学位論文要旨



No 212419
著者(漢字) 野口,尚孝
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,ヒサタカ
標題(和) 工業デザインにおける発想支援方法に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 212419
報告番号 乙12419
学位授与日 1995.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12419号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 助教授 廣瀬,通孝
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 久保田,晃弘
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨

 発想支援方法の開発および研究は1960年代頃からわが国においても盛んに行われ,80年代からはコンピュータ・サイエンスや人工知能研究を背景とした新しい研究段階に入っている.しかし,工学的設計や工業デザインにおける領域固有の問題に即した発想支援方法の研究は現状ではほとんどないといえる.

 本研究の目的は,工業デザインの領域的特徴を踏まえた発想支援方法研究の基本的な考え方を提起し,実際にそれに基づいた発想支援方法を提案し,その有効性を示すことである.

 本研究ではこの目的を達成するため,第I部(第2章および第3章)において,まずデザイン行為をその一側面として含む設計行為一般の特徴を,設計者の内面的意識過程における目的手段関係の連関という観点から把握し,設計行為における発想の構造を,要求機能を実体として実現させる過程での,目的手段連関の一時的逆行による新しい目的手段関係の発見としてとらえた.その上で,デザイン行為の本質を,設計行為の中で設計対象に要求される使用者への生理心理的機能を決定する行為としてとらえ,この本質ゆえに,デザイン行為はあいまいで抽象度の高い要求から出発し,形態のディテールや色彩などのような具体性の高い属性表現に至る,抽象から具体への落差の大きい思考過程であることを指摘した.このような特徴を持ったデザイン行為における発想の支援には,次のような考え方が必要であることを指摘した.

 (1)アナリシスの段階では,目的手段連関の一時的逆行によって問題の本質の把握を促す必要がある.

 (2)把握された問題の本質は,デザイン対象に結びつきやすい表現形式に置き換えられるべきである.

 (3)シンセシスにおいては,既成概念を克服するため,デザイン解候補の分類などにより目的を一旦抽象的表現に置き換え,イメージ探索空間を拡大させることにより,発散的思考を促すべきである.

 (4)デザイン解の形状探索における既成概念による試行錯誤の無駄を減少させるためにはコンピュータによる目的手段関係の抽象化を利用した外挿的推論が有効である.

 第II部ではこれらの基本的考え方に基づき,デザイン過程の流れに沿って次のような4種類の発想支援方法を提案した.

 第1は,アナリシスの段階で,デザイン・コンセプト(使用の立場から製品に要求される生理心理的機能を含めた機能)を実現させる手段の手がかりを得るため,デザイン対象に関係があると考えられる製品群の部分機能を抽象化表現に置き換えることによって,要求機能実現の手段を探索する空間の拡大を図り,抽象化された機能表現をある一定のルールによって組み合わせることにより,具体的部分機能の寄せ集めではない新機能の手がかりを得やすくさせる方法である.第4章ではこの方法によるデザイン発想の実例が示された.

 第2は,デザイン・コンセプトから想定されるデザイン対象の使われ方に基づいて,これを具体化させる段階でのハードウエアの機能に対応した有向グラフ表現に置き換え,具体的製品イメージの発想を促そうとする方法で,第5章ではこの方法によるデザイン発想の実例が示された.

 第3は,シンセシスの段階において,既成概念による発想の行詰まりを打開するため,デザイン解候補(アイデア・スケッチ)を,目的表現の類似と,描かれたイメージの類似という異なる観点から分類し,それぞれの分類観点の共通部分に生じる合成概念によって一旦目的手段関係の抽象化を図ることにより,既成概念を超えながらも,具体的イメージと結びついた解候補の発想を促そうとする方法であり,第6章ではこの方法をやや異なる形で実現した2種類の発想支援システム(アイデアスケッチ・プロセッサ)によるデザイン発想の実例が示された.

 第4は,シンセシスにおける形状探索の段階で,コンセプトと形状の関係における既成概念を打破するために,2種類の異なる製品群におけるコンセプトと形状の関係をそれぞれ抽象化した数値として学習させた2つのニューラルネットワーク・モデルを用意し,これらを交差的に用いて外挿的推論を行わせる方法であり,第7章ではこの方法によるデザイン発想の実例が示された.

 最後に第8章では,これら4種類の提案の有効性を実験により検証した.実験ではそれぞれの支援方法において,同じデザイン発想のタスクを,支援を与えたグループと与えないグループによって同時に行わせ,その発想結果から,あらかじめ決めてあった5つの無効要件に該当しない有効発想の数を算出し,両グループ間での有効発想数の違いが有意であるかどうかをt検定によって検定した.また,各被験者についても,支援を与えないグループと与えたグループに属した場合の有効発想数の差を算出し,その有意性を検定した.その結果,いずれの支援方法も有効であることが検証され,各被験者における支援効果ついても,支援効果があったことが検証された.

