我々はX線天文衛星「ぎんが」を用いX線連星パルサーのスペクトルを研究した。特にパルサーの表面磁場を直接表しているサイクロトロン構造の検出に主眼をおき、高圧下げ観測を行い、新たにサイクロトロン構造を発見した。この論文では、「ぎんが」が観測したすべてのX線パルサーを統一的に解析し、いくつか新しい知見を得るに至った。 X線連星パルサーのスペクトルは発見当初から便宜的に、Cutoffエネルギーより低エネルギー側ではべき型、それ以よではあるe-foldingエネルギーで指数関数的に強度が減るというモデルで表現されてきた。我々は「ぎんが」によって4U1538-52から20keVのサイクロトロン構造が発見されたことに触発され、比例計数管の高圧を下げた観測を行うことによって、まずHer X-1の35keVサイクロトロン構造を追試した。さらに追試に留まらず、2keVからの連続スペクトルの落ちを、べき型スペクトルにサイクロトロン散乱というモデルでフィットすることに成功し、構造が輝線ではなく吸収線であることを明らかにした。従来便宜的に使われてきたCutoffエネルギーは、ここで初めて磁場下の電子サイクロトロン共鳴という物理的意味を持つに至ったのである。 これによりパルサーのスペクトルは、べき型スペクトルにサイクロトロン共鳴という単純なモデルで説明されうるかに見えた。ところがHer X-1の解析をすすめるにつれ問題点が浮かび上がってきた。このモデルでは1st共鳴の高エネルギー側で、fluxがべき型スペクトルまで復帰するのを新たに2倍波共鳴をいれて落している。しかし最近発表されたHEAO-I A-4のデータを見ると、2倍波(70keV)より上でfluxの上昇は観測されていない。ここでさらに3倍波や4倍波があってfluxを吸収しているというモデルも成り立つが、それらの散乱断面積は2倍波よりはるかに小さいため物理的に考えにくい。またフラットなべき型スペクトルは、高エネルギーまで延長するとエネルギーが発散するため不自然でもある。さらに基本波と2倍波が観測された4U0115+63ではサイクロトロン共鳴以外に指数関数的に連続成分を落す必要があった。これらの事実から考えて、連続成分自身がある温度kTで熱的に落ちていると考える方が自然であろう。 そこでHer X-1の高エネルギースペクトルをexp(-E/kT)に基本波サイクロトロン吸収をかけたモデルで合わせたが失敗した。次にBoltzman model:exp(-E/kT)を仮定すると合わせられたが、は正になるのでそのまま低エネルギー側に延長したのでは合わないことは自明である。そこでNPEX(Negative Positive power law EXponential)モデルが導入された。これは、 という形であり、kTはX線放射領域の温度を表し、1は負べき指数、2は正べき指数である。このモデルは、Her X-1の全観測エネルギー帯でスペクトルを合わせることができ、さらに2は2.0ちかくに収束した。つまり正べきの部分は黒体輻射を表していると考えられる。したがって以降2は2.0に固定して、すべてのパルサーに適用したところ、このモデルはすべてのパルサーのスペクトルを良くフィットすることが発見された。 NPEXの意味を考えるためエネルギー軸をkTで規格化し、各パルサーのスペクトルを重ねたのがFigure 6.1.1である。サイクロトロン構造をもたないパルサーは図の様に比較的単純な形をしていることが判る。低エネルギー側はべき型で、3kTあたりにふくらみを持つ。べきが小さくなるにつれふくらみは大きくなっている。一方サイクロトロンパルサーの方は、だいたいの形は似ているが、あるエネルギーで急激に折れ曲がっていることがわかる。これがサイクロトロン構造に相当する。図のスペクトル変化はComptonized spectrumに非常に良く似ている。光学的厚さの違いにより、Figure 6.1.2のように変化する。Sun-yaev&Titarchukによって与えられている解析的な近似解では、まさにNPEXモデルの正べき、負べき成分があらわれる。実際、計算が簡単なLamb etal.の近似解を用いてスペクトルフィットを行うと、合いはNPEXより少し悪くなるものの、パルサーに特有なそりかえリスペクトルが良く再現されていることがわかった。このようにComptonized spectrumはNPEXモデルの有力な物理プロセスである。 さて、コンプトン散乱の光学的厚みが非常に大きい大気では、入射した低エネルギー光子はある一定のエネルギーまで加熱されて飽和する。そのエネルギーは電子の温度の4倍で与えられる(E=4kT)。いま強磁場下での散乱を考えると散乱断面積はサイクロトロン共鳴エネルギーの所で非常に大きくなる。この場合コンプトン散乱を行う光子のエネルギーは共鳴エネルギーEaとなる。そのような状況下での平衡状態を考えると、電子の温度は共鳴エネルギーの1/4に調整されるであろう。実際のデータでkTとEaの関係をプロットすると図のようになり、kT=0.25Eの傾向があるとしてもそう矛盾のない結果となる。 パルサーの連続スペクトルはNPEXモデルで統一的に表され、サイクロトロン構造はそれからのズレとして検出される。サイクロトロン構造の形は、X0331+53以外では、Gaussian,Lorentzian,Voigt functionより、CYABモデルで一般的によく表される。X0331+53では中心に鋭い吸収が必要である。またサイクロトロン構造の幅はW〜0.4と広い。これはNPEXモデルの温度から予想される熱ドップラー幅より大きく、それ以外のgeometrical broadeningのようなプロセスが働いていると思われる。 サイクロトロン共鳴の2倍波は、4U0115+63の1990年の観測とVela X-lから検出された。4U0115+63においてはサイクロトロン構造の変動が激しく、光度が1/6であった1991年の観測では2倍波が見えなくなり共鳴エネルギーは40%上昇した。双極子磁場を仮定し、これを降着コラムの高さの変化だと仮定すると約1.1km下降したことになる。またこれを含めて5つのパルサーで光度と共鳴エネルギーの相関が調べられ、降着コラム高度変化モデルで説明できることが示された。しかしこのモデルは、低光度パルサーにおける共鳴エネルギーのパルス位相依存性を説明できない。 本論文では合計11個のパルサーからサイクロトロン構造を検出した。「ぎんが」が観測したのと同じフレアからHEXEが構造を発見したA0535+26を加え、これで12個のパルサーからサイクロトロン構造が検出されたことになる。これは「ぎんが」が観測し、良いスペクトルが得られた合計23個のパルサー(パルサー候補天体4U1700-37を含む)の実に半数である。また得られた12個のX線パルサーの磁場は4×1011-5×1012Gであり、その分布は電波パルサーの磁場分布と良く似ていることが示された。 Figure 6.1.5:The dependencies of the kT in the NPEX model of the average spectra(top)and phase resolved spectra(bottom).A possible positive relation is seen.If the comptonization takes place,kT=0.25 is expected.図表Figure 6.1.1:The efficiency-corrected continuum spectra of the non-cyclotron(upper)and cyclotron(lower)sources normalized by the energy kT and by the flux at E=kT. / Figure 6.1.2:Comptonization by Lamb and Sanford model(1979)(CMPL model)for the comptonized spectra with input bremsstrahlung spectrum.The spectral shape is determined by the optical depth r.The changes of the spectra are very similar to the observed changes. |