審査要旨 | | 現在多数の抗腫瘍薬が開発されているが,腫瘍細胞に対する特異性の一層の向上ないしは副作用の一層の低減が求められ,さらに耐性化の問題とも関連して,依然として新規抗腫瘍薬開発の必要性は高い。このような状況下での開発にあたっては,常に在来薬との関連が問われるから,単に経験的に腫瘍細胞の増殖を抑制する,あるいは移植腫瘍組織の縮小を招くというだけでなく,抗腫瘍作用発現のメカニズムが十分吟味されていることが大切なことである。本論文はStrepto-myces alanosinicus 879-MT3から産生され,アデニン骨格にアミノヘプトース,グリシンを介して,いくつかの異なる構造の脂肪酸が付加した,ユニークな構造を持つ抗腫瘍物質(混合物)のスピカマイシンに着目して,その抗腫瘍作用発現のメカニズムを種々検討することによって新規抗腫瘍薬の開発を図ったものである。 論文は4章からなり,第1章ではヌードマウス皮下へのヒト腫瘍移植法を用いて,スピカマイシン混合物中の最も強い抗腫瘍作用を持つ化合物として炭素数12の直鎖脂肪酸を持つ化合物を同定した。この知見に基づき,より抗腫瘍作用が強く,広い抗腫瘍スペクトルを持つ不飽和脂肪酸鎖を持つ誘導体KRN5500の作出に成功した。 第2章では先ずインビトロにおける構造活性相関を検討し,スピカマイシンから脂肪酸側鎖を除いた化合物,すなわちSAN(アデニンーアミノヘプトース部分),SAN-Gly(SANにグリシンが付加)の抗腫瘍作用は,脂肪酸側鎖を持つ化合物に比べて弱いこと,脂肪酸側鎖を持つ化合物では側鎖炭素数の増加は殺細胞効果の増加をもたらすことを見いだした。引き続きイソビボでの構造活性相関をヒト胃癌細胞を移植したヌードマウスで検討し,SANが無効であること,側鎖脂肪酸の炭素数が14以上になると毒性が強くなり,抗腫瘍作用が減少することを見いだした。 これらから,脂肪酸側鎖の炭素数が限度を越えると,インビボでは毒性が増加して抗腫瘍作用がかえって減弱するという興味ある関係を導きだし,インビボで強い細胞毒性を持つ側鎖炭素数20の化合物に着目して,正常細胞と腫瘍細胞に対する細胞毒性の差を検討した。その結果この化合物は各種正常細胞に対してKRN5500の8-71倍にも達する毒性を有すること,言い換えれば,KRN5500は腫瘍細胞に対して極めて高い選択性を有していることを発見した。 第3章ではこの高い腫瘍細胞選択性の原因を追究している。まずp388細胞を用いて,KRN5500がタンパク合成阻害薬であることを同定し,次いで無細胞タンパク翻訳系では阻害作用を発現しないこと,しかしSAN-Glyには強い抑制作用があることを見いだし,KRN5500のタンパク合成阻害は,代謝産物であるSAN-Glyに由来すると推論した。そこで、あらためてSAN-Glyのp388細胞に対する作用を検討したところ,ほとんど細胞に取り込まれないことを見いだした。従って,KRN5500の効果発現には,まず細胞内に取り込まれ,細胞内でSAN-Glyが産生されることが必須であると考え,p388細胞に標識KRN5500を取り込ませ,実際にSAN-Glyが生成されることを証明した。 そこで腫瘍細胞内でKRN5500からSAN-Glyを生成する酵素(SAE)の存在を仮定して,7種類のヒト大腸癌細胞と3種類の正常細胞に対するKRN5500の細胞毒性とSAE活性の相関を求めたところ,細胞毒性とSAE活性には有意の相関が認められ,KRN5500が腫瘍細胞に対して高い選択性を持つ理由は,腫瘍細胞が正常細胞に比べて著しく高いSAE活性を持つためであることを証明した。 第4章では,p388細胞をKRN5500存在下で約6ケ月継代培養することで耐性株の樹立に成功して,抗腫瘍作用をさらに検討している。まず,この耐性株が他のスピカマイシン有効成分に対しても耐性化しているが,活性本体と考えられるSAN-Glyに対しては耐性化していないことを示すことで,KRN5500に対する耐性化はSAE活性の低下を介して起こっている可能性を示し,原株と耐性株のSAE活性を比較した。その結果,予想どおり耐性株のSAE活性がほとんど失われていることを見いだし,極めてユニークな耐性化機構の証明に成功した。 以上要するに,本論文はスピカマイシンを基礎に,広範囲な抗腫瘍スペクトラムを持つ,活性の高い抗腫瘍薬を開発すると共に,その作用機作を問到な実験を組み合わせることで,極めて合理的に証明したものである。この成果は獣医・医学臨床に対して大きな貢献をしたと評価されると共に,細胞生物学の基礎研究にも大きな示唆を与えるものと評価された。よって審査委員一同は申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与して然る可きと判定した。 |