学位論文要旨



No 212424
著者(漢字) 山田,容士
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヤスジ
標題(和) YBa2Cu3O6+x単結晶の結晶成長に関する研究
標題(洋)
報告番号 212424
報告番号 乙12424
学位授与日 1995.07.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12424号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 北澤,宏一
 宇宙科学研究所 教授 栗林,一彦
内容要旨

 酸化物高温超伝導体、特にYBa2Cu3O6+xの発見以来、液体窒素温度以上の高温での超伝導現象を利用する超伝導電子デバイスを最終的な目的とした、バルク体や薄膜の電子物性の測定、微細構造の作製技術の開発など、種々な研究が盛んに行われている。これらの研究の背景には、近年の情報化社会の高度化に伴うコンピュータシステムの巨大化を背景とした高速度低消費電力の論理回路や、信頼性の高い大電力用の固体素子の開発などの要求がある。これらの研究を遂行するためには単結晶が不可欠であるが、良質の大型単結晶の作製が困難である事が、研究の進展を遅らせている要因として指摘されている。また、薄膜単結晶の作製も試みられているが、ホモエビタクシー用の基板となる酸化物高温超伝導体のバルク単結晶体がないことにより、ヘテロエピタクシー成長が余儀なくされており、このことが良質薄膜単結晶の作製を困難としている。したがって、良質大型単結晶の作製法を確立することは、物性研究と超伝導電子デバイスを目指す研究の第一歩である。

 本論文は、工業的に有利である溶液引き上げ法を用いたY123単結晶の作製法の研究に関するものである。

 Y123単結晶の作製法の確立においては、るつぼの選択と系の安定性の追求が重要である。なぜなら、BaO-CuO系の溶媒を用いたY123単結晶の育成おいては、るつぼに起因する溶液の流れだし、不純物の混入、溶液組成の変化などの問題が生じているからである。結晶育成用ののるつぼとして要求される性質は、

 1.溶液がるつぼから流れ出さない

 2.るつぼ構成元素が溶液中に溶け出さない

 3.溶液とるつぼ材との反応生成物を形成しない

 の3点である。しかしながら、上記2点を完全に満足するるつぼの報告はない。そこで、Y123単結晶成長用のるつぼとしての良否を判定するために、種々のるつぼを用いて結晶育成条件に近い状態で溶液を保持した時、次の2つの条件

 3.Y123結晶相が生成する

 4.溶液の性質、特に、見掛けの粘性が変化しない

 を満たすかどうかを調べた。

 評価に用いたるつぼは、それぞれ、高純度イットリアるつぼ(純度99.9%)、緻密質イットリるつぼア(純度99.5%+0.5w%TiO2)、マグネシアるつぼ(純度99.9%)、アルミナるつぼ(純度99.5%)、白金るつぼ、イットリア安定化ジルコニアるつぼ(組成ZrO2+8%Y2O3)、カルシア安定化ジルコニアるつぼ(組成ZrO2+8%CaO)、カルシアるつぼ(純度99.9%)の7種類であった。試験結果を表1に示す。

表1 るつぼ評価試験の結果

 総合的に判断して、緻密質イットリアるつぼが、溶液引き上げ法用のるつぼとして、現在人手可能なるつぼのなかで最適であると考えられ、以後の結晶成長実験は緻密質イットリアるつぼを用いて行った。

 Y123相の大型単結晶の作製には、原料供給過程を有した温度差溶液引き上げ法が適していると考えられる。しかしながら、この方法では、Y123単結晶の連続成長に必要な系の安定性を維持する点に解決すべき研究課題がある。系の安定性とは、初晶としてのY123結晶相の晶出と、Y123結晶相の核発生の制御性を意味している。そこで、これらに有効な炉構造を構築すると同時に、溶液の状態自体がより安定化するような、今までには報告されていない新しい溶質と溶媒の組合せにより、連続成長を達成した。

 成長している結晶に溶質を供給する方法として、るつぼの底に設置した溶質供給物質から、対流により輸送する方法を採用した。るつぼには、底の方が液面に比べて10℃程度高温となるような温度差を付けた。るつぼ内に保持された溶液は二層に分けられ、上の層は溶液であり、下の層は溶質供給物質であるY211結晶相の沈殿層とした。炉内構造を最適化させることにより、安定した連続成長が可能となった。また、溶質供給物質をY123結晶相ではなく、Y211結晶相を採用したことにより、液表面におけるY123結晶相の浮遊量を低減することができた。

 本作製法では、溶質移動過程は、るつぼ底のY211相の溶質溶解過程、高濃度の溶液のるつぼ底から表面への対流輸送過程、および、結晶界面近傍での境界層内拡散過程の3つに分解できる。これらの過程を平衡状態図上で論ずることにより、溶媒が十分存在するときは、Y211相からの溶質の供給が持続する限り、初晶としてのY123相結晶の成長が持続することが示された。

 溶媒として、BaOとCuOとのモル比が37.5対62.5のもの(37.5BaO-62.5CuO)と、28.5対71.5(28.5BaO-71.5CuO)のものを試みた。この両者とも結晶成長が可能であったが、最適成長温度は、それぞれ、1000℃、980℃と異なっていた。この違いは平衡状態図からの情報と一致している。

 このような作製法を用いることにより、c-軸方向、a-軸方向とも10mm以上のY123大型単結晶を連続的に育成する方法を確立した。成長した結晶は、ファセット面を有しており、面方位は、{100},{101},{001}面であった。これらの面上には、成長ステップが観察された。

 成長結晶表面の、{100},{001},{101}面のファセット面は、PBCモデルにより理論的に予想されていたファセット面と一致していた。{100}面と{001}面の成長速度がほぼ等しい場合と、{100}面の方が{001}面の成長速度より2〜6倍程度速い場合が観察された。後者の場合、面方位による成長速度の違いは、PBCモデルや点電荷モデルにより導かれた付着エネルギーが、面の成長速度に比例しているとして求められた理論上の成長形に比較的近いことが明らかとなった。

 (001)面上の成長ステップは、正方形のラセン成長ステップであった。また、(100)面上に成長ステップも、ラセン成長ステップであると考えられた。したがって、本成長法での結晶は、ラセン成長に代表される沿面成長により成長しており、付着成長による成長ではないことが確認された。

 (001)面上の正方形のラセン模様のステップ間隔は、約500nmであった。この間隔は典型的な気相成長法により作製されたY123結晶で観察されるものと比べて10倍程度長かった。このことより、本方法で作製された結晶は、気相成長法のものと比べて、数10分の1以下の低い過飽和度により成長したと結論される。

 (100)面上では、楕円形、および、多角形の成長ステップが観察された。(001)面上の直線状のステップに対して、(100)面での曲線状のステップの出現は、それぞれの面の因子の違いとして理解できた。さらに、(001)面上の表面形態が平坦であるのに対して、(100)面上の表面形態の多様性は、二つの面の因子の違いと過飽和度に対する面の安定性を考慮することにより理解された。

 {100}面上のステップの形状を説明するために、結晶構造より決定される付着エネルギーを用いて、ステップ前進速度を決定する因子を仮定した。この因子は、ステップを形成している2つの面の付着エネルギーの和をもって定義した。ステップの前進速度がこの因子に比例していると考えると、{100}面上の多角形の成長ステップの形を比較的良く説明できた。

 以上の表面形態の特徴は、本作製法による結晶は、結晶学的な特異面を有して成長する傾向が強いことを意味している。このことは、成長界面は、結晶成長条件の擾乱に対する自己安定性を有しているとみなせ、結晶成長条件の最適化が容易となるものと期待される。

 溶液引き上げ法による結晶育成では、結晶成長速度と引き上げ速度を同期させることが必要である。そのためには、結晶成長速度を評価することが重要であるが、Y123結晶の成長速度に影響を及ぼす素過程として、次の3つが考えられる。

 1.抜熱過程

 2.溶質移動過程

 3.界面成長カイネティクス過程

 この3つの過程は物理的に全く独立でありながら、全ての過程が全く同じ結晶成長速度を与えなければならない性格のものである。したがって、結晶成長速度を評価するためには、これらの過程のどれか一つが正確に見積もれればよい。

 この中で、溶質移動過程は、流体力学的取り扱いを行うことにより、定式化されている。そこで、溶質移動過程に注目して結晶成長速度を評価した。さらに、溶質移動過程と界面成長カイネティクス過程は、溶質の流れとして直列につながる過程であるので、本結晶成長法における両過程の成長速度に対する寄与を評価した。回転している成長結晶近傍の溶液の流れは、近似的にChocran流れを形成していると考えられるので、Burton et al.の濃度境界層厚みの解析方法を適用した。

