学位論文要旨



No 212375
著者(漢字) 辻村,健
著者(英字)
著者(カナ) ツジムラ,タケシ
標題(和) 通信ケーブル建設保守ロボットの機構・制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 212375
報告番号 乙12375
学位授与日 1995.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12375号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高野,政晴
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 樋口,俊郎
内容要旨

 本論文は「通信ケーブル建設保守ロボットの機構・制御に関する研究」と題して、有線電気通信設備に関する屋外作業の自動化を目的とした通信ケーブル建設保守ロボットを提案し、その実現に不可欠なロボティクス技術のうち、特に重要な移動技術・計測技術・制御技術についての研究成果を述べたものであり、8章より構成されている。

 第1章は「序論 -通信ケーブル建設保守ロボットのコンセプトと要素技術-」と題して、屋外作業の自動化の必要性とその条件を示し、通信ケーブル建設保守作業自動化の方針として「ロボット技術の開発」と「設備形態の改善」の両方向からのアプローチを提案している。

 また、作業分析・環境分析を行った結果、以下のコンセプトで通信ケーブル建設保守ロボットの提案を行っている。まず、屋外作業ロボットの動作手順に関しては、4つの基本モードで構成できることを示した。これは、通信ケーブル建設保守作業に限らず、農業・原子力プラント等の屋外作業ロボットに共通して適用できることを示した。次に、ロボットに要求される機能として、上記の動作4モードに対応して

 『移動』『非接触計測』『接触計測』『マニピュレーション』

 の4機能が不可欠であることを明らかにした。さらに、この機能を実現するためのロボット要素技術として

 (1)架線移動機構・制御技術

 (2)超音波アクティブセンシング技術

 (3)力情報に基づく接触覚技術

 (4)適応力制御技術

 を提案し、これらを通信ケーブル建設保守ロボットの基盤となる要素技術と位置づけ、本研究の動機を示している。さらに、これらのロボット要素技術を用いて具体的作業を実行するための手順を明らかにした。また、従来のロボティクス研究を概説し本研究のオリジナリティを示している。

 第2章と第3章では通信ケーブル建設保守ロボットの移動技術として、通信ケーブル上を障害物を回避して走行する架線移動装置を検討している。第2章は「架線移動装置の機構と運動学」と題して、最初に移動のための要求条件を明らかにし、システムの制御系への依存を軽減するためにスライダクランク機構を応用して間歇的な歩容を機構的に実現する懸垂走行装置を設計した。また、スライダクランク機構の運動を記述し、この結果に基づいて装置の走行安定性を評価して脚の最適設計条件を導出した。次に、設計した懸垂走行装置の順運動学解析を行い、運動軌跡・速度・加速度を評価し機構設計で近似的等速度走行が実現できることを確認した。さらに、逆運動学解析を行い、その結果を利用した等速度走行の数値シミュレーションにより、高精度の等速度化が可能であることを明らかにした。最後に、実験用懸垂走行装置を試作し、上記の機構学・運動学解析結果を検証している。

 第3章では「架線移動装置の動力学と制御」と題して、第2章で提案した架線移動装置に関して、動力学解析を目的としてラグランジュの方法に基づいてロボット本体および脚の運動方程式を導出して所定の運動に必要な駆動トルクを求め、本体の移動のためのエネルギー消費がわずかであることを確認している。次に、スプリング要素を用いて脚と軌道との接触状態をモデル化した後ロボットの歩行シミュレーションを行って動荷重の推移等を評価した。また、ロボット本体の状態方程式を導出してフィードバック制御系を設計し、比例制御シミュレーションを実行した。アクチュエータトルクに上限がある場合とない場合の両者について、比例ゲインによる応答の相違を評価し、消費エネルギーを最小とする最適ゲインを求めた。さらに、この非線形制御系の安定性について検討してリアプノフの方法に基づいてこれをシミュレーションにより確認し、理論的に漸近安定が保証される適応入力を用いる方法を明らかにした。また、軌道上の障害物を自動的に回避するスケジューリングの方法を提案し、そのための条件式と複数脚の歩容調整制御方法を示した。最後に、提案した架線移動装置を用いて通信ケーブル建設保守作業を自動化するための方法を明らかにしている。この手法によって軌道上の障害物が、ロボットの走行安定性を損なうことなく回避できることを実証した。以上の検討の結果、本論文で提案した走行装置は脚の機構的な作用により1個または少数個のアクチュエータで理想的な軌跡・走行特性が得られるため、多数個のアクチュエータを制御する方法と比較して、極めて容易に移動を実現できることを確認している。

