学位論文要旨



No 212422
著者(漢字) 加藤,雄介
著者(英字) Kato,Yusuke
著者(カナ) カトウ,ユウスケ
標題(和) 2次元渦糸格子融解転移の数値的研究
標題(洋) Numerical Investigation of Two-Dimensional Vortex Lattice Melting Transition
報告番号 212422
報告番号 乙12422
学位授与日 1995.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12422号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 永長,直人
 東京大学 教授 花村,榮一
 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
内容要旨 1Introduction

 Ginzburg-Landau理論が1950年に提出されて以来、第二種超伝導体の混合状態は多くの人々によって研究されてきた。混合状態の輸送現象は、渦糸と呼ばれる超伝導のトポロジカルな欠陥の運動に依って支配されている。渦糸には他の渦糸からの斥力と不純物等によるランダムポテンシャルが働く。この二つの力の競合を調べることが従来の研究の中心であった。そして近年、混合状態の研究が再び活発に行われるようになった。それは1986年J.G.BednorzとK.A.Mullerによる酸化物高温超伝導体の発見による。高温超伝導は短いコヒーレンス長のためにランダムネスの効果が弱く、転移点が高温のために熱揺らぎの効果が大きい。そのためにランダムネスによる統計的な揺らぎよりも熱揺らぎの方が重要な役割を果たすと思われる。渦糸格子に対する熱揺らぎの効果の研究はこのような新しい問題意識に基づいている。

 3次元超伝導体における渦糸格子の融解転移の理論的研究はイットリウム系超伝導体の実験的研究と共に発展してきた。3次元においては電気抵抗の実験から一次転移であると結論され、繰り込み群、数値実験の結果もそれを支持している。このように3次元系においてはほぼ見解がまとまっているのに対して2次元系においてはビスマス系超伝導体の実験と共に、渦糸格子融解転移は未解決の問題である。2次元においては3次元よりも熱揺らぎの効果が大きく、有限温度における渦糸格子相の存在すらも自明ではない。D.S.Fisherは2次元渦糸格子にKosterlitz-Thouless(KT)融解理論を適用し連続転移を予言している。一方、高温からの摂動展開では融解転移の存在を結論することは困難である。前者が低温で良い近似であるのに対して、後者は高温側でのみ正当化されることを考えると、広い温度領域で正当化されるアプローチが重要であると考えられる。そこで筆者らはモンテカルロ法による数値実験によって、2次元渦糸格子融解転移を調べた。その結果、熱力学量などは高温展開の結果と一致する一方、KT理論の予言する融解点付近に融解転移が存在することを見いだした。しかし融解転移は連続転移ではなく、一次転移であった。

2方法

 我々はGinzburg-Landau理論を次の近似の範囲内で扱う。 1、電磁場の揺らぎを無視する。 2、秩序変数をLandau levelで展開した際にLowest Landau levelの成分のみ考慮する。(強磁場近似)1はGLパラメーターが大きい第二種超伝導体に対して良い近似になる(高温超伝導体はこの中に含まれる)。2は上部臨界磁場近傍の強磁場領域で正当化される扱いである。筆者はこのモデルに対してメトロポリス法によってモンテカルロ計算を行った。

3結果

 内部エネルギーの温度依存性はFig.1のようになった。ここで横軸は規格された温度tである。平均場近似での転移温度がt=0,絶対零度がt=-∞となるように規格化されている。どちらも高温展開の結果と全温度領域で良く一致していて温度に関して滑らかな関数になっていることがわかる。

 ところがt=-13.4付近を詳しく調べてみると内部エネルギーにヒステリシスが存在することがわかった(Fig.2)。これは一次転移に特有の現象である。さらに内部エネルギーの緩和過程やヒストグラムの解析(Lee-Kosterlitz法)によって一次転移であること確認した。さて、この一次転移は融解転移であろうか?まずは超伝導秩序変数場のdiffraction patternを調べた。その結果がFig.3(a),(b)である。一次転移点の低温側と高温側で顕著な違いが見られる。特に低温側の六回対称の鋭いピークは渦糸の三角格子に対応している。もし低温相が渦糸格子相なら並進秩序に対する相関長が発散しているのでFig.3(a)のpeak heightはsystem sizeと共にベキ的に成長するはずである。我々はサイズ依存性解析の結果から渦糸格子融解転移の存在が確認した。また熱力学極限での融解点はt=-14.3、融解点上でのエントロピーの飛びはvortex一つ当たりS<0.3kBと見積もった。

