多結晶金属材料の粒界近傍の局所的な化学組成がバルク値からずれる現象を粒界偏析という。粒界偏析は、粒界だけでなく材料自体の性質にも影響を及ぼし、実用上も重要な現象であるが、その詳細については明らかになっていない点も多い。この現象が原子レベルのものであることがその一因と考えられる。 本研究の目的は粒界偏析挙動におよぼす粒界構造、温度、合金元素の影響について主に原子レベルの計算機シミュレーションで明らかにすることである。さらにシミュレーション結果はアトムプローブによる粒界偏析の実験結果と比較した。 シミュレーションは挿入原子法(EAM)ポテンシャルを用いたモンテカルロ(MC)法で行った(図1)。Pt・Au・Ni・Cuが構成元素のFCC置換型二元合金系の[001]ねじれ粒界が対象である。 図1.MCシミュレーションの概要。 粒界の構造と偏析挙動の関係を調べるために、ねじれ角を0〜45度まで変えたPt-1at.%Au合金の一連のモデル粒界についてMCシミュレーションを行った。ねじれ角と偏析量の関係を図2に示す。いづれのねじれ角でも粒界をはさむ二枚の(002)面でのみAuの偏析が起こっている。ここでこの二枚の(002)面でのAuの濃度と母相のAuの濃度との比を偏析度Sとして定義すると、ねじれ角とSの間には各温度で以下の関係が成り立つことが図3よりわかる。 偏析度がねじれ角とともに単調に増加し値依存性は見られないことをこの式は示している(ただし5で若干のカスプが認められる)。溶質原子(Au)の偏析が界面を一次転位網の転位芯と整合領域に二分する単純な粒界モデルで、偏析が転位芯のみで起こると仮定すれば(1)式を導くことができる。ねじれ角とともに偏析量が増加するのは、転位芯での偏析度(Score)は変化しないが転位芯の領域がsin(/2)に従って増加するためと解釈できる。このような単純なモデルでシミュレーションの結果を説明できるのは驚くべきことである。 図2. (002)原子面上のAu濃度分布(MCシミュレーション)。縦軸は各(002).面上のAu濃度、横軸は粒界面に垂直な方向に沿った距離。粒界面を矢印で示す。T=850K。図3.Sとsin(/2)の関係。 このモデルで物理的に意味を持つのはScoreである。850-1900Kのシミュレーションにより、Scoreの温度依存性は次のMcLeanの式で表されることが明らかになった。 偏析挙動と合金元素の関係を明かにするために、Pt-1at.%Au・Pt-1at.%Ni・Ni-1at.%Pt・Ni-1at.%Cu・Cu-1at.%Niの5種類のFCC二元合金の5粒界でMCシミュレーションを行った。表1に示すように合金元素によって偏析度がは大きく異なっている。とくにCu-1at.%Ni合金では粒界で溶質原子の欠乏が起こっている(負の偏析)。この挙動を説明するために二元合金の5粒界の粒界偏析を記述する熱力学モデルを作成し、界面に平行な(002)面上での溶質原子濃度(Cp:p=1,2,3,・・・)を未知数とする次の基本方程式を導いた。 ここでV・・H・Zはそれぞれ合金のクラスタリングの傾向・合金元素の表面張力の差・溶質原子と溶媒原子の原子半径の差に起因するサイズ項・粒界の構造パラメータである。これらが偏析を起こす要因である。この方程式を解いて得た偏析度を表1に示す。MCシミュレーションの結果と傾向は一致している。とくにCu-1at.%Ni合金での負の偏析を再現しており、このような比較的単純な熱力学的モデルでも偏析現象をうまく記述できることが分かる。さらに、各合金の偏析挙動と合金の熱力学パラメーターの関係を詳細に検討するとMCシミュレーションではわからなかったそれぞれの合金の偏析の駆動力を明らかにできる(表1)。 表1.偏析度の熱力学モデル(式(3))とMCシミュレーションの結果。 ここまでのシミュレーションの妥当性を検討するためアトムプローブ電界イオン顕微鏡(AP-FIM)を用いてPt-3at.%Ni合金の5粒界について実験的に粒界化学組成を測定した。AP-FIMは、組成分析では粒界偏析の観察に十分な空間分解能を持つが、粒界偏析観察用の試料の作成が難しく、粒界偏析観察は困難であった。ここでは透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて粒界を観察しながら針状試料を精密研磨する方法で粒界観察が可能な試料を作成し、粒界偏析を確認することができた。AP-FIM測定結果とともに、実験対象の粒界と同じ構造のモデル粒界に対するMCシミュレーションの結果を表2に示す。両者の結果はよく一致している。 表2.Pt-3at.%Ni合金の5粒界の粒界近傍のNi濃度。アトムプローブ実験とシミュレーションの結果。 本研究では粒界偏析挙動におよぼす粒界構造、温度、合金元素の影響について主に計算機シミュレーションによって原子レベルで明かにした。シミュレーションの結果は粒界を整合領域と非整合領域に二分するモデルと界面での原子間の結合数を考慮する熱力学モデルでよく説明できた。さらにシミュレーションの結果が実験とよく一致したことは本研究で用いたEAMモンテカルロシミュレーション手法が材料科学における原子レベルでの現象解明に有効であることを示したといえる。 |