学位論文要旨



No 212395
著者(漢字) 菅野,道裕
著者(英字)
著者(カナ) スガノ,ミチヒロ
標題(和) 海生菌の生産するPAF拮抗物質に関する研究
標題(洋)
報告番号 212395
報告番号 乙12395
学位授与日 1995.06.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12395号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 山口,勝己
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 助教授 村上,昌弘
内容要旨

 PAF(platelet activation factor)は血小板凝集、好中球および単球活性化作用、血管透過性亢進、平滑筋収縮、血圧降下といった様々な生理作用を有し、喘息、腎炎などの各種病態のメデイエーターとして知られている物質である。従って、PAFの拮抗作用を示す化合物はこれらの疾病の予防、治療薬として期待される。これまでに微生物や高等植物から様々な二次代謝産物がPAF拮抗物質として報告されており、新規の拮抗剤を天然から見いだすためには新たな生物資源が必要である。

 ところで、海生菌とは海水中で生活史を全うし、かつ海水中で最も良好な発育を示す菌類と定義される。海という特殊な環境下に棲息しているため、陸上菌とは異なる生合成経路を持ち、新規な二次代謝産物を生産することが期待される。しかし、採集や培養が困難なことから陸上菌に比べると研究の歴史は浅く、医薬品への開発を指向した研究はこれまで皆無である。

 このような状況の下に、本研究では海生菌についてPAF拮抗作用の検索を行ったところ、ズワイガニから分離したPhoma sp.に有望な活性が認められたので、大量培養して活性物質の単離と構造決定を試みた。その結果、phomactin A-Fと命名した新規PAF拮抗物質を8種得ることができた。さらに、生産性向上を行った化合物をリードとして、多くの誘導体を合成し、構造-活性相関を検討してphomactin類とPAF受容体との結合様式を探った。これらの研究の過程で強力なPAF拮抗物質を発見することができた。概要は以下の通りである。

1)海生菌Phoma sp.の単離、培養および活性成分の単離精製

 ズワイガニの甲殻に寄生するSANK 11486株の培養エキスにPAF拮抗作用を認めた。この株は菌学的性状から、不完全菌Phoma sp.と同定された。Phoma sp.をpotato 10%,sucrose2%,K2HPO40.5%,peptone 1%,CB442 0.02%(pH8.5)からなる培地で23℃、12日間タンク培養し、その培養液から活性成分phomactin A(1),B(5),B1(7),B2(8),C(14),D(15),E(20),およびF(21)を単離した。

2)Phomactin類の化学構造

 得られたphomactin類の構造決定を、主に機器分析と化学変換によって行った。すなわち、phomactin Aの構造を各種スペクトルデータから推定したが、確定するには至らなかった。そこで、p-ブロモベンゾエートとしてX線結晶解析を行い、絶対立体配置を含め、その構造を1と決定した。

 

 次に、phomactin B(5)については、DQF COSY,relayed COSY,HMBC,difference NOEなどの二次元NMRスペクトルを解析し、相対立体配置を含めた構造を決定した。さらに、改良Mosher法と励起子キラリテイ法を用いて絶対立体配置を決定した。PhomactinB1(7)とB2(8)の構造は化学変換から、phomactin Bと関係付けることにより、それぞれの構造が決定できた。

 Phomactin Cのスペクトルデータは既知物質Sch 47918のそれとよく一致し、同一構造14をもつと結論した。続いて、phomactin Dの構造をスペクトルデータの比較からphomactin Cの1、14-ジヒドロ体15と推定した。そこで、14を還元的に15に誘導して構造を確定した。Phomactin Eはphomactin Bとのスペクトルデータの比較から13-デオキシ体20と決定した。また、phomactin Fはphomactin EをMCPBAで酸化して導かれたことから、phomactinEの7、8-エポキシ体21と結論した。

 Phomactin類のPAF拮抗作用はそれぞれ、phomactin A(1)(PAF血小板凝集阻害:IC5010.0M,PAF受容体結合阻害:IC50 2.3M),B(5)(IC50 17.0M,IC50>47.9M),B1(7)(IC50 9.8M,IC50 20.0M),B2(8)(IC50 1.6M,IC50>22.1M),C(14)(IC50 6.4M,IC5063.0M),D(15)(IC50 0.8M,IC50 0.12M),E(20)(IC50 2.3M,IC50 5.3M),F(21)(IC50 3.9M,IC50 35.9M)であった。

3)培養条件の検討

 Phomactin類の中ではphomactin Dが最も強いPAF拮抗作用を示したが、含量が著しく低く誘導体研究の原料として使用できなかった。そこで、比較的生産性が高く、phomactin Dへの変換が可能なphomactin Cを原料に選び、その安定供給を目的として培養条件を検討した。

 まず、前培養の日数とpHを検討した結果、前培養は3日間、pH無調整で行うのが最も適していることがわかった。次に、本培養の培地、培養温度、および培養時間について検討したところ、放線菌用培地である6b broth培地(glycerol 5.0%,glucose 1.0%,soluble starch 2.0%,yeast extract 0.5%,NZ-amine 0.5%,CaC030.1%)中、23℃、15日間での培養が最も適していた。本条件下では、当初フラスコレベルで1.7g/mLであったphomactin Cの生産量を、60-100g/mLにまで向上させることができ、実際、600Lの培養液から28.0gのphomactin Cを得ることができた。また、保存株の安定性を検討したところ、凍結乾燥アンプル開封後、90日間では上記の生産性を維持できることが分かった。

