本研究は円錐動脈幹異常顔貌症候群と類似する特異顔貌を示す40症例について、顔貌の特徴などの臨床症状を詳細に分析することによって、これらの徴候をもつ患児について一つの疾患概念をもつに至ったものである.本特異顔貌には先天性心疾患・口蓋裂・精神発達遅滞等を高率で合併するため、これまで個々の徴候を主体とした診断が下されていた.その代表としてVelocardiofacial(VCF)症候群や円錐動脈幹異常顔貌症候群などがあるが、いずれも諸領域で断片的に報告されていたものであり、今回豊富な症例を包括的に分析して下記の結果を得ている. 1.顔面の特徴は、内眼角間距離の開離、口裂幅の縮小、眼瞼裂幅の短小、眼瞼裂の斜上、開口、上眼瞼の肥厚、鼻根部の平坦化などであり、これらは円錐動脈幹異常顔貌症候群と類似していた. 2.顎顔面骨格形態については上下顎の前方偏位が顕著であった.また上顎前歯の唇側傾斜傾向、Gonial angleの狭小化、Saddle angleの狭小化、口蓋平面の平坦化が見られた.これらの結果は、VCF症候群の顎顔面形態とは異なるものであった. 3.口蓋咽頭の異常の発生率は70%と高率にみられたが、VCF症候群はほぼ100%の発生率であり、発生率に若干の相違が見られた.しかし口蓋咽頭の異常に対する術後の言語成績が不良であることはVCF症候群と共通していた. 4.先天性心疾患の発生は73%で、ファロー四徴症や心室中隔欠損症などの円錐部の異常を主とした.この傾向は円錐動脈幹異常顔貌症候群やVCF症候群と類似していた. 5.その他の徴候については精神発達遅滞、低身長が高率で合併した.その他、低カルシウム血症、乳児性痙攣、耳介奇形、指趾の異常、鎖肛、眼の異常など全身におよぶ合併症が見られた.これらは円錐動脈幹異常顔貌症候群、VCF症候群の他、DiGeorge sequence、CHARGE associationなどに報告されているものと共通していた. 6.特異顔貌集団を特定することは、粘膜下口蓋裂や口蓋咽頭の異常の早期発見、言語発達・精神発達への早期介入、口蓋形成術後の予後予測が可能で家族へのインフォームド・コンセントに役立つといった点で、臨床的に有用であった. 7.特異顔貌集団は、顔貌の特徴から円錐動脈幹異常顔貌症候群と同一のものであると思われたが、VCF症候群やDiGeorge sequence、CHARGE associationとの類似性もみられ、いずれかの症候群であるという診断を下すことは困難であり、診断上混乱を生じるという問題点が見出された. 8.上述した疾患単位はすべて同一のspectrumを示すものと思われ、個々のsyndromeとして存在するというよりは、共通した徴候の組み合わせをもつassociationであると捉えることが、臨床的により有効である.従って、三徴となり得る口蓋咽頭の異常、心疾患、特異顔貌を包括してVelocardiofacial associationと命名するのが妥当のように思われた. 以上、本論文は特異顔貌児の臨床症状を分析し、本顔貌を特定することによる臨床的有用性を示した.さらに従来から議論されていた特異顔貌児の診断上の問題点を明らかにし、これを解決するための新たな疾患概念を提唱しすることによって診断学的に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる. |