学位論文要旨



No 212438
著者(漢字) 木村,留美子
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ルミコ
標題(和) 子どもの健康生活に影響を及ぼす要因についての研究 : 特に子どもの肥満との関連について
標題(洋)
報告番号 212438
報告番号 乙12438
学位授与日 1995.07.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第12438号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 川田,智恵子
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 川久保,清
内容要旨

 学童期は人生の中で最も成長・発達の著しい時期にある。従って、子どもの生活は本来大人とは異なるライフスタイルを保障されることが必要である。しかし、現代の子どもの生活は塾や習い事の増加により大人の生活に類似したライフスタイルを身につけ、以来生活リズムに変調を来している。また、遊び場の減少や室内ゲームの普及は子どもの外遊びを減少させ、社会性の獲得や対人関係の学習に問題を生じさせている。このように非活動的な子どもの生活習慣に加え、今日の食にまつわる状況は子どもに過剰なエネルギー摂取と蓄積を促し、肥満の子どもは年々増加の傾向にある。肥満は子どもの健康を将来に亘って脅かす小児成人病の原因となり、早期に適切な対応を行うことが必要である。

 そこで、本研究は子どもの健康生活に影響を及ぼす要因について、特に子どもの肥満を取り上げ、第一部は肥満の子どもの生活とその関連因子に関する研究、第二部は肥満の子どもへの教育的介入に関する研究から検討を行うことを試みた。

第一部肥満の子どもの生活とその関連因子に関する研究

 今日、10%の学童は肥満である。肥満はこれまで遺伝や食生活習慣が最も大きな原因とされてきた。しかし、近年では肥満は身体的、精神的、社会的な環境要因や健康状態が輻輳して生じる作られた健康問題と言っても過言ではない。子どもの肥満は、高血圧、糖尿病、脂肪肝、高脂血症等の小児成人病の問題として危惧され、早期に適切な対応を行うことが望まれる。

 そこで、本研究は肥満の改善が必要な子どもへの教育的介入の基礎資料を得るために、肥満の子どもの健康に影響を及ぼしている生活上の問題とその関連因子を明らかにすることを目的とし、行った。

 対象は横浜市の5つの公立小学校2・4・6年生1423名である。

 調査項目は(1)一週間の朝と夕食そしておやつに摂取した食品と生活習慣、及び日々の満足感、(2)身体的・精神的・社会的の3つの側面から子どもの健康を総合的に捉える健康度、(3)食生活を通してその時の親子の関わりも含めた食生活習慣、(4)子どもの不定愁訴を示す身体症状である。以上の調査は親の了解を得、毎朝のホームルームで担任教師が子どもに声掛けをし、子ども自身で記入した。また(5)体格指数を算出するために身長と体重を測定した。

 肥満の判定は我国で最も一般的に用いられているKaup指数、Rohrer指数、肥満度の体格指数を用いた。これらの指数はその算出式により其々に欠点がある。そこで、より正確に肥満の子どもを抽出するために単独の指数による肥満の判定を避け各々の欠点を補完する目的で3つの指数のうち2つ以上の指数によって肥満と判定された者を肥満群(11%)、それ以外を標準群(89%)と分類した。これに基づいて調査結果の分析を行った。

 結果は以下の通りである。

 (1)肥満の子どもは運動、自立的・規則的な生活、社会ルールの遵守、友達関係の形成が苦手。

 (2)肥満の子どもは早食い、食事・おやつの時間が不規則、テレビ視聴時間が長い、通塾日数が少ない等であった。

 (3)肥満の子どもは学校へ行ってからもよくあくびが出る等緊張感が希薄な反面、イライラと怒りっぽく心身の安定性に欠けていた。

 (4)両群の健康に影響する最も重要な因子は「生活リズム」、肥満群に欠落している因子は「家族との関係」であった。

 従って、肥満の子どもにより健康な生活を保障する教育的介入は、子どもの性格や行動特性を理解した上で、子どもに自分自身の生活を見直させ、生活にリズムを与え、活動的な流れを作り出せるような働き掛けが必要である。また、この働き掛けに重要な役割を担うのは肥満群に欠落している家族からの支援であることが明らかとなった。

