X線の核共鳴散乱は、きわめて狭いエネルギー幅のX線光子しか散乱に寄与しないため、強度が弱く観察は困難であった。しかし強力なX線源であるシンクロトロン放射(SR)の利用により観測できるようになった。SRによる核共鳴散乱X線は核の励起準位に対応して超単色であり、さらにSRの特徴であるパルス特性、偏光特性および高指向性などを兼ね備えている。これらの特徴を生かして、今まで観ることができなかった散乱の時間遅れのような現象を観察することが可能になった。 一方X線干渉計は、ボンゼとハートにより光学におけるマッハーツェンダー型に類似の干渉計が開発されて以来、主に位相物体によるわずかな光路の差や結晶格子の歪等による強度の変化が観察されてきた。 本論文では、高エネルギー物理学研究所にあるTRISTAN入射リングに設置された真空封止型のアンジュレーターより得られる超強力なSRX線を用いて、核共鳴散乱とX線干渉計を組み合わせることにより、今まで観察されなかった新たな干渉現象を観察した実験結果およびその理論的解析を記述している。 本論文は4章から構成されている。 第1章は序論である。本論文に関係する研究の基礎的な説明および従来の研究の背景における本研究の位置づけが述べられている。 第2章は、核共鳴前方散乱X線の時間領域での2つの干渉実験が記述されている。最初の実験では、干渉計の2つの光路上にそれぞれ57Feを富化した鉄箔およびステンレス箔を挿入し、核共鳴前方散乱を起こさせ、異なるエネルギー間での干渉を時間領域で観察した。ステンレス箔は内部磁場をもたないが、鉄箔は内部磁場のため核の準位がゼーマン分裂しており、実験条件から2つのエネルギーの核共鳴前方散乱X線が得られる。ステンレス箔による散乱X線のエネルギーは鉄箔による2つのほぼ中間になり、結局3つのエネルギー間での干渉が時間領域で観察される。この干渉は一種の量子うなりと考えられる。干渉計に挿入した位相板を回転し、光路差を変化させていくと、鉄箔による2つのエネルギーの散乱線による干渉は影響を受けないが、ステンレス箔による散乱線と鉄箔による散乱線との間での干渉は影響をうけ、量子うなりの形状に変化がみられる。つぎの実験では、鉄箔の代わりに、ステンレス箔を挿入し、リニア・モーターで等速運動させてドップラー効果により、見かけ上の共鳴エネルギーをシフトさせている。2つのステンレス箔からの核共鳴散乱X線はエネルギーがわずかにずれているため干渉の結果、時間領域で量子うなりを生じる。位相板の回転により走路差を変化させると、等速運動させたステンレス箔の運動方向に対応して、量子うなりがシフトする現象が観察された。これらの実験は量子うなりの変化を干渉計を用いて観測し、しかもそれが制御可能であることを示したのが特徴である。本論文では、2つの実験結果を踏まえ、干渉計の光路上に核共鳴散乱体を挿入したときにみられる量子うなりを理論的に議論しており、波動場の理論から一般的な式を導出している。 第3章は、X線における、大きな光路差のある干渉実験が記述されている。核共鳴散乱X線はエネルギー幅が極端に狭いのに対応し、時間的可干渉性が高い。この高可干渉性を観察するために、新たに波面分割型で大きな光路差のあるX線干渉計を設計・製作した。干渉計はブラッグ・ケースの回折を利用するBBBタイプで、3枚の結晶板の間隔を変えることで光路差をつくっている。波面分割型のX線干渉計は従来の振幅分割型の干渉計とは異なる全く新しいタイプの干渉計である。干渉計はSi結晶によってトムソン散乱されたX線を入射させたところ、トムソン散乱X線の時間的可干渉性が低いので、干渉による強度変化は観察されなかった。一方、57Fe2O3(ヘマタイト)結晶の777反射による核共鳴散乱X線を入射線として用いた干渉実験では、光路上に挿入した位相物体の回転による位相のずれに応じて、強度が干渉により変化しているのが観察された。これは核共鳴散乱X線の時間的可干渉性が高いことを示している。得られた干渉曲線を理論的に解析し、空間的可干渉性との関連でアンジュレーター光源の大きさについて議論している。この実験は核共鳴乱X線をプローブとして、核共鳴散乱以外の応用実験に使用した最初のものである。 第4章は結論である。本研究の結果から得られる結論をまとめている。 以上を要約するに、著者はX線干渉計と核共鳴散乱X線を用いて、X線における全く新しい干渉現象を観察した。これは物理工学、特にX線の位相光学の発展に貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |