本研究は立方晶窒化ホウ素(c-BN)の切削工具や半導体デバイス応用への基礎となる薄膜プロセシングに関するもので、特にイオンビーム促進蒸着法(IBED法)によるc-BN薄膜堆積過程に関与する各種内部パラメータの定量化とそれに基づく堆積機構の解明を目指したものである。 本論文は全7章から構成されている。 第1章は序論であり、本研究の背景となるc-BN薄膜の作製例やその成長機構に関する研究現状を概観し、過去の多くの研究においてはイオンのエネルギーやフラックスといった内部パラメータの独立制御が困難な成膜法を採用しているため定量的議論が殆ど成されてこなかったが、IBED法ではそれらの定量化が可能であり堆積機構解明に最も適している方法であることを述べるとともに、本研究の位置付けを明示しその目的及び本論文の構成が述べられている。 第2章では本研究用に開発されたホウ素ターゲットのスパッタ用アルゴンイオン源、及び基板表面照射用のアルゴン窒素混合イオン源を有するIBED装置、及び実験手法の詳細を述べるとともに、イオンエネルギー(Ei)、イオン電流密度(Ji)をパラメータとしたc-BN生成条件設定のための系統的実験結果がまとめられている。特にEi、Jiに関してc-BN生成にはともにしきい値が存在し各々400eV及び80A/cm2(5×1014コ/cm2s)であることを見い出すとともに、前者はイオン衝撃に起因する標的原子間の変位に基づく電子昇位等に必要とされるエネルギーのしきい値であり、後者はスパッタされたホウ素原子の基板へのフラックスとオーダ的に同等であることから化学量論比を満たす為のしきい値であるとしている。 第3章では、第2章で対象としたパラメータEi、Jiに基板温度(Ts)を加えた系統的実験結果が述べられている。特に、Tsが200℃以下ではEi、Jiがともにしきい値以上であってもN/B比が化学量論組成比を満たさないこと、及びTsが200℃以上では、Ei、Jiがしきい値以上であれば常にc-BNが生成することから、TsとEiやJiはTsが200℃以上では各々独立したパラメータとして扱えることを示すとともに、TsはB-N化学結合を長範囲に形成するために必要なパラメータとして意味づけられるとしている。 第4章は堆積粒子の化学種の影響が検討されており、純ホウ素をターゲットとした場合にはc-BNが堆積されるのに対し、六方晶窒化ホウ素(h-BN)をターゲットとした場合にはいかなる条件下でもc-BNが生成されない理由を両者でのスパッタ粒子の違いに起因するものとし、二次イオン質量分析による模擬実験結果から前者では主にホウ素が原子状態でスパッタされるのに対し後者ではBN、BO、BHなど分子状態でスパッタされることを見い出し、c-BN生成には原子状ホウ素の供給が必要であること、OやHなどの不純物混入を極力防ぐ必要のあることなどを結論している。 第5章では堆積過程におけるアルゴン及び窒素イオン照射の役割についてそれらのフラックス比を変化させた系統的実験結果がまとめられ、c-BN生成には双方のイオンが必要であることを明示するとともに、Arが50〜75vol%においてc-BN生成が可能であることから、窒素イオンは主に窒化反応を促進し化学量論組成のBNを形成することにあり,アルゴンイオンは堆積過程での膜表面を衝撃する作用が主であり、それらの総合結果としてc-BNが生成すると結論している。 第6章では、本研究で得られた結果を総合的に考察し、c-BN生成のための必要条件、c-BN生成機構とその特徴などについて考察が述べられており、c-BN生成には化学量論組成の達成と、適度な質量とエネルギーをもったイオンによる堆積表面への衝撃があげられると結論している。 第7章は、本研究により得られた結果を総括している。 以上、本研究はこれまで不明な点の多かったc-BN薄膜の生成条件を系統的実験によって定量的に明示するとともに、堆積機構に関与する新たな知見を提示したものであり、材料科学における薄膜プロセシングに関する学問分野の進歩発展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |