学位論文要旨



No 212364
著者(漢字) 有田,英子
著者(英字)
著者(カナ) アリタ,ヒデコ
標題(和) エンドトキシンの投与経路及び投与様式の違いによる生体反応の差異
標題(洋)
報告番号 212364
報告番号 乙12364
学位授与日 1995.05.31
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12364号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,寛伊
 東京大学 教授 大原,毅
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 助教授 斉藤,英昭
内容要旨 はじめに

 グラム陰性菌による感染や、グラム陰性菌およびエンドトキシン(以下ET)の腸管からのtranslocation(他臓器への移行)により、ETが血中に侵入し、種々の生体反応を生じることが知られている。しかし、ETの血中への進入経路や侵入様式の相違による生体反応の変化の違いは明かではない。

 本研究では、モルモットを用いて、ETを、それぞれ、腹腔内間欠投与、腹腔内持続投与、門脈内持続投与し、体重、安静時エネルギー消費量(以下RME)、血中補体3(以下C3)などの変化を比較することにより、ETの血中への侵入経路や侵入様式の違いによる病態の相違を検討した。さらに、ETの腹腔内間欠投与と腹腔内持続投与で、ETの投与様式の違いによる、脾臓マクロファージのLPS刺激下でのインターロイキン1(以下IL-1)産生・分泌能の差異、およびそれが各種パラメータに及ぼす影響についても検討した。

対象・方法

 モルモット(Hartley、380〜420g、雄)を、投与経路および投与様式により、腹腔内間欠投与、腹腔内持続投与、門脈内持続投与の3つの実験群とした。各実験でのモルモットはさらにエンドトキシン投与群(以下ET群)と対照群(以下C群)にわけた。まず、それぞれのET投与実験において、飲水や摂食がほとんどできず、体重が急激に減少する状態を呈する致死的ではないLPS投与量を予備実験で決定した。その結果、腹腔内間欠投与実験では、0.9%生理的食塩水に混じたE.coli O111:B4のlipopolysaccharide(LPS)を、1回0.15mg/100g(体重)、1日2回、7日間にわたり、無菌的に腹腔内注射した。腹腔内持続投与実験では、生理的食塩水に混じたLPSの入ったアルゼットミニ浸透圧ポンプを腹腔内に挿入して、このポンプから、1日0.357mg/100g(体重)のLPSが7日間持続的に腹腔内に流出するようにした。両実験群とも、C群では生理的食塩水のみを投与した。門脈内持続投与実験では、ET群、ET群と食餌摂取量を同一となるようにしたET非投与のpair-fed群、C群の3群にわけた。ET群では、モルモットの背中の皮下に留置したLPS入りアルゼットミニ浸透圧ポンプから、腸間膜静脈を経て門脈内に先端を挿入・留置したカテーテルを通じて、LPSが1日0.014m/100g(体重)門脈内に流入するようにした。100cmのカテーテルを生理的食塩水で満たし、約42時間でLPSが門脈に達するようにしたので、LPSは約5日間門脈内に流入した。Pair-fed群では、体重減少の原因としての食欲減退の占める割合を知るために、生理的食塩水のみを投与し、食餌をET群のモルモットと同様に制限した。この際の食餌摂取量は、LPS0.014mg/100g(体重)/dayを経門脈的に投与する予備実験で決定した。C群では、生理的食塩水のみを投与した。全ての実験群における、ET群とC群の食餌の摂取は自由にさせた。

 体重と、RMEを、LPS投与前と、投与開始3日、7日、14日の4回測定し、また同時期に採血を行い、血漿ET値および血清C3値を測定した。全ての実験のC群、pair-fed群においても同じ時期に各測定と採血を行った。RMEの測定は、Open circuit indirect calorimetry法で、ET値の測定は、合成基質を用いたETに特異的なリムルステストで、また、血清C3値の測定は、rate nephelometry法で行った。

