審査要旨 | | 本論文はイネ(0ryza sativa L.)育種技術の改良を目的に,新しい葯培養方法の開発とソマクロナル変異の解析について述べたものであり,6章から成っている。 第1章では,本研究の背景として,イネ育種の歴史および現状の問題点について述べ,バイオテクノロジーとDNA育種技術の開発とその育種への利用の必要性について述べている。 第2章では,イネ育種期間の短縮に利用される葯培養法の改良を目的に,新しい葯培養法を開発した。その方法は,イネの葯を植物ホルモン水溶液で浸漬前処理した後,ホルモンを含まない培地で培養する方法で,形成したカルスを再分化培地に移すことなく再分化植物を得る,「葯培養一段階法」である。植物ホルモンとして,ナフタレン酢酸とベンジルアデニンを同時処理したとき,最も高い効果が得られることを明らかにした。従来法と比較して本一段階法は,(1)カルス形成率・再分化率が高いこと,(2)植物体再分化が早いこと,(3)再分化植物で半数体が70%と高いこと,(4)次世代で形質の分離が見られないこと,等の優れた特徴を持ち,その理由は体細胞不定胚を経由して再分化が起こるためと結論された。 第3章では,有用な変異を獲得できる反面,その制御が困難なソマクロナル変異について総合的な知見を得ることを目的に,三種の培養法で生じる培養変異を比較し系統的に解析した。ソマクロナル変異の頻度は培養期間の長さに比例して高くなり,その種類は稈長と毛性で普遍的に,種子稔性や穂数に関するものが一段階法以外で見られた。各変異は方向性を持ち,稈長では短稈化,毛性では減少,稔性では低下を示した。特筆すべきは,機械作業時のほこりを抑える有用形質である,無毛性ソマクロナル変異が高頻度に得られたことである。実際にイネ無毛新品種「すみたから」を育成し,本変異が品種改良に有効なことを実証した。 第4章では,すみたからの無毛性を遺伝学的,形態学的に解析した。すみたからでは,有毛原品種の黄金晴と同じ毛茸を持つが,3種類の剛毛と穎毛の形成がおさえられることを明らかにした。すみたから×黄金晴,すみたから×オオセト(有毛)のF1,F2集団の葉毛を調査した結果,F1では有毛親に比べて少ないものの葉毛が観察され,F2では有毛個体と無毛個体が3:1の比率であった。この結果から,すみたからの無毛性は単一の劣性遺伝子によることを示した。一方,無毛品種アケノホシとのF1,F2はすべて無毛性を示したことから,すみたからの無毛性遺伝子は,従来から育種に利用されてきたアケノホシの無毛性と同一座にあることを明らかにした。 第5章では,RAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)法のイネでの技術確立を試みた。すみたからを含むイネ35品種の品種識別と系統分類を試みた結果,変異体2品種を除くすべての品種が識別できた。系統樹では,35品種が4つに分類され,各々日本,ジャワ,インド型の3亜種および日本型×インド型の後代品種に対応した。RAPD法では,植物の生育ステージに関係なく分析でき,多数のマーカーが利用可能なことから,形態やアイソザイム分析に代わり実際の品種改良での利用可能性を示した。すみたからと親品種の黄金晴ではDNAレベルでの差異を検出できず,ゲノムレベルでの劇的な再構成は起きていないことを確認した。 第6章は本論文の総合考察であり,新しい葯培養法,ソマクロナル変異およびDNA育種技術のイネ品種改良への応用について考察している。 以上,本論文ではイネの新しい葯培養法を確立するとともに,組織培養で生じるソマクロナル変異を詳細に解析し,さらに無毛性変異を遺伝学的・形態学的に解明したものであり,学術上ならびに応用上貢献するところが多い。よって審査委員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |