審査要旨 | | ニジマス養殖においては,不妊化を目的とした三倍体種苗の生産が行われている。成熟による肉質の劣化が生じないため業界に歓迎され普及しつつある。しかし,耐病性についての知見は殆どなく,その知見が三倍体の普及を図る上で不可欠であることから本研究が行われた。その内容の概要は以下の通りである。 1.血液学的性状 三倍体は二倍体に比べて赤血球数およびヘモグロビン量が有意に少なかった。赤血球の長径および短径は二倍体に比べ有意に長く,ヘマトクリット値には差がなかった。血液単位量当たりの赤血球表面積は二倍体より有意に小さく,三倍体は大赤血球性の貧血状態にあると考えられた。 2.酸素消費量および低酸素濃度耐性 環境水の溶存酸素濃度が高い場合には,三倍体の酸素消費量は二倍体と異ならなかったが,低溶存酸素濃度下では,二倍体より有意に低い酸素消費量を示した。また,三倍体は二倍体に比べて有意に高い溶存酸素濃度で鼻上げを開始した。平衡を失い横転を始める溶存酸素濃度には大きな差は認められなかったが,回復に要する時間は三倍体の方が有意に長かった。これらのことは三倍体が体質的に環境水の酸素欠乏に弱く,大赤血球性の貧血状態にあることを裏付けると考えられた。 3.各感染症に対する感受性 細菌性鰓病,IHN,せっそう病およびビブリオ病に対する感受性を攻撃試験によって比較した。 細菌性鰓病に関しては,三倍体は低い溶存酸素濃度下において二倍体よりも有意に高い死亡率を示し,大赤血球性の貧血状態にあることを反映した結果と判断された。これに対し,IHN,せっそう病およびビブリオ病の場合は,三倍体と二倍体の間に死亡率および平均致死日数の差は認められなかった。また,接種量や攻撃方法を変えても差は生じなかった。 4.特異的生体防禦能 市販のビズリオワクチンを投与し,Vibrio ordaliiで攻撃してワクチン効果を比較した結果,二倍体と三倍体との間に差はなく,いずれにおいてもワクチン投与区の死亡率は対照区よりも有意に低く,その効果は投与180日後にも維持されていた。また,V.ordaliiのホルマリン死菌を腹腔内接種して血中抗体価を経時的に測定したところ,両者に差はなかった。これらの結果から,三倍体は二倍体と同等の免疫獲得能力をもち,市販のビブリオ病ワクチンの効果は三倍体にも期待できるものと判断された。 5.非特異的生体防禦能 三倍体および未成熟期の二倍体の正常血清のウサギ赤血球に対する溶血活性およびEscherichia coliに対する貪食活性を測定したところ,差の認められなかったことから,両者の補体活性には差がないと考えられた。このことは,単位量の血液中の好中球の化学発光量やピーク値に至るまでの時間に差がなかったことからも支持された。また,好中球のE.coliに対する貪食率および貪食能にも三倍体と二倍体の間に有意差は認められなかった。これらの結果から,三倍体の非特異的生体防禦能は,未成熟期の二倍体のそれと同等であることが分った。 二倍体の正常血清のE.coliに対する殺菌活性が成熟期に著しく減少したのに対し,三倍体の正常血清は調査期間を通じて高い殺菌活性を維持した。このことは,二倍体が成熟期に病気に罹りやすいのに対し,不妊の三倍体では変化がないことを非特異的生体防禦の側面から裏付けたものと考えられた。 6.異なる作出方法による三倍体との比較 前項までの実験は,第2極体放出阻止法によって作出された三倍体(以下三倍体(RSP))を使って行われた。これとは異なる方法で作出された三倍体,すなわち四倍体雄と二倍体雌との交配による三倍体(以下三倍体(4N×2N♀))の血液学的性状を調べ,三倍体(RSP)と比較した。その結果,赤血球数とヘモグロビン量には差がなかったが,ヘマトクリット値,赤血球の長径と短径,Price-Jones曲線のピーク,などには差が認められた。しかし,総合的にみて,三倍体(4N×2N♀)も大赤血球性の貧血状態にあると判断された。また,正常血清のE.coliに対する殺菌活性に差は認められなかった。 以上,本研究の結果,三倍体ニジマスは,酸素の取込能力が劣るため鰓に病変を起こす細菌性鰓病では低溶存酸素下での死亡率が二倍体よりも高くなるもののその他の疾病に対する耐病性にけ差がないこと,不妊であるために二倍体のような成熟期の耐病性の低下がない利点をもつこと,が明らかにされた。これらの成果は,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位に値するものと認めた。 |