学位論文要旨



No 212448
著者(漢字) 末森,明夫
著者(英字)
著者(カナ) スエモリ,アキオ
標題(和) グラム陽性細菌Rhodococcus erythropolis S1株の芳香族化合物分解酵素系に関する研究
標題(洋)
報告番号 212448
報告番号 乙12448
学位授与日 1995.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12448号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 助教授 五十嵐,泰夫
内容要旨

 微生物による芳香族化合物の分解はこれまでに数多く研究されており、その対象は分解経路の同定、分解に関わる酵素の生化学的研究、分解遺伝子の発現制御の研究など広範囲に及んでいる。しかし従来の研究は主にグラム陰性細菌が使われており、グラム陽性細菌を対照とした報告は少なかった。一方、土壌などではグラム陽性細菌や放線菌が数多く存在し、グラム陽性細菌や放線菌が芳香族化合物のような難分解性化合物の分解に大切な役割を果たしていることが考えられる。今までに報告されてきた難分解性化合物資化性であるグラム陽性細菌は、ほとんどがRhodococcus属および類縁細菌(Nocardiform)に属しており、特にRhodococcus属はPseudomonas属に匹敵する難分解性化合物資化性細菌として注目を集め、多様な面からのアプローチが行われ始めている。

 これまで、ダラム陽性細菌Rhodococcus属のうち、R.erythropolis S1株は、フタル酸エステルを唯一炭素源として畑土壌より分離同定された強力なフタル酸エステル分解菌であり、フタル酸エステルの分解に関する貴重な知見を提供してきた。本研究は、R.erythropolis S1株を用いて、フタル酸エステルの中間代謝物であるフタル酸や、様々な芳香族化合物に対する分解挙動および芳香族化合物の分解に関わる酵素の性質を検討し、グラム陰性細菌より得られた知見との比較を行うことを目的とした。

 R.erythropolis S1株よりフタル酸オキシゲナーゼを精製し、本酵素がフタル酸を3,4-ジヒドロ-3,4-ジヒドロキシフタル酸に変換するフタル酸3,4-ジオキシゲナーゼであることを確認した。本酵素は分子量56kDaのサブユニット4個を含む213kDaの4量体であり、酵素1分子中に1分子のFADを含むフラボ蛋白質であった。また本酵素はオキシゲナーゼとオキシゲナーゼレダクターゼの両機能を持つ「2機能酵素」であることが推定された。本酵素はNADHに特異的であるが、芳香族化合物に対してはかなり広い基質特異性を示した。本株はフタル酸を3,4-ジヒドロ-3,4-ジヒドロキシフタル酸および3,4-ジヒドロキシフタル酸を経て、プロトカテキン酸に変換するフタル酸分解経路を持つことが判明した。本株において、フタル酸3,4-ジオキシゲナーゼ、3,4-ジヒドロ-3,4-ジヒドロキシフタル酸-3,4-デヒドロゲナーゼ、および3,4-ジヒドロキシフタル酸2-デカルボキシラーゼの3つの酵素は、膜にゆるやかに結合している膜結合型酵素であることを明らかにした。さらに界面活性剤を用いた膜画分の選択的可溶化処理により、フタル酸から3,4-ジヒドロキシフタル酸を選択的に生成する膜結合酵素系を構築した。

 R.erythropolis S1株はサリチル酸、m-ヒドロキシ安息香酸、およびp-セドロキシ安息香酸の3種類のモノヒドロキシ安息香酸の異性体それぞれを唯一炭素源として生育した。それぞれの生青菌体より、3種類のモノヒドロキシ安息香酸モノオキシゲナーゼ{サリチル酸5水酸化酵素(SAL5H)、m-ヒドロキシ安息香酸6水酸化酵素(MHB6H)、p-ヒドロキシ安息香酸3水酸化酵素(PHB3H)}の精製を行い、各酵素の性質を検討した。これら3種類の酵素はいずれも、45kDaのサブユニット4個を含む分子量180kDaの4量体であり、FADを含むフラボ蛋白質であった。これらは等電点、アミノ酸組成などの物理化学的性質についてよく似た値を示した。一方これらはいずれも補酵素NADHのみを要求し、基質および補酵素に対する反応定数、pHおよび温度の活性に対する影響などについても非常によく似た傾向を示したが、基質特異性については著しい相違を示した。SAL5H、MHB6HおよびPHB3Hの局在性を検討した結果、3種類の酵素はいずれも膜画分にゆるやかに結合している膜酵素であることが確認された。本株により、サリチル酸およびm-ヒドロキシ安息香酸はゲンチジン酸を経て分解され、p-ヒドロキシ安息香酸はプロトカテキン酸を経て分解されることが確認された。サリチル酸の分解経路はサリチル酸によってのみ完全な分解経路が誘導されるが、m-ヒドロキシ安息香酸の分解経路はm-ヒドロキシ安息香酸だけでなく、中間代謝物であるゲンチジン酸によっても誘導発現され、p-ヒドロキシ安息香酸の分解経路はp-ヒドロキシ安息香酸によって十分量の酵素が誘導発現されるが、中間代謝物のプロトカテキン酸によっても微量のPHB3Hが誘導生産されることが判明した。

