学位論文要旨



No 212421
著者(漢字) 志村,孚城
著者(英字)
著者(カナ) シムラ,タカキ
標題(和) 医用超音波探触子の高性能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 212421
報告番号 乙12421
学位授与日 1995.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12421号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水町,守志
 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 原島,博
内容要旨 1.研究の背景

 現在,超音波診断は,X線CTやMRIと同様に欠くべからざる画像診断法として,広く普及するようになってきた。しかし,画質などの性能向上に対する医学側の期待はまだまだ大きい。超音波画像診断の中心である二次元断層像(以下B-mode像と記す)にしろ,血流計測(以下Doppler計測と記す)にしろ,性能向上のためには医用超音波探触子(以下探触子と記す)の高性能化が鍵である。

2.探触子の高性能化の命題

 探触子の高性能化の主な命題は,いかにSNの良い超音波信号を送受信できるか,およびいかに単位時間当たりに多くの生体情報を入手しうるかである。前者の命題については,超音波信号の強度(S)の向上,超音波信号の音響雑音(N)の低減に分離して考え,後者の命題については,同時に複数の超音波信号を送受する可能性を検討した。(図1)

3.超音波信号強度(S)の向上

 このために探触子が果すべき使命は,送受信効率の向上と超音波エネルギーの集中すなわち超音波ビームの集束である。送受信効率については圧電材料,整合層など技術的にかなりのレベルに達しているので,超音波ビームを集束させてSを向上させることに着目した。走査方向については,アレイ探触子でDymamic focusを行い超音波ビームを絞る技術が既に完成している。しかし,厚み方向についても同等のことを行うには二次元アレイ探触子が必要で実用化は難しい。そこで、他の選択として,探触子の厚み方向に階段状分極重み付けを行うshading探触子(図1)を考案した。シミュレーションで3.5MHz,開口15mmの分極段数は3段(15.0mm,11.25mm,7.5mm)あれば良いこと,各段の分極強度は0.4,0.6,1.0の比率が最適であることを見い出し,試作した。結果,ほぼシミュレーション通りのビーム形状が得られ,従来の探触子に比べ-20dBビーム幅で2/3の細いビームが得られた。

 しかしながら,探触子直下となる体表近傍はビームを絞ることは難しい。このため,探触子を音響カプラで浮かせて焦点を体表に合わせることが不可欠となる。従来の音響カプラは減衰が大きく問題であったので,低減衰音響カプラ(図1)の開発も試みた。着目した材料は,PVA(ポリビニールアルコール)ゲルで,PVA濃度,凍結/解凍回数をパラメータにしてサンプルを試作し,材料の音響特性(減衰,音速,音響インピーダンス,伝播の非線形性)と,機械的特性(硬さ,破断力)を測定した。その結果,人体に適合するPVAゲルの製作条件は,PVA濃度5-15重量%,凍結回数1-2であるこを見出した。このゲルを用いた操作性の良い音響カプラを試作し,甲状腺に適用し,B-mode像上で20dB程度減衰の改善を見た。

4.超音波信号の音響雑音(N)の低減

 音響雑音(N)は生体構造上避けられない所も多いが,従来の探触子の反射率が0.5と高いために起こる多重反射に着目した。従来の探触子は圧電振動子より生体に向かって超音波が放射し易いように,圧電振動子より/4整合層を介し生体に向かう出力音響インピーダンスを圧電振動子の音響インピーダンスに合わせる設計手法が取られていた。無反射化のため,生体からバッキングまでを見通した入力音響インピーダンスを生体の音響インピーダンスと合わせる設計手法を考案した(図1)。シミュレーションで3.5MHzの探触子について検討し,製作可能な範囲での最適な整合層の音響インピーダンス(背面整合層:Zmb,前面整合層:Zmf1,Zmf2),バッキング材の音響インピーダンス(Zb)の組み合わせとして,Zmb=12.3,Zmf1=8.4,Zmf2=2.0,Zb=7.0(X106kg/m2/s)を見出した。試作した結果,従来の探触子の反射率より約10dB反射を低減することに成功した。

5.同時に複数の超音波信号を送受

 単位時間当たりに入手できる生体情報は,超音波信号の生体伝播速度で制限されてしまう。そこで,同時に複数の超音波信号を混信(クロストーク)なく送受する同時複数周波数超音波法を考案した。基本シミュレーションと基礎実験でバースト信号の中心周波数を1MHz程度離せばクロストークは問題にならない見通しをたて,具体的な応用として,実時間で拍動する心臓の診断を対象に,同時二周波超音波B-mode像の取得,およびB-mode像,Dopple計測の同時実施を詳細に検討した。

 同時二周波超音波B-mode像の取得(図1)のために,生体の伝達特性を加味したワーストケースのシミュレーションを行い,二つの探触子の中心周波数,fA=3,5MHz,fB=2.2MHz,帯域制限フィルタのスロープ=-80dB/MHz,fA,fBの探触子の駆動電圧比=約10dBで,クロストーク弁別能+40dBを得ることができる結果を得た。装置を試作し,クロストークの無いことをB-mode像上で確認するとともに,臨床実験を行った。結果として,広視野診断,三次元診断,精密診断などの臨床面の有効性が示唆された。

