学位論文要旨



No 212361
著者(漢字) 原,徹男
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,テツオ
標題(和) マウスNF2(neurofibromatosis type 2)遺伝子のcDNAクローニングとその解析
標題(洋)
報告番号 212361
報告番号 乙12361
学位授与日 1995.05.31
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12361号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 横森,欣司
 東京大学 講師 岡崎,具樹
内容要旨

 NF2は,常染色体優性遺伝する疾患であり,この疾患の大きな特徴は両側性聴神経腫瘍の形成てある。そのほか髄膜腫,神経膠腫,上衣腫さらに脊髄の神経鞘腫などがしばしば見られる。これらの腫瘍の発生は,リンケージ解析やRFLP法により,染色体22番の長腕にある癌抑制遺伝子の欠損あるいは不活化によることが1986年頃より明らかになり,1993年,ついにヒトNF2遺伝子が同定されそのcDNAの構造が発表された。この新しくクローニングされたヒトNF2 cDNAは,1785個のヌクレオチドと595個のアミノ酸からなり,翻訳される蛋白は,moesin-ezrin-radixin familyと高い相同性を持つことからmerlinと名付けられた。これらの蛋白は,細胞膜と細胞骨格蛋白の間に介在し,何らかの情報伝達を行い,さまざまな増殖因子や外部からの刺激に対して細胞質内での反応の制御を行っている。またヒトNF2遺伝子は,さまざまな組織に広範に発現し,その転写物の変異は,遺伝性の腫瘍だけでなく,散発性の聴神経腫瘍や髄膜腫,さらにはNF2と直接関連のない腫瘍においても明らかにされている。このことはNF2遺伝子がさまざまの腫瘍形成において,広範に癌抑制遺伝子として働いていると考えられ,ヒト以外のNF2遺伝子を単離,解析することは,merlin自体の機能をさぐるだけでなく,細胞レベルでNF2モデルを確立することにもつながり極めて重要なことである。このような観点に基づきマウスからNF2 cDNAの単離とその解析を行った。

 最初にヒトNF2 cDNAの全翻訳領域をカバーするプローブをzoo blotとhybridizationを行ったところ,mouse,dog,cow,rabbitのDNAにおいて非常に強いバンドが検出された(Fig.1).

Fig.1 Southern blot analysis. Genomic DNAs(8g/lane)from a variety of species were digested with EcoR I and hybridized with the probe containing the entire coding region of the human NF2 cDNA.Molecular size standards(Hind III digested lambda DNA)in kilobases(kb)are indicated on the left.The first two lanes(human and monkey)were exposed for 2 hr and the remaining lanes for 3 days.

 これは,NF2遺伝子が種を越えて保存されており,その機能的重要性を示唆するものであった.

 次に同じプローブを用いて,マウス(newborn)の脳cDNAライブラリーをplaque hybridization法によりスクリーニングした。3次スクリーニングまで行い100万個のクローンから12個の陽性クローンを得た。これらのクローンから塩基配列を決定したところ,マウスNF2 cDNAの翻訳領域は,1788個のヌクレオチドから成り,596個のアミノ酸に翻訳されることが明らかになった。ヒトに比べアミノ酸の数が1つ多くなっているが,これはマウスのヌクレオチド配列の1710番目において,塩基(ccc)が3つ余分に存在しているためであった。この塩基配列はヒトには見られずマウスに特徴的であり,これはマウスのgen omicDNAをsequenceする事により確定されたが,1つのエクソンを構成するものではなかった.また翻訳領域におけるヒトNF2 cDNAとのホモロジーは,ヌクレオチドレベルで90%,アミノ酸レベルで98%と,非常に高かった。また,NF2遺伝子の発現については,上記の陽性クローンの1つを用いてNorthern blotにより解析したところ,マウスNF2遺伝子は,心,脳,脾臓,肺,肝,骨格筋,睾丸などに広く発現しており,およそ6.0kbの1本のtranscriptが心,脳,肺,睾丸で特に強くみられた。