 第4章は「超音波を用いた非接触計測法」と題して、通信ケーブル建設保守ロボットが環境認識を行うための非接触センサ技術として、超音波を用いた非接触計測法を提案している。これは、超音波による非接触距離測定法とマニピュレータシステムを有機的に組み合わせて、3次元物体の位置・形状を計測する手法である。具体的には、超音波距離センサをマニピュレータのend-effectorとして配置し、センサ出力をマニピュレータのキネマティクスと融合して取り扱うことにより、1次元センサにモビリティを与えて3次元的な形状計測を行う原理を定式化した。これに基づき軌道を自動的に生成しマニピュレータの自由度を利用して対象物に沿って測定を行うアクティブセンシングシステムを構築した。次に、直方体・円柱などの3次元物体について計測を行い、本手法の有効性を確認した。また、屋外作業を模擬した対象を計測して実作業への応用可能性を明らかにした。さらに、計測精度に関して考察を行い、センサ指向性と方位分解能が測定誤差要因であることを確認して計測精度向上の指針を示した。最後に、提案した非接触計測技術を実際の通信ケーブル建設保守作業に適用する手順を具体例をもって検討している。

 第5章は「接触力情報に基づく接触計測法」と題し、通信ケーブル建設保守ロボット用接触センサ技術として、力情報に基づく接触計測法を提案している。これにより、前章に示した非接触計測で生成した環境モデルを補正し、より詳細な情報を獲得することができる。唯一のforce/torqueセンサで測定した物体との接触力から作用点の位置を推定する手法を提案し、これを用いて物体の形状を求める接触計測法を示した。この手法はそれ自体にはセンシング機能を持たない任意形状のプローブ表面で測定対象との接触を検知しながら、接触力の大きさ・方向・作用点をプローブ原点の力・トルクの測定値から逆算できるところに特徴がある。最初に接触力の位置・方向・大きさと、センサの検出値との間の物理的・数学的関係を定式化し、任意のプローブ形状に本手法が適用可能であることを示した。次に、棒状・半球面状の2種類のプローブを用いて3次元形状を計測する実験を行い、提案した手法の有効性を示した。また、外力の影響、センサシステムとしての分解能等について考察して本手法の適用範囲を明らかにした。最後に、提案した接触計測技術を応用して具体的通信ケーブル建設保守作業を遂行する手段を提案している。

 第6章は「マニピュレータの適応力制御」と題し、通信ケーブル建設保守ロボットのマニピュレータに力制御機能を付与するための適応力制御の手法を提案した。これは、適応制御理論を利用して作業対象の位置-力特性を同定することにより位置/速度制御方式のマニピュレータの力制御を実現する手法である。最初に、1自由度位置サーボ系で硬さの不明な物体を把持するために、モデル規範適応システム(MRAS)とモデル規範適応制御(MRAC)を用いてサーボ入力と把持力の関係から硬さを同定して安定な力制御を実現する手法を示した。実験を行って本手法の有効性を確認し、各々の方法の得失を考察した。次に、汎用の位置/速度指令型6自由度マニピュレータにこの手法を応用して力制御を実現し、ねじ締め作業を力制御と位置制御を複合して実行する制御系を提案した。また、安定条件について考察し、シミュレーションによってマニピュレータ位置決め精度・センサ測定精度の安定性に及ぼす影響を明らかにした。さらに、検討結果に基づいて作業対象に依存しない安定な制御系を設計し、ねじ締めのための力制御を実現した。最後に、提案した適応力制御技術を通信ケーブル建設保守ロボットに搭載して具体的作業を実行させる過程を考察している。

 第7章は「具体的通信ケーブル建設保守作業自動化への適用」と題して、本論文で提案したロボット要素技術にロボットビジョン等を加えた通信ケーブル建設保守ロボットの具体像を提示し、このロボットが一連の建設保守工程で各要素技術を利用して作業を遂行する手順を明らかにしている。さらに、電気通信施設に関する屋外作業自動化を検討し、本論文で提案した技術で実現できない機能については、当面専用工具を使用することでこれを補償し、その後順次新技術を導入して最終的に完成システムを目指すという開発プロセスを示している。

 第8章は「結論」であり、本研究の成果を要約している。

 以上、屋外通信施設の建設・保守作業を行う通信ケーブル建設保守ロボットを提案し、一連の作業の自動化に必要なロボット要素技術について研究を行った。本論文で得られた成果は通信ケーブル建設保守ロボットの核となる技術であり、将来画像処理など数多くの技術を結集して通信ケーブル建設保守ロボットが完成するものと考える。

