学位論文要旨



No 212368
著者(漢字) 東舘,栄
著者(英字)
著者(カナ) ヒガシダテ,サカエ
標題(和) 過シュウ酸エステル化学発光検出 : 高速液体クロマトグラフィーによるステロイドおよびカテコールアミンの高感度測定
標題(洋)
報告番号 212368
報告番号 乙12368
学位授与日 1995.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12368号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨

 生体中微量物質の定量法に要求される高感度および高選択性を達成するために、高速液体クロマトグラフィー(high-performance liquid chromatography,HPLC)の検出には蛍光法が主として用いられてきた。しかし、蛍光検出法では物質励起に光源を用いるためフローセルによる散乱光が生じ、このため検出感度を上げても散乱光によるベースラインも上昇してしまい、シグナル/ノイズ(S/N)比を上げることができず、得られる感度に限界があった。

 蛍光検出法におけるこのような問題点を解決する方法として、化学発光(chemiluminescence、CL)検出法が近年開発されてきた。化学発光検出法においては物質励起を化学反応によって行うため、蛍光検出法におけるような散乱光を生じず、したがって蛍光検出法よりも検出感度(S/N)を上げることができる。なかでも、蛍光物質を高感度に検出できる過シュウ酸エステル(peroxyoxalate,PO)による化学発光反応(PO-CL)を用いる検出方法が知られている。本反応では、シュウ酸エステルとhydrogen peroxideとが反応して活性中間体が生成し、この活性中間体が蛍光物質を励起し、励起された蛍光物質が基底状態に戻ったときにそのエネルギー差として光(化学発光)が放出される。この放出された光の量を測定することにより蛍光物質の定量を行う。

 従来、このPO-CL法をHPLCの検出に用いて、1)oxo-steroidのcarbonyl基に5-N,N-dimethylaminonaphthalene-1-sulphonohydrazide(DNS-hydrazine)を反応させて得られた蛍光誘導体、2)catecholamineのアミノ基にfluorescamineを反応させて得られた蛍光誘導体、3)アミノ酸のアミノ基に5-N,N-dimethylaminonaphthalene-1-sulphonyl chloride(DNS-C1)を反応させて得られた蛍光誘導体、4)dipyridamoleなどの蛍光を有する薬物、などのsub-fmolから数10fmolレベルの検出がなされることが判ってきた。

 しかしながら、1)oxo-steroidについては、蛍光誘導体化によって得られた5-N,Ndimethylaminonaphthalene-1-sulphonohydrazone(DNS-hydrazone)誘導体から2本のピークがクロマトグラム上に現われて測定の障害になる、2)carbonyl基を持たないhydroxysteroidについて検出が試みられていない、3)catecholamineについては、norepinephrineとdopamineの数10fmolレベルの検出がなされているが血中濃度を測定するには感度が足りず、またepinephrineについては検出がなされていない、といった問題点があった。

 本研究では、これらの問題点を解決するために種々の検討を行い、さらに得られた結果をもとに方法を組み立て、実際試料に応用し、本法の実用性を高めることを目的とした。

1.過シュウ酸エステル化学発光検出を用いたsteroidの高感度測定

 C18カラムを用いる逆相クロマトグラフィーにおいて、移動相中の有機溶媒の種類を変えることによってprogesteroneやtestosterone、corticosteroid類などのoxo-steroidのDNS-hydrazoneが1本のピークになるのではないかと考え、種々の有機溶媒とimidazole緩衝液とからなる混合溶媒を移動相に用いて検討した。その結果、tetrahydrofuran(THF)以外の有機溶媒を用いた場合には各oxo-steroidのDNS-hydrazoneから2本のピークが現れたが、THFを有機溶媒として含む移動相を用いることにより各oxo-steroidのDNS-hydrazoneを1本のピークとして溶出させることができた(図1)。

図1 移動相有機溶媒にacetonotrileまたはTHFを用いた時のtestosteroneのDNS-hydrazoneのクロマトグラム(a)のピーク1と1’および(b)のピーク1,testosteroneのDNS-hydrazone(16pmol).分離カラム,Finepak SIL C18S(150mmL.x4.6mmI.D.,5m);カラム温度,40℃.移動相:(a),50mM imidazole緩衝液(nitrate,pH 6.0)-acetonitrile(65+135,v/v);(b),50mM imidazole緩衝液(nitrate,pH 6.0)-tetrahydrofuran(105+95,v/v);流量,1.0ml/min;励起波長350nm,蛍光波長505nm.

