学位論文要旨



No 212363
著者(漢字) 秋根,康之
著者(英字)
著者(カナ) アキネ,ヤスユキ
標題(和) ガドリニウム中性子捕捉療法の基礎的研究
標題(洋)
報告番号 212363
報告番号 乙12363
学位授与日 1995.05.31
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12363号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,紀夫
 東京大学 教授 青木,芳朗
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 講師 酒井,一夫
 東京大学 講師 浅井,昭雄
内容要旨

 中性子捕捉療法は腫瘍内に投与された元素と外部から照射された熱中性子との間に生じる核反応によって生じる放射線を利用して癌の放射線治療を行うものであり、これまでは10Bを用いて行われてきた。一方、近年急速に発達した核磁気共鳴画像(MRI)で造影剤としてGd-DTPAの形で用いられているガドリニウム(Gd)の安定同位体の一つである157Gdの核断面積が10Bの約67倍と全ての元素の中で第2番目に大きいことから、これを用いた中性子捕捉療法についての関心が近年急速に高まってきた。157Gdは熱中性子と核反応を起こし励起された158Gdとなり、ここからより低い励起準位に変遷する時にエネルギーの分布が0から7.9MeVにわたる光子と電子を放出する。そこで、腫瘍のみならず周囲の正常組織にどの程度の放射線が照射されるかが問題となる。景平らは電子線の線量も考慮して、ガドリニウム中性子捕捉療法(GNCT)とボロン中性子捕捉療法の線量分布を比較し、前者が後者に優るとも劣らないことを示した。そこで、ガドリニウム中性子捕捉反応(GNCR)の培養細胞に対する生物学的効果について検討した。Chinese hamster cell(V79)の単細胞浮遊に5000ppm Gd(785ppm157Gd)となるようにGd-DTPAを混ぜたものと混ぜないものに熱中性子を照射し、細胞の生存率と熱中性子のフルーエンスとの関係を求めた(Fig.1)。10%の生存率を得るに必要な中性子フルーエンスを指標にすると、Gdによる効果の増強率は3.6倍であった。Gd+の生存曲線に肩があることからGNCRによって生じる放射線は低いLinear Energy Transfer(LET)が主成分であることが推定された。同じ実験系で、電子と光子の生物学的効果上の寄与を推定した。前述の方法でGNCRの細胞致死効果を求め、他方、x線で細胞を照射しその致死効果を求めた。低いエネルギーの電子線の測定法は確立していないので測定せず、光子はTLDで、中性子は金箔で測定した。両者の10%生存率に要する線量はGNCRで1.9Gy、x線で9.1Gyであった。両者の差の大部分は測定されていない電子線による効果と考えられた。同じ系でガドリニウムの濃度を変えて(157Gd:49-3132g/ml)細胞致死効果を求めた。10%生存を来たすに必要な中性子のフルーエンスは157Gdが100ppmまでは急速に減少するが、それ以上濃度が高くなっても、さほど変化しなかった。この事から臨床上効果的な濃度は100ppm程度と推定された。得られた多数の生存曲線を解析し、ガドリニウムの濃度と中性子のフルーエンスから生物学的等価なx線の量を求める式を考案した。また、ボロン中性子捕捉反応とGNCRの細胞致死効果を比較したところ、同程度であった。一連のin vitroの実験で認められた生物学的効果がin vivoにおいても認められるか否かを以下の三つの動物実験で検討した。まず、ガドリニウムを封入したマイクロカプセルを用いてマウスの腹水癌に対するガドリニウム中性子捕捉療法の効果を検討した。ICRマウスの腹腔内にエールリッヒ腹水癌細胞を注入し、続いて、Gd-DTPAを含むマイクロカプセルまたは含まないマイクロカプセル(偽薬)を腹腔内に投与した。これらのマウスの腹部を熱中性子で照射した。マウス9匹にガドリニウムマイクロカプセルを投与し熱中性子を照射し(Gd+,N+)、10匹に偽薬を投与し熱中性子を照射した(Gd-,N+)。熱中性子を照射しない対照群として各々14匹にガドリニウムマイクロカプセル(Gd+,N-)と偽薬(Gd-,N-)を投与した。(Gd+,N+)群は処置後17日目では全てが生存していて、60日では3匹が、180日後では二匹が無病で生存した。他の三群は全て17日以内に大量の腹水のために死亡した(Fig.2)。(Gd+,N+)群のマウスには下痢などの放射線による腸障害を示唆する症状は認めなかった。これまでに得られた培養細胞による実験結果からマイクロカプセルから溶出したGd-DTPAによる細胞致死効果は小さく、効果の大部分はマイクロカプセルに封入されたガドリニウムから生じた放射線によるものと推定された。