審査要旨 | | 親潮は,北太平洋亜寒帯循環の西端部を形成する強流であり,その流路や強さの変化は亜寒帯海洋の大きな特徴であるとともに,海水の輸送と周辺海水との混合を通して,亜寒帯水の特性や水塊の形成にも大きな役割を果たしている。本論文は,北海道水産研究所が著者を中心に蓄積してきた西部亜寒帯域の観測データを解析し,親潮の流路を精密に調べ,水塊特性(水温と塩分の特徴)の空間分布,および西部亜寒帯水が親潮に運ばれながら変質していく過程を詳しく調べたものである。変質を重ねた西部亜寒帯水が親潮によって運ばれ,混合水域と呼ばれる親潮と黒潮続流の間の海域で黒潮水と混合し,北太平洋を代表する水塊である北太平洋中層水を形成する一連の過程についても議論している。 本論文は6章からなる。第1章は,論文全体の導入部であり,亜寒帯循環と西部亜寒帯水の特性についてまとめ,本論文の構成を説明している。親潮は千島列島の近くや北海道・東北地方の岸近くを流れ,流速の鉛直変化は小さく,流路や渦の時間変化が大きいので,水温や塩分を十分岸近くかつ深くまで短期間に測定する必要がある。こうした点に注意して観測を行い,そのデータを解析することで初めて親潮を精確に調べることができた。本研究で使ったこのような観測とデータが,第2章で説明されている。第3章と第4章は,親潮の運ぶ西部亜寒帯水の変質過程を調べた章で,本論文の中心である。それぞれの章で,千島列島域におけるオホーツク海水との混合による変質と北海道・東北地方近海における親潮水の変質を詳しく調べている。第5章では,このような変質を経た親潮水が混合水域で黒潮水と接触し,塩分極小層で特徴づけられる北太平洋中層水を形成する過程について調べた。第6章は,本論文全体の結論である。 本論文で明らかにされた親潮の分布と水塊の変質過程は,以下のように要約できる。 オホーツク海水が流出しているとされてきた千島列島中央部のブッソル海峡では,流出流はほとんどないか,あっても非常に弱い。また,親潮はブッソル海峡と北海道の間で2本の流れに分かれ,千島列島側の主流部は列島沿いに南西向きに流れて北海道に達し,沖側の部分は分岐して南東に向きを変える。主流部は東北地方東岸で向きを変え,親潮フロントに沿って東向きに流れ,分岐流と合流する。また,ブッソル海峡の南東域と色丹島の南東域に時計回りの渦が存在し,親潮はそれを迂回して流れる。渦の数は時によって異なり,2つの時もあればどちらか一方の時,さらには全くない時もある。しかし,渦の位置はこの2カ所にほぼ限られているようである。 親潮の運ぶ西部亜寒帯水は,オホーツク海の低温低塩分水と混合し変質する。その混合は,ブッソル海峡とその北方海域における親潮の千島列島側で顕著に起きている。変質した西部亜寒帯水は親潮水と呼ばれ,親潮の主流によって北海道・東北地方近海に運ばれる。親潮の沖側分岐流の運ぶ水は,変質前の西部亜寒帯水とほとんど変わらない。 親潮の運ぶ親潮水の性質は,津軽暖流水の影響を受けるごく表層を除くと,ブッソル海峡の南から東北地方沿岸の北緯39度付近にかけてほとんど変化しない。大きな変質は,親潮が東北地方の沿岸から離岸し,親潮フロントに沿って400kmほど東流する間に起きる。黒潮水との混合によるもので,その結果塩分は増加し,ポテンシャル密度()26.8付近に塩分極小構造ができる。変質した親潮水は,親潮フロントに沿って東方に運ばれる。 塩分極小構造は,親潮フロント南の混合水域で顕著にみられ,北太平洋中層水の主な起源と考えられている。黒潮水に対する親潮水の混合比率は概ね北向きに増大し,その増加率はフロントで大きい。26.8よりも深い等密度面では黒潮フロントで,浅い面では親潮フロントで変化が特に大きい。比率の鉛直変化をみると,塩分の高い黒潮水の比率が,塩分極小の存在する26.8より浅い層で急激に大きくなっている。等密度面に挟まれた層の厚さを6回の観測について平均すると,親潮では26.8を境にそれよりも浅い層で急激に薄くなり,流量も急激に減少している。そのため,26.8よりも浅い層では,混合水域への親潮水の供給が小さく,相対的に黒潮水の影響が強くなって高塩分水となり,26.8付近に塩分極小の形成されることが示唆された。 このように,親潮と西部亜寒帯域の水塊に関する多くの重要な知見を得た。なお,本論文第3章は川崎康寛氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって解析したもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って,博士(理学)を授与できると認める。 |