内容要旨 | | NF2は,常染色体優性遺伝する疾患であり,この疾患の大きな特徴は両側性聴神経腫瘍の形成てある。そのほか髄膜腫,神経膠腫,上衣腫さらに脊髄の神経鞘腫などがしばしば見られる。これらの腫瘍の発生は,リンケージ解析やRFLP法により,染色体22番の長腕にある癌抑制遺伝子の欠損あるいは不活化によることが1986年頃より明らかになり,1993年,ついにヒトNF2遺伝子が同定されそのcDNAの構造が発表された。この新しくクローニングされたヒトNF2 cDNAは,1785個のヌクレオチドと595個のアミノ酸からなり,翻訳される蛋白は,moesin-ezrin-radixin familyと高い相同性を持つことからmerlinと名付けられた。これらの蛋白は,細胞膜と細胞骨格蛋白の間に介在し,何らかの情報伝達を行い,さまざまな増殖因子や外部からの刺激に対して細胞質内での反応の制御を行っている。またヒトNF2遺伝子は,さまざまな組織に広範に発現し,その転写物の変異は,遺伝性の腫瘍だけでなく,散発性の聴神経腫瘍や髄膜腫,さらにはNF2と直接関連のない腫瘍においても明らかにされている。このことはNF2遺伝子がさまざまの腫瘍形成において,広範に癌抑制遺伝子として働いていると考えられ,ヒト以外のNF2遺伝子を単離,解析することは,merlin自体の機能をさぐるだけでなく,細胞レベルでNF2モデルを確立することにもつながり極めて重要なことである。このような観点に基づきマウスからNF2 cDNAの単離とその解析を行った。 最初にヒトNF2 cDNAの全翻訳領域をカバーするプローブをzoo blotとhybridizationを行ったところ,mouse,dog,cow,rabbitのDNAにおいて非常に強いバンドが検出された(Fig.1). Fig.1 Southern blot analysis. Genomic DNAs(8 g/lane)from a variety of species were digested with EcoR I and hybridized with the probe containing the entire coding region of the human NF2 cDNA.Molecular size standards(Hind III digested lambda DNA)in kilobases(kb)are indicated on the left.The first two lanes(human and monkey)were exposed for 2 hr and the remaining lanes for 3 days. これは,NF2遺伝子が種を越えて保存されており,その機能的重要性を示唆するものであった. 次に同じプローブを用いて,マウス(newborn)の脳cDNAライブラリーをplaque hybridization法によりスクリーニングした。3次スクリーニングまで行い100万個のクローンから12個の陽性クローンを得た。これらのクローンから塩基配列を決定したところ,マウスNF2 cDNAの翻訳領域は,1788個のヌクレオチドから成り,596個のアミノ酸に翻訳されることが明らかになった。ヒトに比べアミノ酸の数が1つ多くなっているが,これはマウスのヌクレオチド配列の1710番目において,塩基(ccc)が3つ余分に存在しているためであった。この塩基配列はヒトには見られずマウスに特徴的であり,これはマウスのgen omicDNAをsequenceする事により確定されたが,1つのエクソンを構成するものではなかった.また翻訳領域におけるヒトNF2 cDNAとのホモロジーは,ヌクレオチドレベルで90%,アミノ酸レベルで98%と,非常に高かった。また,NF2遺伝子の発現については,上記の陽性クローンの1つを用いてNorthern blotにより解析したところ,マウスNF2遺伝子は,心,脳,脾臓,肺,肝,骨格筋,睾丸などに広く発現しており,およそ6.0kbの1本のtranscriptが心,脳,肺,睾丸で特に強くみられた。 塩基配列を決定する段階で,マウスNF2 cDNAの1740番目に16bpのinsertionをもつクローンが得られたが(Fig.2a),ヒトでは同部位に45bpのinsertionをもつ転写物の存在が報告されおり,このinsertionがマウスに存在しているか否かを検討するために,この部位を挟み込むプライマーとadultのマウスの組織から抽出したRNAを用いて,RT-PCRを施行した(Fig.3).その結果,マウスにも45bpのinsertionをもつ転写物が存在し,これをsequenceしてみたところ,わずか1塩基が異なるだけでほぼヒトと同じ配列を持っていた(Fig.2b).ヒトに用いた命名法に習い,45bpのinsertionをもつcDNAをIsoform II,16bpのinsertionをもつcDNAをIsoform IIIと呼ぶことにした。Isoform II,IIIにおけるinsertionは,ともにpremature stop codonを持ち,Isoform II,IIIは,それぞれ全部で591個,584個のアミノ酸から成ることが明らかになった。Isoform IIがヒトとマウスでほぼ完全な形で保存されているという事実は,その機能的重要性を強く示唆するものであった。 Fig.2 Alternative splice variants of NF2 gene transcripts:Nucleotide sequence and deduced amino acid sequence of transcript isoform III(a)(16bp insertion at nt 1740),and transcript isoform II(b)(45bp insertion at nt 1740). 次にマウスのgenomic DNAを用いてinsertionの見られる近傍のexon-intron境界域の塩基配列を決定したところ,16bpのinsertionは,直前のexonから連続しておりintronの存在はなく,3’側に行くとintronが存在していた。同様に45bpのinsertionの5’側にはintronが存在し,16bpのinsertionの3’側とは約1.4kb離れていた(Fig.4)。このことは,この45bpのinsertionは,1つのexonを構成していることを示唆するものでありスプライシングのメカニズムとして(a)alternative 5’-donor sites,(b)cassette exonの2種類が考えられた(Fig.4). マウスRNAを用いたRT-PCR解析の結果(Fig.3),3種類のisoformの発現には,組織特異性があり,スブライシング部位の選択頻度に組織によって差があることが明らかになり,何らかのfactorにより制御されているものと考えられた。Isoform IIIは,微量ではあるが,はっきりと脾臓と睾丸に存在していた。元来Isoform IIIは,newbornのマウスの脳cDNAライブラリーから単離されたものであるが,adultのマウスの脳RNAからは検出することができなかった。これらの組織においては,特異的なfactorの存在以外に,スブライシング部位の取捨選択にはより効率の良い選択法があるものと考えられた。つまり,スブライシングに関してjunction 1は2に比べよりスブライス頻度の高いヌクレオチド配列を持っていると考えられるのである(Fig.4)。或いはIsoform IIIは特殊な細胞や組織にのみ発現したり,成長発達の段階で出現消滅してゆくものかもしれない。 Fig.3 RT-PCR analysis:RT-PCR was performed using the specific primers flanking the alternative splice site(nt 1740). DNA markers, and three PCR products representing Isoforms I,II,and III are shown. Fig.4 Mouse NF2 gene structure in the region of alternative splicing:Structural analysis was performed by sequence analysis of a ca.1.5kb genomic PCR fragment(generated using primers 5ASl and II-3’).Exons are represented by boxes,and flanking introns(A and B)by lines.Intronic sequences at the relevant splice junctions are indicated.Sequence information on the consensus splice site sequence,and the alternative splice junctions 1 and 2,is also qiven below 本研究で明らかになった様に,マウスとヒトでNF2 cDNAが非常に高い相同性を持っていることは,その機能を研究する上で,cDNAそのものやこれに対する抗体などが,相互に使用可能であることを意味しており,ヒトのmutantとして位置づけられるマウスが得られたことや3種類のisoformが得られたことは,NF2のtumor suppressor geneとしての機能と,merlinの生化学的,機能的特徴を探る上で重要な情報と手段となるであろう。 |