学位論文要旨



No 212392
著者(漢字) 須藤,茂俊
著者(英字)
著者(カナ) スドウ,シゲトシ
標題(和) 焼酎白麹菌の耐酸性-アミラーゼ生産に関する研究
標題(洋)
報告番号 212392
報告番号 乙12392
学位授与日 1995.06.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12392号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 助教授 五十嵐,泰夫
内容要旨

 本研究は酵素生産の側面から製麹原理を解明するため,液体培養及び固体培養(麹)における焼酎白麹菌Aspergillus kawachii IF04308(Ak4308)の耐酸性-アミラーゼ(asA A)生産特性を比較し,同菌が液体培養に比べて固体培養でasA Aを良好に生産する固体培養に強く存在すると考えられるasA A生産に適した培養要因の究明を目的として行なった。

 はじめにAk4308が生産するasA Aタンパクを精製しその性質を調べるとともに,cDNAをクローニングし遺伝子レベルでの解析を行なった。その結果,本酵素はpH 2.5〜6.5の酸性領域で安定な酵素であり,また,cDNAの塩基配列からその成熟タンパクは632個のアミノ酸からなる分子量約70,000のタンパクであることが分かった(図1)。これらの結果から,Ak4308のasA AはA.nigarや種もやしのA.kawachiiが生産するasA Aとは性質は類似するものの,明らかにサイズが異なるタンパクであることが分かった。なお,Ak4308が生産するもう1種類の-アミラーゼはタカアミラーゼ-Aに類似した-アミラーゼであった。

図1 A.kawachii IF04308が生産する耐酸性-アミラーゼのcDNAの塩基配列から予想されるアミノ酸配列。上段はN末端を示す。

 asA Aは液体培養では生産されにくい性質があり,そこで培養フラスコを用いた振とう培養法でasA Aが良好に生産される培地(AP培地)を設定した。この培地を用いて液体培養におけるasA A生産特性を検討した結果,asA Aはグルコースやグルコースを単位とする誘導物質存在下で,菌体内グリコーゲン含量(CSG)が低下した時点から生産されることが分かった。CSGの低下は菌に発生した炭素源飢餓を解消しようとグリコーゲンなどの貯蔵糖が代謝された結果と考えられ,従って,asA Aは菌に炭素源飢餓が発生したために生産されたものと推察された。また,CSGの低下は炭素源飢餓発生のシグナルと考えられた。炭素源飢餓は菌の炭素源比取り込み速度(Rup)に比べ,炭素源比消費(同化)速度(Ras)が大きくなると(Rup<Ras)発生し,Rupは主に培地グルコース濃度に,また,Rasは主に菌体増殖に影響されることから,炭素源飢餓の発生,すなわちasA A生産開始は培地グルコース濃度と増殖速度の双方に影響されると推察された。液体培養では菌体のペレット化に伴う酸素移動速度の低下が,菌の増殖,すなわちRasを低下させるため,炭素源飢餓は主に培地グルコース濃度の低下によりRupがRas以下に低下し,菌を絶対的な炭素源欠乏状態にするために発生すると思われた。

 一方,米を基質としたAk4308の固体培養においても,asA AはCSGが低下した時点,すなわち菌に炭素源飢餓が発生した時点から生産されると類推された。固体培養では液体培養に比べ培養中のRupは総じて大きな値であったが,Rasがそれ以上に大きくなることで菌が相対的に炭素源飢餓になっているものと推察された。このような大きなRasは固体培養における旺盛な増殖に起因していると考えられ,従って,固体培養では旺盛な増殖が炭素源飢餓発生の引き金と思われた。

 以上の結果から飢餓の発生形態を液体培養は絶対飢餓,固体培養は動的飢餓と分類した。

 液体培養及び固体培養において,asA Aは生産開始以降ほぼ次式の増殖殖連動型で生産された。

 