 この1本のピークを分取し、移動相有機溶媒にacetonitrileを用いる条件で分離したところ2本のピークとして溶出し、oxo-steroidのDNS-hydrazoneから現われる2本のピークと同じ位置に溶出した。さらにこの2本のピークを分取して円偏光二色性スペクトルを測定したところ両者に違いがあることがわかり、これら2つはantiとsynのconformerではないかと考えられた。THFを移動相有機溶媒とするとき1本のピークを与えたのは、THFの高い極性がDNS-hydrazoneの溶解を容易にし、DNS-hydrazoneの官能基とC18カラム表面との相互作用を減少させたためと考えられる。

 以上の分離条件の検討をもとにし、シュウ酸エステルとしてbis|4-nitro-2-(3,6,9-trioxadecyloxycarbonyl)phenyl| oxalate(TDPO)を用いた化学発光法によりoxo-steroidの高感度検出を検討した。この際、蛍光誘導体化に用いた過剰の試薬は分子排除クロマトグラフィー(gelpermeation chromatography,GPC)により取り除いた。この結果、過剰の試薬に由来するベースラインの上昇を抑えることができ、各oxo-steroidを2-4fmolの高感度で検出できた(図2)。

 ついでこの方法を、前処理した胆汁鬱滞患者尿試料に適用したところ、gas chromatography-mass spectrometry(GC-MS)法によって最近見いだされた異常代謝物である7-hydroxy-3-oxo-5-cholanic acidを検出できた(図3)。

図表図2 過シュウ酸エステル化学発光検出によって得られたoxo-steroidのDNS-hydrazoneのクロマトグラム / 図3 胆汁鬱滞患者の尿から得られたクロマトグラム(a)とoxo-bile acidのDNS-hydrazoneのクロマトグラム(b)

 3または3位に水酸基を有するbile acidやsteroidに関しては、hydroxysteroid dehydrogenase(HSD)の固定化酵素カラムリアクターを用いて対応するoxo-bile acidやoxo-steroidに変換し、抽出後DNS-hydrazineと反応させてDNS-hydrazoneに誘導体化し、THFを移動相有機溶媒とするHPLC-PO-CL法によって分離し、検出した。その結果、15種のbile acidや3-hydroxy-bile acid、3-または3-hydroxysteroidのfmolレベルの検出を実現した。

2.過シュウ酸エステル化学発光検出を用いたcatecholamineの高感度測定

 本研究では、交感神経機能を反映すると考えられている血中catecholamine(CA)の超微量定量法を開発することを目的とした。このため、C18の分離カラムを用いてnorepinephrine(NE)、epinephrine(E)、dopamine(DA)の各CAを分離し、カラムからの溶出液にethylenediamine(ED)を含む蛍光試薬溶液を混合し、反応コイル中でCAを蛍光物質に誘導体化し、反応コイルからの混合液にTDPOを含む発光試薬溶液を混合し、得られた最終混合液を化学発光検出器に導いて生成した化学発光を検出する系を考案した(図4)。蛍光試薬溶液には後の化学発光反応の触媒として必要なimidazoleを添加してあり、化学発光試薬溶液には反応コイルからの混合液のpHを調整するためにtrifluoroacetic acid(TFA)を加えた。

図4 分析システムの流路図1,移動相送液用ポンプ;2,インジェクター;3,分離カラム;4,カラム恒温槽;5,蛍光試薬溶液送液用ポンプ;6,回転流型混合器;7,反応コイル;8,反応恒温槽;9,発光試薬溶液送液用ポンプ;10,回転流型混合器;11,化学発光検出器

 この分析システムを用いて、1)移動相を構成する緩衝液、2)蛍光試薬溶液を構成する有機溶媒とこれに溶解したEDとimidazoleの濃度、3)発光試薬溶液を構成する有機溶媒とこれに溶解したTFAとhydrogen peroxideの濃度、について最適化を行ない、HPLC-ethylenediamine縮合反応-過シュウ酸エステル化学発光検出システム(HPLC-ED-PO-CL)を開発した。その結果、S/N=2における検出限界はすべてのCAについて1fmolであった(図5)。この検出限界は電気化学検出法よりも3-6倍、diphenylethylenediamine(DPE)を用いたプレカラム蛍光誘導体化法よりも1-2倍低かった。

