学位論文要旨



No 212369
著者(漢字) 丸屋,剛
著者(英字)
著者(カナ) マルヤ,ツヨシ
標題(和) コンクリート中の塩化物イオンの移動に関する解析手法の構築
標題(洋)
報告番号 212369
報告番号 乙12369
学位授与日 1995.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12369号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 助教授 前川,宏一
内容要旨

 鉄筋コンクリート構造物の塩害による劣化現象が社会問題化して以来,社会基盤としてこれまでに建設されてきた数多くの構造物の供用を継続する上で また,今後建設される構造物を有効にかつ長期間使用するために,耐用年数の予測等も含めた維持補修技術および耐久的な材料の開発や耐久設計等に関わる耐久性向上技術の確立が急務となっている。このためには,塩害劣化現象を適切に解明し,劣化の進行を予測する手法を構築することが必要不可欠の課題となる。鉄筋コンクリート構造物の塩害劣化は鉄筋の腐食を主原因とするものであり,鉄筋の腐食を引き起こす要因の一つである塩化物イオンは,海水や融氷剤からコンクリート中に浸透する場合と,細骨材などのコンクリート構成材料に含まれている塩化物イオンが練混ぜによりコンクリート中に侵入する場合とが考えられる、したがって,塩化物イオンがコンクリート表面からどのような機構で浸入するか,また,コンクリート中でどのような挙動を示し移動するかを解明することが,鉄筋コンクリート構造物の耐久性向上技術や維持補修技術の確立に重要となる。本研究はこのような背景のもとに,海水の塩化物イオンに起因する鉄筋コンクリート構造物の塩害劣化現象を対象として,とくに実際の海洋環境下で劣化の激しい飛沫帯,いわゆる乾湿繰返し環境下における塩化物イオンの浸入機構と,コンクリート中での塩化物イオンの挙動と移動の機構を明らかにし,コンクリート中の塩化物の移動を解析する手法を構築することをその最終的な目的としたものである。

 解析手法は,全塩化物と自由塩化物との平衡関係を表す塩化物分類モデル,炭酸化によるその平衡関係の変化を表す炭酸化遊離モデル,コンクリート表層部における塩化物の濃縮を表す表層部濃縮モデルと,フィックの第1法則に基づく拡散理論を用いた塩化物イオンの移動に関する部分,および,炭酸化の影響に関する評価や塩化物イオン濃度の算出に必要な相対湿度や含水量を求めるための水分の移動に関する部分から構成されている。このように,コンクリート中での塩化物イオンの挙動をモデル化し,塩化物イオンの移動の解析手法に水分の移動も組み込むことにより,コンクリート中を移動する因子を塩化物イオンとして明確化し,あわせて乾湿繰返し環境における解析を可能にしたことが本研究で構築した解析手法の大きな特徴である。

 乾湿繰返し環境については,乾燥から湿潤に移行するとき,コンクリート中の乾燥部分は塩化物イオンを含む海水あるいは浸漬液で瞬間的に飽水状態となるとして,これを乾湿繰返しモデルと定義する。したがって,塩化物イオンが環境から水分とともにコンクリート中に浸入することにより,乾燥から湿潤状態に変化した部分の全塩化物量は瞬間的に増加することとなる。

 塩化物分類モデルは,固定塩化物量の全塩化物量に対する比率を固定化係数fixedとして以下に示すように定式化した。

 

 ここに,Cfixed:固定塩化物量,Cfree:自由塩化物量,Ctot:全塩化物量,fixed:固定化係数である。

 炭酸化遊離モデルは,固定塩化物の遊離率を炭酸化係数cとして以下に示すように定式化した。

 

 ここに,C’fixed:炭酸化を考慮した固定塩化物量,Cfixed:炭酸化を考慮しない固定塩化物量,C’free:炭酸化を考慮した自由塩化物量,Cfree:炭酸化を考慮しない自由塩化物量,c:炭酸化係数である。

 コンクリート表層部における塩化物イオンの濃縮現象をモデル化した表層部濃縮モデルは以下に示すように定式化した。すなわち,コンクリート表面における塩化物イオンの拡散流束を濃度拡散による流束と擬似吸着による流束Scの和とする。