4)構造-活性相関の検討

 誘導体合成にあたって、次図に示す5つの部分構造に注目した。まず、部分構造1については1位炭素の立体化学と、1位と14位の置換様式について検討した。部分構造2では7位と8位炭素上の置換基、さらに部分構造3についてはエポキシドの活性に及ぼす影響を考察した。また、部分構造4については20位水酸基への置換基効果を、部分構造5では2位水酸基の立体化学の影響をそれぞれ検討した。

 

 その結果、部分構造1では1位水素が配置であることが、部分構造2については疎水性を示すことが、それぞれ必要であることが判明した。また、部分構造3のエポキシドが開環すると活性が低下することがわかった。部分構造4に、PAFの2位の置換基として受容体と親和性のある官能基(acetoxy,propionyloxy,methoxylcarbonyloxy,dimethylcarbamoyloxy,およびisoxazolyloxy)を導入すると、活性が著しく向上した。このことから部分構造4は、PAFレセプターにPAFの2位として認識されていると考えられた。なお、部分構造5の水酸基が配置をとると活性が向上した。従って、phomactin類の20位がPAF2位に対応すると仮定すると結合距離から考えて、phomactin類の2-OHの酸素はPAFのコリン酸素に対応すると考えられた。

 これらの結果から、phomactin類がどの様にPAFレセプターと結合しているかを推測することが出来た。さらに検討過程において、強い活性を示す下記の化合物群を見いだすことに成功した。

 

 以上、ズワイガニより分離した海生菌から、新しい骨格を持つジテルペンを8種単離して構造決定するとともに、構造-活性相関の検討からPAF拮抗物質開発に有用な知見を得ることが出来た。あわせて、海生菌の医薬資源としての重要性を示せた。

審査要旨

 PAF(platelet activation factor)は血小板凝集、好中球および単球活性化作用、血管透過性亢進、平滑筋収縮、血圧降下といった様々な生埋作用を有し、喘息、腎炎などの各種病態のメデイエーターとして知られている物質である。従って、PAFの拮抗作用を示す化合物はこれらの疾病の予防、治療薬として期待される。

 本研究では、医薬素材探索の対象とされていない海生菌を対象にPAF拮抗作用の検索を行ったところ、ズワイガニから分離したPhoma sp.に有望な活性が認められたので、活性物質の単離と構造決定を試みるとともに、より有効なリード化合物の創製を目指して、構造-活性相関およびPAF受容体との結合様式を検討した。概要は以下の通りである。

 ズワイガニの甲殻に寄生するSANK 11486株は菌学的性状から、不完全菌Phoma sp.と同定された。本菌株を大量培養して得た培養液から8種の活性成分、phomactin A(1),B(2),B1,B2,C(3),D(4),E,およびFを単離した。これら化合物はPAF血小板凝集およびPAF受容体結合を、それぞれIC50 0.8〜20Mおよび0.12〜63Mで阻害した。Phomactin類の構造決定は、主に機器分析と化学変換によって行った。すなわち、phomactin Aの構造を各種スペクトルデータから推定したが、確定するには至らなかった。そこで、p-ブロモベンゾエートとしてX線結晶解析を行い、絶対立体配置を含め、その構造を1と決定した。

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 Phomactin B(2)については、DQF COSY,relayed COSY,HMBC,difference NOEなどの二次元NMRスペクトルを解析し、相対立体配置を含めた構造を決定した。さらに、改良Mosher法と励起子キラリテイ法を用いて絶対立体配置を決定した。同様の手法を用いて残りの化合物の構造も決定した。

 次に、構造-活性相関の検討を行うために、phomactin類の大量生産を試みた。Phomactin類の中ではphomactin Dが最も強いPAF拮抗作用を示したが、含量が著しく低く誘導体研究の原料として使用できなかった。そこで、比較的生産性が高く、phomactin Dへの変換が可能なphomactin Cを原料に選び、その安定供給を目的として培養条件を検討した。まず、前培養の日数とpHを検討した結果、前培養は3日間、pH無調整で行うのが最も適していることがわかった。次に、本培養の培地、培養温度、および培養時間について検討したところ、放線菌用培地である6b broth培地中、23℃、15日間での培養が最も適していた。本条件下では、当初フラスコレベルで1.7g/mLであったphomactin Cの生産量を、60-100g/mLにまで向上させることができ、実際、600Lの培養液から28.0gのphomactin Cを得ることができた。

 さらに、phomactin Cを原料として、下図に示す5つの部分構造に注目し、誘導体を合成して活性を調べたところ、部分構造1では1位水素が配置であることが、部分構造2については疎水性を示すことが、それぞれ必要であることが判明した。また、部分構造3のエポキシドが開環すると活性が低下することがわかった。部分構造4に、PAFの2位の置換基として受容体と親和性のある官能基を導入すると、活性が著しく向上した。このことから部分構造4は、PAFレセプターにPAFの2位として認識されていると考えられた。なお、部分構造5の水酸基が配置をとると活性が向上した。従って、phomactin類の20位がPAF2位に対応すると仮定すると結合距離から考えて、phomactin類の2-OHの酸素はPAFのコリン酸素に対応すると考えられた。

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 これらの結果から、phomactin類がどの様にPAFレセプターと結合しているかを推測することが出来た。さらに検討過程において、強い活性を示す上記の化合物群(5〜8)を創製することに成功した。

 以上、本論文は、ズワイガニより分離した海生菌から、新しい骨格を持つジテルペンを8種単離して構造決定するとともに、構造-活性相関の検討からPAF拮抗物質開発に有用な知見を得たもので、学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査員一同は、本論文提出者に対して博士(農学)の学位を授与してしかるべきであると判定した。

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