 各支援方法によるデザイン発想の実例および実験の結果によって,提案されたデザイン発想支援方法およびこれらの支援方法開発の基礎となった考え方の有効性が示され,今後のデザイン発想支援方法の開発に一つの方向が示された.

 以上

審査要旨

 本研究の目的は,第1にデザイン行為における発想が,どのような特徴を持っており,どのような支援を必要としているかを明らかにした上で,その支援方法の基本的な考え方を明らかにすることであり,第2にこの基本的な考え方に基づいて4種類のデザイン発想支援方法を提案し,これらの方法を用いたデザイン発想の実例を示すとともに,実験によってその効果を検証することにより,これらの提案とその基本的な考え方の有効性を主張することである.

 本研究ではデザイン行為が,設計対象に要求される使用者への生理心理的機能を決定する行為であり,そのため,あいまいで抽象度の高い目標から出発し,形態や色彩など具体性の高い属性表現に至る,抽象から具体への距離の大きい思考過程を特徴としていることを明らかにした.その上でこのような特徴を持ったデザイン行為における発想支援について次のような4つの要件を主張している.

 アナリシスの段階では,適切なデザイン目標が把握しにくく,(1)デザイン過程の目的手段連鎖を一時的に逆行させることによって,あいまいな要求表現の背後にある意図の適切な把握を促す必要がある.同時に,(2)把握されたデザイン目標を,シンセシスにスムースに移行させるため,想定されるデザイン対象の形態的特徴に結びつきやすい表現形式に対応させるべきである.シンセシスにおいては,デザイナーの既成概念による無駄な試行錯誤が多く,新しいデザイン発想への障壁となっている.このため,(3)既成概念から解放させるため,デザイン解候補を分類などにより,一旦抽象概念として把握し直すことで,探索空間の拡大を図り,発散的思考を促すべきである.さらに(4)デザイン解の形状探索において,デザイナーを既成概念から解放させるためには,コンピュータによる推論モデルを用いた外挿的推論が有効である.

 本研究ではこれらの要件に基づき,次のような4種類の発想支援方法を提案している.

 Abstracted Function法と名づけている要件(1)に基づく方法は,抽象的なデザイン目標を具体化させる手がかりを得るため,デザイン対象に関係があると考えられる製品群の部分機能を抽象化表現に置き換え,探索空間の拡大を図る.その上で抽象化された機能表現をある一定のルールによって組み合わせることにより,単なる既成製品の部分機能の組み合わせではない,新機能の発想を得やすくする方法である.

 DEMATEL Level Chart法と名づけている要件(2)に基づく方法は,抽象的なデザイン目標から具体的なデザイン対象のイメージを得るため,想定されるデザイン対象の使われ方をめぐって連想される項目を列挙し,これらの項目を目的手段関係に基づく有向グラフに布置し,具体的製品イメージの発想を促す方法である.この方法により,項目間の関係をデザイン目標実現への具体化のレベルにおいて見ることができ,具体的デザイン対象のイメージがつかみやすくなった.

 Idea Sketch Processorと名づけている要件(3)に基づく方法は,シンセシスの段階でのデザイナーの既成概念による発想の行詰まりを打開するため,デザイン解候補(アイデア・スケッチ)を,目的表現の類似と,描かれたイメージの類似という異なる観点から分類し,それぞれの分類観点の共通部分に生じる合成概念によって,既成概念を超えた解候補への発散的思考を促す方法である.この方法によって,アイデア・スケッチを描く際の既成概念から解放され,新鮮なデザイン解候補を得ることが容易になった.

 クロス推論モデル法と名づけている要件(4)に基づく方法は,形状探索において,デザイナーが既成概念により類型的な形状しか思いつかず,無駄な試行錯誤に陥っている状態から解放するための方法であり,2種類の異なる製品群におけるコンセプトと形状の関係を重みづけパターンとして学習させた2つのニューフルネットワーク・モデルを用意し,これらを交差的に用いて外挿的推論を行わせる方法である.この方法によって,人間の思考からは思いつきにくい新奇性の高い形状を生み出せるようになった.

 これら4種類の発想支援方法は千葉大学工学部の製品デザイン演習および卒業研究において用いられ,いずれもデザイン教育上意義ある成果が実例によって示された.

 最後に,これら4種類の提案の有効性を実験により検証した.実験ではそれぞれの支援方法において,同じデザイン発想のタスクを,支援を与えたグループと与えないグループによって同時に行わせ,その結果から,あらかじめ決めてあった5つの無効要件に該当しない有効発想の数を比較し,その差が有意であるかどうかをt検定によって検定した.また,各被験者についても,支援を与えないグループと与えたグループに属した場合の有効発想数の差を比較し,有意性を検定した.

 その結果,いずれの支援方法も有効であることが検証され,各被験者における支援効果についても,支援効果があったことが認められた.

 各支援方法によるデザイン発想の実例および実験の結果によって,提案されたデザイン発想支援方法およびこれらの支援方法開発の指針として提起された要件の有効性が示され,今後のデザイン発想支援方法の開発に一つの方向が示された.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

 以上

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