学位論文要旨



No 212391
著者(漢字) 小谷,政晴
著者(英字)
著者(カナ) コタニ,マサハル
標題(和) ガングリオ系ガングリオシドの組織並びに細胞分布に関する免疫化学的解析 : ラット中枢神経系組織とヒト繊維芽細胞について
標題(洋)
報告番号 212391
報告番号 乙12391
学位授与日 1995.06.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12391号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 小野寺,一清
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 石浦,章一
内容要旨

 ガングリオ系ガングリオシド(シアル酸を含有したスフィンゴ糖脂質の総称で、以下ガングリオシドと略す)は、脊椎動物の各組織に広く分布していることが生化学的解析によって明らかにされている。特に脳・神経系において、その含量は極めて高い。しかし、これまでガングリオシド特異的な単クローン抗体(MAb)の作製が困難であったことから、ガングリオシドの詳細な脳・神経系における形態学的分布については、ほとんど報告をみない。従って、脳・神経系を含めた組織及び細胞に存在しているガングリオシドの生物学的意義並びに生物学的機能については、不明な点が多く、推測の域をでないのが現状である。ガングリオシドの機能解析のための基礎的なアプローチの一つとして、ガングリオシドの組織並びに細胞における発現分布を明確にしていくことは、極めて重要である。一方、ガングリオシドを含めた糖脂質は、疎水性の炭化水素鎖を細胞表層の脂質二重層に埋め込み、親水性の糖鎖を外に突き出した状態で存在していることから、その機能の場は細胞膜上のみであると考えられていた。ところが、近年、ガングリオシドを含めた幾つかのスフィンゴ糖脂質は細胞質内にも存在していることが免疫組織化学並びに免疫電子顕微鏡による観察から示された。しかし、ガングリオシドはどのような状態で細胞質内に存在しているのか、更にどのような生物学的機能を担っているのか、現在のところ全く不明である。著者は、これらの諸問題について、免疫学的手法を用いて解析した。

 第1章では、免疫学的プローブとしてのMAbの作製を行った。a経路ガングリオシド(GM3、GM2、GM1、GD1a並びにGT1a)に対して各々特異的なMAbの作製を行い、五つのMAb(抗GM3、抗GM2、抗GM1、抗GD1a並びに抗GT1a)を得た。抗GM2、抗GM1及び抗GT1a MAbは、それぞれのガングリオシドとのみ反応し、他のガングリオシド及び中性糖脂質とは全く反応せず、極めて特異性の高いことが確認された。抗GT1a MAbの作製の報告は、本研究が初めてである。抗GD1a MAbは、GD1a以外にGM1bやGT1bとも反応した。抗GM3 MAbは、GM3以外にGM4、GM1b、GD1a、GT1b及びシアリルパラグロボシド(IV3NeuAc-nLc4Cer)とも反応した。これらのMAbを用いて、マウス、ラット並びにヒト由来の各種白血病細胞株におけるa経路ガングリオシド、特にGM1、GD1a及びGT1aの発現についてフローサイトメトリーにより解析を行った。GM1とGD1aは、幾つかの白血病細胞に発現していたが、GT1aは解析した全ての株化細胞において発現を認めなかった。以上の解析から、本実験で得られたMAbは免疫学的プローブとして有効なことが示され、各種の免疫学的手法によるガングリオシドの解析を可能にした。

 第2章では、成熟ラット中枢神経系の中で細胞及び層構造の明瞭な四つの領域(小脳、大脳皮質、海馬並びに脊髄)に着目し、それらの組織における主要ガングリオシド(GM1、GD1a、GD1b、GT1b及びGQ1b)の分布について、特異的MAbを用いた間接蛍光抗体法により検討した。抗GM1 MAbと抗GD1a MAbは、第1章で作製したものを用いた。抗GD1b MAb、抗GT1b MAb及び抗GQ1b MAbは、Ozawaらが作製したものを用いた。観察した四つの領域において、主要ガングリオシドは各細胞及び層構造に特異的に分布していることを初めて明らかにした。小脳において、GM1は分子層、顆粒層並びに白質に存在するバーグマングリアとアストロサイトに分布していた。GD1aは、分子層に分布していた。GD1bとGQ1bは、共に顆粒層に分布していたが、顆粒層における局在は互いに異なっていた。GD1bは顆粒細胞に、GQ1bは小脳糸球に、それぞれ局在していた。GT1bは、各層に分布していたが、プルキンエ細胞層には分布を認めなかった。大脳皮質では、GM1は全層のアストログリアに弱い分布を認めた。GD1aは、I層、II/III層、Va層の上部並びにVI層の上部に分布していた。GQ1bは、IV層、Vb層の下部並びにVI層の下部に分布していた。GD1bは、III層以下の各層に分布していた。GT1bは、全層に分布していた。海馬並びに脊髄においても、主要ガングリオシドは、細胞及び層構造に特徴的な分布が観察された。

 第3章では、GM2蓄積性疾患であるTay-Sachs病患者皮膚由来繊維芽細胞を用いて、GM2の細胞内分布を免疫細胞化学により解析した。Tay-Sachs病患者皮膚由来繊維芽細胞では、抗GM2 MAbによってGM2が蓄積したリソソーム様の顆粒が明瞭に染色されるとともに、細胞質内のフィラメント様構造も染色された。MAb陽性のフィラメント様構造は、ヒト正常皮膚由来繊維芽細胞にも認められた。MAb陽性のフィラメント様構造を同定するために、各種細胞骨格タンパク質に対するMAbと抗GM2 MAbとの二重染色を行ったところ、その構造はビメンチンフィラメント(ビメンチンIFと略す)であることが判明した。GM2がビメンチンIFに直接結合して存在しているか否かを明確にするために、ヒト正常皮膚由来繊維芽細胞とマウス肥満細胞からビメンチンを単離し、以下の解析を行った。単離ビメンチンをプレート固相した酵素抗体法では、抗GM2 MAbは単離ビメンチン濃度依存的に反応したが、抗GM1 MAb及び抗GM3 MAbは全く反応しなかった。その反応性から、ビメンチン1分子に対してGM2 20分子が結合していることが予測された。次に、単離ビメンチンから脂質抽出を行い、薄層クロマトグラフィーで分離した後、抗GM2 MAbによる免疫染色を行った。その結果、GM2が検出された。更に単離ビメンチンを抗GM2 MAbと抗ビメンチンMAbを用いてWestern blot解析した。二つのMAbは、57KDaの分子量を持つビメンチンに反応した。ところが単離ビメンチンをボイルした後、同様の解析を行ったところ、抗GM2 MAbの57KDaのビメンチンに対する反応性は、消失した。これらの結果は、GM2がビメンチンIFに非共有的な結合によって直接結合していることを示している。

 これらの一連の研究から、ラット中枢神経系組織並びにヒト繊維芽細胞の細胞質内におけるガングリオシドの分布領域及び存在様式が明らかとなり、更にそれらの発現部位での機能的な役割について考察することが可能となった。特に小脳において、GM1はバーグマングリアに分布していたことから顆粒細胞の移動(コンタクトガイダンス)に、GD1a、GT1b並びにGQ1bはシナプスの形成及びその安定維持に、それぞれ寄与しているものと推察された。一方、細胞質内においてビメンチンと結合して存在するGM2は、ビメンチンの重合・脱重合に調節的な役割を担っていると考えられた。

審査要旨

 ガングリオ系ガングリオシド(以下ガングリオシドと略す)は、脊椎動物の組織に広く分布し、特に脳・神経系において含量が極めて高い。一方、これまでガングリオシド特異的な単クローン抗体(MAb)の作製が困難であったため、ガングリオシドの脳・神経系における形態学的分布を解析した例はほとんどない。本論文は、種々のガングリオシド特異的MAbを作製し、これらを用いてラット中枢神経系及び培養細胞系でのガングリオシドの分布を解析したものである。全体は4章よりなる。

