学位論文要旨



No 212423
著者(漢字) 泉,弘一
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,コウイチ
標題(和) X線干渉計による核共鳴散乱の干渉
標題(洋) Interference of Nuclear Resonant Scattering Using X-Ray Interferometers
報告番号 212423
報告番号 乙12423
学位授与日 1995.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12423号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊田,惺志
 東京大学 教授 河津,璋
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 石川,哲也
 東京大学 助教授 高橋,敏男
内容要旨

 核のメスバウアー準位を利用した核共鳴散乱X線は、従来の結晶による分光では得られない、超単色なX線であり、放射光を用いれば、パルス性や偏光特性などを兼ね備えたすぐれたX線となる。放射光による核共鳴散乱X線は1983年にChechinらにより初めて検出が報告され、その後いくつかの研究グループによって研究成果が報告されている。しかしながら研究は発展段階にあり、新たな光源としての利用研究は報告されていない。一方、X線干渉計はX線の可干渉性などを調べるのに有効である。本研究ではX線干渉計を用いて、核共鳴散乱に特徴的な干渉を観察する2種の実験を行った。

 第一の実験では、標準的なLLLタイプのX線干渉計の2つの光路上に、それぞれ57Feを富化した核共鳴散乱体を挿入し、時間スペクトルの変化を観察した(図1)。一方の光路上には内部磁場のもたないステンレス箔を、他の光路上には内部磁場の存在する通常の鉄箔を挿入したときの時間スペクトルは、2つの散乱体の核の許されるすべての遷移におけるエネルギーが干渉し、量子うなりが観察される。ここで位相差を変えるためシリコン板を回転していくと、うなりの周期は変化せず、うなりの振幅が変化した。また、鉄箔の代わりにステンレス箔を挿入し、一定の速度で動かすと、ドップラー効果のために、みかけ上遷移エネルギーが変化し、干渉により、うなりを生じる。この場合は、図2に示されるように、位相差の変化に対して、時間スペクトルがシフトしていくのが観察された。この実験はX線における時間領域の干渉を制御可能な方法で行った最初の実験である。

図表図1 実験における干渉計の模式図。 / 図2 観察された時間スペクトル。図のA、B、CおよびDは電子による散乱において位相差がそれぞれ0、/2、、及び3/2に相当する。図の縦軸の原点はずらしてある。

 第二の実験では、核共鳴散乱X線の時間的高可干渉性を観察するために、光路差のある干渉実験を行った。実験にさいし、図3に示した波面分割型のX線干渉計を新たに設計・制作した。距離dだけ隔たったX線束は干渉計内でブラッグ反射を繰り返し、出射面で重ね合わされる。干渉計における光路差は4.2mmである。この干渉計に、57Feを富化したヘマタイト単結晶によって核共鳴ブラッグ散乱したX線を入射させ、位相板を回転して干渉を観察した実験結果を図4に示す。結果は干渉による典型的な正弦曲線を示しており、干渉のビジビリティから光源の大きさを見積もった。この実験は、核共鳴散乱X線を光源として利用した最初の応用実験である。

図表図3 波面分割型X線干渉計の模式図。 / 図4 光路差のある干渉実験で観察された干渉パターン。実線は計算によるフィッティング曲線。
審査要旨

 X線の核共鳴散乱は、きわめて狭いエネルギー幅のX線光子しか散乱に寄与しないため、強度が弱く観察は困難であった。しかし強力なX線源であるシンクロトロン放射(SR)の利用により観測できるようになった。SRによる核共鳴散乱X線は核の励起準位に対応して超単色であり、さらにSRの特徴であるパルス特性、偏光特性および高指向性などを兼ね備えている。これらの特徴を生かして、今まで観ることができなかった散乱の時間遅れのような現象を観察することが可能になった。

 一方X線干渉計は、ボンゼとハートにより光学におけるマッハーツェンダー型に類似の干渉計が開発されて以来、主に位相物体によるわずかな光路の差や結晶格子の歪等による強度の変化が観察されてきた。

