学位論文要旨



No 212387
著者(漢字) 三原,建弘
著者(英字)
著者(カナ) ミハラ,タテヒロ
標題(和) 「ぎんが」衛星による連星パルサーのX線スペクトルの観測的研究
標題(洋) Observational Study of X-ray spectra of Binary Pulsars with Ginga.
報告番号 212387
報告番号 乙12387
学位授与日 1995.06.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12387号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,文昭
 東京大学 教授 遠山,濶六
 東京大学 助教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 木舟,正
 東京大学 教授 野本,憲一
内容要旨

 我々はX線天文衛星「ぎんが」を用いX線連星パルサーのスペクトルを研究した。特にパルサーの表面磁場を直接表しているサイクロトロン構造の検出に主眼をおき、高圧下げ観測を行い、新たにサイクロトロン構造を発見した。この論文では、「ぎんが」が観測したすべてのX線パルサーを統一的に解析し、いくつか新しい知見を得るに至った。

 X線連星パルサーのスペクトルは発見当初から便宜的に、Cutoffエネルギーより低エネルギー側ではべき型、それ以よではあるe-foldingエネルギーで指数関数的に強度が減るというモデルで表現されてきた。我々は「ぎんが」によって4U1538-52から20keVのサイクロトロン構造が発見されたことに触発され、比例計数管の高圧を下げた観測を行うことによって、まずHer X-1の35keVサイクロトロン構造を追試した。さらに追試に留まらず、2keVからの連続スペクトルの落ちを、べき型スペクトルにサイクロトロン散乱というモデルでフィットすることに成功し、構造が輝線ではなく吸収線であることを明らかにした。従来便宜的に使われてきたCutoffエネルギーは、ここで初めて磁場下の電子サイクロトロン共鳴という物理的意味を持つに至ったのである。

 これによりパルサーのスペクトルは、べき型スペクトルにサイクロトロン共鳴という単純なモデルで説明されうるかに見えた。ところがHer X-1の解析をすすめるにつれ問題点が浮かび上がってきた。このモデルでは1st共鳴の高エネルギー側で、fluxがべき型スペクトルまで復帰するのを新たに2倍波共鳴をいれて落している。しかし最近発表されたHEAO-I A-4のデータを見ると、2倍波(70keV)より上でfluxの上昇は観測されていない。ここでさらに3倍波や4倍波があってfluxを吸収しているというモデルも成り立つが、それらの散乱断面積は2倍波よりはるかに小さいため物理的に考えにくい。またフラットなべき型スペクトルは、高エネルギーまで延長するとエネルギーが発散するため不自然でもある。さらに基本波と2倍波が観測された4U0115+63ではサイクロトロン共鳴以外に指数関数的に連続成分を落す必要があった。これらの事実から考えて、連続成分自身がある温度kTで熱的に落ちていると考える方が自然であろう。

 そこでHer X-1の高エネルギースペクトルをexp(-E/kT)に基本波サイクロトロン吸収をかけたモデルで合わせたが失敗した。次にBoltzman model:exp(-E/kT)を仮定すると合わせられたが、は正になるのでそのまま低エネルギー側に延長したのでは合わないことは自明である。そこでNPEX(Negative Positive power law EXponential)モデルが導入された。これは、

 

 という形であり、kTはX線放射領域の温度を表し、1は負べき指数、2は正べき指数である。このモデルは、Her X-1の全観測エネルギー帯でスペクトルを合わせることができ、さらに2は2.0ちかくに収束した。つまり正べきの部分は黒体輻射を表していると考えられる。したがって以降2は2.0に固定して、すべてのパルサーに適用したところ、このモデルはすべてのパルサーのスペクトルを良くフィットすることが発見された。

 NPEXの意味を考えるためエネルギー軸をkTで規格化し、各パルサーのスペクトルを重ねたのがFigure 6.1.1である。サイクロトロン構造をもたないパルサーは図の様に比較的単純な形をしていることが判る。低エネルギー側はべき型で、3kTあたりにふくらみを持つ。べきが小さくなるにつれふくらみは大きくなっている。一方サイクロトロンパルサーの方は、だいたいの形は似ているが、あるエネルギーで急激に折れ曲がっていることがわかる。これがサイクロトロン構造に相当する。図のスペクトル変化はComptonized spectrumに非常に良く似ている。光学的厚さの違いにより、Figure 6.1.2のように変化する。Sun-yaev&Titarchukによって与えられている解析的な近似解では、まさにNPEXモデルの正べき、負べき成分があらわれる。実際、計算が簡単なLamb etal.の近似解を用いてスペクトルフィットを行うと、合いはNPEXより少し悪くなるものの、パルサーに特有なそりかえリスペクトルが良く再現されていることがわかった。このようにComptonized spectrumはNPEXモデルの有力な物理プロセスである。