 B-mode像,Dopple計測の同時実施(図1)のために,Dopple計測に必要なクロストーク弁別能を解析し,同時二周波超音波B-mode像の取得と同様に+40dBあれば良いことを得た。装置を試作し,実験でクロストークの無いことを確認し,臨床実験も行った。臨床的には,リアルタイムB-mode像上で計測位置をモニターしつつDopple計測を実施できるため精密診断ができること,血流ベクトル計測ができることなどの有用性が示唆された。

6.結論

 以上の研究の結果,厚み方向に超音波ビームを絞ったShading探触子,減衰の少ない音響カプラ,無反射化探触子の実現により,より高いSNの超音波信号を送受できる見通しをつけ,さらに同時に二つの超音波信号をクロストークなく送受することを可能にする同時複数周波数超音波法により,同時二周波超音波B-mode像の取得,B-mode像,Dopple計測の同時実施の見通しをつけた。以上の研究成果を総合して,探触子の高性能化により超音波診断画像の高性能化の道筋をつけた。(図1)

図1. 研究課題の位置付け
審査要旨

 本論文は「医用超音波探触子の高性能化に関する研究」(A study on higher performance of medical ultrasonic probes to obtain the advanced quality of ultrasonography)と題し、超音波を利用した各種の医用画像診断装置の基本要素である超音波探触子の高性能化の試みとその実現手法について論じたもので5章よりなる。

 第1章は「序論」であり、超音波診断技術に占める超音波探触子の重要性を述べている。併せて、医用画像を得るための超音波探触子の高性能化に関し総合的に論じる、本研究の立場を明らかにしている。

 第2章は「超音波信号の強度(S)の向上」であり、医用計測に係わる超音波探索信号の強度の向上、すなわち超音波エネルギ集中について論じている。まず超音波ビームの集束を行うアレイ探触子の改良を行っている。すなわちダイナミック集束(Dynamic focus)による走査方向の集束だけでなく、さらにアレイ探触子の厚み方向の集束のために、シェイディング(Sading)探触子を考案している。これは探触子の厚み方向に階段状の分極重み付けを行う発想に基づくものである。解析と試作の結果、3段階の分極により、従来のアレイ探触子よりビーム幅を2/3まで狭めた遠距離ビームの実用化に成功している。

 さらに探触子から体内へ超音波エネルギを伝達するに際し、整合のために不可欠な音響カプラを取り上げ、低減衰音響カプラの開発と実用化を行っている。医用の音響カプラの材料としては、(i)減衰係数や音響インピーダンスなどの音響特性に優れ、(ii)生体面に直接に触れることができ、しかも(iii)生体面に密着できるような硬さ強さなどの適当な機械的特性を有する、ことが必須の条件である。試行錯誤の結果、カプラ材料としてPVA(ポリビニールアルコール)ゲルを選定し、PVA濃度5〜15重量%かつ凍結処理1〜2回が好適としている。このPVAゲルの音響カプラは操作性に優れ、超音波画像診断に汎く利用しうる。例を挙げれば、甲状腺の診断にBモード像を用いた場合に特に好適で、約20dBほど減衰を低減する良好な結果を得ている。

 第3章は「超音波信号の音響雑音(N)の低減」であり、探触子と生体の音響インピーダンスを整合させ、超音波の多重反射によって生じる妨害信号を低減する手法を論じている。すなわち生体の構造に基づく生体内の多重反射は原理的に避けられないが、探触子を無反射に近付け、探触子に起因する多重反射を低減することを試みている。従来の探触子は、電気/音響変換素子から生体側に超音波が放射され易いように設計されていた。すなわち、厚さ1/4波長の前面整合層を介した生体側の出力音響インピーダンスを、電気/音響変換素子それ自体の音響インピーダンスに合致させていた。これに対し、生体から(背面整合層を通して)バッキングまでの音響インピーダンスを、生体の音響インピーダンスに合致させるのが、筆者が提案する無反射化の考え方である。シミュレーションによる解析を経て、探触子の反射率低減化の最適構成としては、2層前面整合層かつ1層背面整合層であり、かつ各整合層の厚さは反共振周波数の1/4波長であるとしている。なお短板型探触子を試作し、約10dBの反射率低減に成功している。

 第4章は「同時に複数の超音波信号を送受」であり、画像を利用した実時間診断における超音波計測の所要時間を短縮する目的で、同時複数周波数超音波法を提案している。同時に複数の超音波装置を互いに混信することなく用い、心臓の診断に役立てるのが具体例である。まずバースト信号を対象にして、混信の影響を綿密に検討している。すなわち同時に使用する2波の超音波信号に関し、中心周波数の周波数差と信号強度比、使用する帯域制限フィルタの特性、生体の伝達特性をパラメータとしてシミュレーション解析を行い、希望信号対妨害信号比を明らかにしている。さらに臨床実験における良好な実績を得て、診断用装置において同時に複数の超音波を使用することが、広視野診断、3次元診断、精密診断の臨床面で有効であると主張している。

 第5章は「結論」であり、得られた成果が纏められている。

 これを要するに、本論文は生体の医用画像を得るための超音波探触子の種々の用法に関し、超音波エネルギの有効利用のための諸手法の提案、また、複数超音波信号の同時使用の提案を行い、しかもそれぞれの提案の有効性を実証して医用超音波探触子の高性能化の方途を明らかにしたもので、電子工学上貢献するところ少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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