 塩基配列を決定する段階で,マウスNF2 cDNAの1740番目に16bpのinsertionをもつクローンが得られたが(Fig.2a),ヒトでは同部位に45bpのinsertionをもつ転写物の存在が報告されおり,このinsertionがマウスに存在しているか否かを検討するために,この部位を挟み込むプライマーとadultのマウスの組織から抽出したRNAを用いて,RT-PCRを施行した(Fig.3).その結果,マウスにも45bpのinsertionをもつ転写物が存在し,これをsequenceしてみたところ,わずか1塩基が異なるだけでほぼヒトと同じ配列を持っていた(Fig.2b).ヒトに用いた命名法に習い,45bpのinsertionをもつcDNAをIsoform II,16bpのinsertionをもつcDNAをIsoform IIIと呼ぶことにした。Isoform II,IIIにおけるinsertionは,ともにpremature stop codonを持ち,Isoform II,IIIは,それぞれ全部で591個,584個のアミノ酸から成ることが明らかになった。Isoform IIがヒトとマウスでほぼ完全な形で保存されているという事実は,その機能的重要性を強く示唆するものであった。

Fig.2 Alternative splice variants of NF2 gene transcripts:Nucleotide sequence and deduced amino acid sequence of transcript isoform III(a)(16bp insertion at nt 1740),and transcript isoform II(b)(45bp insertion at nt 1740).

 次にマウスのgenomic DNAを用いてinsertionの見られる近傍のexon-intron境界域の塩基配列を決定したところ,16bpのinsertionは,直前のexonから連続しておりintronの存在はなく,3’側に行くとintronが存在していた。同様に45bpのinsertionの5’側にはintronが存在し,16bpのinsertionの3’側とは約1.4kb離れていた(Fig.4)。このことは,この45bpのinsertionは,1つのexonを構成していることを示唆するものでありスプライシングのメカニズムとして(a)alternative 5’-donor sites,(b)cassette exonの2種類が考えられた(Fig.4).

 マウスRNAを用いたRT-PCR解析の結果(Fig.3),3種類のisoformの発現には,組織特異性があり,スブライシング部位の選択頻度に組織によって差があることが明らかになり,何らかのfactorにより制御されているものと考えられた。Isoform IIIは,微量ではあるが,はっきりと脾臓と睾丸に存在していた。元来Isoform IIIは,newbornのマウスの脳cDNAライブラリーから単離されたものであるが,adultのマウスの脳RNAからは検出することができなかった。これらの組織においては,特異的なfactorの存在以外に,スブライシング部位の取捨選択にはより効率の良い選択法があるものと考えられた。つまり,スブライシングに関してjunction 1は2に比べよりスブライス頻度の高いヌクレオチド配列を持っていると考えられるのである(Fig.4)。或いはIsoform IIIは特殊な細胞や組織にのみ発現したり,成長発達の段階で出現消滅してゆくものかもしれない。

Fig.3 RT-PCR analysis:RT-PCR was performed using the specific primers flanking the alternative splice site(nt 1740). DNA markers, and three PCR products representing Isoforms I,II,and III are shown.Fig.4 Mouse NF2 gene structure in the region of alternative splicing:Structural analysis was performed by sequence analysis of a ca.1.5kb genomic PCR fragment(generated using primers 5ASl and II-3’).Exons are represented by boxes,and flanking introns(A and B)by lines.Intronic sequences at the relevant splice junctions are indicated.Sequence information on the consensus splice site sequence,and the alternative splice junctions 1 and 2,is also qiven below

 本研究で明らかになった様に,マウスとヒトでNF2 cDNAが非常に高い相同性を持っていることは,その機能を研究する上で,cDNAそのものやこれに対する抗体などが,相互に使用可能であることを意味しており,ヒトのmutantとして位置づけられるマウスが得られたことや3種類のisoformが得られたことは,NF2のtumor suppressor geneとしての機能と,merlinの生化学的,機能的特徴を探る上で重要な情報と手段となるであろう。