審査要旨

 本論文は有線電気通信設備に関する屋外作業の自動化を目的とした通信ケーブル建設保守ロボットを提案し、これに不可欠なロボティクス技術のうち、移動技術・計測技術・制御技術についての研究成果を述べたものである。

 第1章は屋外作業の自動化の必要性とその条件を示し、通信ケーブル建設保守作業自動化の方針を提案している。また、作業分析・環境分析を行い、通信ケーブル建設保守ロボットのコンセプトを提案している。次に、屋外作業ロボットの動作が4つの基本モードに分解でき、これらに対応する4つの機能が不可欠であることを示し、この機能を実現するためのロボット要素技術として「架線移動機構・制御技術」「超音波アクティブセンシング技術」「力情報に基づく接触覚技術」「適応力制御技術」を提案し、これらを基盤技術と位置づけ本研究の動機を示している。さらに、これらのロボット要素技術を用いて具体的作業を実行するための手順を明らかにし、また従来のロボティクス研究を概説し本研究のオリジナリティを示している。

 第2章と第3章では通信ケーブル建設保守ロボットの移動技術として、障害物を回避して通信ケーブル上を走行する架線移動装置を検討している。第2章はスライダクランク機構を応用して間歇的な歩容を機構的に実現する懸垂走行装置を設計した。また、装置の走行安定性を評価して脚の最適設計条件を導出した。次に、懸垂走行装置の順運動学・逆運動学解析を行い、機構設計によって水平等速度走行が実現できることを明らかにした。最後に、実験装置を試作し上記の解析結果を検証している。

 第3章では第2章で提案した架線移動装置に関して、動力学解析を目的としてラグランジュの方法に基づいて運動方程式を導出して駆動トルクを求めエネルギー消費を評価している。次に、脚と軌道との接触状態をモデル化して歩行シミュレーションを行い動荷重の推移等を評価した。また、状態方程式を導出してフィードバック制御系を設計し制御シミュレーションを実行した。さらに、この非線形制御系の安定性を検討し漸近安定が保証される適応入力を提案した。また、障害物を回避するスケジューリングの方法を提案し、そのための条件式と複数脚の歩容調整制御方法を示している。

 第4章は通信ケーブル建設保守ロボットが環境認識を行うためのセンサ技術として、超音波を用いた非接触計測法を提案している。具体的には、超音波距離センサをマニピュレータのend-effectorとして配置し、センサ出力をマニピュレータのキネマティクスと融合して取り扱うことにより、1次元距離計にモビリティを与えて3次元的な形状計測を行うアクティブセンシングを構築した。3次元物体について計測を行って本手法の妥当性を確認し、屋外作業を模擬した対象を計測して実作業への応用可能性を明らかにしている。

 第5章は通信ケーブル建設保守ロボット用接触センサ技術として、力情報に基づく接触計測法を提案している。唯一のforce/torqueセンサで測定した接触力から作用点の位置を推定する手法を提案し、これを用いて物体の形状を求める接触計測法を提案した。最初に接触力の位置・方向・大きさと、センサの検出値との間の物理的・数学的関係を定式化し、3次元形状を計測する実験を行って提案した手法の有効性を実証した。また、センサシステムの分解能等について考察して本手法の適用範囲を明らかにしている。

 第6章は通信ケーブル建設保守ロボットに力制御機能を付与するための適応力制御の手法を提案した。これは、適応制御理論を利用して作業対象の位置-力特性を同定することにより位置/速度制御方式のマニピュレータの力制御を実現する手法である。最初に、モデル規範適応システムとモデル規範適応制御を用いて1自由度位置サーボ系の力制御を検討した。次に、汎用マニピュレータにこの手法を応用して力制御を実現し、ねじ締め作業を力制御と位置制御を複合して実行する制御系を提案した。さらに、作業対象に依存しない安定な制御系を設計し、ねじ締めのための力制御を実現している。

 第7章は本論文で提案したロボット要素技術にロボットビジョン等を加えた通信ケーブル建設保守ロボットの具体像を提示し、このロボットが一連の建設保守工程で各要素技術を利用して作業を遂行する手順を明らかにしている。さらに、電気通信施設に関する屋外作業自動化プロセスを提案している。

 第8章は本研究の成果を総括するとともに、今後の研究課題について述べている。

 以上、本論文は電気通信施設の建設・保守作業を行う通信ケーブル建設保守ロボットを提案しその実現への方法論を述べるとともに、これに必要なロボット要素技術を研究しており、その内容は独創的かつ有用性に富むものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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