Machado-Joseph病(以下MJDと略)は本邦に認められる常染色体性優性遺伝性の脊髄小脳変性症の中で重要な位置を占める病型の一つである。従来の生化学的分析では何ら手がかりが得られなかったMJDの病因を明らかにするために、本研究では近年著しく進歩してきた分子遺伝学的方法を用いて、まず連鎖解析によってMJDの遣伝子座を同定し、ついで疾患遺伝子そのものを同定することを試みた。 栃木県と新潟県に在住するMJDの計5家系の協力を得、各メンバーの白血球から常法により高分子DNAを調製して試料とした。全ての常染色体をカバーできるようにほぼ一定の間隔で選択したマイクロサテライトDNA多型マーカーの各々についてPCRを行い、PCR産物を変性ポリアクリルアミドゲルに電気泳動後、オートラジオグラフィー上で2塩基からなる繰り返し配列の回数を読み取ることにより、家系各メンバーのアリルをタイピングした。各マーカーとMJD遺伝子座との二点連鎖解析をMLINKプログラムを用いて行った結果、第14染色体長腕上の多型マーカーD14S48において、組換え率( )=0で3を有意に越える最大のLod値=5.66が得られること、および周辺のマーカーでも有意に高いLod値が得られることを見い出した(表1)。LINKMAPプログラムを用いて多点連鎖解析を行うと、Lod値はさらに高くなり、D14S55とD14S48の近傍で最大値=9.72となった(図1)。 表1 本邦MJD家系におけるMJD遺伝子座と第14染色体長腕上のマイクロサテライトDNA多型マーカーの間での二点連鎖解析 図1 本邦MJD家系におけるMJD遺伝子座と第14染色体長腕上のマイクロサテライトDNA多型マーカーの間での多点連鎖解析 以上の結果から、MJD遺伝子座はD14S53とD14S45の間の約29センチモルガン(cM)の領域(14q24.3-14q32.1に相当)内で、D14S55とD14S48の近傍に位置していることを初めて明らかにした。 また、アゾレス諸島に由来するポルトガル人MJD家系においても、その遺伝子座は日本人MJDと同一の領域に存在することを共同研究により確認した。 その後、新たに記載されたマイクロサテライトDNA多型マーカーを用いてより詳細な連鎖解析とハプロタイプの解析を行い、MJD発症者における組換え例を検索した結果、MJD遺伝子座は上記の領域から第14染色体長腕上でAFM343とD14S81の近傍約4cMの領域まで絞り込まれた。 MJDの遺伝子座が同定されたことの臨床応用として、MJDに特徴的な臨床症状が認められない家系においても、第14染色体長腕上に位置してMJD遺伝子座との連鎖が確認されているDNA多型マーカーを用いて連鎖解析を行うことにより、これらのマーカーとの連鎖が確かめられれば、MJDの遺伝子診断が可能であることを示した。 一方、栃木県に在住する大家系についての臨床的な観察から、MJDには表現促進現象(anticipation)が認められることを確認した。この事実はMJDも近年注目されているCAGリピートの異常な増大を伴う疾患の一つであることを強く示唆したため、MJD遺伝子座の候補領域からMJDの原因遺伝子を同定するために、この領域を含む酵母人工染色体(YAC)クローンをCEPH由来のYACパネルから選び出し、この中からCAGリピートを含む遺伝子をクローニングすることを試みた。この間に、MJDの原因遺伝子は1994年秋、京都大学のグループにより、CAGリピートをもち、脳に発現していて第14染色体長腕上14q32.1にマップされる遺伝子として同定された。そこで、栃木県、新潟県に在住するMJD患者におけるこの遺伝子の変異について検索した結果、MJD患者では全例、この遺伝子内に存在するCAGリピートの繰り返し回数が異常に増大していることを確かめた(MJD患者68〜84回、正常対照14〜37回)。 以上のように、MJDの遺伝子座、および原因遺伝子が解明されたので、従来、診断を臨床症状と神経病理学的所見に依存していた遺伝性脊髄小脳変性症におけるMJDの位置付けを明確にするために、遺伝子異常が確認された本邦最大の家系について、その臨床症状、および病理学的所見の特徴をまとめ、他の常染色体性優性遺伝性の脊髄小脳変性症の病型と比較した。 その結果まず、MJDには上述のように表現促進現象が認められること、および、MJDが父方から伝搬する場合に子の発症年齢が若年化するpaternal biasが認められることを確認した。次に、常染色体性優性遺伝性の脊髄小脳変性症であるSCA1、SCA2とMJDを比較すると、MJDに特徴的な臨床症状としてはジストニアを主とする錐体外路症状と、顔面、舌に出現する筋線維束攣縮様の不随意運動を挙げることができた。神経病理学的な特徴としてはSCA1、SCA2がオリーブ橋小脳萎縮症の病型を示して下オリーブ核や小脳皮質Purkinje細胞が著明に変性、脱落するのに対して、MJDではこれらの変化は軽微であること、一方、MJDでは視床下核-淡蒼球系が高度に変性することが挙げられた。 MJDの原因遺伝子MJD1内に存在するCAG repeatの繰り返し回数はMJDの多彩な臨床症状とよく相関した。すなわち、repeatの繰り返し回数はMJDの発症年齢と強い負の相関を示し、また、MJDが父方から伝搬する場合にrepeat回数が増大する場合が多く、臨床上認められる表現促進現象に対応していた。MJDに特徴的とみなされるジストニアや顔面筋の不随意運動の出現頻度はrepeat回数が増大するとともに高くなった。このような現象はHuntington病、SCA1、DRPLAにおいて観察されている現象と基本的に同様であり、CAG repeatの異常な増大を伴うこれらの疾患群では、神経系が変性する機序として、何らかの共通のメカニズムが働いている可能性が示唆された。 |