図1:内部エネルギーの温度変化。●はモンテカルロ、実線は高温展開、破線は平均場近似の結果を表す。矢印は融解転移温度を表す。図表図2:内部エネルギーの温度変化(t=-14付近の拡大図)。●は冷却過程、○は加熱過程を表す。t=-13.4付近を中心にヒステリシスが見られる。 / 図3:融解点の低温側(a)と高温側(b)のdiffraction patternのsnap shot.高温側では特徴的な構造が無いのに対して、低温側ではアブリコソフの三角格子に対応する六回対称の鋭いピークが見られる。
4考察

 KTの融解点の値はt=-13.4であり我々の結果t=-14.3に近い。しかし融解転移の性質については両者の結果は全く異なる。KT理論では熱揺らぎのモードとしてフォノンとdislocationだけが取り入れられている。2次元渦糸格子系ではdislocationによる融解転移が起こる前に、他の欠陥によって格子相の不安定化が、より低温において引き起こされるのであろう。

 我々の計算はLowest Landau Levelの揺らぎのみ扱っておりHc2(T)付近でのみ正当化される結果である。しかし低温、低磁場領域での2次元渦糸格子融解転移もやはり一次転移であることが別のグループの研究からわかっており、この2つの結果から、広い温度・磁場領域で融解転移が一次転移であると考えている。

 最後に実験による検証について述べる。融解転移が1次転移なので、融解点では渦糸系の並進相関が不連続に変化し、それによってエントロピーや抵抗が温度や磁場の変化に対して不連続な飛び、ヒステリシスを生じる。実際の系では不純物や格子欠陥などが存在するので、一次伝移に対するランダムネスの効果を考慮しなくてはならない。ランダムネスがあるとき渦糸格子の並進秩序はラーキン長(Rc)でカットオフされる。転移点直上での並進相関長(T)がT≪Rcを満たせば、一次転移の不連続性が実験で観測されるであろう。この条件を、Lee-Kosterlitz法から経験的に求めた値T〜180(0は渦糸格子の格子定数)とNb3Geにおける典型的な値(温度Tm=2[K],磁場H0=2[T],膜厚d=1[m])、そして2次元のcollective pinning theoryを用いて具体的に評価すると、Jc(臨界電流密度)≪104[A/m2]となる。これと現実の値(105[A/m2])とを比較すると、現在のところ一次転移を実験的に観測することは極めて困難であるといえる。

5結論

 「Ginzburg-Landauモデルに対する古典モンテカルロ法による数値実験の結果、2次元渦糸格子融解転移は一次転移であり融解点は弾性体理論に基づくKosterlitz-Thoulessの融解点に近いことが分かった。融解付近でエントロピー、電気抵抗の不連続性、ヒステリシスが起こると期待されるが、現実の系ではランダムネスの影響により1次転移の不連続性は観測が困難であると思われる。」

審査要旨

 本論文は2次元の第二種超伝導体の磁場中での磁束格子の融解転移の数値的研究である。本論文は3章よりなり、第1章は現在までに行われてきた、磁束系の実験的、理論的研究のレビューであり、第2章は本研究の方法論であるモンテカルロ法についての解説にあてられている。第3章が、本論文の中心部でありモンテカルロ計算の結果、及びそれに対する考察、他の仕事との比較検討、実験との関係などが述べられている。

 Ginzburg-Landau理論及びAbrikosov理論以来、第二種超伝導体の混合状態は多くの人々によって研究されてきた。混合状態の輸送現象は、渦糸と呼ばれる超伝導のトポロジカルな欠陥の運動に依って支配されている。渦糸には他の渦糸からの斥力と不純物等によるランダムポテンシャルが働く。この二つの力の競合を調べることが従来の研究の中心であった。そして近年、混合状態の研究が再び活発に行われるようになったのはJ.G.BednorzとK.A.Mullerによる酸化物高温超伝導体の発見による。高温超伝導は短いコヒーレンス長のためにランダムネスの効果が弱く、転移点が高温でかつ低次元性ために熱揺らぎの効果が大きい。このような要因で、渦糸格子における熱揺らぎに起因する現象が実験的に明かにされてきた。渦糸格子の融解転移はその中でも最も顕著で重要なものであり、本研究はその理論的研究を目的とする。