 R.erythropolis S1株より、ゲンチジンジ酸1,2-ジオキシゲナーゼを精製した。本酵素は分子量43kDaのサブユニット8個を含む328kDaの8量体であり、酵素分子中に3価鉄イオンを含むことが確認された。本酵素は高次構造以外はグラム陰性細菌から分離精製された同酵素とよく似た性質を示した。さらに本株より、プロトカテキシ酸3,4-ジオキシゲナーゼを精製した。本酵素は分子量40kDaのサブユニット4個を含む156kDaの4量体であり、グラム陰性細菌から分離精製された同酵素の高次構造とは際立った違いを示した。グラム陰性細菌のプロトカテキン酸3,4-ジオキシゲナーゼは2種類のサブユニット4個ずつからなる高次構造を持つのに対し、本株の酵素は1種類のサブユニットのみからなる構造を持っていた。

 R.erythropolis S1株は3種類の芳香族アミノ酸のL-およびD-体(L-フェニルアラニン、L-チロシン、L-トリプトファン、D-フェニルアラニン、D-チロシン、D-トリプトファン)それぞれを、唯一炭素源および窒素源として生育し、L-フェニルアラニンまたはL-チロシシのみで構成されたペプチドにも資化能を示した。しかし、鎖長が長くなるに従って、誘導期間が長くなる傾向が観察された。また本株はL-フェニルアラニンをフェニルピルビン酸およびホモゲンチジン酸を経て分解することが判明した。さらにL-チロシンはp-ヒドロキシフェニルピルビン酸、p-ヒドロキシフェニル酢酸、およびホモゲンチジン酸を経て分解されることが判明した。これらの分解経路は誘導経路であり、L-フェニルアラニン分解経路の完全な誘導はL-フェニルアラニンあるいはフェニルピルビン酸、L-チロシン分解経路の完全な誘導はL-チロシンあるいはp-ヒドロキシフェニルピルビン酸により行われることが判明した。L-フェニルアラニンまたはL-チロシンに生育した菌体より調製した無細胞酵素液において、芳香族アミノ酸オキシダーゼ、p-ヒドロキシフェニル酢酸1水酸化酵素、およびホモゲンチジン酸1,2-ジオキシゲナーゼの活性のみが検出された。従って、L-フェニルアラニンまたはL-チロシンは芳香族アミノ酸オキシダーゼにより、脱アミノ化されていくことが推定された。

 R.erythropolis S1株は芳香族アミノ酸の分解中間代謝物であるp-ヒドロキシフェニル酢酸の2種類の異性体(o-およびm-体)にも生育した。3種類のモノヒドロキシフェニル酢酸の異性体は、いずれもホモゲンチジン酸を経て分解された。o-ヒドロキシフェニル酢酸をホモゲンチジシ酸に変換するo-ヒドロキシフェニル酢酸5水酸化酵素(OHPA5H)、m-ヒドロキシフェニル酢酸をネモゲンチジン酸に変換するm-ヒドロキシフェニル酢酸6水酸化酵素(MHPA6H)、p-ヒドロキシフェニル酢酸をホモゲンチジシ酸に変換するp-ヒドロキシフェニル酢酸1水酸化酵素(PHPA1H)の計3種類の芳香族化合物モノオキシゲナーゼが存在することを確認した。これらOHPA5H、MHPA6H、PHPA1HはNADHを特異的に要求したが、SAL5H、MHPB6H、PHB3Hとは免疫学的に異なっていた。

 また、分光光学的手法により、本株によるゲンチジン酸およびホモゲンチジン酸の分解経路の推定を行った。本株はゲンチジンジ酸1,2-ジオキシゲナーゼにより、ゲンチジン酸をマレイルピルビン酸に変換した後、還元型グルタチオン非依存性マレイルピルビン酸イソメラーゼにより、フマリルピルビン酸に変換することが認められた。ホモゲンチジン酸はホモゲンチジン酸1,2-ジオキシゲナーゼにより芳香環開裂を受けた後、マレイルアセト酢酸になり、更に還元型グルタチオン非依存性インメラーゼの作用を受けて、フマリルアセト酢酸へと変換されていくことが認められた。本株のゲンチジン酸分解経路とホモゲンチジシ酸分解経路はいずれも還元型グルタチオン非依存性であり、両分解経路の遺伝的関連性を伺わせた。

 グラム陽性細菌R.erythropolis S1株は、SAL5H、MHB6H、PHB3H、OHPA5H、MHPA6H、PHPA1Hの計6種類のフラビン芳香族化合物モノオキシゲナーゼを誘導生産した。これらフラビン芳香族化合物モノオキシゲナーゼは、同じ起源の蛋白質から機能分化して生じてきたことが強く示唆されており、もともと1つのフラボ蛋白質-芳香族化合物水酸化酵素の遺伝子が外部から本株に導入された後、菌体内で遺伝子重複を繰り返して多重遺伝子群を形成し、多重遺伝子群内でそれぞれの遺伝子が独自の機能分化を行ってきた可能性も考えられる。

