現代の母親の母性性の意識とその行動が日常生活、対児関係においてどのように表現されているのか、その実態を探り、それらの表現を自我状態に分類して、母性性を包括的に把握する方法を検討する目的で、調査を行った。 調査Iでは、"母性性"のイメージを明らかにする目的で、講演会参加者521名(10-70歳代、男性39.0%)を対象に、現代人の持つ"母性性"とそれに関係する"女性性"、"父性性"、"男性性"のイメージについて、無記名自記式のアンケート調査を行った。その結果、"父性性"と"男性性"のイメージは似ているが、"母性性"と"女性性"のイメージは前者と比較して異なっており、"母性性"の要素には男性の持つ特徴も含まれていた。 調査IIは、調査Iの結果を基に、母性性の意識や行動を交流分析における自我状態に分類して把握し、母親の生育歴や母性理念との関係について検討することを目的として、都内私立幼稚園児の母親405名(平均33.9±3.9歳)を対象としたアンケート調査である。調査は無記名自記式の質問紙法により行われた。調査内容は4部からなる。1)個人プロフィール、2)「母性性発達項目」:過去の研究において、母性性の発達を促進すると云われる「発達促進項目」と阻害すると云われる「発達阻害項目」、3)調査Iの母性性のイメージを基に、エゴグラムの質問肢から作成した「母性性の意識と行動調査票」、4)花沢成一による「母性理念質問紙」。ピアソンの単相関係数、重回帰分析、Student t検定、及びWilcoxon順位和検定を用いて検討し、以下の結果を得た。 1)母性性の「発達促進項目」や母性理念と、「母性性の意識と行動調査票」の得点の間に有意の関連を認め、「母性性の意識と行動調査票」の適応の妥当性が示された。 2)母性性の「発達促進項目」の得点が高く、母性性を発達させる環境に恵まれていた者では、「母性性の意識と行動調査票」の得点も高かった。また、「発達阻害項目」との接触の少なかった者では、自我状態の「養育的親」および「自由な子供」の得点が高かった。 3)「母性性発達項目」の質問文に因子分析を行った結果、母親のライフステージに沿った5因子が抽出された。それぞれの因子と「調査票」の関係を調べると、妊娠から現在の環境に関する因子が「調査票」の得点と関連していた。 4)母親の平均年齢(33.9歳)を境とした年齢群別比較では、高年齢群において、「母性性の意識と行動調査票」のうち、エゴグラムの「自由な子供」に相当する質問の得点が低かった。 5)母親の職業の有無により、「母性性発達項目」、「母性性の意識と行動調査票」および「母性理念質問紙」の得点に差を認めなかった。 6)家族形態による比較では、3世代同居家族の母親は、核家族の母親より、母性理念の肯定が強かった。 7)子どもに関する悩み別に見ると、「育児方針」を挙げた母親は「特になし」と回答した母親と比較して、「発達阻害項目」の得点が低く、「母性理念否定項目」の得点が高い傾向があった。 8)「母性性の意識と行動調査票」の質問文に、クラスター分析を行った結果、エゴグラムの自我状態別に分類された。自我状態別に見ると「養育的親」のみならず、「批判的親」、「自由な子供」、「順応した子供」に相当する質問の得点と「母性性発達項目」や「母性理念質問紙」との間にも関連が認められ、母性性には「養育的親」以外の自我状態も関わっていることがわかった。 これらの結果から、母性性の発現に、出産、育児経験が強く影響していたことがわかった。また、従来の本邦における、エゴグラムを用いた母性研究では、「優しさ」や「思いやり」に代表される「養育的親」を母性性の指標として用いていた。しかし、本研究において、「厳しさ」を含む「批判的親」や、「明朗」を含む「自由な子供」、「忍耐」を含む「順応した子供」などの自我状態の要素も、母性性の一部として表現されていることがわかった。このことより、日本人の母性性の意識や行動について評価する際には、自我状態の「養育的親」だけに注目するのではなく、他の要素の発達状態についても考慮し、包括的に考える必要があると考えられた。 調査Iの母性性のイメージと調査IIの調査用紙の臨床的有用性を、症例研究により検討した。調査Iの母性性のイメージを患者に尋ねたところ、イメージは患者の人生経験や心理的背景を反映しており、患者の母子関係における問題の発見や把握に有用であった。そして、母子関係の認知に関する心理療法により変化し、一般人のイメージ(調査Iの結果)に近づいたことから、母性性のイメージは治療の評価への応用も可能であると考えられた。調査IIの調査用紙を用いた症例では、心理療法により母子関係の認知の変容が促されるに従い、「母性性発達項目」の親子関係に関する設問や、「母性性の意識と行動調査票」の子供に対する態度に関する設問の回答に変化が見られた。このように、調査IIの調査用紙は、自らの母親との関係に問題を有し、子供との関係に悩む母親の治療の評価に有用であり、また患者の治療意欲の喚起を促す効果もあった。以上のように、今回の調査内容は、臨床現場における応用も可能であった。今後、症例を重ねる事により、更なる臨床適応範囲の拡大が期待される。 |