第二部肥満の子どもへの教育的介入に関する研究

 学童期の肥満で問題となるのは肥満度50%以上の医学的に異常が認められる高度肥満と、肥満度30〜50%未満の医学的に異常の無い中等度肥満である。これらの肥満は成人期の肥満を予測させるため注意が必要であり、何れも食事や運動療法等の治療を必要とする。現在肥満外来等で行われている肥満対策は完全に慢性的な肥満となった子どもが対象である。そのため、それまでに身につけてきた食・生活習慣の変更には様々な困難が伴い、治療半ばでドロップアウトする子どもや一時的には改善が見られても再び肥満となる例は多い。しかし、同じ慢性肥満ではあっても、単純性肥満が急速に起っている進行性の肥満は高度肥満に比べて肥満に傾いた期間が短く、高度肥満のような体重増加を認めない場合も多い。従って、運動量の増加にも高度肥満のような注意を必要とはしない。

 以上の理由により、肥満の改善は既に高度肥満のように慢性的な肥満に陥った子ども(以下、慢性肥満群とす)を対象に介入を行うよりも短期間に急激に体重が増加して単純性肥満が進行している子ども(以下、進行性肥満群とす)を早期に発見し、早期の対応を行うことでより効果的な介入の成果が期待できるものと考える。

 そこで、本研究は第一部で得られた結果の検証と2群の介入効果の相違を明らかにし、肥満対策のための有効な介入方法を見出すことを目的に、慢性肥満群と進行性肥満群への教育的介入を試みた。

 尚、このような肥満分類に基づく介入や介入効果の検討は本研究が初めての試みである。

 介入は第一部で調査を行った5校の中から介入の承諾が得られた1校を介入校とし、第一部で得られた肥満の子どもの食・生活習慣、性格特性、行動特性、親子関係、及び個人の調査結果を基に介入計画を立案した。介入期間は2年間であり、半年毎に2度実施した。

 肥満の判定は、最も成長が考慮された肥満度を用いて慢性肥満又は進行性肥満の判定を行った。

 対象は、第一回目2〜6年生625名、第二回目3〜6年生467名の学童の過去2年間の身長と体重の値から肥満度を求め要介入児を抽出した。過去2年間の肥満度が20%以上の子どもで介入の同意が得られた子どもを介入群(第一回27名、第二回18名)、更にこの中から過去2年間の肥満度の増加率が10%未満の子どもを慢性肥満群(第一回17名、第二回7名)、10%以上の子どもを進行性肥満群(第一回10名、第二回11名)、過去2年間の肥満度が20%以上で介入の同意が得られなかった者を対照群(第一回29名、第二回44名)とした。

 第一回の介入前後には一週間の生活習慣と食品摂取数、健康度、食生活習慣、身体症状、身長、体重、体力測定の調査を行い、第二回の介入は、第一回の調査に加えてインピーダンス法による体組成の測定も行った。介入前後の効果の判定には、介入群と対照群、慢性肥満群と進行性肥満群の各群で、Kaup指数、Rohrer指数、肥満度、及び各調査項目の個人の変化量を求め、その変化量を比較した。

 2度の介入から以下の事が明らかとなった。

 (1)体格指数は介入群に有意な改善を認め、介入は有効であった。

 (2)身体的変化は進行性肥満群に良好な改善が認められた。

 (3)基礎体力の改善は進行性肥満群に明らかであった。

 (4)健康度や満足度の改善は進行性肥満群に明らかであった。

 従って、肥満改善に最も有効な方法は、完全な慢性肥満へと移行する前の単純性肥満が急速に進行しつつある子どもを早期に発見し、早期に対処することであるとの本研究の仮説は支持された。

