学位論文要旨



No 212382
著者(漢字) 中澤,哲夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカザワ,テツオ
標題(和) 水溶性有機高分子を粘結材とする鋳型の開発
標題(洋)
報告番号 212382
報告番号 乙12382
学位授与日 1995.06.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12382号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 小川,修
内容要旨

 素形材を提供する鋳造工業は、鋳型製作、溶解、注湯、仕上げ等に対するさまざまな技術開発によって、鋳物の品質の向上はもちろんのこと作業条件あるいは鋳物の生産活動による周辺の環境への影響も大幅に改善されてきた。しかし、更なる品質の向上、低コスト化に対する要求は大きくなっている。また、近年、若年者の工業生産に対する意識の変化から、厳しい作業環境にある鋳物生産に携わる人材の確保が困難になってきている。更に、鋳物の生産活動による環境汚染の防止に対する社会的要求も一層厳しくなってきており、これらの問題点の改善に対処できる技術の開発が強く望まれている。そこで、本研究では、鋳型の製作面、安全面及び衛生面において有利で、しかも生産性の向上、高精度化、低コスト化の可能な鋳型材料あるいは造型方法の開発、及びその適用について研究した。

 粘結材料の選定に当たって、まず一般に使用されている無機系及び有機系粘結材の問題点と問題点の発生原因を明確にした。無機系粘結材は火気あるいほ保管上の制約がなく、また臭気あるいは毒性等衛生面の問題点も少ない。しかし、最大の課題は粘結材が無機物であるために鋳造後も熱分解せず、粘結材が耐火物の結合力を保持してしまい、鋳型の崩壊性が悪く、そのために製造コストの上昇と製造の環境を低下させている点であった。また、有機系粘結材は、溶剤が有機物であることに起因して消防法の規制を受けたり、臭気が問題になることが多くあった。更に、例えばポリイソシアネートあるいはトリエチルアミンのようにそれ自信に毒性があって問題を発生させているものがあった。そこで本研究では,一般に使用されている無機系及び有機系粘結材の問題点を改善できる粘結材として、溶剤を水とする水溶性有機高分子を取り上げた。造型方法としては、(1)非量産鋳物鋳造用の鋳型の製造を対象とした自硬性鋳型造型法(耐火物に添加した粘結材と硬化剤との化学反応によって鋳型を硬化させる造型法)及び(2)量産鋳物鋳造用の鋳型の製造を対象としたCO2ガス迅速硬化造型法(粘結材を混合した耐火物にCO2ガスを吹き込んで、粘結材とCO2ガスとの反応によって迅速に鋳型を硬化させる造型法)の大別して2タイプの造型法及びその適用技術の開発を行った。

(1)水溶性有機高分子を粘結材とする自硬性鋳型の開発

 粘結材として(a)大きな砂粒結合力を示す、(b)反応性に富む水酸基を分子中に持っている(この反応を利用して自硬性鋳型とする)、(c)毒性が無い、等の点に着目して、ポリビニルアルコール(PVA)を選定した。

 PVA水溶液を粘結材とする鋳型を硬化させるのに、PVAと各種の化合物との反応を検討し、ほう素化合物とのDidiol型の反応が有効に利用出来ることを見出した(図1)。

図1 PVAとほう素化合物とのDidiol型の反応

 この反応を利用すると鋳型は硬化するが、溶剤として添加した水分の処理が困難でPVAの砂粒結合力を十分に得ることができず、鋳型強度が低いこと及びPVAとほう素化合物との急激な反応の制御が困難で調製した鋳型砂を有効に使用できる時間、すなわち鋳型砂の可使時間の確保が十分にできないことに課題があった。水分の処理については、(a)PVAの溶剤として、水とアルコールの混合溶剤を使用、(b)セメントの使用等で改善できる結果を得た。PVAとほう素化合物との急激な反応の制御は、ほう素化合物の種類、添加量の最適化と、各種アルコール類及びセメントの添加で顕著な効果が得られることを見出した。これらの検討結果により、PVA水溶液を粘結材とする造型法の課題であったPVAの砂粒結合力を十分に発揮させることと、鋳型砂の可使時間の確保が可能となり、鋳造用鋳型として必要な特性を備え、かつ前記した従来の鋳型の間題点が改善できる自硬性鋳型造型法を完成させることができた。

 開発した鋳型は非量産のポンプ部品鋳造用の中子として適用検討を行ない、良好な結果を得て実用化した。また、鋳型砂は回収して再生処理をすることによって再利用できることも確認した。

(2)水溶性有機高分子を粘結材とするCO2ガス迅速硬化造型法の開発

 量産品の鋳物の鋳造に対応するためには、鋳型の硬化スピードが速く、また可使時間が十分確保できるものが望まれた。この要求に対応する造型法は、ガス硬化型の造型法であるとの考えから、水溶性有機高分子を粘結材とするガス硬化鋳型の開発を目指して研究した。

 まずPVAと水酸化カルシウムの組合せからなる粘結材をCO2ガスで硬化させる造型法を検討した。鋳型の硬化機構の検討結果から、CO2ガスで鋳型を硬化させる場合、分子中にカルボキシル基を持つ水溶性有機高分子がPVAに比べて硬化特性が優れ、より有効に応用できる。特にイソブチレンー無水マレイン酸共重合体(IM樹脂と略称)のアルカリ中和物(図2)で良好な特性を持った鋳型が得られる可能性があることを見出した。

 IM樹脂のアルカリ中和水溶液はHClで中和すると、pH=1.0弱で酸無水物の沈殿を生成した。CO2ガスによる中和では、沈殿の生成等はなかったが、Ca(OH)2を添加してCO2ガスで中和すると、瞬時に混合物の表面に粘着性のある皮膜を生成した。図2にこの時に起る反応の推定式を示した。この皮膜生成反応がCO2ガス迅速硬化造型法に応用できることを見出してその応用研究を行った。

図2 イソブチレンー無水マレイン酸共重合体のアルカリ中和物及びCa(OH)2の混合物とCO2ガスとの反応(推定)

 鋳型粘結材としてのIM樹脂のアルカリ中和水溶液の特性はIM樹脂の中和度、中和剤の種類、濃度等によって異なる。本研究では、これらの要因と鋳型特性との関係を明らかにした。また、CO2ガス迅速硬化造型法の粘結材成分に多価アルコールを使用することにより、Ca(OH)2の添加量を増加せずにCO2ガスで硬化させた直後の強度(初期強度)を向上させることができ、単純形状の鋳型ばかりでなく、複雑形状の鋳型の製作にも適用できる技術とすることができた。なお、多価アルコールが初期強度の向上作用を示すのは、多価アルコールを粘結材に添加することによって、硬化剤であるCa(OH)2の溶解度が大きくなるためであると推定された。

 硬化剤として使用するCa(OH)2は大気中のCO2ガスを暖収して劣化し、鋳型の硬化特性が低下する。工場における硬化剤の管理を容易にすることと、微粉末であるCa(OH)2の取扱いに伴う環境の汚染、計量の煩雑さを回避する目的で、IM樹脂のアルカリ中和水溶液に予めCa(OH)2を混合しておく粘結材(一液化粘結材)の形態を検討した。一液化粘結材はCO2ガスで迅速硬化させることができるが、混合したCa(OH)2の沈降が短期間で起こってしまい粘結材の安定性の点で問題があった。この問題点の改良に対して、コロイド溶液であるSBRラテックスを安定性の改良剤として添加すると、混合したCa(OH)2が沈降することなく長期間の安定性が確保できることがわかった。

 これらの研究結果により、IM樹脂のアルカリ中和水溶液を粘結材とする鋳型は、従来から広く使用されている水ガラス-CO2ガス型の硬化特性と比べて優れていると判断できる結果を得た。また、CO2ガス迅速硬化造型法で製作した鋳型の高温強度あるいは加熱残留強度等の熱的性質の検討と鋳造する鋳物の材質及び大きさによって鋳型が受ける熱影響を計算で推定し、推定結果の妥当性を実際の鋳造実験で確認した。

 加熱残留強度の測定結果から、鋳造によって鋳型が受ける熱影響が600℃以下の場合は粘結材の熱分解が十分になされないため、また1100℃以上の場合、耐火物に粘結材成分が溶融焼着して、崩壊性に難点が生じる。しかし、熱影響が600-1100℃の場合は、良好な崩壊性を示し、水ガラス-CO2ガス型の課題が克服できる見通しを得た。

