞内Ca2+を上昇させること及びこのMK-4による細胞内Ca2+の上昇の大部分はverapamil-sensitive calcium channelを介する細胞外からの流入であることが示された。また細胞内Ca2+はMK-4と1,25-(OH)2D3を同時に加えるとそれぞれの単独投与の時よりも上昇したことから、MK-4と1,25-(OH)2D3の共同作用の存在が示唆された。

 以上、本論文は骨芽細胞培養系において、MK-4が骨芽細胞の増殖を抑制しながら、分化誘導を促進するという新しい知見を明らかにした。MK-4の骨細胞への作用機序のメカニズムに関しては、骨吸収系については多くの基礎研究の報告がされてきているが、骨形成系についての基礎研究の報告はほとんどなく、本論文は細胞生物学的に骨形成系について検討した数少ない報告である。本研究は、今後老齢化社会の一層の進行と共に急増する骨粗鬆症の治療薬として期待される"ビタミンK"の作用機序のメカニズム解明に貢献しており、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50667