本研究は核磁気共鳴画像の造影剤に用いられているガドリニウム(Gd)を用いて中性子捕捉療法を行う為の基礎的検討を試みたものであり、以下の結果を得ている。 1. Chinese hamster cell(V79)の単細胞浮遊液に5000ppm Gd(785ppm157Gd)となるようにガドペンテト酸メグルミン(Gd-DTPA)を混ぜたものと混ぜないものに熱中性子を照射し、細胞の生存率と熱中性子のフルーエンスとの関係を求めたところ、10%の生存率を得るに必要な中性子フルーエンスを指標にすると、Gdによる細胞致死効果の増強率は3.6倍であった。Gdを混ぜた場合の生存曲線に肩があることからガドリニウム中性子捕捉反応によって生じる放射線は低いLinear Energy Transfer(LET)が主成分であることが推定された。 2. 第1項で用いたものと同じ実験系で、電子と光子の細胞への致死効果上の寄与を推定した。内径6mm、長さ6cmの試験管に細胞浮遊液を入れGd-DTPAを混ぜ、熱中性子で照射してガドリニウム中性子捕捉反応の細胞致死効果を求め、他方、X線で細胞を照射しその致死効果を求めた。低いエネルギーの電子線の測定法は確立していないので測定せず、光子はTLDで、中性子は金箔で測定した。両者の10%生存率に要する線量はガドリニウム中性子捕捉反応で1.9Gy、X線で9.1Gyであった。両者の差の大部分は測定されていない電子線による効果と考えられた。 3. ガドリニウム中性子捕捉反応の細胞致死効果と等価な効果を生じるX線の線量を推定する式を得た。157Gdの濃度が0-100 g/gの間は、濃度が上がるに連れて急速にガドリニウム中性子捕捉反応の細胞への致死効果は増大した。従って、100 g/gが臨床に用いるのに適当な157Gdの濃度であると推定した。 4. 培養細胞への致死効果を指標にすると、10Bと157Gdの濃度が等しいと、ボロン中性子捕捉反応とガドリニウム中性子捕捉反応の細胞致死効果は同程度であった。 5. マウスの腹腔内にエールリッヒ腹水癌細胞を注入し、続いて、Gd-DTPAを含むマイクロカプセルまたは含まないマイクロカプセル(偽薬)を腹腔内に投与し、これらのマウスの腹部を熱中性子で照射した。Gd-DTPAを投与した群は処置後17日目では全てが生存していて、60日では3匹が、180日後では二匹が無病で生存した。他の三群は全て17日以内に大量の腹水のために死亡した。これまでに得られた培養細胞による実験結果からマイクロカプセルから溶出したGd-DTPAによる細胞致死効果は小さく、効果の大部分はマイクロカプセルに封入されたガドリニウムから生じた放射線によるものと推定された。 6. マウスの皮下に腫瘍細胞とGd-DTPAを混ぜて投与し、熱中性子を照射したところ、腫瘍の成長が抑制された。さらに、腫瘍の成長抑制を指標として、ガドリニウム中性子捕捉反応と電子線の等価線量を推定する式を得た。 7. ウサギの両下腿後面にVX-2腫瘍を移植し、一側の股動脈の一分枝にカテーテルを逆行性に挿入し、持続的にGd-DTPAを投与しながら熱中性子を40分間照射しその後の経過を観察したところ、Gd-DTPAを注入した側の腫瘍の成長は抑制された。 以上、本論文はガドリニウム中性子捕捉反応の生物学的効果を細胞および実験動物を用いて初めて立証したものであり、ガドリニウム中性子捕捉療法の基礎的研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |