内容要旨 | | GM-CSFは顆粒球やマクロファージのコロニー形成を刺激する分子量約22kDの糖蛋白質であり,活性化されたT細胞などから産生される.GM-CSF遺伝子のプロモーター領域にはT細胞活性化シグナルに応答するCLE1,CLE2/GCおよびCLE0と呼ばれる配列が存在する.CLE1とCLE2は転写因子NF-kBの結合配列と相同性が高く,またT細胞をPMA/A23187で活性化した際にCLE2への結合が誘導される蛋白質GM-kBは65kDと50kDの2つのサブユニットからなり,NF-kBと同一の蛋白質と考えられている. GM-CSF遺伝子は,HTLV-1にコードされる分子量約40kDの蛋白質Taxによっても活性化される.TaxはDNAには直接結合せず,何らかの宿主細胞内因子と相互作用して遺伝子を活性化すると考えられている因子であり,TaxによるGM-CSF遺伝子の活性化にはCLE1とCLE2/GC領域に結合する蛋白質が関与することが示されている.導入したTax遺伝子を構成的に発現しているJurkat細胞では,GM-kBの構成的な発現がみられる. GM-CSFプロモーターに点変異を導入しGM-kBの結合を阻害すると,PMA/A23187刺激だけでなくTaxによる活性化も著しく阻害される.またNF-kBを介したシグナル伝達経路を活性化できないTaxの変異体はGM-CSF遺伝子を活性化できない.これらの知見は,TaxによるGM-CSF遺伝子の活性化にはNF-kBが関与していることを示唆するものであるが,その機構は不明であった.Hiraiらは,Taxがp50の前駆休NF-kB1p105と結合することを観察し,p105がGM-CSF遺伝子などTaxに依存した宿主遺伝子活性化の際の細胞内標的の一つである可能性を示唆した.すなわち,Tax-p105複合体形成によって核内のNF-kBが増加する,あるいは複合体が直接DNAに結合してGM-CSF遺伝子を活性化するなどの可能性が考えられた.したがってTax-p105複合体の役割を明らかにすることにより,TaxによるGM-CSF遺伝子活性化機構の少なくとも一部を説明しうることが期待された. 本研究においては,まずCOS-7細胞発現系において両遺伝子を発現させ,Taxによる核内のNF-kB結合活性の変化を調べた.その結果,Taxあるいはp105いずれかを発現させた細胞ではNF-kB結合活性はほとんど観察されなかったが,p105とTaxを共発現させることでNF-kB結合活性が顕著に増加することが明らかとなった.p105に結合しない変異Taxはこのような現象を引き起こさず.p105とTaxとの特異的結合が重要であると考えられた.またp105からankyrin rcpeat domain(ARD)を含むC末端領域を除去した変異休(p105 X)を発現した際,細胞からはTaxの存在,非存在にかかわらずNF-kB結合活性が観察されることから,p105のC末端領域がTaxによるNF-kB結合活性増強に必要であることが示された.NF-kB結合活性のゲル中での移動度,および抗p105抗体の添加実験の結果は,p105とTaxの共発現下で増強されるNF-kB結合活性がp105を含まないp50のホモ二量体によるものであることを示した.次にp105とp50の細胞内局在を抗体を用いて調べると,p105の単独発現ではp105とp50が共に細胞質に局在したのに対して,Taxとp105の共発現ではp50が核内で顕著に増加した.p105 Xを発現させた際にはp50とその前駆体はともに核内に検出され,Taxの共発現の影響はほとんど見られなかった.これらの結果は先に示したNF-kB結合活性の変化とよく一致した. p105を発現させた際に生成するp50は,核への移行を阻害するARDを持たないにも関わらず細胞質に留まっている.この原因を明らかにするため,p105を発現するCOS-7細胞の細胞質全電気泳動により分離して解析したところ,大部分のp50はp105と会合していることが分かった.次にp65とp105を共発現させてp65の細胞内分布を調べたところ,p105の発現により核内のp65が減少して逆に細胞質内のp65が増加するという結果が得られた.さらにTaxを共発現させると,細胞質のp65が減少して核内のp65が増加した.以上の結果から,p105はp50やp65を細胞質に保持する活性すなわちIkB活性を有していること,さらにTaxはp105に結合してそのIkB活性を阻害すると結論した.これはTaxがp105のIkB活性を阻害してNF-kBの細胞質から核への移行を促進するというモデルを示した最初の報告である. NF-kB2p100はp105と相同性の高いNF-kB/Relファミリーに属する蛋白質であり,プロセシングによりp52を坐成する.p100がp105と同様のTaxに対する反応性を持つのか否かを明らかにするため,COS-7細胞発現系を用いて両者の性質を比較した.その桔果,COS-7の細胞内ではp100はほとんどp52にプロセスされなかった.次にp100とTaxがp65の細胞内局在に及ぼす効果を比較した.p100の発現により核内のp65が減少して細胞質中のp65が増加した.この結果は,p105と同様にp100もIkB活性を持つことを示すものである.しかしさらにTaxを共発現させた場合,核内のp65は増加しないことから,Taxはp100のIkB活性を阻害できないことが明らかとなった. 次にJurkat細胞においてp105あるいはp100をp65と共発現させ,TaxによるGM-CSFプロモーターの活性化能について検討した.その結果,p105をTaxおよびp65との共発現によるGM-CSFプロモーターの活性化がみられたのに対して,p100ではみられなかった.これは,Taxがp100の持つIkB活性を不活化できず,核内のNF-kBを増加を誘導しえないことに対応する. p105とp100の性質の違いに寄与する構造上の差を明らかにするため,まずp105とp100のRel homology domain(RHD)とARDを入れ替えたキメラ分子すなわちchimera-A(p105のRHDとp100のARDからなる)およびchimera-B(p100のRHDとp105のARDからなる)を作製した.両キメラ分子には,p105のプロセシングに関与しているとされているp105由来のグリシン残基に富む配列とFPXYGの繰り返し配列が存在する.chimera-AをCOS-7細胞で発現させるとほとんどの分子がプロセシングされ,55kDの分子が核および細胞質に検出された.逆にchimera-Bを発現させた際には分子量約105kDの蛋白質が検出され,プロセシングにより生成されると考えられる50-55kDの蛋白は検出されなかった.またJurkat細胞にp65と共に発現させ,GM-CSFプロモーターの活性化に及ぼす影響を調べたところ,両キメラ分子はTaxに依存したGM-CSFプロモターの活性化を阻害できなかった.これらの結果は,p100のRHDがCOS-7細胞におけるp100のプロセシングに阻害的に働くこと,またTaxに依存したGM-CSFの活性化をp100が阻害するためには,p100のRHDとARDが必要であることを示している. 次にp105には存在するがp100には存在しないPKAターゲット配列RRKSに変異を導入した分子p105(RRKA)や,逆にp100にそれを導入した分子p100(RRKS)を作製し,COS-7細胞やJurkat細胞に発現させた.p105(RRKA)の発現によりp105と同じく100-100kDと50-55kDの分子が生成され,Taxの発現によって核内の50-55kDの分子が増加した.またp100(RRKS)の発現により,p100との場合と同様にTaxの存在,非存在にかかわらずプロセシングされない100-110kDの分子のみが観察された.Jurkat細胞にこれらの変異分子を発現させ,Taxに依存したGM-CSFの活性化への影響を調べたが,p105(RRKA)およびp100(RRKS)はそれぞれ対応する野生型分子と同様の作用を示した.以上の結果は,p105に存在するPKAターゲット配列が,Taxに対する応答性を含めてp105とp100の性質の違いには寄与していないことを示唆している. 以上のように,本研究ではp105と 100を比較しつつTaxとの新しい機能連関を明らかにした.ここで示された機構は,TaxによるGM-CSF遺伝子活性化の少なくとも一部に寄与していると考えられる.今後,p105とp100の異なったTax応答性に関与している構造上の差異を明らかにすることにより,TaxによるIkBの不活化とそれに引き続くGM-CSF遺伝子の活性化機構を説明しうるものと期待している.Taxは,NF-kBを介した経路の他に,CREBやSRFなどの転写因子との相互作用によって宿主遺伝子を活性化することが知られている.Taxによるこれらの転写因子を介した遺伝子活性調節機構の研究は,免疫応答におけるT細胞活性化シグナル伝達経路の理解のみならず,HTLV-I感染によるATLやHAMなどの疾患の発症に至る分子病理の一端を明らかにするうえで,有用な知見を与えてくれるであろう. |