 結晶の回転数が120rpmの時、濃度境界層厚みは45mと評価された。実験からの成長速度0.1mm/h=3x10-6cm/sと、評価された濃度境界層厚みを用いて、界面における溶液中の溶質濃度Ciはイットリウム濃度として0.64at% of Yと決定された。溶解度曲線より求められた界面での平衡濃度CL(Ts)と濃度境界層の外側の濃度CL(Tb)を用いて、結晶成長速度に対する抵抗として作用する溶質移動過程と界面成長カイネティクス過程の影響の比を、対応する濃度の比として求めると、

 

 であった。これより、界面成長カイネティクス過程の抵抗としての影響の方が大きいことが分かった。

 過飽和度から成長速度を与える典型的なラセン成長の表式と、実験結果を比較することにより、過飽和度と成長速度の関係式を得た。この関係式より、成長速度は結晶の回転数に対して大きく影響を受けないことが結論された。

 溶質移動過程が律速過程となる場合の最大成長速度は、1.3x10-5cm/s=0.4mm/hと評価され、成長条件により成長速度を大幅に向上させることは困難であると考えらる。

 本作製法の結晶は、90K程度の転移温度を有する超伝導体であることが、電気伝導度、及び、磁化の温度依存性より明らかとなった。

 77KにおけるM-H曲線のヒステリシスより評価された臨界電流密度は、零磁場近傍をのぞいて、約1000A/cm2であった。この値は溶融凝固法により作製した値より充分に小さく、結晶欠陥の少ない結晶であると結論された。

 試料中の酸素量を変化させることにより超伝導転移温度、および、電気的な異方性が変化すること、結晶欠陥が少ないと考えられることより、本結晶成長法によるY123単結晶は、電子デバイス用の結晶としてのポテンシャルを有していると結論される。

審査要旨

 酸化物高温超伝導体,特にYBa2Cu3O6+x(以下に123相と略記)の発見以来,液体窒素温度以上の高温での超伝導現象を利用する超伝導電子デバイスを最終的な目的とした種々な研究が盛んに行われている。これらの研究を遂行するためにも,またデバイスを得るためにも単結晶が不可欠であるが,良質の大型単結晶の作製が困難であることが,研究の進展を遅らせている要因として指摘されている。したがって,良質大型単結晶の作製法を確立することは,物性研究と超伝導電子デバイスを目指す研究の第一歩である。本論文は,融液引上げ法を用いた123相単結晶の作製法,微視的ならびに巨視的成長機構,超伝導特性の研究に関するもので6章よりなる。

 第1章は序論であり,本研究の背景と目的を述べた。

 第2章は123相単結晶の連続作製法について述べた。1)るつぼの選択,2)包晶系への温度差融液引上げ法の適用ならびに溶媒組成の最適化,3)系の安定性の追求,を通じ単結晶の引上げに成功した。るつぼの選択については,融液の流れ出し,るつぼからの不純物の混入,融液とるつぼ材との反応,融液組成の変化による融液の性質,特に,見掛けの粘性の変化などの問題が生じないことが要求される。種々のるつぼを用いて結晶育成条件に近い状態で融液を保持した時,るつぼの耐久性,初期凝固相,見掛けの粘性の時間変化から,るつぼを評価した。総合的に判断して,緻密質イットリアるつぼが,融液引上げ法用のるつぼとして,現在入手可能なるつぼのなかで最適であると考えられた。

 状態図によれば,123相は高温相であるY2BaCuO5相(以下211相と略記)と融液が包晶反応によって生成される。そこで,るつぼ下部を高温にして211相を設置し,これを溶解させることで,成長している123相結晶に溶質を供給した。しかも,予め溶媒として,BaOとCuOとのモル比が37.5対62.5のもの(37.5BaO-62.5CuO)とすると,この融液組成は123相と211相を結ぶ組成の直線上にあり,123相の晶出に伴い融液組成は変化しない。すなわち,包晶反応が進行しても211相+L(37.5BaO-62.5CuO)→123相の関係は保持される。今までに報告されていない新しい溶質と溶媒の組合せにより,初晶としての123相の晶出を安定に維持できた。さらに,炉内構造を最適化させることにより123相の核発生を制御した。この方法によって,c-軸方向,a-軸方向とも10mm以上の123相大型単結晶を連続的に育成する方法を確立した。成長した結晶は,ファセット面を有しており,面方位は,{100},{101},{001}面であった。これらの面上には,成長ステップが観察された。

