学位論文要旨



No 212420
著者(漢字) 小山,正人
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,マサト
標題(和) 圧延機駆動用交流電動機の高速応答制御とロバスト化に関する研究
標題(洋)
報告番号 212420
報告番号 乙12420
学位授与日 1995.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12420号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 本論文は,鉄鋼圧延機駆動用の交流電動機を対象として,その高速応答制御およびロバスト化の実現を目的として行った,一連の研究成果をまとめたものである。

 圧延機駆動用の交流電動機制御系には,従来,サイクロコンバータによるベクトル制御系が適用されてきた。しかし,サイクロコンバータは電源力率が低いため,電源力率を改善するために大容量の進相コンデンサが必要である。さらに,最高出力周波数が電源周波数の約80%に制限される。そこで,近年,GTOサイリスタ(以下,GTO)の大容量化に伴い,これらサイクロコンバータの欠点を解消するGTOインバータの実用化気運が急速に高まりつつある。なかでも,3レベルGTOインバータは,低いスイッチング周波数で高調波成分の少ない出力電圧が得られることから,大容量の電力変換装置に適しており実用化のための研究開発が活発に行われている。

 一方,ベクトル制御法としては,すべり周波数制御形ベクトル制御が広く用いられている。しかし,すべり周波数制御形ベクトル制御は,誘導電動機の定数を用いて2次磁束を推定するため,2次抵抗の温度変化によるトルク制御性能の劣化が課題とされてきた。特に,圧延機駆動用の交流電動機制御系では,界磁弱め制御による広範囲の定出力運転が必要とされるが,2次磁束の推定が正確に行われないと電圧飽和現象が発生し,安定したトルク制御性能が得られなくなる。従って,電動機定数の変動に対してロバスト性の高い,すべり周波数制御形ベクトル制御の実用化が強く望まれている。

 次に,目を上位の速度や位置の制御に向けると,熱間圧延プラントの主機駆動系では,ストリップ噛み込み時のインパクトドロップを低減するために,高速応答の速度制御性能が要求される。しかし,駆動用電動機と圧延ロールは剛性の低い中間軸を介して結合されるため,駆動用電動機,中間軸,および圧延ロールから構成される機械系は共振系となる。このため,比例積分(PI)制御を適用した従来の速度制御系では,制御応答を上げようとすると,機械共振によって軸ねじり振動が発生するという問題が生じる。このような例は,他にも,サーボモータを用いた工作機械のテーブルの駆動系などにおいても多く見受けられる。さらに,サーボモータによってロボットアームを駆動するような場合は,アームの位置によって慣性モーメントが大きく変化するため,制御応答特性が運転中に変化し,指令どおりの軌跡制御が行えないという問題が生じる。そのため,サーボモータによる高速応答の位置制御の実現においては,軸ねじり振動の抑制と同時に,慣性モーメントの変動に対するロバスト性の向上が重要な研究課題となっている。

 以上のような研究背景を踏まえ,本論文では,下位レベルの電圧およびトルク制御と,上位レベルの速度および位置制御のそれぞれに対して,高速応答制御とロバスト化に関する研究課題を設定し,得られた研究成果を前半と後半に分けてまとめている。前半では,高速応答の電圧制御が可能な3レベルGTOインバータの非同期式PWM制御法,および高速応答のトルク制御が可能で,かつ電動機定数の変動に対してロバスト性が高いすべり周波数制御形ベクトル制御法について論じている。後半では,高速応答の速度や位置の制御が可能で,かつ慣性モーメントの変動に対してロバスト性が高い2自由度制御法,および軸ねじり振動の抑制制御法について論じている。

 第1章では,鉄鋼圧延機駆動用の交流電動機制御系において,高速応答制御やロバスト化が必要とされる技術的背景について述べた後,本研究の目的および研究内容の概要について述べている。

 第2章では,空間電圧ベクトルを利用した3レベルGTOインバータの非同期式PWM制御法について論じている。まず,3レベルインバータが出力可能な27個の電圧ベクトルを出力線間電圧に着目して分類するとともに,1キャリア周期間に出力すべき複数個の電圧ベクトルの配列法を領域毎に詳細に検討している。その結果,電圧指令ベクトルが属する領域毎に電圧ベクトルの配列を変化させることによって,中性点電圧の制御が可能で,かつGTOの最小パルス幅の制約を受けない非同期式PWM制御が実現できることを明らかにしている。次に,出力線間電圧が等しく,かつ中性点電圧の上昇,下降に関係した一対の電圧ベクトルの持続時間の配分を,中性点電圧の変動に応じて調整することにより,1キャリア周期間の出力電圧の平均値を変化させることなく,この電圧変動を抑制する制御法を提案している。さらに,本PWM制御法を適用することによって,3レベルGTOインバータの実用化において懸案となっていた,中性点電圧変動およびGTOの最小パルス幅制約の問題が同時に解決できることを実験によって検証している。最後に,本PWM制御法と,第3章で得たすべり周波数制御形ベクトル制御法を,大容量3レベルGTOインバータによる誘導電動機制御系に適用し,圧延機駆動系に要求される高精度,高速応答のトルク制御が実現できることを確認している。

