No | 212383 | |
著者(漢字) | 鈴木,教之 | |
著者(英字) | Suzuki,Noriyuki | |
著者(カナ) | スズキ,ノリユキ | |
標題(和) | 有機ジルコニウム錯体を用いた新規な炭素-炭素結合生成反応の開発 | |
標題(洋) | Development of Novel Carbon-Carbon Bond Formation Reactions using Organozirconium Complexes | |
報告番号 | 212383 | |
報告番号 | 乙12383 | |
学位授与日 | 1995.06.15 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第12383号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 有機金属錯体はその特異な反応性から、種々の有機合成的に有用な反応の開発に広く用いられている。中でも近年、後周期の遷移金属のみならず前周期遷移金属を用いた反応の報告例が多く見られるようになってきた。本研究において筆者は、中心金属の2電子酸化還元反応を経る炭素-炭素結合生成反応に注目し、還元種の4族金属錯体を用いてメタラサイクルを形成する炭素-炭素結合生成反応(式1)を中心に種々の高選択的な反応の開発を行なった。
本研究に先立って著者の所属する研究グループにおいては有機ジルコニウム錯体上での不飽和炭化水素の選択的なカップリング反応を見いだしていた(式2)。さらに有機マグネシウム試薬との組み合わせによって、エチレンと末端アルケン類とのカップリング反応がジルコナシクロペンタンを経由してジルコニウム錯体Cp2ZrCl2を触媒として進行することが見いだされた(式3)。
本研究において著者は、式3の触媒反応の反応機構について考察し、各ステップでの選択性の発現等について検討した結果以下のことを明らかにした。 (i)過剰の有機マグネシウム存在下において、活性種であるZr(II)種が安定化される。 (ii)ジルコノセンジアルキル錯体における-水素脱離反応の速度はアルキル基によって異なり、その順位は-水素の数比を考慮に入れて換算してもメチル>メチレン>メチンの順で速い。 (iii)Zr-Mg間のトランスメタル化反応の平衡はアルキル基の種類に依存しており、立体的に大きい基はジルコノセン錯体から優先的に離れる傾向にある。 これらの結果は触媒反応がジルコニウム上でのジルコナシクロペンタンを経由しているとする我々の考える反応機構を支持した。さらにこれらの基礎的検討はChapter3で述べる触媒反応の反応機構の検討に重要な示唆を与えた。 上記の反応から発展して種々のGrignard試薬、あるいはアルケン類を用いた触媒的な炭素-炭素結合生成反応を見いだした。即ち、n-BuMgXを用いると末端アルケン類はhead-to-tailで二量化することを見いだした(式4)。本反応もジルコナシクロペンタンを経由する反応で、側鎖からの-水素脱離反応がキーステップであることがわかった。
また、インデン等の芳香環と共役した内部アルケン類を基質とした場合、位置選択的にエチルマグネシウム化が進行し、その生成物の立体化学も高選択的であることがわかった(式5)。
後周期遷移金属がアリル化合物と求核剤との炭素-炭素結合生成反応を触媒することはよく知られているが前周期遷移金属においては例が少ない。著者は4族金属錯体を用いたアリル化反応の可能性について検討した結果、式6に示すような系において触媒的アリル化が進行することを見いだした。この反応はアリル基の-位で高選択的に反応する。
反応機構に関する検討の結果、この反応もまた系中で発生するエチレンとアリルエーテルのアルケン部位がジルコニウム上でカップリングするジルコナシクロペンタンの生成を経ていることがわかった。また本反応においてはジルコナサイクルの側鎖からの-アルコキシ基の脱離がキーステップであることが明らかとなった(式7)。
さらに基質として,-不飽和アセタールを用いた場合生成物としてビニルエーテル類を与える反応を見いだした(式8)。また、分子内に末端アルケンを有するアリルエーテル類を用いた場合には分子内環化アリル化反応が進行することも見いだされた(式9)。
