学位論文要旨



No 212381
著者(漢字) 田辺,信夫
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,ノブオ
標題(和) イオンビーム促進蒸着法によるc-BN薄膜の形成に関する研究
標題(洋)
報告番号 212381
報告番号 乙12381
学位授与日 1995.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12381号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 佐藤,純一
 東京大学 助教授 光田,好孝
内容要旨

 立方晶窒化ホウ素(c-BN)は、ダイヤモンドに似た性質をもつIII-V族化合物で、硬度、熱伝導率、光透過性、屈折率などにおいて、他の物質から群を抜いて大きな値をもつ。電気的にもユニークな性質をもち、小さな誘電率と高い絶縁性、極めて大きなエネルギーバンドギャップ(>5eV)、n型、p型ともに低抵抗の半導体が作成可能であるなど、未来の工業材料として大きな発展性をもっている。

 ダイヤモンドもそうだが、c-BNを熱平衡条件下で合成するには極めて高い圧力(5GPa)と温度(1500℃)が必要となる。このため、非平衡合成技術が重要な課題となっており、1980年代から各研究機関においてプラズマCVD法、イオンプレーティング法などによる薄膜合成の研究が精力的に行われてきた。その結果、c-BN生成には成膜時に膜に入射するイオンが重要な効果をもつことなどが明らかにされてきたが、これまでに行われてきた研究では、装置の制約等から合成条件は各々の装置に固有の条件で記述されることが多く、再現性、普遍性に問題があった。このため、本質的に何がc-BN生成に効いているのか不明な点が多く、生成機構を考察するには不十分であった。現在得られているc-BN膜は、微結晶の集合体で、高い残留応力をもつなど解決すべき課題が多い。膜質を改善するためには、生成機構を把握し、c-BN生成に対してどの条件がどのように効いているかを知る必要がある。

 そこで本研究では、特に堆積中の膜に対するイオンボンバードメントの効果に着目し、その条件とc-BN生成との関係をイオン種、イオンエネルギー、イオン電流密度、基板温度などの基礎的な物理条件によって普遍的かつ定量的に記述することを目的として、イオンビーム促進蒸着法(IBED法)による成膜実験を行った。IBED法は、これらの条件を直接かつ独立に制御できるという特徴をもつ。

 上記目的のため特注にてIBED装置を作製し、その後必要に応じて改造を加えた。図1に本研究で用いたIBED装置の構造を示す。本研究では、ボロンターゲットのイオンビームスパッタリングによってSi基板上にボロンを堆積させながら、窒素とArの混合イオンビームで堆積膜をボンバードすることを基本成膜条件とした。本論文は、7つの章から成る。以下にその要旨を記す。

図1 本研究で用いたIBED装置の構造1章 本研究の背景と目的

 c-BNの性質と合成研究の流れをまとめ、上述した本研究の背景と目的を述べた。

2章 c-BN生成に必要なイオンエネルギー、イオン電流密度

 前半で本研究で用いたIBED装置とそれによる成膜条件、形成膜の評価方法について述べ、後半ではc-BN生成に対するボンバードイオンのエネルギー(Ei)と電流密度(Ji)の影響について調べた結果を述べた。

 図2に、Ei,Jiとc-BN生成との関係を示す。c-BNが生成するためには臨界条件が存在し、Ei≧Ec(300〜400eV)、Ji≧Jc(60〜80/cm2、ボロン堆積速度=2000A/hr)を満たす必要がある。Ecはイオンと固体原子の衝突に関する条件である。Ei>700 eVでは照射損傷の影響が強くなり、Eiの増加とともに膜中のc-BN量は減少する。Jcは窒素イオンの輸送速度を反映するもので、Ji=JcでN原子とB原子の輸送比は1に達するとともに、生成膜は化学量論比(B:N=1:1)を満たす。

図2 Ei,Jiとc-BN生成との関係
3章 基板温度の影響

 成膜パラメータとして2章で対象としたEi、Jiに基板温度(Ts)を加え、これら3つのパラメータとc-BN生成との関係について調べた結果を述べた。c-BN生成に対しTsにも臨界温度が存在し、Ts≧Tc(〜200℃)でc-BNが生成する。また、2章で述べた臨界条件;Ec、JcはTsに依存しないこと、したがって、各臨界値Ec、Jc、Tcはそれぞれ独立した意味をもつことが明らかになった。Tcは、基板に供給された窒素イオン(N2+,N+)がB原子と反応してB-N化学結合を形成するために必要な臨界温度として意味付けられる。

4章 蒸着粒子の影響

 スパッタターゲットをボロンからh-BNに変更し、蒸着粒子側の影響について調べた結果を述べた。h-BNターゲットを使用した場合には、イオンビームボンバードメント側の条件の最適化を計っても、c-BNを生成させることはできなかった。この場合、ターゲットからスパッタされて基板に供給される蒸着粒子は、BNx,BOx,BHxなどであることがSIMS分析の結果明らかになった。B原子として供給されないこと、不純物原子が混入されることなどがc-BN生成を阻む原因になっていると推定される。