 ここで、asA AはasA A生産量(mg),kは比例定数(mg-asA A/mg-乾燥菌体)mは菌体量(mg),m0は生産開始時点の菌体量(mg)である。

 この(1)式に基づき液体培養に比べ固体培養でasA Aが良好に生産される理由を検討した。kはいずれの培養でもasA A生産開始以降徐々に増加して最終値に達した。kの最終値は総じて液体培養より固体培養で大きかったが(約0.038),AP培地を用いた場合には液体培養でも固体培養にほぼ匹敵する値(0.034)となった。しかしながら,固体培養では液体培養に比べてkは迅速に最終値に達していた。また,麹150g(培養48時間)と培地150ml(培養120時間)当たりで比較した固体培養と液体培養における最終的な菌体増殖量(m)には大きな差は認められなかった。しかしながら,固体培養では液体培養に比べてm0が小さく,菌が旺盛に増殖するため,(m-m0)が迅速に増大する結果となった(図2)。これらのことから,kと(m-m0)の迅速な増大が固体培養でasA Aが高生産される理由と結論した。なお,kの増大現象は炭素源飢餓が徐々に菌糸全体に波及するためと考えられ,従って,固体培養におけるkの迅速な増大も,その旺盛な増殖に伴う炭素源の旺盛な消費に起因しているものと思われた。

図2 固体培養(麹)(A)と液体振とう培養(B)におけるA.kawachii IFO4308の増殖経過。矢印は耐酸性-アミラーゼ(asA A)生産開始時期を示す。m0はasA A生産開始時点の菌体量,mはその後の菌体量を示す。

 asA A生産は異化物質抑制とともにそれとは異なる制御系によって制御されていることが示唆された。固体培養ではasA A生産中にこれらの制御系がいずれも解除されていると推察され,このことも固体培養におけるasA Aの高生産に寄与していると考えられた。asA A生産に関するこれらの制御系はCSGが低下しその後低レベルで推移すると解除されるが,固体培養ではCSGは確かにそのように推移していると類推され,CSGの面からこれらの制御系の解除が傍証された。asA A生産に関する制御系が解除されるようにCSGが推移したのも,固体培養における旺盛な増殖に起因した炭素源の旺盛な消費のためと考えられ,従って,固体培養でasA Aが高生産される原因はすべて菌体の旺盛な増殖に帰結できた。

 ノーザン解析の結果から,asA Aは主に基底菌糸で生産されることが強く示唆され,asA A生産にとって基底菌糸の増殖が重要であることが分かった。Ak4308を寒天平板培養したところ,基底菌糸の生育は溶存酸素濃度に支配されたが,米を基質とした固体培養では麹中の溶存酸素が低レベル時に基底菌糸が旺盛に増殖し,基底菌糸が麹中の溶存酸素に加えて空気中の酸素を直接消費していることが強く示唆された。固体培養では培養中に麹に空隙が形成された。おそらくこの空隙が通気孔となって麹中に多量の酸素が拡散し,そのために基底菌糸が旺盛に生育し,asA Aの高生産が可能になったものと考えられた。従って,固体培養でasA Aが高生産されるAk4308の培養要因とは,麹に形成される空隙を通しての効率的な酸素移動機構の存在であると結論した。

 なお,本研究の応用として,得られた結果に基づき,酵素生産の側面から本格焼酎製造の製麹工程管理に資する製麹原理を提唱するとともに,液体麹を用いた本格焼酎型造試験を行ない,将来の新たな製麹工程としての液体麹の可能性を示唆した。

審査要旨

 穀類にカビを生やした麹では,酵素が多量に生産されるため,麹は清酒および本格焼酎製造の重要な原料となっている。カビが液体培養に比べ固体培養で酵素を多量に生産する現象は興味ある点であり,その解明は製麹工程の改善や自動化に有益な知見を与えると考えられる。しかし,基質が固体てあることに起因する取扱いの難しさから,その点は未だ十分に解明されていない。本論文は焼酎白麹菌Aspergillus kawachii IFO4308(Ak4308)の耐酸性-アミラーゼ(asA A)に着目し,本酵素が液体培養に比べ固体培養で高生産される解析結果をまとめたもので4章よりなる。