図5 化学発光検出によるcatecholamine標準混合液のクロマトグラム注入試料,0.1mM perchloric acidに溶解して調製した標準混合液(50 l). ピーク: NE,norepinephrine(500 fmol);E.epinephrine(500 fmol);I.S.,3,4-dihydroxybenzylamine(50 pmol.内部標準物質);DA,dopamine(500 fmol).分離カラム,Catecholpak(150mmL.x4.6mmI.D.,5m);カラム温度, 40℃; 移動相, 1 mM sodium hexanesulfonateを含む50mM potassium acetate(pH 3.20)-50 mM potassium phosphate(pH 3.20)-acetonitrile(92.15+4.85+3,v/v/v);流量,0.5ml/min;蛍光試薬溶液,105mM EDおよび175mM imidazoleをacetonitrile-ethanol(90+10,v/v)に溶解して調製;蛍光試薬溶液流量,0.25ml/min;蛍光反応のための反応コイル,15mL.x0.5mmI.D.;反応槽温度,80℃;発光試薬溶液,0.25mM TDPOと150mM hydrogen peroxide,110mM TFAをdioxane-ethyl acetate(50+50,v/v)に溶解して調製;発光試薬溶液流量,1.4ml/min.

 つぎに本法を人およびSprague-Dawley(SD)ラット血漿中CAの定量に適用した。内部標準物質として3.4-dihydroxybenzylamine(DHBA)を用い、aluminaを使って血漿(100l)からCAを抽出し、0.1M perchloric acid(100l)でCAを溶出し、得られた溶出液のうち50lを分析システムに注入した。その結果、人血漿中CA濃度はNE4.0pmol/ml、E0.28pmol/ml、DA0.24pmol/mlであり(図6)、これらの濃度は他法の報告の正常値の範囲内であった。ラット血漿中CA濃度はNE1.21pmol/ml、E0.12pmol/ml、DA0.64pmol/mlであり(図6)、これらの濃度は、radioenzymic-paper chromatographyによって以前に求められた濃度より低い値を示した。

図6 人(a)およびSprague-Dawleyラット(b)の血漿から得られたクロマトグラム注入試料、50 lの抽出液. ピーク: NE, norepinephrine; E,epinephrine; I.S., 3,4-dihydroxybenzylamine(内部標準);DA,dopamine.測定条件は図5と同一.

 電気化学検出法で必要とされる人血漿500-1000l、radioenzymic-paper chromatographyで必要とされるラット血漿400lに比較して、本法では人およびラット血漿で100lで十分であり、このような高感度化が実現したことによって、交感神経機能を反映する血中CA濃度を1匹のラットを用いてモニターできる可能性が得られた。

 この一例としてカルシウム拮抗薬のdiltiazemを選び、この溶液をSDラットの大腿静脈から流量を変化させて連続的に投与し,その間1匹ずつのラットから頸静脈を通して,diltiazem投与前、投与後経時的に血液(150l)を採取し、得られた血漿の中のCA濃度をHPLC-ED-PO-CL法を用いて測定した。血圧は大腿動脈を通して測定し、麻酔状態を維持するためにpentobarbitalを他方の大腿静脈から連続的に投与した。

 その結果、使用した5匹のラットの内4匹において、diltiazemの連続投与によって血漿中NE濃度の上昇と平均動脈血圧の降下とが起こった。Diltiazemによる血圧の降下量は血漿中NE濃度の対数と負の相関を示し、Y=logX+mという関係式で表せた(図7)。ここでY、、X、mはそれぞれ平均動脈血圧、傾き、血漿中NE濃度、切片を示す。この時、相関係数はそれぞれ-0.9506、-0.9293、-0.9341、-0.8675と良い値を示したが、残りの1匹のラットについてはこれらに較べて-0.0799と悪く、これは実験手技の未熟さと思われた。相関係数が良かったラットの結果より考えると、diltiazemによる血圧降下に反応して血圧を正常に保つために、交感神経系がNEを放出したことが示唆された。

 同時に測定したEについては5匹中3匹について相関係数が-0.9579、-0.8919、-0.7100と比較的良かったが(図8)、残りの2匹のうち1匹は相関が悪く(r=-0.6148)、もう1匹は採血したほとんどの点でE濃度が検出限界以下であったので相関が求められなかった。DAについては5匹とも良い相関が得られなかった。これは血漿中DAは血圧の変動と対応していないためと思われた。このように、diltiazem投与後の血圧低下に対応する血漿中CAの挙動を1匹のラットで知る手段を提供できたと考えられる。この方法は、現在その他のカルシウム拮抗薬などを用いる交感神経機能の究明に適用されている。