 第3章では,2次抵抗の温度変化に対してロバストな誘導電動機のすべり周波数制御形ベクトル制御法を検討している。まず,誘導電動機の電圧,電流方程式を用いて,2次磁束ベクトルに同期して回転する回転座標軸上の誘導電動機のブロック図を導出し,誘導電動機と他励直流電動機の等価性を明らかにしている。次に,2次抵抗の温度変化がすべり周波数制御形ベクトル制御系のトルク制御特性に及ぼす影響を解折するとともに,無効電力に着目した2次抵抗の同定方式を提案している。本同定方式は,積分演算が不要で,かつ1次抵抗の温度変化の影響を受けないため,零速度を含む全速度領域において,2次抵抗同定が可能である。次に,上記のブロック図に基づいて,高精度,かつ高速応答のトルク制御を実現するすべり周波数制御形ベクトル制御法を提案している。最後に,本ベクトル制御の応答特性や2次抵抗の同定特性などを実験によって検証している。

 第4章では,高速応答の速度および位置制御を実現するための2自由度制御法を検討している。すなわち,目標値応答の改善を主目的として,2つの2自由度制御法を提案している。第1の方式は,従来のPI速度制御系に規範モデルを付加する制御方式である。ここで,規範モデルは,機械系を1慣性系として近似した機械系モデル,この機械系モデルを制御対象とするPI速度制御器,および機械系モデルから出力されるモデル速度と電動機速度から外乱トルクを推定する外乱推定器から構成される。次に,本制御方式を適用することによって,PI制御方式と比較して,目標値応答特性およびフィードバック特性を大幅に改善できることを実験によって検証している。次に,第2の方式として,制御ゲインの設定が容易で,かつ目標値応答特性とフィードバック特性とを独立に設定することが可能な,フィードフォワード型の2自由度制御方式を提案している。さらに,この制御方式を電動機の位置制御系に応用するとともに,機械系の慣性モーメントの変動に対するロバスト性の改善を目的として,機械系の慣性モーメントの同定方法,および制御ゲインのオートチューニング方法を検討している。最後に,PI制御を適用した従来の位置制御方式と比較して,目標値応答特性の大幅な改善が可能であることや,慣性モーメントの同定と制御ゲインのオートチューニングが良好に行われることを実験によって確認している。

 第5章では,2慣性の機械系を制御対象とする電動機の速度制御系における,軸ねじり振動の抑制制御法として,状態フィードバック制御の適用を検討している。その結果,電動機速度と負荷速度の差速度をフィードバック制御することによって機械系の減衰率が変化し,軸トルクをフィードバック制御することによって機械系の共振周波数が変化することを明らかにしている。次に,これらの状態フィードバック制御を付加したPI速度制御系の振動抑制特性をシミュレーションによって解析し,振動抑制効果や制御ゲイン設定の容易さなどの面から,差速度フィードバック制御の方が実用的であることを示している。ここで,負荷速度と軸トルクは直接検出することが困難なので,同一次元オブザーバを用いて推定している。さらに,差速度フィードバック制御を用いた振動抑制制御のマイクロプロセッサによる実現方法について検討し,電動機速度の検出ノイズの影響を除去する手法を提案している。最後に,差速度フィードバック制御ループをPI速度制御系に付加することによって,良好な振動抑制特性が得られることを実験によって検証している。

 第6章では,本論文で得られた研究成果をまとめている。さらに,交流電動機制御の将来動向についても論じている。

 以上をまとめると,本論文は,圧延機駆動用交流電動機の高速応答制御とロバスト化ににおいて,空間電圧ベクトルを利用した3レベルGTOインバータの非同期式PWM制御法,および2次抵抗の同定機能を備えたすべり周波数制御形ベクトル制御法を提案し,大容量GTOインバータによる高性能ベクトル制御系を実現している。さらに,フィードフォワード形の2自由度制御法,および状態フィードバックに基づいた軸ねじり振動の抑制制御法を提案し,高速応答特性を有し,かつ慣性モーメントの変動に対してロバストな速度および位置制御系を実現している。