審査要旨

 本研究は、NF2(neurofibromatosis type 2)遺伝子の機能を明らかにするために、1993年に同定されたヒトNF2遺伝子のcDNAを用いて、マウスのNF2cDNAの単離とその解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ヒトNF2cDNAの全翻訳領域をカバーする塩基配列をもつプローブをヒトの脳からRT-PCR法により合成後zoo blotとhybridizationを行ったところ、rat、dog、cow、rabbit、chickenから抽出したDNAにおいて非常に強いバンドが検出され、NF2遺伝子が種を越えて保存されていることが明らかになった。

 2.同様のプローブを用いて、マウス(newborn)の脳cDNAライブラリーをplaque hybridization法 によりスクリーニングした。3次スクリーニングまで行い100万個のクローンから12個の陽性クローンを得た。このうち4個の互いにオーバーラップしているクローンから塩基配列を決定したところ、マウスのNF2cDNAの翻訳領域は、1788個のヌクレオチドと596個のアミノ酸から成ることが明らかになった。ヒトに比べアミノ酸の数が1つ多くなっているが、これはマウスのヌクレオチド配列の1710番目において、3塩基(ccc)が余分に存在しているためであり、この塩基配列はマウスに特徴的であると考えられた。これはマウスのgenomlc DNAをsequenceする事により確定されたが、1つのエクソンを構成するものではなかった。また、翻訳領域におけるヒトNF2cDNAとのホモロジーは,ヌクレオチドレベルで90%、アミノ酸レベルで98%と非常に高い相同性を示していた。また相違するアミノ酸はC-末端に集中していた。

 3.Northern blot法により、マウスNF2遺伝子の発現をみたところ、心、脳、脾臓、肺、肝、骨格筋、睾丸など、中枢神経系だけでなく他の組織にも広範に見られた。

 4.塩基配列決定の段階で、1740番目に16bpのinsertionを持つクローンの存在が明らかになったが、この部位を挟み込むプライマーとadultのマウスの組織から抽出したRNAを用いて、RT-PCRを施行した。その結果マウスにも、ヒトですでに報告されている45bpのinsertionをもつ転写物が存在し、これをsequenceしてみたところ、わずか1塩基が異なるだけでほぼヒトの構造と同じ配列を持っていた。そこで45bpのinsertionをもつcDNAをIsoform II、16bpのinsertionをもつcDNAをIsoform IIIと命名した(insertionのみられないものをIsoform Iとした)。これらは共にpremature stop codonを持ち、Isoform IIにおける45bpのinsertionは,11個のアミノ酸に翻訳され、Isoform IIは、全部で591個のアミノ酸から成り、Isoform IIIにおける16bpのinsertionは、これとは全く異なるもので、4個のアミノ酸に翻訳され、Isoform IIIは全部で584個のアミノ酸から成ることが明らかとなった。またそれぞれのisoformの発現には組織特異性があり、脳、心臓、肝臓、及び肺においてはIsoform IIが、脾臓と睾丸においてはIsoform Iが優勢な転写物であった。またIsoform IIIは極めて微量であるが、明瞭に脾臓と睾丸に存在していた。

 5.Insertionの見られる部位のexon-intron境界域の塩基配列を見るため、マウスのgenomic DNAをsequenceしたところ、16bpのinsertionはその直前の5’側のexonから連続しておりintronの存在はなく、この16bpのinsertionをこえて3’側に行くと明かにintronが存在していた。同様に45bpのinsertionの5’側にはintronが存在し、16bpの3’側とは約1.4Kb離れていた。このことは、この45bpのinsertionは1つのexonを構成していることを示唆するものであり、スブライシングのメカニズムとしてalternative 5’-donor sitesとcassette exonの2種類が考えられた。

 以上、本論文はヒトNF2遺伝子のcDNAを用いて、マウスのNF2cDNAの単離とその解析を行い、これらのcDNAがアミノ酸レベルで98%という極めて高度の相同性を持つことを明らかにした。また、3種類のisoformの存在とこれらが2種類の異なったalternative splicingにより生み出されることも明らかにした。本研究は、これまでに分子生物学的に未知であったNF2という疾患に全くの新しい知見を数多く提供し、NF2遺伝子の機能の解明のみならず、将来的にNF2の動物モデルを作成する際に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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