図表図7 Diltiazemの連続投与によって得られた平均血圧と血漿中norepinephrine濃度の対数との相関(Sprague-DawleyラットNo.1) / 図8 Diltiazemの連続投与によって得られた平均血圧と血漿中epinephrine濃度の対数との相関(Sprague-DawleyラットNo.2)
審査要旨

 本論文は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の検出部に、過シュウ酸エステル化学発光反応を用いる高感度分離分析法を、ステロイドおよびカテコールアミンの定量に適用し、それらが実際試料に適用可能かどうかを検討したものである。

 1.過シュウ酸エステル化学発光検出を用いたステロイドの高感度測定

 従来、オキソステロイドのカルボニル基にダンシルヒドラジンを反応させて逆相HPLCで分離すると、クロマトグラム上2つのピークが検出されることが判っていたが、東館は種々検討の結果、テトラヒドロフランを含む移動相を用いることにより、これらを1本のピークとして溶離させ、ピーク濃度を高め検出感度を上げることが出来た。これはテトラヒドロフランの高い極性がダンシルヒドラゾンの溶解を容易にし、この官能基とC18カラム表面との相互作用を減少させたためと考えられる。これら2本のピーク画分は,単離後、円偏光二色性スペクトロメトリーの結果より、antiとsynの立体異性体ではないかと推察している。

 次に、シュウ酸エステルとしてTDPOを用いた化学発光法による検出を検討した。この際、蛍光誘導体化に用いた過剰の試薬は分子排除クロマトグラフィーにより取り除いた。この結果、過剰の試薬に由来するベースラインの上昇を抑えることができ、各オキソステロイドを2-4fmolで分離検出できた。本法を用いると3-ヒドロキシステロイドを、酵素酸化後オキソステロイドに導き定量出来ることも判明した。

 ついでこの方法を胆汁鬱滞患者尿試料に適用したところ、異常代謝物である7-ヒドロキシ-3-オキソ-5-コラン酸を検出できた。

 2.過シュウ酸エステル化学発光検出を用いたカテコールアミンの高感度測定

 3種カテコールアミン(ノルエピネフリン、エピネフリン、ドバミン)をC18カラムを用いて分離し、カラムからの溶離液にエチレンジアミンを含む蛍光試薬溶液を混合し、反応コイル中でCAを蛍光物質に誘導体化し、反応コイルからの混合液にTDPOを含む発光試薬溶液を混合し、得られた最終混合液を化学発光検出器に導いて生成した化学発光を検出する系を考案した。この分析システムを用いて、蛍光反応、発光反応の最適化を行った結果、S/N=2における検出限界はすべてのCAについて1fmolであった。

 ついで本法を人およびSDラット血漿中CAの定量に適用した。ラット血漿中CA濃度は各々1.21pmol/ml、0.12pmol/ml、0.64pmol/mlであった。電気化学検出法では人血漿500-1000l、放射性同位元素を利用する酵素法ではラット血漿400lを必要とされるのに対し、本法では人およびラット血漿100lで十分であり、このような高感度化が実現したことによって、交感神経機能を反映する血中CA濃度を1匹のラットを用いてモニターできる可能性が得られた。

 一例としてカルシウム拮抗薬のジルチアゼムを選び、これをSDラットに連続的に投与し、投与前、投与後経時的に血液(150l)を採取し、得られた血漿中のCA濃度を本法を用いて測定した。その結果、使用した5匹のラットの内4匹において、血圧の降下は血漿中ノルエピネフリン濃度の対数と負の相関を示した。相関係数はそれぞれ-0.9506、-0.9293、-0.9341、-0.8675であった。エピネフリンについても同様の結果が得られたが、ドパミンについては5匹とも良い相関が得られなかった。これは血漿中ドバミンは血圧の変動と対応していないためであると思われる。これらの結果は、ジルチアゼムによる人為的血圧降下に反応して、血圧を正常に保つために交感神経系が活性化されノルエピネフリンおよびエピネフリンが放出されたことを示している。このように本法は、交感神経機能を1匹のラットで定量的に知る手段として有用であると思われる。現在高血圧疾患に於ける交感神経機能究明に適用されつつある。

 以上のように、本論文はオキソないしヒドロキシステロイド、ならびにカテコールアミンの、実用的な高感度分離定量法の確立を目指して詳細な検討を行い、その結果をもとに得られた方法を実際試料へ適用し、その実用性の評価を行っているものであり、薬学の分析化学および他領域分野の研究の進展に寄与すると思われ、博士(薬学)論文として相応しいと認めた。

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