 第3章は結晶の表面形態をSEM・AFMにより観察し成長機構を検討した。前章でえられたファセット面はPBC(Periodic Bond Chain)モデルにより理論的に予想されていたものと一致していた。{100}面と{001}面の成長速度がほぼ等しい場合と,{100}面の方が{001}面の成長速度より2〜6倍程度速い場合が観察された。後者の場合,面方位による成長速度の違いは,PBCモデルや点電荷モデルにより導かれた付着エネルギーが,面の成長速度に比例しているとして求められた理論上の成長形に比較的近いことが明らかとなった。

 (001)面上の成長ステップは,正方形のラセン成長ステップであった。また,(100)面上の成長ステップも,ラセン成長ステップであると考えられた。したがって,本成長法での結晶は,ラセン成長に代表される沿面成長により成長しており,付着成長による成長ではないことが確認された。(001)面上の正方形のラセン模様のステップ間隔は,約500nmであった。この間隔は典型的な気相成長法により作製された123相結晶で観察されるものと比べて10倍程度長かった。このことより,本方法で作製された結晶は,気相成長法のものと比べて,数10分の1以下の低い過飽和度により成長したと結論される。

 (100)面上では,楕円形,および,多角形の成長ステップが観察された。(001)面上の直線状のステップに対して,(100)面での曲線状のステップの出現は,それぞれの面のJacksonの因子の違いとして理解できた。さらに,(001)面上の表面形態が平坦であるのに対して,(100)面上の表面形態の多様性は,二つの面の因子の違いと過飽和度に対する面の安定性を考慮することにより理解された。(100)面上のステップの形状を説明するために,ステップ前進速度を決定する因子を,ステップを形成している2つの面の付着エネルギーの和をもって定義した。ステップの前進速度がこの因子に比例していると考えると,(100)面上の多角形の成長ステップの形を比較的良く説明できた。

 第4章では溶質移動と結晶成長速度を検討した。融液引上げ法による結晶育成では,結晶成長速度と引上げ速度を同期させることが必要である。そのためには,結晶成長速度を評価することが重要であるが,123相の成長速度に影響を及ぼす素過程として,次の3つが1)抜熱過程,2)溶質移動過程,3)界面成長力イネティクス過程,考えられる。

 この3つの過程は物理的に全く独立でありながら,定常成長では全ての過程が全く同じ結晶成長速度を与えなければならない性格のものであり,したがってそのうち一つがわかれば成長速度が評価できる。

 この中で,溶質移動過程は,回転している成長結晶近傍の融液の流れを近似的にChocran流れを形成していると考え,Burton et al.の濃度境界層厚みの解析方法を適用し,溶質移動過程に注目して結晶成長速度を評価した。さらに,溶質移動過程と界面成長カイネティクス過程は,溶質の流れとして直列につながる過程であるので,本結晶成長法における両過程の成長速度に対する寄与を評価した。

 実験からの成長速度と,評価された濃度境界層厚みを用いて,界面における融液中の溶質濃度Ciは決定される。溶解度曲線より求められた界面での平衡濃度CL(TS)と濃度境界層の外側の濃度CL(Tb)を用いて,結晶成長速度に対する抵抗として作用する溶質移動過程と界面成長カイネティクス過程の影響の比を,対応する濃度の比として求めると,20:80であった。これより,界面成長カイネティクス過程の抵抗としての影響の方が大きいことが分かった。

 過飽和度から成長速度を与える典型的なラセン成長の表式と,実験結果を比較することにより,過飽和度と成長速度の関係式を得た。この関係式より,成長速度は結晶の回転数に対して大きく影響を受けないことが結論された。 溶質移動過程が律速過程となる場合の最大成長速度は,0.4mm/hと評価され,成長条件により成長速度を大幅に向上させることは困難であると考えられる。

 第5章では本作製法でえられた結晶の超伝導特性を検討した。91K程度の転移温度を有する超伝導体であることが,電気伝導度,及び,磁化の温度依存性より明らかとなった。77KにおけるM-H曲線のヒステリシスより評価された臨界電流密度は,零磁場近傍をのぞいて,約1000A/cm2であった。この値は溶融凝固法により作製した値より充分に小さく,結晶欠陥の少ない結晶であると結論された。

 第6章は本論文の結論である。

 以上を要するに本論文はYBa2Cu3O6+x結晶の引上げ法を考案して大型単結晶の連続引上げに成功し,その結晶成長過程を明らかにしたもので,材料工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50954