 鋳造する鋳物の材質及び大きさ等の相違によって鋳型が受ける熱影響を計算によって求めた結果と加熱残留強度の測定および鋳込み実験の結果等を総合的に評価して、CO2ガス迅速硬化造型法で製作した鋳型が、良好な崩壊性を示し有効に適用できる鋳物の材質及び大きさの範囲の推定結果を得た。

 以上において示した結果に基づいて、水溶性有機高分子であるIM樹脂のアルカリ中和水溶液を粘結材とするCO2ガス迅速硬化造型法を、量産品鋳物用の鋳型あるいは中子の製作に実用化した。特にポンプ用羽根車の鋳造用中子の製作には、(a)CO2ガスで急速に硬化すること、(b)水溶性有機高分子を粘結材としているために硬化後も鋳型内に水分がわずかに残留すること、等の点に着目して、三次元に入り組んだ羽根車の羽根部を形成する模型材に熱可塑性樹脂を使用し、CO2ガスで一次硬化した中子をマイクロ波加熱処理して、中子の硬化の完結とその時に発生する熱で模型を軟化させ、中子からの模型の除去を容易にできるようにした。この方法によって、複雑形状の羽根車が精度良くしかも効率良く製造できることを確認し、実用化した。

 以上本論文においては、水溶性有機高分子を粘結材とする新しいタイプの造型法を提案し、学術上、及び実用化技術の両面で成果を得た。

審査要旨

 本論文は,作業環境がよく,生産性の向上,高精度化,低コスト化の可能な,水溶性有機高分子を粘結材とする造型方法の開発,及びその実用化について研究したもので,6章よりなる。

 第1章は緒論である。まず一般に使用されている無機系及び有機系粘結材の問題点と問題点の発生原因を明確にした。そしてこれら粘結材の問題点を改善できる粘結材として,溶剤を水とする水溶性有機高分子の可能性を指摘した。

 第2および3章は,ポリビニルアルコール(PVA)を粘結材とする水溶性有機高分子を,非量産鋳物鋳造用の鋳型の製造を対象とした自硬性鋳型に適用・開発させた,研究である。第2章においては,PVA水溶液を粘結材とする鋳型を硬化させるのに,PVAと各種の化合物との反応を検討し,ほう素化合物とのDidiol型の反応が有効に利用出来ることを見出した。この反応を利用すると鋳型は硬化するが,溶剤として添加した水分の処理が困難でPVAの砂粒結合力を十分に得ることができず,鋳型強度が低いこと及びPVAとほう素化合物との急激な反応の制御が困難で調製した鋳型砂を有効に使用できる時間,すなわち鋳型砂の可使時間の確保が十分にできないことに課題があった。水分の処理については,(a)PVAの溶剤として,水とアルコールの混合溶剤を使用,(b)セメントの使用等で改善できる結果を得た。PVAとほう素化合物との急激な反応の制御は,ほう素化合物の種類,添加量の最適化と,各種アルコール類及びセメントの添加で顕著な効果が得られることを見出した。これらの検討結果により,PVAの砂粒結合力を十分に発揮させられること,鋳型砂の可使時間の確保が可能となり,鋳造用鋳型として必要な特性を備え,従来の鋳型の問題点が改善できる自硬性鋳型造型法を完成させることができた。

 第3章においては,開発した鋳型を非量産のポンプ部品鋳造用の中子として適用検討を行なった。鋳型の硬化速度を速めるためにケン化度の高いPVAを用いること,粘度の経時変化を無視できるために10%以下の水溶液濃度にすること,鋳型の加熱後の残留強度は十分低く鋳型の崩壊性は良好なこと,鋳型の熱分解に伴う分解ガス成分はC・H・Oのみであり作業環境・材質に問題がないこと,などが明らかにされた。また,鋳型砂は回収して再生処理をすることによって再利用できることも確認された。

 量産品の鋳物の鋳造に対応するためには,鋳型の硬化スピードが速く,また可使時間が十分確保できるものが望まれた。この要求に対応する造型法は,ガス硬化型の造型法であるとの考えから,第4章および5章は水溶性有機高分子を粘結材とするガス硬化鋳型の開発を目指して研究した。