 さて、コンプトン散乱の光学的厚みが非常に大きい大気では、入射した低エネルギー光子はある一定のエネルギーまで加熱されて飽和する。そのエネルギーは電子の温度の4倍で与えられる(E=4kT)。いま強磁場下での散乱を考えると散乱断面積はサイクロトロン共鳴エネルギーの所で非常に大きくなる。この場合コンプトン散乱を行う光子のエネルギーは共鳴エネルギーEaとなる。そのような状況下での平衡状態を考えると、電子の温度は共鳴エネルギーの1/4に調整されるであろう。実際のデータでkTとEaの関係をプロットすると図のようになり、kT=0.25Eの傾向があるとしてもそう矛盾のない結果となる。

 パルサーの連続スペクトルはNPEXモデルで統一的に表され、サイクロトロン構造はそれからのズレとして検出される。サイクロトロン構造の形は、X0331+53以外では、Gaussian,Lorentzian,Voigt functionより、CYABモデルで一般的によく表される。X0331+53では中心に鋭い吸収が必要である。またサイクロトロン構造の幅はW〜0.4と広い。これはNPEXモデルの温度から予想される熱ドップラー幅より大きく、それ以外のgeometrical broadeningのようなプロセスが働いていると思われる。

 サイクロトロン共鳴の2倍波は、4U0115+63の1990年の観測とVela X-lから検出された。4U0115+63においてはサイクロトロン構造の変動が激しく、光度が1/6であった1991年の観測では2倍波が見えなくなり共鳴エネルギーは40%上昇した。双極子磁場を仮定し、これを降着コラムの高さの変化だと仮定すると約1.1km下降したことになる。またこれを含めて5つのパルサーで光度と共鳴エネルギーの相関が調べられ、降着コラム高度変化モデルで説明できることが示された。しかしこのモデルは、低光度パルサーにおける共鳴エネルギーのパルス位相依存性を説明できない。

 本論文では合計11個のパルサーからサイクロトロン構造を検出した。「ぎんが」が観測したのと同じフレアからHEXEが構造を発見したA0535+26を加え、これで12個のパルサーからサイクロトロン構造が検出されたことになる。これは「ぎんが」が観測し、良いスペクトルが得られた合計23個のパルサー(パルサー候補天体4U1700-37を含む)の実に半数である。また得られた12個のX線パルサーの磁場は4×1011-5×1012Gであり、その分布は電波パルサーの磁場分布と良く似ていることが示された。

Figure 6.1.5:The dependencies of the kT in the NPEX model of the average spectra(top)and phase resolved spectra(bottom).A possible positive relation is seen.If the comptonization takes place,kT=0.25 is expected.図表Figure 6.1.1:The efficiency-corrected continuum spectra of the non-cyclotron(upper)and cyclotron(lower)sources normalized by the energy kT and by the flux at E=kT. / Figure 6.1.2:Comptonization by Lamb and Sanford model(1979)(CMPL model)for the comptonized spectra with input bremsstrahlung spectrum.The spectral shape is determined by the optical depth r.The changes of the spectra are very similar to the observed changes.
審査要旨

 本論文は本文7章および付録7項目からなり、第1章の序論、第2章のレビューに続いて第3章では「ぎんが」衛星およびその搭載計器、第4章では「ぎんが」によるX線パルサーの観測経過、第5章では観測データの解析結果、第6章では得られた結果の解釈と検討について述べられ、そして第7章で結論として得られた成果がまとめられている。付録には解析結果の詳細な図、表が集約されている。

 「ぎんが」衛星を用いてX線パルサーを系統的に観測し、そのエネルギースペクトルに見られるサイクロトロン共鳴吸収線構造の検出から中性子星表面磁場を測定する試みは、「ぎんが」の主要プロジェクトの一つとして牧島一夫東大助教授(当時)を責任者として遂行された。本論文提出者、三原建弘氏はこのプロジェクトの中心メンバーとして観測、解析に当った。論文提出者は本論文において、このプロジェクトで観測されたものを含め、「ぎんが」衛星によって観測された23個全てのX線パルサーを系統的に解析し、以下に述べるいくつかの重要な知見を得た。