 ETを7日間投与した腹腔内間欠投与および腹腔内持続投与実験において、ET投与14日目に摘出した脾臓より採取したマクロファージを、LPS5g/ml(+)あるいは(-)の条件下に24時間培養し、その上清液中のIL-1を測定した。C群についても同様にした。IL-1の測定はBioassay法によった。

 血漿ET値と食餌摂取量の相関を知るために、ラットにおいてLPSを腹腔内持続投与(0.5mg/100g(体重)/day)、あるいは門脈内持続投与(0.05mg/100g(体重)/day)し、それぞれにおける、LPS投与開始3日、7日、14日目の血漿ET値と、2〜3、6〜7、13〜14日の食餌摂取量の相関をみた。

 統計処理は、t検定およびANOVAを用いて行い、p<0.05を有意とした。2つのパラメータの相関は、直線回帰式を用いて検討した。

結果

 1.血漿ET値は、全ての実験で、LPS投与開始3日目に、ET群がC群に比較し有意に高値を示し、7日目、14日目と次第に低下した。全ての実験の、C群とpair-fed群における血漿ET値は、実験を通じて正常範囲内であった。

 2.RMEは、門脈内持続投与実験において、LPS投与3日目のET群のRMEが、C群、およびpair-fed群のそれに比較して有意に高かった。門脈内持続投与において、実験期間中のRMEと血漿ET値の間に有意の正の相関があった。

 3.体重は、全ての実験の3日目において、それぞれ、ET群が、C群と比較して有意に低値を示した。また、門脈内持続投与実験のpair-fed群では、3日目において、体重がC群に比較して有意に低値を示した。腹腔内間欠投与実験での7日目、14日目のそれぞれにおける体重は、ET群がC群に比較して有意に低値を示した。全ての実験で、3日、7日、14日の体重と、血漿ET値の間に有意の負の相関がみられた。

 4.血清C3値は、腹腔内間欠投与実験において、3、7、14日目とも、ET群がC群に比較して有意に低値を示した。

 5.腹腔内間欠投与実験と腹腔内持続投与実験におけるLPS添加時の脾臓マクロファージ培養上清液中のIL-1値は、それぞれ、ET群がC群に比較して有意に低値を示したが、両実験のET群間においては、腹腔内間欠投与で腹腔内持続投与に比較して有意に高かった。

 6.門脈内持続投与実験のpair-fed群における食餌摂取量はET群のそれに近く、予備実験による食餌量の決定は妥当なものであった。

 7.ETの腹腔内持続投与、門脈内持続投与のそれぞれにおいて、血漿ET値と食餌摂取量の間に有意の負の相関があった。

考察

 本検討では、ETの投与経路や投与様式の違いによって、種々の生体反応に明かな差異のみられることがわかった。すなわち、(1)RMEは、ETの門脈内持続投与においてのみ、C群や他のET群に比較して高値を示した。(2)体重およびC3は、ETの腹腔内間欠投与においてのみ、ET群がC群に比して実験期間を通して有意の低下を示した。(3)脾臓マクロファージのIL-1産生・分泌能は、LPS(+)でLPS(-)に比較して腹腔内間欠投与では有意に増加したのに対し、腹腔内持続投与では有意の増加がなかった。以下、各項目について考察する。

 1.実験動物にETを投与して代謝亢進状態を、作成できた報告はない。本研究では、門脈内にETを投与した時にのみ代謝亢進がみられ、投与経路が代謝亢進に深く関係していると思われた。肝sinusoidにはクッペル細胞と血管内皮細胞が存在し、変化を受けていないETが直接達することにより、IL-1などのメディエータの産生・分泌が亢進し、生体全体および肝臓の代謝亢進をもたらし、一方、ETの腹腔内投与ではこのような機序がおきにくいものと思われた。

 2.体重は、全ての実験のET群において、ET投与開始3日目に、C群に比較して有意に低下した。そのメカニズムとしては、食欲減退、骨格筋蛋白の分解亢進、脂肪の異化亢進などが考えられ、ETによりマクロファージ系から分泌されたIL-1やTNFの影響と思われた。腹腔内間欠投与でのみ、7日、14日目になお、ET群がC群に比較して有意の低値を示した。脾臓マクロファージのIL-1産生・分泌が亢進していることからもわかるように、腹腔内間欠投与ではETに対する反応性がまだ保たれており、これは投与様式に関係した何らかの影響であると思われた。門脈内持続投与実験のpair-fed群で、RMEはC群と有意差がなく、体重は3日目でC群に比べて有意に低下したので、本研究においてみられた体重減少の主な原因は、食欲減退と思われた。

 3.C3は、ETにより肝での産生・分泌が高められる一方、ETが補体系を活性化するので消費される。本研究では、腹腔内間欠投与でのみ、実験を通じて、ET群でC群に比較して有意にC3値が低く、これは、間欠投与という投与様式による何らかの影響で、C3の産生・分泌を消費が常に上回ったと思われた。

まとめ

 1.エンドトキシンを、腹腔内間欠投与、腹腔内持続投与、門脈内持続投与の3つの方法で、モルモットに投与した。

 2.エンドトキシンの門脈内持続投与でのみ、代謝亢進がみられた。

 3.エンドトキシンの腹腔内間欠投与で、実験期間を通じて体重、および血中補体3の減少がみられた。

 4.エンドトキシンの腹腔内投与において、持続投与は間欠投与に比較して、より速やかに耐性を生じることが示された。

 以上から、エンドトキシンの侵入経路や侵入様式の違いで生体反応に相違が生じると考えられる。なお、モルモットにおける、エンドトキシン持続門脈内投与法は、実験動物において代謝亢進状態を作成するのに、適当なモデルと思われた。

審査要旨

 グラム陰性菌による感染や、グラム陰性菌およびエンドトキシンの腸管からのtranslocation(他臓器への移行)により、エンドトキシンが血中に侵入し、種々の生体反応を生じることが知られている。本研究はエンドトキシンの血中への侵入経路や侵入様式の違いが生体反応の変化に差異を生じるかを検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.エンドトキシンを、モルモットに腹腔内間欠投与、腹腔内持続投与、門脈内持続投与の3つの方法で長期投与したところ、門脈内持続投与でのみ代謝亢進がみられた。したがって代謝亢進が生じるには、ほとんど変化を受けていないエンドトキシンが直接肝臓に到達し、肝臓のクッペル細胞や血管内皮細胞、または直接肝実質細胞に作用することが重要と思われた。

 2.エンドトキシンの3つの投与法のうち、腹腔内間欠投与でのみ、実験期間を通じて体重および血中補体3の減少がみられた。したがって体重減少や、血中補体3の減少にはエンドトキシンが間欠的に投与されることが重要と考えられた。その理由を解明するために、エンドトキシン投与終了後の脾臓マクロファージのインターロイキン1の産生・分泌能を測定した。腹腔内間欠投与では、エンドトキシン刺激によるインターロイキン1の産生・分泌能亢進が、エンドトキシン投与終了後も保持されているのに対し、腹腔内持続投与ではそれがみられなかった。したがって腹腔内間欠投与では実験期間を通じてエンドトキシンに対する反応性が保たれており、体重減少、血中補体3の減少が持続したと思われた。

 3.上記したように、エンドトキシン長期投与後の脾臓マクロファージのインターロイキン1の産生・分泌能亢進は、エンドトキシン刺激に対し、腹腔内間欠投与では保持されており、腹腔内持続投与ではみられなかった。したがってエンドトキシンの腹腔内投与において、持続投与は間欠投与に比較して、より速やかに耐性を生じることが示された。

 以上、本論文はエンドトキシンの侵入経路や侵入様式の違いで生体反応に相違が生じることを明らかにした。また、これまで報告されていない、小動物にエンドトキシンを投与して代謝亢進を生じさせることに成功した。本モデルは、今後小動物の代謝亢進モデルとして活用されることが期待され、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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