 第4章において水溶性有機高分子系CO2ガス硬化粘結材の探索を行った。PVA水溶液とCa(OH)2を添加混合した鋳型砂は,CO2ガスと反応して迅速に硬化することがわかった。種々の鋳型の硬化機構の検討結果から,CO2ガスで鋳型を硬化させる場合,分子中にカルボキシル基を持つ水溶性有機高分子がPVAに比べて硬化特性が優れ,より有効に応用できる。特にイソブチレンー無水マレイン酸共重合体(IM樹脂と略称)のアルカリ中和物で良好な特性を持った鋳型が得られる可能性があることを見出した。IM樹脂のアルカリ中和水溶液にCa(OH)2を添加してCO2ガスで中和すると,瞬時に混合物の表面に粘着性のある皮膜を生成した。反応の推定式を以下に示す。この皮膜生成反応がCO2ガス迅速硬化造型法に応用できることを見出した。鋳型粘結材としてのIM樹脂のアルカリ中和水溶液の特性はIM樹脂の中和度,中和剤の種類,濃度等によって異なる。本研究では,これらの要因と鋳型特性との関係を明らかにした。

 212382f01.gif

 第5章では4章の結果を踏まえ,実用化するための検討を行った。まず第一に,粘結材成分に多価アルコールを使用することにより,Ca(OH)2の添加量を増加せずにCO2ガスで硬化させた直後の強度(初期強度)を向上させることができ,単純形状の鋳型ばかりでなく,複雑形状の鋳型の製作にも適用できる技術とすることができた。なお,多価アルコールが初期強度の向上作用を示すのは,多価アルコールの添加によって,硬化剤であるCa(OH)2の溶解度が大きくなるためであると推定された。

 次にCa(OH)2の吸湿性を回避する目的で,IM樹脂のアルカリ中和水溶液に予めCa(OH)2を混合しておく粘結材(一液化粘結材)の形態を検討した。一液化粘結材はCO2ガスで迅速硬化させることができるが,混合したCa(OH)2の沈降が短期間で起こってしまい粘結材の安定性の点で問題があった。この問題点の改良に対して,コロイド溶液であるSBRラテックスを安定性の改良剤として添加すると,混合したCa(OH)2が沈降することなく長期間の安定性が確保できることがわかった。また,加熱残留強度の測定結果から,熱影響が600-1100℃の場合は,良好な崩壊性を示し,水ガラス-CO2ガス型の課題が克服できる見通しを得た。

 これらの研究結果により,IM樹脂のアルカリ中和水溶液を粘結材とする鋳型は,従来から広く使用されている水ガラス-CO2ガス型の硬化特性と比べて優れていると判断できる結果を得た。また,CO2ガス迅速硬化造型法で製作した鋳型の高温強度あるいは加熱残留強度等の熱的性質の検討と鋳造する鋳物の材質及び大きさによって鋳型が受ける熱影響を計算で推定し,推定結果の妥当性を実際の鋳造実験で確認した。

 以上において示した結果に基づいて,水溶性有機高分子であるIM樹脂のアルカリ中和水溶液を粘結材とするCO2ガス迅速硬化造型法を,量産品鋳物用の鋳型あるいは中子の製作に実用化した。特にポンプ用羽根車の鋳造用中子の製作には,(a)CO2ガスで急速に硬化すること,(b)水溶性有機高分子を粘結材としているために硬化後も鋳型内に水分がわずかに残留すること,等の点に着目して,三次元に入り組んだ羽根車の羽根部を形成する模型材に熱可塑性樹脂を使用し,CO2ガスで一次硬化した中子をマイクロ波加熱処理して,中子の硬化の完結とその時に発生する熱で模型を軟化させ,中子からの模型の除去を容易にできるようにした。この方法によって,複雑形状の羽根車が精度良くしかも効率良く製造できることを確認し,実用化した。

 第6章は本論文の総括である。

 以上を要するに本論文は,水溶性有機高分子を粘結材とする新しいタイプの造型法を提案し,学術上,及び実用化技術の両面で成果を得,金属工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50949