 

 ここに,F’c:擬似吸着も考慮するときのコンクリート表面における塩化物イオンの拡散流束,Fc:濃度拡散のみを考慮するときのコンクリート表面における塩化物イオンの拡散流束,Sc:表層濃縮のみ全考慮するときのコンクリート表面における塩化物イオンの拡散流束である。

 本研究で構築した解析手法の妥当性を検証するために実施した室内実験は,塩化物溶出実験,塩化物浸透実験,炭酸化濃縮実験および乾湿繰返し実験である。塩化物溶出実験とは,コンクリート表層における塩化物イオンの濃縮の影響を除外し,コンクリート表面と内部における塩化物イオンの見掛けの拡散係数を算出するため,あらかじめ塩化物を含む試験体から塩化物イオンが溶出する条件下で実験を行ったものである。塩化物浸透実験とは,塩化物溶出実験から得られる塩化物イオンの見掛けの拡散係数を用いて,コンクリート表層における塩化物イオンの濃縮現象を解析的に明かにするために,塩化物イオンが外部からコンクリート内部に浸透する条件下で実験を行ったものである。炭酸化濃縮実験とは,乾燥条件におけるコンクリート中の水分量の変化,炭酸化による固定塩化物の遊離を定量的に明かにするために,あらかじめ塩化物を含む試験体を二酸化炭素濃度を変化させた乾燥条件下に曝露する実験と,水和率を算出するために完全密封条件下における実験も行ったものである。乾湿繰返し実験とは,塩化物溶出実験から得られる塩化物イオンの見掛けの拡散係数,および炭酸化濃縮実験から得られる固定塩化物の遊離性状等から,乾湿繰返し環境下での塩化物イオンの移動を解析的に明かにするために,試験体の乾燥と食塩水浸漬を交互に繰返す実験を行ったものである。

 コンクリート中の塩化物イオンの挙動に関するモデルの定式化は各実験ごとから,また,移動に関する解析手法の妥当性の検証は各実験の相互の関連から行った。塩化物分類モデルでは,固定化係数fixedを全塩化物量Ctotの関数として表すことが,炭酸化遊離モデルでは,炭酸化係数cを細孔中の相対湿度RHcの関数として表すことが,表層部濃縮モデルでは,擬似吸着のみによる流束を表層部の自由塩化物量の関数として表すことができた。最終的には,乾湿繰返し実験の結果を塩化物溶出実験,塩化物浸透実験および炭酸化濃縮実験の結果から定式化した各モデル,および,塩化物イオンの見掛けの拡散係数,水蒸気の見掛けの拡散係数のみを用いて解析し,本研究で構築した解析手法の乾湿繰返し環境に対する適用妥当性を明らかにした。これにより,本研究の最終的な目的が達成されたことになる。

 本研究で構築した解析手法を実環境に適用する方法として,実環境を海中,感潮部,飛沫帯に分類し,それぞれの環境でコンクリート表面における塩化物イオンの浸透機構を分けた。海中ではコンクリートが常時飽水状態にあることから,コンクリート表面では擬似吸着および拡散により塩化物イオンが浸透し,内部では拡散により移動するものとする。感潮部では潮汐により乾湿繰返しの影響を受け,とくに平均水面では潮汐により1日2回の乾湿燥返しがあることから,湿潤1日+乾燥1日のサイクルで乾湿繰返しが起きるものとして解析手法を適用する。飛沫帯では感潮部よりもさらに乾燥期間が長いため,乾湿繰返しの影響を大きく受ける。したがって,湿潤1日+乾燥2日-100日のサイクルで乾湿繰返しが起きるものとして解析手法を適用する。

 本解析手法は塩化物イオンの移動を対象としたものであるが,コンクリート中の含水状態も塩化物イオン濃度と同時に算出できることから,鉄筋腐食因子である水分および酸素の供給に関する解析にも有効な手法である。したがって,本研究で構築した解析手法を鉄筋の腐食に関する解析手法に発展させて構造物の耐力に関する解析手法等と組み合せ,マクロ的には同一環境であってもミクロ的には異なる環境条件の影響,および材料の不均一性が塩化物イオンの見掛けの拡散係数に及ぼす影響の評価手法を明らかにすることにより,鉄筋の腐食によるコンクリート構造物の劣化の進行予測を可能とすることが,今後の課題である。

