学位論文要旨



No 212372
著者(漢字) 小林,智尚
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,トモナオ
標題(和) 波動場直立円柱まわりの局所洗掘と流れに関する研究
標題(洋)
報告番号 212372
報告番号 乙12372
学位授与日 1995.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12372号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,晃
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 河原,能久
内容要旨

 近年,海岸・沿岸域での開発がさかんに進められており,様々な種類の構造物が建設されるようになっている.これらの構造物に関する諸問題は多角的に解析・検討されているが未だ十分とは言い難い点も残されている.海岸・沿岸構造物まわりに発生する局所洗掘はこれらの構造物の安全性などの面から工学的にも重要な項目である.しかしこの局所洗掘現象が複雑であるために,経験的あるいは予備実験による評価にとどまっているのが現状である.そこで本論文では海岸・沿岸構造物としては比較的一般的な直立円柱を対象とし,波作用下でこの直立円柱まわりに見られる局所洗掘現象の機構を明らかにした.さらにこれらの結果を踏まえて,様々な条件下での直立円柱まわりの局所洗掘を評価することを試みた.

 直立円柱まわりに発生する局所洗掘は底質の移動によるものであるが,この現象の機構を明らかにするためにはこの底質の移動を特徴づける流れの特性を把握する必要がある.ここではこの流れを明らかにするために,室内実験において直立円柱まわりの流速場を三次元空間的に計測し,この流速場の全体像を立体的に捉えた.測定の対象とした円柱まわりの流れはKeulegan-Carpenter数(K.C.数)が5.2という,波ごとの流況の周期性が高く沿岸方向に対称な流れである.この流れを二次元レーザ・ドップラー流速計を移動させながら各位相ごとの空間平均流速場の測定を行った.さらに流体の連続条件あるいはMASCONモデルを用いることにより最終的には三次元空間流速場を得た.測定の対象とした直立円柱は水平平板上に置かれたものと,あらかじめ移動床実験により得られた局所洗掘が発達した地形上でのものとした.まず波動場における水平平板上の直立円柱まわりの流れを詳細に測定・解析した結果,局所洗掘現象にかかわる流れとして,波のほぼ全位相において円柱表面に沿う比較的強い下降流が観察された.この下降流は底面上に大きな流速を誘導する原因となっている.この下降流は特に波の峰が通過する位相において円柱斜め前方に強く現れていた.また底面に粗度をつけた場合には滑面の場合に比べて強い下降流が現れていた.この下降流は,水面の局所的変位によって瞬間的に生じた圧力が直立円柱表面や底面上に発生する境界層を通して伝播し,それによって生じた圧力勾配により発生したものと考えられる.この下降流を補償する流れとして円柱よりやや離れた広い部分において弱い上昇流も見出された.一方,局所洗掘が発達した底面に置かれた直立円柱のまわりの流れでは,この複雑な底面地形の影響が現れていた.特に波の峰が通過する前後で円柱岸側に生じる剥離渦への影響が顕著であった.図1には水平面上と局所洗掘が発達した底面上において波の峰が通過してから/4位相後の円柱からの剥離渦の様子を渦度ベクトルで表したものである.流れは沿岸方向に対称であったために渦度ベクトルは片側のみを示している.水平平面上では直立円柱からの剥離渦は円柱とほぼ平行な軸を持っていた.しかしこの図が示すように局所洗掘が発達した複雑な地形上では剥離渦は三次元に変形しアーチ状の渦を形成していた.この剥離渦の変形は特に直立円柱の斜め岸側に位置している底面地形の凸部が原因となっている.このアーチ状の剥離渦は円柱岸側の底面上に大きな流速を誘導しており,移動床実験ではこの誘導流速により円柱岸側前面で特に局所洗掘が進んでいる様子が観察された.これらの測定・解析により,底面地形が局所洗掘を特徴づける直立円柱まわりの流れを複雑に三次元化している様子が明らかになった.さらに局所洗掘が発達し,底面の地形が変化するにしたがって,その底面の上の流れも変形していることを示している.

図1:局所洗掘が発達した底面上での波の峰通過/4位相後の渦度分布

 次にこの波動場における直立円柱まわり底面近傍の流れを数値シミュレーションにより再現することを試みた.シミュレーションには三次元離散渦法を用いた.離散渦法は流れ場を渦度場として表現して行う手法であり,他の手法に比べて比較的容易に流れを再現できる手法である.ここではこの手法を三次元に拡張して,先程の室内実験とほぼ同じ条件で直立円柱まわりの流れの再現を行った.その結果円柱からの剥離渦や底面ごく近傍での剥離渦の三次元変形などが再現できた.また計算の空間分解能が低いために室内実験の結果とは多少異なるが,剥離渦内での下降流も再現されていた.このように,空間分解能が多少低いものの,三次元離散渦法を用いて波動場における直立円柱まわり底面近傍の流れをほぼ再現することができた.