5章 ボンバードイオンの役割

 ボンバードビームを構成する窒素イオンとArイオンの比を種々に変えることにより、それらのイオンがc-BN生成において果たす役割について調べた結果を述べた。c-BNが生成するためには双方のイオンが必要であり、それらの役割は異なることが明らかとなった。窒素イオンの役割は、B原子と反応して化学量論組成のBNを形成することにある。イオンでなくN2ガスで供給された場合は化学反応性が十分でないため、化学量論組成を達成し難い。Arイオンの役割は、そうして形成された化学量論組成のBN膜を衝撃することにあり、その結果、BNの共有結合様式はsp2(h-BN)からsp3(c-BN)へと変換される。

6章 総合考察

 2章から5章までに述べた実験結果を総合し、c-BN生成のための必要条件、c-BN生成機構とその特徴などについて考察を述べた。図3にc-BN生成のための必要条件を示す。本研究によりc-BN生成に必要な上位条件として、化学量論組成の達成と、適度な質量とエネルギーをもったイオンによる膜の衝撃があげられることなどが明かとなった。

図3 c-BN生成の必要条件
7章 結論

 以上述べてきた結果及び考察をまとめた。

審査要旨

 本研究は立方晶窒化ホウ素(c-BN)の切削工具や半導体デバイス応用への基礎となる薄膜プロセシングに関するもので、特にイオンビーム促進蒸着法(IBED法)によるc-BN薄膜堆積過程に関与する各種内部パラメータの定量化とそれに基づく堆積機構の解明を目指したものである。

 本論文は全7章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景となるc-BN薄膜の作製例やその成長機構に関する研究現状を概観し、過去の多くの研究においてはイオンのエネルギーやフラックスといった内部パラメータの独立制御が困難な成膜法を採用しているため定量的議論が殆ど成されてこなかったが、IBED法ではそれらの定量化が可能であり堆積機構解明に最も適している方法であることを述べるとともに、本研究の位置付けを明示しその目的及び本論文の構成が述べられている。

 第2章では本研究用に開発されたホウ素ターゲットのスパッタ用アルゴンイオン源、及び基板表面照射用のアルゴン窒素混合イオン源を有するIBED装置、及び実験手法の詳細を述べるとともに、イオンエネルギー(Ei)、イオン電流密度(Ji)をパラメータとしたc-BN生成条件設定のための系統的実験結果がまとめられている。特にEi、Jiに関してc-BN生成にはともにしきい値が存在し各々400eV及び80A/cm2(5×1014コ/cm2s)であることを見い出すとともに、前者はイオン衝撃に起因する標的原子間の変位に基づく電子昇位等に必要とされるエネルギーのしきい値であり、後者はスパッタされたホウ素原子の基板へのフラックスとオーダ的に同等であることから化学量論比を満たす為のしきい値であるとしている。

 第3章では、第2章で対象としたパラメータEi、Jiに基板温度(Ts)を加えた系統的実験結果が述べられている。特に、Tsが200℃以下ではEi、Jiがともにしきい値以上であってもN/B比が化学量論組成比を満たさないこと、及びTsが200℃以上では、Ei、Jiがしきい値以上であれば常にc-BNが生成することから、TsとEiやJiはTsが200℃以上では各々独立したパラメータとして扱えることを示すとともに、TsはB-N化学結合を長範囲に形成するために必要なパラメータとして意味づけられるとしている。

 第4章は堆積粒子の化学種の影響が検討されており、純ホウ素をターゲットとした場合にはc-BNが堆積されるのに対し、六方晶窒化ホウ素(h-BN)をターゲットとした場合にはいかなる条件下でもc-BNが生成されない理由を両者でのスパッタ粒子の違いに起因するものとし、二次イオン質量分析による模擬実験結果から前者では主にホウ素が原子状態でスパッタされるのに対し後者ではBN、BO、BHなど分子状態でスパッタされることを見い出し、c-BN生成には原子状ホウ素の供給が必要であること、OやHなどの不純物混入を極力防ぐ必要のあることなどを結論している。

 第5章では堆積過程におけるアルゴン及び窒素イオン照射の役割についてそれらのフラックス比を変化させた系統的実験結果がまとめられ、c-BN生成には双方のイオンが必要であることを明示するとともに、Arが50〜75vol%においてc-BN生成が可能であることから、窒素イオンは主に窒化反応を促進し化学量論組成のBNを形成することにあり,アルゴンイオンは堆積過程での膜表面を衝撃する作用が主であり、それらの総合結果としてc-BNが生成すると結論している。

 第6章では、本研究で得られた結果を総合的に考察し、c-BN生成のための必要条件、c-BN生成機構とその特徴などについて考察が述べられており、c-BN生成には化学量論組成の達成と、適度な質量とエネルギーをもったイオンによる堆積表面への衝撃があげられると結論している。

 第7章は、本研究により得られた結果を総括している。

 以上、本研究はこれまで不明な点の多かったc-BN薄膜の生成条件を系統的実験によって定量的に明示するとともに、堆積機構に関与する新たな知見を提示したものであり、材料科学における薄膜プロセシングに関する学問分野の進歩発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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