 第1章ではAk4308が生産するasA Aおよび非耐酸性-アミラーゼ(auA A)の性質について論じている。まず,これら2種類の-アミラーゼを精製し,基本的な酵素化学的性質を調べるとともに,両-アミラーゼのpH安定性の違いに基づく分別定量法を確立している。ついで2つの-アミラーゼ遺伝子の解析結果について記述している。asA AとauA AのcDNAの塩基配列から,asA Aはアミノ酸数632からなる従来焼酎麹菌では報告がなかったサイズのタンパクであることおよびauA Aがタカアミラーゼ-Aに類似した-アミラーゼであることを明らかにしている。

 第2章では液体培養および固体培養におけるAk4308のasA A生産特性について論じている。液体培養では生産され難いasA A生産に適した培地について検討し,最終的に炭素源に2%デキストリン,窒素源に1%トリプトンを使用,0.1M MacIlvaine緩衝液(pH3.0)で溶解後,飽和クエン酸溶液でpH3.0に調整した培地を設定し,30℃,5日間の振とり培養で約130mg/lのasA Aを生産することに成功している。さらに液体培養におけるasA A生産特性を調べ,asA Aは必ずしも培地グルコース濃度が低い時期に生産されず,菌体内グリコーゲン含量(CSG)が低下した時点から生産開始されることを見出している。CSGの低下は炭素源飢餓の発生がその原因で,asA A生産開始条件は誘導物質存在下における炭素源飢餓の発生であると推論している。CSGに及ぼす因子の解析から,炭素源飢餓の発生は培地グルコース濃度と比増殖速度によって影響されることを示している。asA Aは異化物質抑制とともにそれとは異なる制御系によっても同時に制御されていると推察,また,その生産は生産開始以降の菌体増殖量に対して増殖連動型であることを明らかにし,さらに米を基質とした固体培養におけるasA A生産特性について記述している。固体培養においても液体培養と同様に炭素源飢餓の発生がasA A生産開始条件であると類推,また,生産開始以降の菌体増殖量に対して増殖連動型であることを示している。

 第3章では液体培養に比べて固体培養でasA Aが高生産される理由および高生産に適したAk4308の培養要因について論じている。asA Aは両培養でいずれも増殖連動型で生産されたが,単位菌体増殖量当たりのasA A生産量には両培養で大きな違いは認められなかった。一方,固体培養では菌が液体培養に比べて旺盛に増殖し,これがasA A生産開始以降の菌体増殖量の迅速な増大とasA A生産に関する制御系の解除に強く関与,そのために固体培養でasA Aが高生産されると推論している。ついで固体培養におけるasA A高生産に適したAk4308の培養要因について記述し,固体培養では気中菌糸と基底菌糸が生育するが,ノーザン解析を用いてasA Aが主に基底菌糸によって生産されることを示している。基底菌糸の生育は溶存酸素の影響を強く受けたが,固体培養ではむしろ基質中の溶存酸素が低い時期に基底菌糸が旺盛に増殖し,これは基質中に形成される空隙が通気孔として機能,空気中の酸素が効率的に基質中の基底菌糸に到達するためと推察している。以上のことから固体培養に存在するasA Aの高生産に適したAk-4308の培養要因は,この効率的な酸素移動機構の存在であると結論している。

 第4章では以上の知見の応用について論じ,固体培養におけるasA A生産特性に基づいた実際の製麹工程管理上の留意点についての提言を行い,Ak4308の液体振とう培養液を用いた本格麦焼酎の仕込試験を行って将来に向けた新たな製麹工程の可能性を示している。

 以上,本論文は液体培養ならびに固体培養におけるAspergillus kawachii IFO4308の耐酸性-アミラーゼ生産特性を比較し,本酵素の固体培養における高生産能力に関わる培養要因の解明を行ったもので学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)として価値あるものと認めた。

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