 本来X線連星パルサーはX線天体物理学の歴史においては初期に発見され、今では古典的ともいえるX線源である。それにもかかわらずそのX線スペクトルは一般的に数10keV以下の低エネルギー側ではべき関数型であり、そのエネルギーを超えるとそのX線強度は指数関数的に減少するという、現象論的な特性は判っているものの、そのX線放射の物理的対応は不明確でこれを精度良く記述する数学的モデルも存在しなかった。一方この連続スペクトルに重畳して観測されるサイクロトロン共鳴散乱に起因する微妙な吸収線構造を検出するためには、この連続スペクトルを正確に記述するモデルが必要である。論文提出者は「ぎんが」で観測された23個のX線パルサーを系統的に調べた結果、全てのX線パルサーの連続スペクトルは負べき指数のべき関数と正べき指数のべき関数の和にX線放射領域の温度を特定する指数関数を乗じたモデル{212387f02.gifexp(-E/kT)}で統一的に説明できることを発見した。さらに論文提出者はこの表式が、光子(低エネルギーX線)が高エネルギー電子を含むプラズマ中を伝搬する際に受けるコンプトン化スペクトルに対する解析的近似解になっていることを示し、X線パルサーにおけるスペクトル形状の変化は基本的にコンプトン化に寄与する高温プラズマの光学的厚みに依存することを明らかにした。これは従来不明瞭であったX線パルサーからの放射スペクトルの物理的解釈を明確に提示するもので、画期的な成果といえる。

 本論文第2の成果は、論文提出者が「ぎんが」で観測された23個のX線パルサーを系統的に解析し、そのうち合計11個のパルサーからサイクロトロン構造を検出し、このプロジェクトを成功に導いたことである。すなわち論文提出者はこれらのパルサーにおいて、上記の定式化された連続スペクトルに重畳してサイクロトロン共鳴散乱に起因する局部的な吸収構造が4-40keV領域に見られることを発見した。この研究以前にはHerculesX-1,4U0115+63と呼ばれる2個のX線パルサーにおいてのみサイクロトロン構造の検出が報告されていたが、それが輝線か吸収線かさえ議論の的になっていたことを考えると、今回の論文提出者による仕事からX線パルサーにおける中性子星表面磁場の信頼度の高い測定例数が格段と増えたことになる。最近他の衛星(HEXE)で独立に測定されたX線パルサー、A0535+26の結果をを含めると現在では12個のX線パルサーからサイクロトロン構造が検出され、これから求められる磁場の値は4x1011-5x1012Gの範囲に分布することが判った。この磁場分布は電波パルサーのそれと良く似ており、今回の結果は中性子星磁場の構造、成因、進化を考える貴重な手がかりとなる。

 上記の2つの主要成果の他に本論文ではサイクロトロン共鳴吸収線構造に関してさらに、(1)X線放射領域のプラズマ温度とサイクロトロンエネルギーの間には概略kT=0.25Eaの関係がある、(2)4U0115+63,Vela X-1においては共鳴散乱の第2高調波に対応する構造を検出した、(3)いくつかのX線パルサーではサイクロトロンエネルギーがX線光度に相関して変化するが、これは中性子星磁場への物質降着率の変化に伴ってX線放射領域(降着円柱)の高さが変化するためである、(4)サイクロトロン共鳴吸収線の巾はX線放射領域のプラズマによるthermal broadeningから期待される拡がりよりも大きい、(5)観測されたスペクトルの微細構造はサイクロトロン共鳴散乱散乱以外のモデルでは説明出来ない、等の諸特性があることを明らかにした。

 本論文で扱ったいくつかのX線パルサーからのサイクロトロン構造の検出に関しては、すでに「ぎんが」チームの当プロジェクト関係者の共著で数編の論文として学術誌や国際会議において発表されている。論文提出者は当プロジェクトの中心として観測、解析に当り、これらの論文の主著者または共著者となっている(参考論文リスト参照)。また、本論文の主要成果は牧島一夫氏との共著論文としてAstrophysical Journalに投稿準備中であるが、今回のX線パルサーに対する統一スペクトルモデルの開発と「ぎんが」観測データの系統的な解析は、全て当論文提出者が独力で行ったものである。従って、本学博士(理学)を授与出来ると認める。

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