 以上の波動場における直立円柱まわりの局所洗掘現象に関する室内実験と数値シミュレーションの結果を踏まえ,様々な条件下での直立円柱まわりの局所洗掘を評価することを試みた.ここで対象としたのは局所洗掘によって生じる地形,最大洗掘深の発生位置とその時間変化,最終洗掘深である.まず局所洗掘地形が従来よりいわれているようにツノ状洗掘地形と逆円錐型洗掘地形に分類でき,さらにこれらがK.C.数によって整理できることを確認した.本論文ではこれらの洗掘地形の他に,ツノ状洗掘地形と逆円錐型洗掘地形の両方の特徴を備えた遷移洗掘地形を新たに導入し局所洗掘地形の分類・整理を行った.またツノ状洗掘地形では円柱斜め岸側のやや離れた点に最大洗掘深が発生し,逆円錐型洗掘地形では円柱沖側前面に最大洗掘深が発生することから,最大洗掘深発生位置を用いてこれらの局所洗掘地形の分類を行った.これによって観察者の主観なしに局所洗掘地形を分類することが可能となった.

 直立円柱まわりの局所洗掘の発達過程については各発達段階での洗掘地形と最大洗掘深に着目して解析を行った.洗掘地形の分類には先程と同様に最大洗掘深発生位置を用いた.まず発達段階の局所洗掘地形についてはツノ状洗掘地形,遷移洗掘地形,逆円錐型洗掘地形いずれの場合にも局所洗掘の初期段階から最終段階までその局所洗掘地形を保っていた.そして最大洗掘深発生位置も局所洗掘の初期段階から最終段階までほとんど変化していなかった.ただし円柱岸側前面が洗掘される場合には,先に述べた洗掘された地形による円柱からの剥離渦の三次元変形によって最大洗掘深発生位置が移動している場合が見られた.最大洗掘深はどの地形の場合にも局所洗掘初期段階に急激に大きくなり,その後,最終洗掘深へ漸近していた.この最大洗掘深を整理するにあたって図2に示すように時間tをt/(D2/)と無次元化することによってほぼ統一的な最大洗掘深の経時変化が得られた.ここでD,g,s,dはそれぞれ円柱直径,重力加速度,底質砂と粒径である.また縦軸のSt/Sは最終洗掘深に対する各段階の最大洗掘深の割合を示している.

図2:最大洗掘深の時間変化

 最後に最終洗掘深について整理・解析を行った.この最終洗掘深はシールズ数にはさほど明らかな関係は示さないものの,K.C.数に関係していることが見出された.特に工学上重要な,直立円柱表面に接した領域での最大最終洗掘深はK.C.数と明確な関係を示し,最終洗掘深Sは

 

 とほぼ表されることが明らかにされた.

 以上に述べたように本論文では波動場において直立円柱まわりに見られる局所洗掘現象を室内実験および数値シミュレーションを用いて詳細に解析を行った.そしてこの結果を踏まえ,様々な条件下での直立円柱まわりの局所洗掘をその局所洗掘地形や最大洗掘深とその発生位置,最終洗掘深について系統立てて整理・解析を行った.

図3:直立円柱表面に接した領域での最大最終洗掘深とK.C.数の関係
審査要旨

 本論文は、波作用下の水底面上におかれた比較的小口径の直立円柱周りの局所洗掘機構を明らかにするために、円柱周囲の流速測定や渦度算定ならびに流れ場の数値解析を行うとともに、実験結果に基づいて局所洗掘地形の特性等を論じたものであり、7章より構成されている。

 第1章「序論」では、本研究の背景として、水中円柱基部局所洗掘の研究の必要性を論じたのち、河川・海洋・海岸構造物周辺部の局所洗掘に関する既往の研究のレビューを行い、洗掘機構を明らかにするためには円柱周囲の流れ場を詳細に把握することが重要であることを示している。