上で述べた触媒的アリル化反応においてはメタラサイクルからの-アルコキシ基の脱離がキーステップであった。同様に、アルキンとアリルエーテルからジルコナサイクルを形成すればアルキンのアリル化が進行するものと考えられる。実際にジルコニウムアルキン錯体はアリルエーテルとの反応によりアリル化物を与えることがわかった。(式10)
本反応は量論反応であるが生成物はアルキンにアリルジルコネーションしたものであることがわかる。この反応もアリル化合物について-位で選択的に炭素-炭素結合生成が起こる。5員環の遷移状態を経る新規なタイプのカルボメタル化反応であるといえる。さらに、-脱離および-脱離について種々の可能性を検討した結果、ビニルジルコネーション反応(式11)や、また生成物としてシクロプロパン化合物を与える反応(式12)も見いだされた。
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審査要旨 | 本論文は「Development of Novel Carbon-Carbon Bond Formation Reactions using Organo-zirconium Complexes(有機ジルコニウム錯体を用いた新規な炭素-炭素結合生成反応の開発)」と題し、8つのchapterより成る。 Chapter 1 は序論である。有機金属錯体を用いた有機合成反応において炭素-炭素結合を生成するいくつかの代表的なパターンについて論じ、中心金属の2電子酸化還元反応を経る炭素-炭素結合生成反応に注目した上で、4族遷移金属であるジルコニウム還元種の錯体を用いたメタラサイクル形成反応を触媒反応へ展開する可能性について論じている。さらに、ジルコノセン錯体を用いた有機合成反応について歴史的背景とその特徴について論じ、遷移金属錯体の化学の中での位置づけを行なっている。 Chapter 2 は「Mechanistic Consideration on Zirconium Catalyzed Alkene-Alkene Coupling Reaction:Basic patterns」と題され、ジルコニウム錯体を触媒とする炭素-炭素結合生成反応の一つである触媒的アルケンーエチレンカップリング反応について、その反応機構に関する詳細な考察がされている。すなわち、触媒サイクルの各ステップでの選択性の発現等について検討した結果以下のことを結論している。 (i)過剰の有機マグネシウム存在下において、活性種であるZr(II)種が安定化される。 (ii)ジルコノセンジアルキル錯体における-水素脱離反応の速度はアルキル基によって異なり、その順位は-水素の数比を考慮に入れて換算してもメチル>メチレン>メチンの順で速い。 (iii)Zr-Mg間のトランスメタル化反応の平衡はアルキル基の種類に依存しており、立体的に大きい基はジルコノセン錯体から優先的に離れる傾向にある。 これらの結果は触媒反応がジルコニウム上でのジルコナシクロペンタン形成を経由しているとする反応機構を支持する。さらにこれらの基礎的検討はChapter 3 で述べる触媒反応の反応機構の検討に重要な示唆を与えている点で興味深い。また本章では、上記の反応から発展した内部アルケンの反応、アルケンの二量化についても報告されている。 Chapter 3 は「Zirconium Catalyzed Novel Allylation Reaction」と題され、有機ジルコニウム錯体を用いた求核的アリル化反応とその反応機構について考察されている。後周期遷移金属がアリル化合物と求核剤との炭素-炭素結合生成反応を触媒することはよく知られているが、前周期遷移金属においてはその例が少ない。本章においては4族金属錯体を用いたアリル化反応の可能性が検討されており、アリルエーテル類とエチルマグネシウム化合物 還元種のジルコノセン錯体上ではアルケン、アルキン類が位置選択的にカップリングする。本研究においてC=O不飽和結合の反応に関して検討したところ、カルボニル化合物もジルコノセン錯体上でアルケン類と位置選択的にカップリングし、オキサジルコナシクロペンタンを与えることを見いだした(式13)。