 また、効果的な介入の方法としては、

 (1)家に引き籠もりがちな肥満の子どもに外遊びや集団遊びの楽しさを体験させる。

 (2)食・生活習慣についての科学的な知識の学習により、子ども自身に生活を見つめ直す機会を与える。

 (3)介入の効果を高め、持続させるには家族の支援が不可欠である。

 (4)関わりを通して子どもの自信を回復させる。

 以上、本研究は子どもの健康生活に影響を及ぼす要因について、特に肥満との関連から検討を行い肥満学童の健康な生活の保障について論じた。本結果から明らかなように、肥満は環境によってもたらされた現代病と言っても過言ではない。従って、肥満もまた早期に発見し早期に対応することで予防、改善することが出来る。そこで、子どもの健康を守る立場にある者は子どもの健康な生活を保障する1つの方法として、学校で毎年数回行われている身体測定の結果を活用し、児童ひとりひとりの発育状態を正しく評価し、それを健康教育の場で役立てていくことが重要であると考える。

審査要旨

 本研究は子どもの健康生活に影響を及ぼす要因について、特に学童期の肥満を取り上げ、第一部は肥満の子どもの生活習慣とその関連因子から肥満の問題を検討し、第二部は第一部の研究結果を基に肥満の子どもへの教育的介入を試みたものであり、以下の結果を得ている。

 第一部の肥満の子どもの健康に影響を及ぼしている生活上の問題とその関連因子では以下のことが明らかにされた。

 1、肥満の子どもは、運動、自立的・規則的な生活習慣、社会ルールの遵守、友達関係の形成が苦手であることが示された。

 2、肥満の子どもは、早食い、食事・おやつの時間が不規則、テレビ視聴時間が長い、通塾日数が少ないことが示された。

 3、肥満の子どもは学校へ行ってからもよくあくびが出る等緊張感が希薄、またイライラと怒りっぽく心身の安定性に欠けることが示された。

 4、肥満・非肥満群の健康に影響する最も重要な因子は「生活リズム」で、両群の因子の比較によれば肥満群は「家族との関係」因子が欠落していることが示された。

 第二部の肥満の子どもへの2度に亘る教育的介入は、すでに慢性的な肥満へと移行した慢性肥満の子どもを対象に肥満改善のための介入を行うよりも、2年間の体格指数の変化から単純性肥満が急速に進行しつつある進行性肥満の子どもを早期に発見し、早期に対処することが重要であるとの仮説に基づいて行われたが、その結果は以下の通りであった。

 1、体格指数の改善は、介入群と非介入群を比較すると、介入群に顕著な効果が認められ、介入が有効であることが示された。

 2、慢性肥満群と進行性肥満群の介入後の身体的変化、基礎体力の改善、健康度や満足度の改善は、いずれも進行性肥満群に顕著で、進行性肥満群への介入が有効であることが示された。

 また、効果的な介入の方法としては、

 1、家に引き籠もりがちな肥満の子どもに外遊びや集団遊びの楽しさを体験させることの必要性が示された。

 2、食・生活習慣についての科学的な知識を学習させることにより、子ども自身に自己の生活を見つめ直す機会を与えることの重要性が示された。

 3、介入の効果を高め、それを持続させるためには家族の支援が不可欠であることが示された。

 4、教育的介入を通して子どもが本来持っている自信を回復させることの重要性が示された。

 以上、本研究は子どもの健康生活に影響を及ぼす要因について、特に肥満との関連から検討が行われ、肥満は環境によってもたらされた現代病との視点を打ち出し、それ故肥満もまた早期に発見し早期に対応することで予防、改善が可能であるとし、子どもの過去2年間の体格指数の変化から肥満の質を分類し教育的介入を試みている。このような視点に立った研究はこれまで行われておらず、今後の健康教育に重要な示唆を与えるものであり、学位の授与に値するものと考える。

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