内容要旨 | | 近年開発が進められているチタン合金,セラミックス,各種複合材料などの先端材料は,極低温や超高温などの環境で用いられる場合が多いため,信頼性の確保が重要な課題となっている。信頼性の向上は,材料設計の観点からは,高靭性の材料を開発することにあり,そのためには,微視破壊機構を明確にしつつ靭性向上の手法を確立する必要がある。微視破壊機構の解明には,個々の微視割れを動的に観察する必要があり,非破壊的な微視割れ定量評価技術が重要になる。本研究の主題であるAE(アコースティックエミッション)法は,微視割れを高感度で動的に検出できる唯一の非破壊検査法である。特にAE原波形解析法は,微視割れの大きさ,生成時間,割れモード,割れ面の方向などを定量的に評価するとができる。しかし,従来のAE計測装置では,データ収録速度が遅い,データ収録容量が少ない,煩雑な人手操作が必要となり解析に長時間を要する,大型計算機を必要とするなど実用性の面で問題があり,AE原波形解析法の材料評価への本格的な応用は今後の課題となっていた。 そこで,筆者は,破壊のユニットである個々の微視割れの特性を高速かつ高精度で計測し,材料の定量的非破壊評価を可能にするAE原波形解析システム"Dynamic Crack Microscope(DCM)"を開発した。さらに,DCMを用いて各種チタン合金の微視破壊機構の検討を行い,本装置の有用性を検証した。 本システムは,AE波形をA/D変換器でデジタル値に変換し,デジタル信号処理による高精度の計測を実現した新しい概念のAE装置である。システムは6チャンネル構成で,センサーからの信号をデジタル値に変換するための高速A/D変換器と,波形データからAEパラメータを抽出するためのDigital Signal Processor(DSP)をチャンネル毎に独立して持つ分散処理とした。さらに,一次抽出されたAEパラメータから割れのリアルタイム位置標定を行うホストDSPを搭載し,さらに試験片の応答関数を計算するために新たに開発した並列処理装置を搭載した。DCMでは,CPUノンウェート制御方式の開発により従来の約100倍の収録速度を達成するとともに,汎用の半導体メモリを採用することで高速・大容量の収録を可能にした。また,AEの到達時刻を高精度で検出する波形解析アルゴリズムの開発と高速A/D変換器によるサンプリングの時間分解能の向上により,高精度の位置標定を実現した。さらに,高精度原波形解析ソフトを搭載し,割れの大きさ,生成時間,モード,方向の高速・高精度計測を実現した。ここで,高精度原波形解析に必要となる応答関数の計算には,従来は大型計算機が不可欠であり,実用性に問題があった。本研究では,これを解決するためにパーソナルコンピュータ(PC)内蔵型のマイクロプロセッサ(MPU)を複数個用いて並列動作させることにより,弾性波動伝播の計算を高速で実行する並列処理装置を開発した。次に,波動伝播の並列計算アルゴリズムとして,解析領域を小領域に分割して複数のMPUに割り付け,MPU相互間の通信により境界データの交換を行いながら各領域の差分計算を実行する並列差分プログラムを開発し,応答関数の高速演算を可能にした。これにより,高精度原波形解析の実行がPC上で初めて可能になった。 つづいて,新規に開発したDCMを代表的な3種類のチタン合金の破壊靭性試験に適用し,材料評価における本システムの有用性を検証した。 まず,+型のTi-6Al-4V合金(等軸組織材)の不純物を低減したELI材の破壊靭性試験にDCMを適用し,不純物低減による靭性向上のメカニズムを検討した。AE原波形解析および破面解析の結果,高靭性のELI材では低荷重から予き裂先端部に多数の微視割れが生成し,これらの微視割れが板厚方向に合体してき裂進展が開始することが明らかになった。一方,標準材では最大荷重以前に微視割れの発生は観察されなかった。これらの結果から,ELI材の高靭性は,微視割れの生成によるき裂先端部の応力集中の緩和と微視割れが合体するときに示す塑性変形量の増大によると結論された。 次に,針状相の形態が異なる3種類のTi-6Al-4V合金の破壊靭性試験にDCMを適用し,針状組織の形態と微視破壊過程および破壊靭性の関係を検討した。本合金の破壊靭性は,針状組織が粗大になるほど高くなった。AE計測の結果,破壊靭性が高い試料ほど微視割れが主き裂面から離れて発生する傾向があった。AE原波形解析の結果,微視割れは大きさが50〜150mで生成速度が速いタイプIの割れと,割れの規模が大きく,速度が遅いタイプIIの割れに分類された。破面解析および延性破壊モデルより,本合金では,予き裂先端にタイプIの微視割れが発生し,予き裂先端からコロニーのサイズに相当する部分が破断ひずみに達したときに,微視割れが板厚方向に合体して主き裂が進展することが明らかになった。なお,タイプIIの割れは微視割れの合体に対応すると考えられた。粗大針状組織の高靭性は,粗大化した針状相界面が微視割れの合体に対して障害になること,広範囲に分散して発生する微視割れが合体するときに高いエネルギが要求されることなどによると結論された。 つづいて,Near型のTi-8Al-1Mo-1V合金の針状組織材と等軸組織材の破壊靭性試験にDCMを用い,微視破壊機構の解明と破壊靭性の定量評価を行った。針状組織材の破壊靭性は,等軸組織材に比べて約3倍の高い値を示した。DCMによる解析の結果,高靭性の針状組織材では低荷重から予き裂先端部で多数の微視割れが生成することがわかった。針状組織材の破壊過程では,予き裂先端に引張りとせん断の混合モードで微視割れが発生し,これらの微視割れがせん断モードで板厚方向に合体することにより主き裂が進展することが明らかになった。また,AE原波形解析の結果に基づいて評価した特性距離を延性破壊モデルに適用することにより,本合金の破壊靭性が定量的に評価され,針状組織材ではコロニーの大きさが,等軸組織材では初析相の大きさが,それぞれの破壊靭性に関与していることが明らかになった。 最後に,高強度高靭性の型チタン合金のTi-15V-3Cr-3Al-3Sn合金についてDCMによる微視破壊機構の検討を進め,本合金の靭性向上機構を明らかにした。Ti-15V-3Cr-3Al-3Sn合金の破壊靭性は,同一強度のTi-6Al-4V合金(等軸組織材)より約1.7倍の高い値を示した。AE計測の結果,本合金ではKQ以前に予き裂前縁に多数の微視割れが発生することがわかった。AE原波形解析によると,本合金で発生した微視割れは,大きさが20〜70mで生成速度が速いタイプIの割れと,大きさが60〜140mで生成速度が遅いタイプIIの割れに分類された。破面解析および延性破壊モデルより,本合金では,予き裂先端にタイプIの微視割れが発生し,特性距離として粒のサイズに相当する部分が破断ひずみを越えたときに,微視割れが板厚方向に合体してき裂進展が開始することが明らかになった。なお,タイプIIの割れは微視割れの合体に対応すると考えられた。Ti-15V-3Cr-3Al-3Sn合金の高靭性は,予き裂先端での微視割れの生成による応力集中の緩和と,微視割れを連結しながらき裂が屈曲して進行するときに高いエネルギが要求されるためと結論された。 以上に示したとおり,本システムの開発により,AE原波形解析が実用性のある一般的手法として利用できるようになり,材料試験中における微視割れの動的定量評価を可能にした。さらに,これにより材料の微視組織因子と微視破壊機構および破壊靭性の定量的な関連づけが容易になり,微視割れ評価に基づく破壊靭性の定量評価という材料開発における新たなアプローチを可能にした。 |