アルケン類のカップリング反応においてはアルキル基の様な置換基はジルコナシクロペンタンの-位に来ることが著者らの研究グループによって報告されているが、本反応においてはアルケンの置換基は選択的に-位に位置することがわかった。この選択性の違いは、メタラサイクル形成において位置選択性が速度論的に決定されるためであると考えられる。一方アルケン類のカップリングにおいては熱力学的平衡が生成物の位置選択性を支配する。 上記のようなアルケンと不飽和化合物の-結合とのカップリングと同様に、ヘテロ化合物の-結合もカップリングを起こすと考えられる。このアイデアから、還元種のジルコノセン錯体の存在下アルケンとヒドロシランを反応させたところ高位置選択的にヒドロシリル化が進行した(式14)。
2価のジルコニウム種がアルケン類を異性化することが知られているがそのメカニズムについては明らかにされていなかった。本研究においで筆者は式15に示す反応において種々の速度論的な検討を行い、以下のことを明らかにした。(i)異性化反応は基質に対して1次で進行する。(ii)基質のp-位の置換基効果はHammet則において負の値を示す。(iii)反応はジルコニウム種に対してほぼ2次で進行しており、反応に際して複核錯体の関与が示唆される。
これらの結果からこの異性化反応は従来の機構と異なり二重結合を直接活性化する経路を通ることが明らかとなった。 以上の検討の結果から、還元種のジルコニウム錯体は種々の興味深い反応性を示すことがわかった。ジルコニウムの酸素親和性に基づくメタラサイクル中での脱離反応や、ことにZr(II)-Zr(IV)間の2電子酸化還元系による触媒反応の構築は今後も新たな展開が期待される。において触媒的アリル化が進行することを報告している。この反応はアリル基の-位で高選択的に反応する。反応機構に関する検討の結果、この反応もまたジルコナシクロペンタンを経ており、ジルコナサイクルの側鎖からの-アルコキシ基の脱離がキーステップであることが明らかにされた。 Chapter 4では「Novel Type of Carbozirconation Reactions of Alkynes」と題し、アルキン類のカルボジルコネーション反応について検討されている。アルキンとアリルエーテルから形成されるメタラサイクルからの-アルコキシ基の脱離によりアルキンのアリル化が進行する。これは5員環の遷移状態を経る新規なタイプのカルボメタル化反応であるといえる。さらに、-脱離および-脱離の種々の可能性について検討を加え、ビニルジルコネーション反応や、また生成物としてシクロプロパン化合物を与える反応も見い出している。 Chapter 5は「Coupling of Alkenes with Ketones or Aldehydes on Zirconium」と題され、還元種のジルコノセン錯体上でのアルケンとアルデヒド、ケトンとが量論的にオキサジルコナシクロペンタンを与える反応について述べられている。本反応においてはアルケン類のカップリング反応の場合と異なり、アルケンの置換基は選択的に-位に位置する。この選択性の違いは、メタラサイクル形成において位置選択性が速度論的に決定されるためであると推論している。 Chapter 6は「Zirconium Catalyzed Highly Regioselective Hydrosilation Reaction of Alkenes」と題して、還元種のジルコノセン錯体を触媒として進行するアルケンの高位置選択的なヒドロシリル化反応について述べられている。 Chapter 7は「Zirconium Catalyzed Stereoisomerization of Alkenes」と題される。2価のジルコニウム種がアルケン類を異性化するメカニズムについて種々の速度論的な検討を行い、この異性化反応は従来の機構と異なり二重結合を直接活性化する経路を通ることを明らかにしている。 Chapter 8 では以上の検討を総括し、ジルコニウムの酸素親和性に基づくメタラサイクル中での脱離反応や、Zr(II)-Zr(IV)間の2電子酸化還元系による触媒反応の構築など、還元種のジルコニウム錯体が示す種々の興味深い反応性が明らかにされ、今後の新たな展望が開かれたと結論している。 このように本論文は前周期遷移金属を用いた触媒的炭素-炭素結合生成サイクル構築の新しいパターンを提示しており、有機金属化学および錯体化学に貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/50668 |