次にGd-DTPAを用いて、マウスの皮下に移植した腫瘍に対するガドリニウム中性子捕捉反応の増殖抑制の効果を見ると共に、この効果と等価な電子線照射の線量を推定した。8匹のICRマウスの背中の離れた二個所にエールリッヒ腹水癌細胞をPBSまたはGd-DTPAと共に皮下注射した。これらのマウスの背中を熱中性子で8分間照射した。Gd-DTPAを投与し熱中性子で照射した群(Gd+,N+)は腫瘍の大きさが200mm2となるのに34.7日、Gd-DTPAを投与しなかった群(Gd-,N+)は18.8日要した(Fig.3)。同様に処置した各10匹のマウスの三群に3MeV電子線を各々5、12、20Gy照射し、腫瘍の大きさが200mm2となる日数は、各々13.6日、29.2日、45.3日であった。電子線の線量と日数の関係はT=3.3+2.1Dで表された。但し、Tは日数、Dは線量(Gy)である。この式から(Gd+,N+),(Gd-,N+)の両群に対する生物学的等価線量の15.0Gy、7.4Gyを得た。従って、Gd-DTPAの投与で約二倍(15.0/7.4)の線量増強効果を認めた。さらに、ウサギの両後肢に移植した皮下腫瘍に一側の股動脈を介してGd-DTPAを投与し、ガドリニウム中性子捕捉反応の効果を検討した。照射8日前にウサギ4匹の両下腿後面にVX-2腫瘍を移植した。一側の股動脈の一分枝にカテーテルを逆行性に挿入し、持続的にGd-DTPAを投与しながら熱中性子を40分間照射した。腫瘍の大きさの平均はGd-DTPAを注入した側は、注入しない側よりも小さかった(p<0.05)(Fig.4)。他の二匹のウサギに前述の手順と同様にGd-DTPAを5-10分間注入し、その直後に腫瘍と周囲の正常組織を切除し、ガドリニウムの濃度を測定した。腫瘍内のガドリニウムの濃度は周囲の正常組織より高くならなかったが、Gd-DTPAを注入した側のガドリニウム濃度は、しない側よりも5-6倍高くなった。ガドリニウム中性子捕捉反応の抗腫瘍効果は培養細胞、小動物を用いた一連の研究で明かになった。この治療法の臨床応用への鍵を握るのはガドリニウムを腫瘍に選択的に投与する方法である。脳血液関門があるため正常脳組織にはGd-DTPAが入らない脳腫瘍は臨床実験の対象として検討の必要がある。肝癌などへのマイクロカプセル等を用いた塞栓療法も検討する必要があろう。ポルフィリンなど腫瘍に集積する性質の物質とGdの化合物の合成に関する研究も進行している。線量推定法、正常組織の耐容線量の推定を始め多くの重要な問題が残されているが、この研究により、GNCTが臨床的応用の可能性があることが示された。

Fig.1 Survival curves for cells irradiated with thennal neutrons in the absence(a),or presence(b)of 5000 ppm gadolinium.Note that the scale of abscissa is different between the two figures.Fig.2 Proportions of mice surviving are plotted as a function of time(days)after treatments of various combinations of thennal neutrons and gadolinium.(N±)represents those treated with or without thermal neutrons,and(Gd±)gadolinium.Fig.3 Average tumor sizes in mice treated with various combinations of thennal neutron and gadolinium are plotted as a function of time(days)after treatment.(N±)represents those treated with or without thermal neutrons,and(Gd±)gadolinium.Fig.4 Average tumor sizes in rabbits are plotted as a function of time(days)after treatment."Treated"corresponds to the tumors infused with Gd-DTPA and irradiated with neutrons."Control"corresponds to those uninfused and irradiated with thennal neutrons.
審査要旨