審査要旨

 鉄筋コンクリート構造物の塩害による劣化は、コンクリート中の鋼材腐食を主原因とするものであり、この劣化問題は社会的にも重要な問題として位置づけられている。この塩害の原因となる塩化物イオンが外部環境等からどのような機構で進入するか、コンクリート中でどのような挙動を示し移動するかは必ずしも十分明らかにされてはおらず、鉄筋コンクリート構造物の耐久性向上技術や維持補修技術の確立にとって重要な問題である。本研究では、このような背景のもとに特に実際の海洋環境下で劣化の激しい飛沫帯における塩化物イオンの進入機構と、コンクリート中での塩化物イオンの挙動と移動の機構を明らかにし、コンクリート中の塩化物の移動を解析する手法を構築することを目的としたものである。

 第1章は序論であり、本研究の背景、目的、方法について述べている。

 第2章では、既往の研究の成果と本研究の背景に関わる問題点の抽出を行っている。特に従来の研究では、コンクリート中を移動する塩化物は含水状態によって大きく変化することや、固相に存在する塩化物との平衡状態を考慮せずに移動のみで塩化物イオン濃度の変化を論じるなどの問題点が存在することを指摘している。

 第3章では、本研究で構築されたコンクリート中の塩化物イオンの移動に関する解析手法の全体構成を示しており、この解析方法を乾湿繰返しを含む種々の環境に置かれたコンクリートに対してどのように適用して解析を行うかについて論じている。また、解析手法の構成要素である塩化物イオンの挙動に関するモデルと移動に関する理論が解析手法の中にどのように組み込まれているかを数値計算法として論じ、解析手法の全容を明らかにしている。

 第4章では本研究で構築した解析手法を検証するために行った検証実験について説明しており、本研究で実施した検証実験の種類とその相互関係について述べている。

 第5章から第7章までは本研究において考案されたコンクリート中の塩化物イオンの挙動に関するモデル、すなわち塩化物分類モデル、炭酸化遊離モデルおよび表層部濃縮モデルについて、その考案理由、モデル化の方法と検証実験による定式化などについて論じている。第5章では全塩化物を細孔中を移動しない固定塩化物と細孔中を移動する自由塩化物とに分類し、固定塩化物量と自由塩化物量をそれぞれ全塩化物量の関数とするモデルについて論じている。

 第6章では、固定塩化物が炭酸化により分解する現象を定量化するためのモデルについて論じており、固定塩化物の遊離率を細孔中の相対湿度の関数としている。また、炭酸化と密接に関わるコンクリートの乾燥、すなわち水蒸気の移動や最高量の変化についても詳細に論じている。

 第7章では、海水等と接するコンクリート表層の細孔溶液中の塩化物イオン濃度が、海水等外部の塩化物イオン濃度よりも高くなる現象を定量化するモデルについて論じている。また、フライアッシュや高炉スラグ微粉末がコンクリート表層部分における塩化物イオンの濃縮に及ぼす影響についても考察を加えている。

 第8章では、塩化物の溶出環境、塩化物の浸透環境および乾燥環境における実験結果に上記解析手法を適用して、その妥当性を明らかにしている。

 第9章では、本研究の最終的な目標である乾湿繰返し環境をモデル化して、実験によりその妥当性を確認している。さらに、実際の海洋環境にある構造物への適用方法について論じている。

 第10章は結論であって、本論文で得られた成果をまとめている。

 以上を要約すると、本研究はコンクリート中の塩化物イオンの挙動および移動に関するモデルおよび解析手法を構築し、実構造物で最も塩害による被害の大きな飛沫帯に相当する乾湿繰返し環境における解析を可能にし、コンクリート構造物の塩化物イオンによる劣化予測手法の確立および耐久性向上技術に貢献するもので、コンクリート工学の発展に寄与するところ大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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