学位論文要旨



No 212377
著者(漢字) 青山,和浩
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,カズヒロ
標題(和) 造船における設計・生産情報の獲得支援のためのモデリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 212377
報告番号 乙12377
学位授与日 1995.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12377号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 小山,健夫
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 助教授 大和,裕幸
内容要旨

 製造業における設計・生産活動は,その活動に必要となる様々な情報の生成や伝達,および利用などの情報処理によって営まれている。これまでに製造業では,計算機の利用による効率の良い情報処理を目的とする設計・生産システムが構築されてきた。しかし,製造業を取り巻く環境の変化に伴い,既存のシステムにおいて様々な問題が生じている。このような背景のもとに,「計算機による統合化された設計・生産システム(CIM:Computer Integrated Manufacturing system)」が注目されている。

 CIMを構築するためには,製品情報を統合的に管理し,設計・生産活動における製品情報と生産情報の生成を計算機を利用して支援することが重要な課題となる。そこで本論文では,造船におけるCIMの構築に関する考察を目的に,以下に示す三つの目的を掲げている。

 1)造船における設計・生産活動のモデル化

 2)設計・生産システムのプロトタイプ・システムの構築

 3)造船における設計・生産活動の体系化

 本論文は9章で構成されており,以下に各章ごとの要旨を示す。

 第2章では,造船業における設計・生産システム開発の歴史と,現状のシステムを整理している。構築されているシステムは,各々に孤立した複数のサブ・システムによって構成されているものが多く,設計・生産活動全体の効率の良い統合的な情報処理を支援するものではないことを指摘している。

 計算機を用いて製品情報を統合的に管理する概念の一つとして,製品モデルの概念が一般的に提唱されている。第3章では,製品モデルの概念を中心に,システム開発を行う際に重要となるモデル化について述べている。さらに,製品モデルを基盤とするシステムの有効性も考察している。

 造船における設計・生産システムを構築するためには,モデル化すべき対象や事象を明確にする必要がある。そこで第4章では,造船における現状の設計・生産活動の特徴が整理され,設計・生産活動において必要とされる様々な情報や,それらの情報の生成や利用などに要求される情報処理の機能を整理している。これらの整理に基づき,設計・生産活動において必要とされる様々な情報を獲得するためには,以下に示す三つのモデルを定義する必要があることを指摘している。

 a)設計・生産対象のモデル:

 設計・生産活動の対象となる製品を計算機内に表現する製品モデル

 b)設計・生産過程のモデル:

 設計・生産活動における,製品情報や生産情報を生成する過程を情報処理機能として表現するモデル

 c)生産環境のモデル:

 生産設備,作業者等の生産活動を行う環境を計算機内に表現し,生産計画に必要な情報を提供し,生成された作業情報を管理するモデル

 第5章では,造船における設計・生産活動における製品情報を整理することによって,造船における製品モデルに関して考察している。本論文では,以下に示すように,製品情報を製品モデルとして定義している。

 ・部材情報と接合関係情報

 船体構造を構成する板部材・骨部材に関する情報が表現される部材情報を製品モデルとして定義している。さらに部材間の接合に関する情報が表現される接合関係情報を製品モデルとして定義している。

 ・部屋(区画のモデル)

 船倉および区画などの空間が製品情報として重要視され,空間形状を立体形状で表現する「部屋」を定義している。部屋を規定する複数の板部材の情報は部屋の情報として記述され,部材情報として管理されている。

 ・ユニット(構造単位のモデル)

 船体構造を多くの部材から構成されるものとして捉えるだけでなく,設計者の認識として有効である「構造単位」を製品情報として認識し,複数の部材情報によって定義される「ユニット」を定義している。

 ・組立モジュール(中間製品のモデル)

 生産工程における中間製品が,部品の集合体として表現するために組立モジュールを定義している。組立モジュールの最小単位を部品とし,生成される組立モジュールは階層構造を用いて管理されている。

 設計活動は,製品に要求される機能にしたがって,製品情報を生成する活動である。第6章では,設計の流れに伴う設計対象の変化が整理され,製品モデルの生成過程のモデル化に関して考察している。本研究では,製品情報の生成のための設計機能として以下に示す機能を定義している。

 ・空間設計機能

 空間設計機能は,複数の板部材情報と接合関係情報から部屋の製品モデルを生成する機能である。この機能によって生成された部屋は,階層構造を利用して管理されている。また,この機能によって,造船の基本設計における区画などの生成過程を表現している。

 ・内部構造設計機能

 内部構造設計機能は,部屋の情報を利用し,部屋の内部に内部構造をユニットとして生成する機能である。この機能によって,造船の構造設計における内部構造の生成過程が表現されている。

 ・カット機能

 カット機能は,生産活動において必要となる部品情報を,基本設計や構造設計で生成された部材情報を分割することによって生成する機能である。この機能によって,造船における詳細設計や生産設計における部品情報の生成過程が表現されている。

 さらに,製品モデルを生成する際に記述される設計情報の表現方法と管理方法に関して考察している。本研究では,幾何学的拘束関係を利用した寸法の記述を設計情報の記述に利用し,この設計情報を製品モデルの階層構造を利用して管理することを提案している。構築された設計支援システムによる設計の実行例を用いて,本研究で提案する製品モデルと設計機能,および設計情報の管理手法の有効性を示している。

 生産活動は,製品を製造するために必要となる生産情報を生成し,製品を実体化する活動である。第7章では,生産計画における工程計画と日程計画の役割が整理され,設計活動で生成された製品情報を利用した作業情報の生成機能を主に考察している。

 作業に関する情報(対象,生産環境,順序,日程など)を管理する作業モデルを定義している。また,生産計画において認識される作業として,生産活動を’物の流れ’として認識される工程作業と,実際に行われる具体的な作業の流れとして認識される実作業を定義している。複数の実作業によって工程作業は定義されている。

 工程計画に要求される機能として,工程作業と実作業の作業モデルの生成機能と,それらの作業の順序に関する情報の生成機能を整理している。本研究では,設計で生成された製品モデルの情報から,組立モジュールを抽出し,組立順序の情報を入力することによって工程順序を表現する工程作業の作業モデルと,具体的な作業順序を表現する実作業の作業モデルが生成される機能を定義している。

 生産環境に関する情報や,生成された作業情報を管理するために生産環境のモデルを考察し,作業に直接関係する生産設備や作業者などに対応する作業資源モデル,生産工程に対応する工程資源モデル,これらのモデルを統合的に管理する工場モデルを生産環境のモデルとして定義している。これらの生産環境のモデルを利用して,次のように日程計画における情報の処理機能を定義している。

 ・工程作業を工程資源モデルに割り当て,全体的な日程情報を生成する。

 ・実作業を作業資源モデルに割り当て,実際に行われる個々の作業の日程情報を生成する。

 以上の情報処理機能に基づいた生産計画支援システムの構築に関して述べ,システムを用いた生産計画の実行例を示している。

 また,計算機内部において仮想的に組立を実行し,生産活動が製品形状に及ぼす影響を考慮する機能として仮想組立機能を定義している。この機能によって,矛盾の無い詳細な部品形状を定義することが可能であることを示している。

 第8章では,設計・生産活動における情報とその情報の処理を体系的に捉えるために,<造船における設計・生産活動のモデル化>と<設計・生産システムのプロトタイプ・システムの構築>によって得られた知見を整理している。本論文では,造船における設計・生産活動の情報の生成・利用の一連の流れを表現する製品定義スパイラルが定義されている。このスパイラルは,「設計機能」「部品化機能」「組立機能」などの機能に基づく三つのステージから構成され,次のように,造船における様々な製品モデルの情報の処理機能を整理している。

 ・設計活動における情報処理を「設計機能」と「部品化機能」によって表現し,「部屋」の情報の生成から,部材情報・接合関係情報の生成までを,製品情報の生成過程として捉え,その過程を表現する製品情報,および製品情報の生成機能が整理されている。

 ・生産活動における情報処理を「部品化機能」と「組立機能」によって表現し,設計活動によって生成された製品情報を有効に利用することによって,矛盾無く生産情報を獲得する過程を整理している。この過程において重要となる製品情報や生産環境の情報,および生産計画における情報の処理機能を整理している。

 第9章では,本研究で得られた知見を整理している。造船における製品モデルと,設計機能や生産計画機能を定義することによって,製品情報や生産情報を生成するための情報の処理機能を整理できたことを述べている。また,情報を処理する際の生産環境の役割に関しても整理している。本研究によって,造船における設計・生産システムのプロトタイプ・システムを構築できたこと,さらに造船の設計・生産活動における情報および情報処理の流れを整理することができたことなどを述べている。

審査要旨

 製造業における設計・生産活動は,様々な情報の生成や伝達,および利用などの情報処理によって,その多くの活動が支えられている。これまでに製造業では,計算機の利用による効率の良い情報処理を目的とする設計・生産システムが構築されてきた。しかし,製造業を取り巻く環境の変化に伴い,様々な問題が生じてきている。このような背景のもとに,「計算機による統合化された設計・生産システム(CIM: Computer Integrated Manufacturing system)」が注目されている。

 CIMを構築するためには,製品情報を統合的に管理し,設計・生産活動における製品情報と生産情報の生成を計算機を利用して支援することが重要な課題となる。

 第1章「緒論」では,本研究の背景および概要について述べている。特に本論文の目的を,設計・生産活動のモデル化,このモデル化に基づいたシステム化および造船学の体系化であることを述べている。

 第2章「造船における設計・生産システム」では,造船業における設計・生産システムの開発の歴史と,現状のシステムを整理している。構築されているシステムは,各々に孤立した複数のサブ・システムによって構成されているものが多く,設計・生産活動全体の効率の良い統合的な情報処理を支援するものではないことを指摘している。

 第3章「モデルとオブジェクト指向」では,製品モデルの概念を中心に,システム開発を行う際に重要となるモデル化について述べていると同時に,本研究ではオブジェクト指向言語の環境においてシステムが構築されていることを述べている。さらに,製品モデルを基盤とするシステムの有効性も考察している。

 第4章「造船の設計・生産活動のモデル化のために」では,造船における現状の設計・生産活動の特徴が整理され,設計・生産活動において必要とされる様々な情報や,それらの情報の生成や利用などに要求される情報処理の機能を整理している。これらの整理に基づき,設計・生産活動において必要とされる様々な情報を獲得するためには,「設計・生産対象のモデル」「設計・生産過程のモデル」「生産環境のモデル」を定義する必要があることを指摘している。

 設計・生産対象のモデル,設計・生産過程のモデル,生産環境のモデル

 第5章「設計・生産対象のモデル化」では,造船における設計・生産活動における製品情報を整理することによって,造船における製品モデルに関して考察している。特に,以下に示す製品モデルを定義し,その詳細について記述している。

 a)部屋:区画のモデル b)ユニット:構造単位のモデル

 c)組立モジュール:中間製品のモデル d)部材情報と接合関係情報

 第6章「設計活動のモデル化」では,設計の流れに伴う設計対象の変化が整理され,製品モデルの生成過程のモデル化に関して考察し,製品情報の生成のための設計機能として以下に示す機能を定義している。

 a)空間設計機能:空間設計機能は,複数の板部材情報と接合関係情報から部屋の製品モデルを生成する機能である。この機能によって生成された部屋は,階層構造を利用して管理されている。また,この機能によって,造船の基本設計における区画などの生成過程を表現している。

 b)内部構造設計機能:内部構造設計機能は,部屋の情報を利用し,部屋の内部に内部構造をユニットとして生成する機能である。この機能によって,造船の構造設計における内部構造の生成過程が表現されている。

 c)カット機能:カット機能は,生産活動において必要となる部品情報を,基本設計や構造設計で生成された部材情報を分割することによって生成する機能である。この機能によって,造船における詳細設計や生産設計における部品情報の生成過程が表現されている。

 さらに,製品モデルを生成する際に記述される設計情報の表現方法と管理方法に関して考察している。特に,幾何学的拘束関係を利用した寸法の記述を設計情報の記述に利用し,この設計情報を製品モデルの階層構造を利用して管理することを提案している。構築された設計支援システムによる設計の実行例を用いて,本研究で提案する製品モデルと設計機能,および設計情報の管理手法の有効性を示している。

 第7章「生産活動のモデル化」では,生産計画における工程計画と日程計画の役割が整理され,設計活動で生成された製品情報を利用した作業情報の生成機能を主に考察している。

 作業に関する情報(対象,生産環境,順序,日程など)を管理する作業モデルを定義している。また,生産計画において認識される作業として,生産活動を’物の流れ’として認識される工程作業と,実際に行われる具体的な作業の流れとして認識される実作業を定義している。複数の実作業によって工程作業は定義されている。

 工程計画に要求される機能として,工程作業と実作業の作業モデルの生成機能と,それらの作業の順序に関する情報の生成機能を整理している。本研究では,設計で生成された製品モデルの情報から,組立モジュールを抽出し,組立順序の情報を入力することによって工程順序を表現する工程作業の作業モデルと,具体的な作業順序を表現する実作業の作業モデルが生成される機能を定義している。

 生産環境に関する情報や,生成された作業情報を管理するために生産環境のモデルを考察し,作業に直接関係する生産設備や作業者などに対応する作業資源モデル,生産工程に対応する工程資源モデル,これらのモデルを統合的に管理する工場モデルを生産環境のモデルとして定義している。これらの生産環境のモデルを利用して,日程計画における情報の処理機能を定義している。

 以上の情報処理機能に基づいた生産計画支援システムの構築に関して述べ,システムを用いた生産計画の実行例を示している。さらに,計算機内部において仮想的に組立を実行し,生産活動が製品形状に及ぼす影響を考慮する機能として仮想組立機能を定義している。この機能によって,矛盾の無い詳細な部品形状を定義することが可能であることを示している。

 第8章「設計・生産活動の体系化と今後の課題」では,設計・生産活動における情報とその情報の処理を体系的に捉えるために,<造船における設計・生産活動のモデル化>と<設計・生産システムのプロトタイプ・システムの構築>によって得られた知見を整理している。本論文では,造船における設計・生産活動の情報の生成・利用の一連の流れを表現する製品定義スパイラルが定義されている。このスパイラルは,「設計機能」「部品化機能」「組立機能」などの機能に基づく三つのステージから構成され,次のように,造船における様々な製品モデルの情報の処理機能を整理している。

 a)設計活動における情報処理を「設計機能」と「部品化機能」によって表現し,「部屋」の情報の生成から,部材情報・接合関係情報の生成までを,製品情報の生成過程として捉え,その過程を表現する製品情報,および製品情報の生成機能を整理している。

 b)生産活動における情報処理を「部品化機能」と「組立機能」によって表現し,設計活動によって生成された製品情報を有効に利用することによって矛盾無く生産情報を獲得する過程を整理している。この過程において重要となる製品情報や生産環境の情報,および生産計画における情報の処理機能を整理している。

 第9章「結論」では,本研究で得られた知見を整理し,総括したものである。造船における製品モデルと,設計機能や生産計画機能を定義することによって,製品情報や生産情報を生成するための情報の処理機能を整理できたことを述べている。また,情報を処理する際の生産環境の役割に関しても整理している。本研究によって,造船における設計・生産システムのプロトタイプ・システムを構築できたこと,さらに造船の設計・生産活動における情報および情報処理の流れを整理することができたことを述べている。

 以上を要するに,本論文では,造船における設計・生産活動を統合的に管理するためには,設計・生産活動のモデル化が重要であることを指摘し,このモデルに基づいたプロトタイプ・システムを構築することによって,造船における活動の体系化を行っており,工学,特に造船における設計・生産システム学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50947