 本論文では、高エネルギー物理学研究所にあるTRISTAN入射リングに設置された真空封止型のアンジュレーターより得られる超強力なSRX線を用いて、核共鳴散乱とX線干渉計を組み合わせることにより、今まで観察されなかった新たな干渉現象を観察した実験結果およびその理論的解析を記述している。

 本論文は4章から構成されている。

 第1章は序論である。本論文に関係する研究の基礎的な説明および従来の研究の背景における本研究の位置づけが述べられている。

 第2章は、核共鳴前方散乱X線の時間領域での2つの干渉実験が記述されている。最初の実験では、干渉計の2つの光路上にそれぞれ57Feを富化した鉄箔およびステンレス箔を挿入し、核共鳴前方散乱を起こさせ、異なるエネルギー間での干渉を時間領域で観察した。ステンレス箔は内部磁場をもたないが、鉄箔は内部磁場のため核の準位がゼーマン分裂しており、実験条件から2つのエネルギーの核共鳴前方散乱X線が得られる。ステンレス箔による散乱X線のエネルギーは鉄箔による2つのほぼ中間になり、結局3つのエネルギー間での干渉が時間領域で観察される。この干渉は一種の量子うなりと考えられる。干渉計に挿入した位相板を回転し、光路差を変化させていくと、鉄箔による2つのエネルギーの散乱線による干渉は影響を受けないが、ステンレス箔による散乱線と鉄箔による散乱線との間での干渉は影響をうけ、量子うなりの形状に変化がみられる。つぎの実験では、鉄箔の代わりに、ステンレス箔を挿入し、リニア・モーターで等速運動させてドップラー効果により、見かけ上の共鳴エネルギーをシフトさせている。2つのステンレス箔からの核共鳴散乱X線はエネルギーがわずかにずれているため干渉の結果、時間領域で量子うなりを生じる。位相板の回転により走路差を変化させると、等速運動させたステンレス箔の運動方向に対応して、量子うなりがシフトする現象が観察された。これらの実験は量子うなりの変化を干渉計を用いて観測し、しかもそれが制御可能であることを示したのが特徴である。本論文では、2つの実験結果を踏まえ、干渉計の光路上に核共鳴散乱体を挿入したときにみられる量子うなりを理論的に議論しており、波動場の理論から一般的な式を導出している。

 第3章は、X線における、大きな光路差のある干渉実験が記述されている。核共鳴散乱X線はエネルギー幅が極端に狭いのに対応し、時間的可干渉性が高い。この高可干渉性を観察するために、新たに波面分割型で大きな光路差のあるX線干渉計を設計・製作した。干渉計はブラッグ・ケースの回折を利用するBBBタイプで、3枚の結晶板の間隔を変えることで光路差をつくっている。波面分割型のX線干渉計は従来の振幅分割型の干渉計とは異なる全く新しいタイプの干渉計である。干渉計はSi結晶によってトムソン散乱されたX線を入射させたところ、トムソン散乱X線の時間的可干渉性が低いので、干渉による強度変化は観察されなかった。一方、57Fe2O3(ヘマタイト)結晶の777反射による核共鳴散乱X線を入射線として用いた干渉実験では、光路上に挿入した位相物体の回転による位相のずれに応じて、強度が干渉により変化しているのが観察された。これは核共鳴散乱X線の時間的可干渉性が高いことを示している。得られた干渉曲線を理論的に解析し、空間的可干渉性との関連でアンジュレーター光源の大きさについて議論している。この実験は核共鳴乱X線をプローブとして、核共鳴散乱以外の応用実験に使用した最初のものである。

 第4章は結論である。本研究の結果から得られる結論をまとめている。

 以上を要約するに、著者はX線干渉計と核共鳴散乱X線を用いて、X線における全く新しい干渉現象を観察した。これは物理工学、特にX線の位相光学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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