 第1章では、a経路ガングリオシド(GM3、GM2、GM1、GD1a並びにGT1a)に対して各々特異的なMAbを作製し、得られた五つのMAbの特異性について検討した。抗GM2、抗GM1及び抗GT1a MAbは、各々のガングリオシドとのみ反応し、極めて高い特異性を示した。抗GT1a MAbの作製は、本論文が最初である。抗GD1a MAbは、GD1a以外にGM1bやGT1bとも反応した。抗GM3 MAbは、GM3以外にGM4、GM1b、GD1a、GT1b及びシアリルパラグロボシドとも反応した。これらのMAbを用いて、マウス、ラット並びにヒト由来白血病細胞株におけるガングリオシドの発現をフローサイトメトリーで解析した。GM1とGD1aは、幾つかの白血病細胞に発現していたが、GT1aは解析した何れの細胞にも発現を認めなかった。本実験で得たMAbは、免疫学的手法によるガングリオシドの解析を可能にした。

 第2章では、成熟ラット中枢神経組織(小脳、大脳皮質、海馬並びに脊髄)における主要ガングリオシド(GM1、GD1a、GD1b、GT1b及びGQ1b)の組織分布について、特異的MAbを用いた間接蛍光抗体法により検討した。四つの組織領域において、主要ガングリオシドは細胞及び層構造に特異的に分布していることを初めて明らかにした。小脳において、GM1は分子層、顆粒層並びに白質に存在するバーグマングリアとアストロサイトに、GD1aは分子層に、それぞれ分布していた。GD1bは顆粒細胞に、GQ1bは顆粒層の小脳糸球領域に、それぞれ局在していた。GT1bは、ブルキンエ細胞層以外の各層に分布していた。大脳皮質では、GM1は全層のアストロサイトに弱い分布を認めた。GD1aは、I層、II/III層、Va層の上部並びにVI層の上部に分布していた。GQ1bは、IV層、Vbの下部並びにVI層の下部に分布していた。GD1bは、III層以下の各層に分布していた。GT1bは、全層に分布していた。他の組織においても、主要ガングリオシドは細胞及び層構造に特徴的な分布を観察した。

 第3章では、Tay-Sachs病患者由来繊維芽細胞(GM2蓄積性疾患)を用いて、GM2の細胞内分布を解析した。Tay-Sachs病患者の繊維芽細胞では、抗GM2 MAbによってGM2が蓄積したリソソーム様顆粒が染色されるとともに、フィラメント様構造も染色された。この構造は、ヒト正常繊維芽細胞にも認められた。MAb陽性のフィラメント様構造は、ビメンチンフィラメント(ビメンチンIFと略す)であることを二重染色により同定した。次に、単離ビメンチンをプレートに固定化して解析したところ、抗GM2 MAbはビメンチンに濃度依存的に反応したが、抗GM1及び抗GM3 MAbは全く反応しなかった。その反応性から、ビメンチン1分子に対してGM2 20分子が結合していることが予測された。単離ビメンチンの脂質抽出画分には、GM2が検出された。更に、単離ビメンチンをボイルしないでWestern blot解析したところ、抗GM2 MAbは57KDaのビメンチンに反応した。しかし、単離ビメンチンをボイルすると抗GM2 MAbに対する反応性が消失した。以上の結果は、GM2がビメンチンIFに非共有結合で直接結合していることを示している。

 これらの解析から、ガングリオシドの幾つかの機能的な考察が可能になった。特に小脳のバーグマングリアに分布するGM1は顆粒細胞の移動に、GD1a、GT1b並びにGQ1bはシナプスの形成及びその安定維持に、細胞質内においてビメンチンと結合して存在するGM2はビメンチンIFの重合・脱重合に調節的な役割を担うと予想された。

 以上本論文は、ガングリオシドに対する種々の単クローン抗体を作製し、これを用いてラット中枢神経組織とヒト繊維芽細胞におけるガングリオシドの分布と存在様式を解析したもので、学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50950