 3次元的なイットリウム系超伝導体における電気抵抗の実験から磁束格子融解転移は一次転移であると結論され、理論的にも繰り込み群、数値実験の結果がそれを支持している。このように3次元系においてはほぼ見解がまとまっているのに対して2次元系においてはビスマス系超伝導体の実験と共に、渦糸格子融解転移は未解決の問題である。2次元においては3次元よりも熱揺らぎの効果が大きく、有限温度における渦糸格子相の存在すらも自明ではない。一つの可能性は2次元特有のKosterlitz-Thouless(KT)の連続転移であるが、解析的議論では転移の詳細な性質を議論することは難しい。一方、高温からの摂動展開では融解転移の存在を結論することは困難である。前者が低温で良い近似であるのに対して、後者は高温側でのみ正当化されることを考えると、広い温度領域で正当化されるアプローチが重要であり、本研究はモンテカルロ法による数値実験によって、2次元渦糸格子融解転移を調べた。

 本論文ではGinzburg-Landau理論が次の近似の範囲内で扱われている。 1、電磁場の揺らぎを無視する。 2、秩序変数をLandau levelで展開した際にLowest Landau levelの成分のみ考慮する。(強磁場近似)1はGLパラメーターが大きい第二種超伝導体に対して良い近似になる(高温超伝導体はこの中に含まれる)。2は上部臨界磁場近傍の強磁場領域で正当化される扱いである。このとき全ての物理量は規格化された温度tの関数となる。tは平均場近似での転移温度がt=0, 絶対零度がt=-∞となるように規格化されている。このモデルに対してメトロポリス法によってモンテカルロ計算を行った。系のサイズは最大12×12=144本の磁束系であり、Abirikosovの三角格子と整合性のよい境界条件を課した。

 このようにして、内部エネルギー、Abirikosov比、比熱などの温度依存性を計算した。その結果は概ね高温展開の結果と全温度領域で良く一致していて平均場の転移温度t=0では温度に関して滑らかな関数になっていることがわかる。ところがt=-13.4付近を詳しく調べてみると内部エネルギーにヒステリシスが存在することがわかった。これは一次転移を示唆するが、さらにそのことを確かめるために内部エネルギーの緩和過程やヒストグラムの解析(Lee-Kosterlitz法)を行い一次転移であることを結論ずけた。

 さらに一次転移の物理的描像を得るために超伝導秩序変数場のdiffraction patternを調べた。その結果一次転移点の低温側と高温側で顕著な違いが見られた。特に低温側では三角格子に対応する六回対称の鋭いピークがみられた。このピークの高さをサンプルサイズを変えながら調べてそれがサンプルサイズに関して巾的な依存性を持つ事を見いだした。これは低温相で並進秩序に対する相関長が発散していることを意味する。これに対し、転移点以上ではサンプルサイズ依存性を持たず、短距離の相関しか存在しないことがわかった。以上の結果から転移が渦糸格子融解転移であることを結論した。また熱力学極限での融解点はt=-14.3、融解点上でのエントロピーの飛びはvortex一つ当たりS<0.4kBと見積もった。

 最後に実験的に融解転移が観測される可能性について議論されている。実際の系では不純物や格子欠陥などが存在するので、一次転移に対するランダムネスの効果を考慮しなくてはならない。ランダムネスがあるとぎ渦糸格子の並進秩序はラーキン長(Rc)でカットオフされる。転移点直上での並進相関長(T)がT≪Rcを満たせば、一次転移の不連続性が実験で観測されるであろう。この条件は、臨界電流密度Jcに対する条件に書き直すことができて典型的なパラメーターを設定すると、Jc≪104[A/m2]となる。これと現実の値(105[A/m2])とを比較し、現在のところ一次転移を実験で観測するのは困難であろうと結論している。

 以上まとめると本論文は2次元第二種超伝導体における磁束系の融解転移をモンテカルロ計算により数値的に調べたものである。内部エネルギー、Abrikosov比、比熱、構造因子などの物理量を詳細に検討した結果、融解転移は連続転移ではなく一次転移であることを世界で初めて見いだした。本研究は純粋に理論的にもまた実験との関連においても意義深いものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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