 本研究は核磁気共鳴画像の造影剤に用いられているガドリニウム(Gd)を用いて中性子捕捉療法を行う為の基礎的検討を試みたものであり、以下の結果を得ている。

 1. Chinese hamster cell(V79)の単細胞浮遊液に5000ppm Gd(785ppm157Gd)となるようにガドペンテト酸メグルミン(Gd-DTPA)を混ぜたものと混ぜないものに熱中性子を照射し、細胞の生存率と熱中性子のフルーエンスとの関係を求めたところ、10%の生存率を得るに必要な中性子フルーエンスを指標にすると、Gdによる細胞致死効果の増強率は3.6倍であった。Gdを混ぜた場合の生存曲線に肩があることからガドリニウム中性子捕捉反応によって生じる放射線は低いLinear Energy Transfer(LET)が主成分であることが推定された。

 2. 第1項で用いたものと同じ実験系で、電子と光子の細胞への致死効果上の寄与を推定した。内径6mm、長さ6cmの試験管に細胞浮遊液を入れGd-DTPAを混ぜ、熱中性子で照射してガドリニウム中性子捕捉反応の細胞致死効果を求め、他方、X線で細胞を照射しその致死効果を求めた。低いエネルギーの電子線の測定法は確立していないので測定せず、光子はTLDで、中性子は金箔で測定した。両者の10%生存率に要する線量はガドリニウム中性子捕捉反応で1.9Gy、X線で9.1Gyであった。両者の差の大部分は測定されていない電子線による効果と考えられた。

 3. ガドリニウム中性子捕捉反応の細胞致死効果と等価な効果を生じるX線の線量を推定する式を得た。157Gdの濃度が0-100g/gの間は、濃度が上がるに連れて急速にガドリニウム中性子捕捉反応の細胞への致死効果は増大した。従って、100g/gが臨床に用いるのに適当な157Gdの濃度であると推定した。

 4. 培養細胞への致死効果を指標にすると、10Bと157Gdの濃度が等しいと、ボロン中性子捕捉反応とガドリニウム中性子捕捉反応の細胞致死効果は同程度であった。

 5. マウスの腹腔内にエールリッヒ腹水癌細胞を注入し、続いて、Gd-DTPAを含むマイクロカプセルまたは含まないマイクロカプセル(偽薬)を腹腔内に投与し、これらのマウスの腹部を熱中性子で照射した。Gd-DTPAを投与した群は処置後17日目では全てが生存していて、60日では3匹が、180日後では二匹が無病で生存した。他の三群は全て17日以内に大量の腹水のために死亡した。これまでに得られた培養細胞による実験結果からマイクロカプセルから溶出したGd-DTPAによる細胞致死効果は小さく、効果の大部分はマイクロカプセルに封入されたガドリニウムから生じた放射線によるものと推定された。

 6. マウスの皮下に腫瘍細胞とGd-DTPAを混ぜて投与し、熱中性子を照射したところ、腫瘍の成長が抑制された。さらに、腫瘍の成長抑制を指標として、ガドリニウム中性子捕捉反応と電子線の等価線量を推定する式を得た。

 7. ウサギの両下腿後面にVX-2腫瘍を移植し、一側の股動脈の一分枝にカテーテルを逆行性に挿入し、持続的にGd-DTPAを投与しながら熱中性子を40分間照射しその後の経過を観察したところ、Gd-DTPAを注入した側の腫瘍の成長は抑制された。

 以上、本論文はガドリニウム中性子捕捉反応の生物学的効果を細胞および実験動物を用いて初めて立証したものであり、ガドリニウム中性子捕捉療法の基礎的研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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