審査要旨

 本論文は,「圧延機駆動用交流電動機の高速応答制御とロバスト化に関する研究」と題し,鉄鋼圧延機用交流ドライブシステムにおいて,下位レベルの電圧やトルクの制御,上位レベルの速度や位置の制御のそれぞれに対して,高速応答とロバスト化に関する研究課題を設定して行った一連の研究成果をまとめたものである。

 具体的には,高速の電圧制御が可能な3レベルGTOインバータの非同期PWM制御法,高速のトルク制御が可能で電動機定数変動に対してロバスト性が高いすべり周波数制御形ベクトル制御法,高速の速度・位置の制御が可能でかつ慣性モーメントの変動に対してロバスト性が高い2自由度制御法,および軸ねじり振動の抑制制御法について新しい提案を行い,それぞれの有効性を大規模の実験装置によって検証している。

 第1章「緒論」では,圧延機用の交流機制御系において,高速応答制御やロバスト化が必要とされる技術的背景について述べ,研究の目的および概要を述べている。

 第2章「3レベルGTOインバータの非同期式PWM制御法」では,空間電圧ベクトルを利用した3レベルGTOインバータの非同期PWM制御法を論じている。出力可能な27個の電圧ベクトルを出力線間電圧に着目して分類しその配列法を詳細に検討し,電圧指令ベクトルが属する領域毎に配列を変化させることによって,中性点電圧の制御が可能で,かつGTOの最小パルス幅の制約を受けない非同期PWM制御が実現できることを明らかにしている。次に,1キャリア周期間の出力電圧の平均値を変化させることなく,中性点電圧変動を抑制する制御法を提案している。提案のPWM制御法と第3章のベクトル制御法を大容量誘導機制御系に適用し,圧延機に要求される高精度,高速応答のトルク制御が実現できることを実験によって確認している。

 第3章「2次抵抗の温度変化に対してロバストな誘導電動機のベクトル制御法」では,2次抵抗変化に対してロバストな誘導機のすべり周波数形ベクトル制御法を検討している。まず回転座標系上の誘導機のブロック図を導き,2次抵抗の変化がトルク制御特性に及ぼす影響を解析し,無効電力に着目した2次抵抗の同定法を提案している。この方法は,積分演算が不要でかつ1次抵抗の影響を受けないため,零速度を含む全速度領域において2次抵抗の同定が可能である。次に,ブロック図を用いて,高精度,高速応答のトルク制御を実現するすべり周波数形ベクトル制御法を提案している。最後に,提案法の応答特性や2次抵抗の同定特性などを実験によって検証している。

 第4章「2自由度制御を適用した電動機の速度と位置の高応答制御法」では,高速の速度および位置制御を実現するための2自由度制御法を検討している。すなわち,目標値応答の改善を主目的として,二つの2自由度制御法を提案している。第1の方式は,従来のPI速度制御系に規範モデル(1慣性系)を付加する制御方式で,モデルの出力と電動機速度から外乱トルクを推定する外乱推定器から構成される。第2の方式は,制御ゲインの設定が容易かつ目標値応答とフィードバック特性を独立に設定できるフィードフォワード型の2自由度制御方式である。これらの制御方式を電動機の位置制御系に適用し,さらに,慣性モーメントの同定方法,および制御ゲインのオートチューニング法を検討している。最後に,実験によってこれらの有効性を確認している。

 第5章「2慣性機械系の振動抑制制御法」では,2慣性系を制御対象とした速度制御系における軸ねじり振動の抑制制御法を検討し,まず,電動機と負荷の差速度をフィードバックすることによって振動減衰率が変化し,軸トルクをフィードバックすることによって共振周波数が変化することを示している。次に,これらの振動抑制特性をシミュレーションによって解析し,その効果や制御ゲイン設定の容易さなどの面から,差速度フィードバック方式が実用的であることを示している。さらに,その方式のマイクロプロセッサによる実現方法について検討し,速度の検出ノイズを除去する手法を提案している。最後に,差好な振動抑制特性が得られることを実験によって検証している。

 第6章「結言」では,本論文で得られた研究成果をまとめ,さらに,交流電動機制御の将来動向についても論じている。

 以上をまとめると,本論文は,圧延機駆動用交流電動機の高速応答制御とロバスト化を目的とし,3レベルGTOインバータの非同期PWM制御法,2次抵抗の同定機能を備えたすべり周波数形ベクトル制御法,フィードフォワード形2自由度制御法や状態フィードバックに基づいた軸ねじり振動の抑制制御法などを提案し,大容量GTOインバータによる実験を通じてそれらの有効性を確認したものであって,電気工学・制御工学上,貢献するところが少なくない。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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