学位論文要旨



No 212443
著者(漢字) 高原,昌靖
著者(英字)
著者(カナ) タカハラ,マサヤス
標題(和) 大腸菌及び酵母を用いた異種タンパク質の生産と分泌に関する研究
標題(洋)
報告番号 212443
報告番号 乙12443
学位授与日 1995.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12443号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 正木,春彦
内容要旨

 ベクターを用いて有用タンパク質を微生物等で生産させる方法はある程度確立されているが、宿主の細胞質内に生産させることに伴う諸問題(N末端のメチオニンの残留の可能性、ヌクレアーゼ、プロテアーゼ等の細胞毒性タンパク質の生産の困難さ、多種・多量の細胞成分が混在する中からの精製法の検討の必要性等)は依然残っている。そこで、細胞質外へ産物を移送・分泌する生産系が指向されてきたが、汎用性のある発現ベクターの研究は多くない。そこで、この様な汎用性のある細胞質外への産物生産用のベクターについての機能解析・新規構築を行った。

(1)大腸菌リポタンパク質(Lpp)分泌シグナルを用いたヌクレアーゼAの生産

 Lpp分泌シグナルを利用した大腸菌用発現ベクターpIN-III-B3、pIN-III-C3(次頁図1)の各BamHIサイトにStaphylococcus aureus由来のヌクレアーゼA構造遺伝子を含む518bp(塩基対)のSau3AI DNA断片をモニター遺伝子として組み込み、プラスミドpIN-III-B3-nuclease、pIN-III-C3-nucleaseを得た。発現が予想される前駆体の構造を次頁図2に示す。

図表図1.pIN-III-B及びpIN-III-Cベクターの構造 (A)制限酵素地図。内側の円の数字でサイズを示す。単位はキロ塩基対。lppp:lpp Promoter,lacpo:lac promoter-operator,lacl:lac repressor。 (B)Lppシグナルペプチド(下線部)の塩基配列とアミノ酸配列。塩基配列の上に記した数字はmRNA転写開始点(+1)からの距離で塩基数で表したものである。 (C)pIN-IIIBシリーズベクター3種類における各マルチクローニングサイト付近の塩基配列。 (D)pIN-IIICシリーズベクター3種類における各マルチクローニングサイト付近の塩基配列。 (C),(D)の各最上段には元となる大腸菌リポタンパク質の塩基配列とアミノ酸配列を比較のために示した。マルチクローニングサイトとして挿入された合成リンカーの塩基配列は太文字で示した。CysはLppではN端末アミノ酸に相当(図2説明参照)。 / 図2.予想される前駆体の構造 アミノ酸は一文字表記とした。下段図中のCはLppではシグナルペプチドに続くすぐ次のアミノ酸でありLppのN末端アミノ酸に相当し、S-ジグリセリド化に必須であり、それに引き続くシグナルペプチドの切断と、この切断後のN-アシル化がなされる為の必須のアミノ酸であることが知られている。上段では対応するCysは存在しない。Bam/Sauはヌクレアーゼ断片の組み込み部位を示す。

 pIN-III-B3-nucleaseでは、2時間の生産誘導で全菌体タンパク質の2.3%を占める新たなタンパク質が誘導生産され、ポジティブコントロールとした細胞質内発現ベクターでの発現量(0.7%)の約3倍であった。このタンパク質は、シグナルペプチドの切断を受けていない前駆体のままの状態であり、また細胞質膜画分に回収されること、そしてヌクレアーゼとしての酵素活性を有することも確認した。pIN-III-C3-nucleaseでは、2時間の生産誘導で全菌体タンパク質の5.7%を占る新たなタンパク質が誘導生産された。このタンパク質はシグナルペプチドの切断除去を受け、リポタンパク質由来のN末端8アミノ酸を含むベクター由来のアミノ酸配列部分との融合でしかもリポ化されたタンパク質であることが強く示唆された。このタンパク質は外膜画分に属し、ヌクレアーゼとしての酵素活性を有することも確認した。

(2)大腸菌外膜タンパク質A(OmpA)分泌シグナルを用いたヌクレアーゼA及びヒト・スーパーオキシドジスムターゼ(hSOD)の生産

 大腸菌外膜タンパク質OmpAの分泌シグナルペプチドのコード配列を含み、その3’側にマルチクローニングサイトを持つ3種類の大腸菌用誘導発現ベクター(pIN-III-ompA1,-ompA2,-ompA3:図3)を構築した。

図3.pIN-III-ompAベクターの構造制限酵素地図は図1(A)と同様。マルチクローニングサイト付近の塩基配列とアミノ酸配列を示す。

 このうちのpIN-III-ompA3のBamHIサイトにヌクレアーゼA遺伝子を含む518bpのSau3AI DNA断片をモニター遺伝子としてクローニングし、pIN-III-ompA3-#98と命名したプラスミドを得た。更に部位特異的変異によりシグナルペプチドのC末端とスクレアーゼAのN末端の間の余分なアミノ酸のコード部分を除去したプラスミドpONF1を得た。両者の違いの部分を次頁図4に示す。

図4.pIN-III-ompA3-#98.pONF1プラスミドにおけるompAシグナルペプチドとヌクレアーゼAの両DNA接合部位の塩基配列及びアミノ酸配列

 pIN-III-ompA-#98では前駆体から成熟体への変換は速やかに行われ、110分の生産誘導で全菌体タンパク質の約3%の成熟体が生産され、pONF1では前駆体の全てが成熟体に変換されるのではなく一部が前駆体のままで存在することを観察した(110分の生産誘導で全菌体タンパク質の約2%が前駆体、成熟体は約10%)。pONF1により生産された前駆体は細胞質膜画分中に回収された。

