学位論文要旨



No 212380
著者(漢字) クニイル,プラバカラン
著者(英字) Kuniyil,Prabhakaran
著者(カナ) クニイル,プラバカラン
標題(和) SiおよびGe系材料の酸化過程の研究
標題(洋) Investigation of Oxidation Process on Si and Ge Systems
報告番号 212380
報告番号 乙12380
学位授与日 1995.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12380号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河津,璋
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 岡野,達雄
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 尾鍋,研太郎
内容要旨

 SiGe混晶はヘテロ接合バイポーラトランジスタや変調ドープ電界効果トランジスタ(FET)などSiをベースとした高機能デバイスのための材料として注目されている。これらのデバイスの実験的な検証は様々な研究グループによって行われている[1-3]。Siデバイスの優位性は、良質の酸化膜が熱酸化によって作製されること、さらにその酸化膜と基板との界面の特性が良好であることによって特徴づけられる。そのため、SiGeをベースとしたデバイスにおいても、酸化過程の制御は鍵となる技術である。LeGouesら[4,5]は比較的厚いSiGe混晶層の酸化過程を速度論的に調べ、GeはSiの酸化速度を増大すること、酸化時には酸化膜から完全に取り除かれてSiO/SiGe界面に蓄積されることを見出した。Nayakら[6]はMBEで成長したSiGe歪み層の高速熱酸化における酸化初期過程を調べた。この研究によれば、SiGeのドライ酸化速度はSiの場合と同じであった。また、他の研究グループにおいてもSiGe酸化の様々な側面を理解するための研究が行われている[7-14]。しかしながら、これらの研究の多くは、Si基板上の厚いGe層あるいはSiGe混晶層を試料とし、しかも酸化炉中で行われている。界面特性を制御するためには、in situで酸化を行い、酸化の初期過程の反応機構を理解することが重要であると考えられる。この学位論文では、様々な実験をSi、Ge、およびSi上に堆積したGe薄膜において行い、これらの表面と酸素との相互作用を特に初期過程に注目して検討した結果を述べる。清浄Si、Ge表面上での結果はSi-O種及びGe-O種の電子分光スペクトルにおける特徴を把握するために有用である。この研究では、酸化反応によって引き起こされる電子構造の変化やそれに伴う表面形態変化を理解することを目的としている。この系における様々な物性を評価するための手段として、X線光電子分光法(X-ray photoelectron spectroscopy,XPS)、オージェ電子分光法(Auger electron spectroscopy,AES)、反射高速電子線回折(reflection high energy electron diffraction,RHEED)、中速イオン散乱法(midium energy ion scattering spectroscopy,MEIS)、原子間力顕微鏡法(atomic force microscopy,AFM)、透過電子顕微鏡法(transmission telectron microscopy,TEM)を用いた。さらに、酸化過程は、極めて表面敏感な手法であるシンクロトロン放射光電子分光法(synchrotron radiation photoelectron spectroscopy:SRPES)でも調べた。

 第I章は序論であり、本論文で扱う分野の現状を述べる。第II章ではこの研究で用いた様々な実験手法の基礎を扱う。第III章では、X線源のアノードについての問題を装置的な観点から詳細に調べた結果を述べる。微量のAgによるアノードの汚染が様々な準位の光電子放出を引き起こし得ることを見い出した。

 第IV章では、清浄Si表面について酸素との相互作用の初期過程を調べた結果を扱う。様々な化学処理でSi(001)上に作製した薄い酸化膜層をX線光電子分光法で調べた。酸化膜はHCl、H2SO4、HNO3処理によって作製した。どの処理の場合でもO1sスペクトルは、532.6eV(Low Binding energy Component,LBC)と533.6eV(High Binding energy Component,HBC)の2つのピークからなっていた。LBCは橋状結合した酸素種(Si-O-Si)に、HBCは非橋状結合した酸素種(Si-O)にそれぞれ同定された。試料をアニールすることによって、Si-OからSi-O-Siへの変換反応が起こった。Si-O種の濃度はHCl酸化膜の場合に低かった。in situで作製した酸化膜の場合、O1sは主にSi-O-Siによるものであった。

 第V章では、in situおよびex situ酸化によって清浄Ge表面上に形成された様々な酸化膜を調べた結果を報告する。in situ酸化の場合、(111)と(100)のどちらの面方位の表面においてもGeO型の表面酸化物が形成する。Ge 3dおよび2pシグナルはこの酸化物に対応する約1.3eVの化学シフトを示す。GeOは、400℃アニールによって、変換反応を起こすことなく表面から脱離する。一方、これらの表面をex situで空気にさらして酸化すると主にGeOとGeO2からなる酸化物の混合物が生成する。Ge 3dおよび2pシグナルはGeO2の場合3.6eVの化学シフトを示した。GeO2の量は空気にさらす時間と共に増加した。これらの表面種のスペクトル的な特徴をUPSで調べた。GeO2は試料を温水中でリンスすることにより表面から選択的に除去することができる。原子レベルで清浄なGe表面は、Siの場合の白木法と同様の化学的な手段によってex situで作製した薄い酸化膜を熱的に分解することによって得られた。この表面は、表面ダイマーの存在に起因する表面状態からの鋭いUPSシグナルとLEEDパターンによって調べた。さらに、UPSとO1sスペクトルは、GeまたはSiに結合した酸素に特有なシグナルを示し、酸化物の確実な同定の助けとなることがわかった。

 第VI章では、SiとGeを含む様々な系での結果について述べる。酸化実験を行う試料として、Si(100)上に室温で5AのGeを堆積した物(5AGe/Si(100)RT)、550℃で5AのGeを堆積した物(5AGe/Si(100)550℃)、550℃で5AのSiGeを堆積した物(5ASiGe/Si(100)550℃)の3種類を用いた。5AGe/Si(100)RTを酸化すると、GeOが生成した。この試料を360℃で加熱すると酸素はSiと結合してSiO2を生成し、GeOは還元されてGeとなる。この反応の間、表面に存在する酸素の量は一定であった。AFM像によれば、この反応によって表面にボイドが形成される。5AGe/Si(100)550℃を室温で酸化するとGeOのみが生成した。一方、この試料を250℃で酸化するとSiO2と少量のGeOが生成した。MEISの結果によれば、酸化反応によって、Ge原子は表面から内側に2-3Aだけ移動し、SiO2/SiGe界面に蓄積される。360℃でアニールすると、Geと結合していた酸素は結合相手を変えてSiと結合し、SiO2を生成する。SiとGeの同時堆積で作製した5ASiGe/Si(100)550℃試料を酸化すると、SiとGeの両方の酸化物の混合物が生成した。これに関連して、酸素の化学吸着現象がSiGe系での表面原子の識別に利用できることを示した。また、GeO2の選択エッチングだけではなく、Geのサブオキサイドの選択還元反応が起こることも示した。

 これに加えて、Si(001)上に5AのGeを堆積し試料を酸化し、さらにアニールしたときに起こる酸素の結合相手置換反応の初期過程をSRPESで調べた。この反応によるSiO2の生成は2段階で起こる。最初の段階はGe-O結合の解裂とSi-O結合(主にSiのサブオキサイド)の形成である。この過程はすべてのGe-O結合が消費されるまで続く。第2段階はSi周辺での酸素原子の再配列であり、熱力学的に安定なSiO2が生成する。

 第VII章では、Si(001)表面に堆積したGe薄膜を酸化した試料とAlとの相互作用をSRPESで調べた結果を述べる。Si(001)上に7AのGeを室温で堆積し、空気にさらした試料表面には、GeO、GeO2、Siのサブオキサイドからなる酸化物の混合物が形成している。GeO2は試料を温水でリンスすることにより選択的にしかも完全に除去された。この表面にAlの薄膜を堆積すると、AlはGeとSiの酸化物を還元し、表面にAl2O3層を形成する。実際のSiデバイスの作製において、AlとSiO2との反応が起こるために、SiO2との密着性およびSiとの低抵抗オーミックコンタクトが得られることから、Alは配線材料として利用されている。本研究は、SiGeをベースとしたデバイス作製においても、同様の現象が利用できることを示している。

 第VII章に続いて、本論文全体の結論を述べている。ここにおいて、SiGeをベースとしたデバイスの展望について簡単に議論している。

参考文献[1] S.S.Iyer,G.L.Patton,J.M.C.Stork,B.S.Meyerson and D.L.Harame,IEEE Trans.Electron Devices 36,2043(1989).[2] R.People,IEEE J.Quantum Electron.22,1969(1986).[3] J.S.Park,R.P.G.Karunasiri,J.L.Wang,S.S.Rhee and C.H.Chem,Appl.Phys.Lett.54,1564(1989).[4] F.K.LeGoues,R.Rosenberg and B.S.Meyerson,Appl.Phys.Lett.54,644(1989).[5] F.K.LeGoues,R.Rosenberg,T.Nguyen,F.Himpsel and B.S.Meyerson,J.Appl.Phys 65,1724(1989).[6] D.Nayak,K.Kamjoo,J.C.S.Woo,J.S.Park and K.L.Wang,Appl.Phys.Lett.56,66(1990).[7] J.Eugene,F.K.LeGoues,V.P.Kesan,S.S.Iyer and F.M.d’Heurle,Appl.Phys.Lett.59,78(1991).[8] D.Fathy,O.W.Holland and C.W.White,Appl.Phys.Lett.51,1337(1987).[9] H.K.Liou,P.Mei,U.Gennser and E.S.Yang,Appl.Phys.Lett.59,1200(1991).[10] S.Surnev,Surface Sci.278,375(1992).[11] C.Caragianis,D.C.Paine,C.B.Roberts and E.Crisman,Mat.Res.Symp.Proc.Vol.204,(1991).;D.C.Paine,C.Caragianis and A.F.Schwartzman,J.Appl.Phys.70,5076(1991).[12] O.Vancauwenberghe,O.C.Hellman,H.Herbots,W.J.Tan,J.L.Olson and W.J.Croft,Mat.Sci.and Eng.B12,97(1992).[13] G.L.Patton,S.S.Iyer,S.L.Delage,E.Ganin and R.C.Mcintosh,Mat.Res.Soc.Symp.Proc.Vol.102,295(1988).[14] H.K.Liou,P.Mei,U.Gennser and E.S.Yang,Appl.Phys.Lett.59,1200(1991).
審査要旨

 本論文は、将来の高速デバイス用の材料としてのSiGe混晶の表面の不活性化を達成するための基礎的研究として行われたもので、Si、Ge、SiGe系材料の酸化の過程を、超高真空中で、X線光電子分光法を主たる測定手段として、解明した論文である。特に、Si上のGe層の酸化膜中のGeと結合しているO原子は、熱処理により、Siと結合の相手を換えて、安定なSiO2膜を形成することを発見したことは、工学的見地からもきわめて重要である。本論文は、全部で7章より構成されている。

 第1章は、序章である。ここでは、SiGe混晶の酸化に関する研究の重要性と、現在までの本分野での研究の経緯について述べられており、更に、今後必要とされるより厳密な理解を行うためには、超高真空中での、その場観察が必要であることが述べられており、論文の具体的目的と内容に関して記述されている。

 第2章は、実験に使用されたX線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光法(AES)等に関する測定の原理と理論に関して記述されている。

 第3章は、研究に用いた超高真空装置、設備、及び試料の調整法、実験の手順に関して述べられている。

 超高真空装置は、試料導入室、分子線エピタキシャル成長室、XPS,光電子分光(UPS)、AES等を有する分析室、イオン散乱分光室等の6室からなり、十分に制御された条件下で、種々の観点からの情報が得られることが示されている。更に、XPSの測定において、X線源の陽極が、熱放散を良好にするために用いられている、銀により汚染されやすく、この銀によるゴーストピークの存在に注意を払うべきであるとの、測定上重要な指摘もなされている。

 第4章は、Si酸化層中の酸素原子の位置に関して、種々の化学的処理法により形成されたSi(001)表面上の酸化層について、XPSの観察を行い、処理法による酸素原子の結合位置の違いや、熱処理による、結合状態の変化に関して調べ、超高真空中で得られた酸化層との比較を行っている。この結果、化学処理によるものでは、Si-Oの結合状態とSi-O-Siの結合状態の両者の混合にあり、熱処理により、Si-O-Siの状態に移行すること、また、超高真空中での酸化層は、Si-O-Siのの結合状態になっていることを明らかにしている。

 第5章は、Ge(100), (111)の酸化について、UPS及びXPSにより、詳細に調べている。この結果、化学処理により得られた酸化層は、GeOと少量のGeO2よりなり、酸素の分圧の高い空気中で酸化した場合には、主として、GeOとGeO2よりなるが、超高真空中での酸化は、GeOのみを生じさせることを見いだした。Siの場合には、SiOは熱処理により容易にSiO2になるのとは異なり、GeOはGeOの形で蒸発するまでGeO2には変化しないことが明らかになった。

 第6章は、Si(100)表面上に形成されたGe薄膜の酸化に伴う電子状態、形態の変化等に関して、XPS,AES,RHEED,MEIS,AFM,TEM等により研究を行った結果について報告している。基板温度、550℃で5AのGeの層を形成し、超高真空中で、基板温度を250℃に保持して100Lの酸素に曝すと、表面にSiO2とGeOの混合層が形成されるが、380℃の熱処理により、酸化層中の結合の相手か変化し、表面は、GeとSiO2に変化することを明らかにし、UPSにより、加熱に伴う、GeとSiの間の酸素原子の交換の機構の詳細について明らかにしている。

 第7章は、Si(001)基板上に蒸着されたGe層を空気中で酸化した試料上に、Al層を蒸着したときの、酸化層とAl層の間の反応をUPSにより研究した結果について報告している。加熱により、酸素と結合していた、Si,Geは、還元されて、Si,Geとなり、Al層はAl2O3層となることを明らかにし、この反応は、電子デバイス作成の際に応用が可能であることを指摘している。

 終章は、総括である。本論文で得られた結果についてまとめられている。以上を要するに、著者は、Si,Ge表面における酸化の過程、及び、Si表面に形成された、Ge、SiGe層の酸化過程に関し、種々の方法により詳細に調べ、酸化の過程を原子的レベルで明らかにしている。この結果は、薄膜成長の基礎的な分野のみならず、デバイスの製造プロセスに大きな貢献をするものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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