 第2章は「円柱まわりの3次元流速分布の測定」と題する。ここでは、波動場におかれた直立円柱まわり底面近傍の流れを従来に比しはるかに精密に測定し、測定結果に基づいて明らかとなった流れ場の特徴を論じている。測定の対象とした底面条件は、滑面と粗面の平面ならびに粗度をつけた局所洗掘地形模型の3種類である。その結果、平面条件の場合には、1)波動場では馬蹄形渦は発生しないこと、2)全位相を通じ円柱表面に局所的な下降流が発生すること、3)円柱沖側に発生する剥離渦が発達したとき剥離渦の中心付近には上昇流が発生すること、4)底面のごく近傍の水平面内で空間的にも時間的にも最大流速の発生する点は円柱の斜め前面であり、この点は移動床実験で最大洗掘あるいは最大堆積を示す位置と一致すること、等を見出した。一方、局所洗掘地形の場合に対しては、1)円柱周囲の鉛直方向の流れは、平坦な底面の場合とは異なり、流れの乱れ分布の影響よりも底面の凹凸の影響の方がはるかに大きいこと、2)剥離渦が円柱表面からのみならず底面の凸部からも発生すること、3)特に円柱岸側では底面凸部からの剥離渦が円柱表面からの剥離渦と接続して半楕円形のアーチ状の大規模渦を形成すること、等が分かった。このような精緻な測定観測結果は、波作用下の円柱周囲の局所洗掘機構を特に底面近くの流れ場と関連づけて解釈するために極めて貴重な情報を提供するものと判定される。

 第3章「離散渦法による数値シミュレーション」においては、従来から2次元の流れ場の解析に多く用いられているが3次元場にはほとんど適用例のない離散渦法を、円柱周辺の3次元の流れ場の解析に適用することに成功している。まず従来の離散渦法を改良し、曲面状の固体境界を有するより一般的な流れ場の解析に拡張した点、ならびに3次元離散渦法にも適用可能な循環の減衰特性の評価式をあらたに提案した点など、本数値解析手法の根本的な改良の面で成果を挙げたことは高く評価される。さらに、提案した3次元離散渦法を波動場底面上円柱周辺の流れ場の解析に適用して数値シミュレーションを行った結果、1)やはり馬蹄形渦は発生しないこと、2)実験で観察されたものと定性的には一致する鉛直方向の流れが再現されること、3)剥離渦の円柱への再接近が円柱表面での大きな流速の誘導や新たな渦糸の生成を助長すること、などが確認された。

 第4章「円柱まわりの局所洗掘地形の分類」では、粒径の異なる5種類の砂を底質として用いた移動床実験を広範な波浪条件下で行った結果に基づいて、洗掘地形を分類・解釈している。具体的には、以下のことを明らかにした。1)波動場直立円柱周りの局所洗掘地形は、ツノ状洗掘地形、逆円錐型洗掘地形、およびこの両者の特徴を併せ持つ遷移洗掘地形の3種類に分類できる、2)洗掘地形は底質粒径にはほとんど依存せず、K.C.数で決定されるが、その各限界のK.C.数の値は波の非線形性の増大に伴い減少する、3)ツノ状洗掘地形は主に円柱からの1対の剥離渦によって形成され、その最大洗掘深発生位置は円柱斜め後方の点に左右対称に位置する、4)逆円錐型洗掘地形は主に円柱前面や側面に発生する縦渦によって形成され、したがってその最大洗掘深発生位置は円柱表面ごく近傍の前面あるいは側面である。この結果は洗掘地形と流れ場の関係を明瞭にした点、ならびに洗掘地形の概略の予測を可能にした点で評価できる。

 さらに、第5章「局所洗掘地形の発達過程」においては、前章で分類した3つの洗掘地形の全てについて、洗掘の進行過程に着目をした実験を行い、結果を以下のようにまとめている。1)それぞれの洗掘地形は洗掘初期からほぼ相似形を保って発達する、2)各洗掘地形に対して、発達段階の最大洗掘深発生位置はほぼ一定である、3)局所洗掘は従来から言われているように初期段階で急速に進んだあと次第に最終洗掘地形に収束していくが、本研究によれば安定地形に到達するに必要な波作用の経過時間を円柱径・底質の粒径と密度・重力加速度で無次元化した値はほぼ一定値をとる。

 第6章「最終洗掘深」では、工学的に重要な円柱周辺の最終最大洗掘深について論じている。実験データにおける最終洗掘深と各種パラメターとの関連を調べた結果、円柱の直径で割ることにより無次元化した最終洗掘深は、シールズ数にはほとんど依らず、K.C.数によって決定されることを見出し、その具体的な関数形を与えた。

 第7章「結論」では、本研究で得られた主な結論をまとめている。

 以上を要するに、本論文は、水底面上の小口径直立円柱周辺の波作用に伴う局所洗掘に関し、円柱周囲の流れの場の精密な測定および新たに提案した手法による流れ場の数値シミュレーション結果に基づいてその機構を明らかにするとともに、洗掘の地形分類・発達過程・最大洗掘深についても有用な予測式等を与えており、海岸工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53919