 細胞質ダイマー酵素であるヒト・銅亜鉛型スーパーオキシドジスムターゼ(hSOD)の変異型サブユニット(111位のCysがSerへの変異により酵素の保存安定性が増すことが報告されている)のN末端にOmpAシグナルペプチドを融合したタンパク質を大腸菌宿主で誘導生産する様に設計した誘導生産プラスミドpIN-III(lppp-5)-ompA-SOD14を構築した。本プラスミドを導入した大腸菌が、SODの酵素活性を示す新たなタンパク質をペリプラズム中への誘導生産(6時間の生産誘導で全菌体タンパク質の約7%)することを確認した。このタンパク質の分子量は標準品のhSODサブユニットと同一であったのでOmpAシグナルペプチド部分は切断除去されたものであることが推定された。

(3)大腸菌OmpA分泌シグナルを介してのhSODの酵母での分泌生産

 上記(2)と同様のOmpAシグナルペプチド-hSOD融合タンパク質を酵母で誘導生産する様に設計したプラスミドpTJ102-ompA-SOD9(hSODは野生型)及びpTJ102-ompA-SOD14(hSODのCys111がSerに変異)を構築した。それぞれのプラスミドを保持したSaccharomyces cerevisiaeを誘導培地で培養したところ培地中に新たなタンパク質が誘導生産されており、このタンパク質の解析の結果OmpAシグナルペプチドが切断除去されたhSODであることが確認された。

審査要旨

 本論文は,大腸菌ならびに酵母を宿主として用い,大腸菌の分泌シグナルを利用したタンパク質の部位特異的分泌生産に関する遺伝子工学的研究をまとめたものである。

 第1章の序論では,遺伝子工学的なタンパク質の生産方法の中で細胞質内生産を行った場合の諸問題(N末端メチオニンの残留の可能性,ヌクレアーゼやプロテアーゼなどの細胞毒性タンパク質の生産の困難さ等)に触れ,これら問題を克服する方法の一つとして分泌生産が考えられることが述べられている。

 第2章では,大腸菌外膜タンパク質であるリポタンパク質(Lpp)の分泌シグナルとStaphylococcus aureusヌクレアーゼAとの融合タンパク質のlpp-lacプロモーター制御下の大腸菌発現プラスミドを作製し,融合部位の違いにより融合タンパク質とそのプロセシング産物の細胞内蓄積部位に相違の見られることを明らかにした。

 Lppシグナルの全20アミノ酸配列との融合タンパク質の場合には,シグナルペプチドは切断されず,生産物は細胞質膜画分と一部ペリプラズム画分に見いだされた。細胞質膜に結合した融合タンパク質は,未切断のシグナルペプチドにより細胞質膜に結合し,ペリプラズム側に酵素部分が出ていると考えられた。

 LppシグナルとLppのN末端8アミノ酸残基(脂質修飾される1位のシステイン残基を含む)との融合タンパク質の場合には,シグナルペプチドが切断され,脂質修飾された生産物が外膜画分に見いだされた。2時間の発現誘導により,融合タンパク質は全菌体タンパク質の5.7%以上を占める高生産を示した。これらの結果は,Lppシグナルと脂質修飾を用いるこの発現系により,融合タンパク質が外膜に特異的に蓄積することを示している。

 第3章では,大腸菌外膜タンパク質A(OmpA)の分泌シグナルを利用したlpp-lacプロモーター新規大腸菌分泌発現用ベクターの作製と,これを用いたヌクレアーゼAならびにヒト・スーパーオキシドジスムターゼ(hSOD)の大腸菌ペリプラズムへの分泌生産について述べている。

 外膜タンパク質A遺伝子ompAのシグナルペプチドのコード部分を含み,その3’側にマルチ・クローニング部位(EcoRI,HindIII,BamHIの制限酵素部位)を持ち,任意のコード枠の遺伝子のクローニングが可能となるよう,コード枠のずれた3種類の大腸菌分泌用ベクター(pIN-III-ompA1,ompA2,ompA3)を作製した。

 OmpA分泌シグナルーヌクレアーゼA融合タンパク質発現プラスミドpIN-III-ompA-#98を持つ大腸菌では,110分間の発現誘導により全菌体タンパク質の約3%の成熟体がペリプラズムに分泌されることが確認された。

 pIN-III-ompA-#98に存在する,シグナルペプチドのC末端とヌクレアーゼAのN末端の間にある余剰配列部分(11アミノ酸コード領域)を部位特異的変異により除去した発現プラスミドpONF1では,同様の誘導条件下で全菌体タンパク質の約10%を占める成熟体がペリプラズムに分泌され,約2%を占める前駆外が細胞質膜に検出された。

 細胞質に存在する二量体酵素であるhSODの,OmpAシグナルペプチドとの融合タンパク質の発現プラスミドの場合には,6時間の発現誘導により全菌体タンパク質の約7%の成熟体hSODがペリプラズムに分泌生産されることが確認された。

 第4章では,酵母Saccharomyces cerevisiaeを宿主とする,OmpA分泌シグナル-hSOD融合タンパク質のPH05プロモーター制御下の誘導発現系を作製し,hSODの分泌生産について検討している。その結果,発現プラスミド保持酵母の低リン酸あるいは無リン酸誘導培地での培養により,培地中に細胞質性タンパク質hSODか成熟型で分泌されることを確認した。

 以上,本研究は,大腸菌の新規分泌発現ベクターの作製を行い,大腸菌のシグナルペプチドを利用した,大腸菌ならびに酵母を宿主とする異種タンパク質の部位特異的分泌生産について明らかにしたものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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