審査要旨

 微生物による芳香族化合物の分解は,従来おもにグラム陰性細菌で数多く研究され,分解経路の同定,分解に関わる酵素の生化学的研究,分解酵素遺伝子の発現制御の研究など広範囲に行われている。しかし,土壌などにはグラム陽性細菌が数多く存在し,芳香族化合物のような難分解性化合物の分解に大切な役割を果たしていると考えられるが,それらを対象とした報告は少ない。本論文は,グラム陽性細菌Rhodococcus erythropolis S1株を用いて,フタル酸エステルの中間代謝物であるフタル酸など様々な芳香族化合物に対する分解挙動および分解酵素群の性質の検討,グラム陰性細菌での知見との比較等を行うことを目的に,フタル酸分解酵素系,モノおよびジヒドロキシ安息香酸分解酵素系,芳香族アミノ酸関連化合物分解酵素系に関する研究を行った結果をまとめたもので,6章よりなっている。

 第1章で既往研究に対しての本論文の意義について述べたのち,第2章では,S1株よりフタル酸オキシグナーゼを精製し,本酵素がフタル酸を3,4-ジヒドロ-3,4-ジヒドロキシフタル酸に変換するフタル酸3,4-ジオキシゲナーゼであることを見出している。本酵素は分子量56kDaのサブユニット4個をもつ分子量213kDaの酵素で,1分子中にFAD1分子を含むフラポ蛋白質であり,オキシゲナーゼとオキシゲナーゼ・レダクターゼの両機能を持つ「2機能酵素」であることを示している。また,本菌のフタル酸3,4-ジオキシゲナーゼ,3,4-ジヒドロ-3,4-ジヒドロキシフタル酸-3,4-デヒドロゲナーゼおよび3,4-ジヒドロキシフタル酸2-デカルボキシラーゼの3つの酵素は,膜にゆるやかに結合した膜結合型酵素であることを示し,界面活性剤を用いた膜画分の選択的可溶化処理により,フタル酸から3,4-ジヒドロキシフタル酸を選択的に生成する膜結合酵素系の構築に成功している。

 第3章では,S1株における3種類のモノヒドキシ安息香酸モノオキシゲナーゼ,すなわちサリチル酸5水酸化酵素,m-ヒドロキシ安息香酸6水酸化酵素,p-ヒドロキシ安息香酸3水酸化酵素の精製を行い,各酵素の性質について述べている。これら3種の酵素はいずれも45kDaのサブユニット4個をもち分子量180kDaでFADを含むフラボ蛋白質であり,お互いに等電点,アミノ酸組成などの物理化学的性質で類似の値を示したが,基質特異性については著しい相違を示すことを明らかにしている。

 第4章では,S1株のジヒドロキシ安息香酸分解酵素について述べている。グンチジンジ酸1,2ジオキシゲナーゼを精製し,本酵素が分子量43kDaのサブユニット8個をもち分子量328kDaで,分子中に3価鉄イオンを含むほか,高次構造以外はグラム陰性細菌の同種酵素と類似の性質を示すことを明らかにしている。さらに本菌よりプロトカテキュ酸3,4-ジオキシゲナーゼを精製,それが分子量40kDaのサブユニット4個をもち分子量156kDaで,グラム陰性細菌の同種酵素が2種類のサブユニット4個ずつからなる構造をもつのと異なる構造をもつことを明らかにしている。

 第5章では,S1株の芳香族アミノ酸関連化合物分解酵素系について述べ,L-フェニルアラニンはフェニルピルビン酸,ホモゲンチジン酸を経て,L-チロシンはp-ヒドロキシフェルピルビン酸,p-ヒドロキシフェニル酢酸,ホモゲンチジン酸を経て分解することを明らかにしている。これらの分解経路は誘導的で,L-フェニルアラニンまたはL-チロシン生育菌体より調製した無細胞酵素液からは芳香族アミノ酸オキシダーゼ,p-ヒドロキシフェニル酢酸1水酸化酵素およびホモゲンチジン酸1,2-ジオキシゲナーゼの活性のみを検出,L-フェニルアラニン,L-チロシンは芳香族アミノ酸オキシダーゼにより脱アミノ化されると推定している。さらにS1株の3種のモノヒドロキシフェニル酢酸モノオキシゲナーゼ,すなわちo-およびp-ヒドロキシフェニル酢酸1水酸化酵素,m-ヒドロキシフェニル酢酸6水酸化酵素を精製し,これら3種類の酵素はいずれも分子量45kDaのモノマーで,FADを含むフラボ蛋白質であり,よく似た物理化学的性質を示すが,基質特異性については著しい相違があることを明らかにしている。さらに,本菌により,ホモゲンチジン酸はホモゲンチジン酸1,2-ジオキシグナーゼ,還元型グルタチオン非依存性インメラーゼの作用を受けて,フマリルアセト酢酸へ変換されることを明らかにしている。

 以上,本論文は従来ほとんど研究されていなかったグラム陽性細菌による芳香族化合物,とくにフタル酸分解に関わる酵素系について検討し,各種酵素を精製,性質を調べ,グラム陰性細菌と比較するとともに難分解物質の分解経路を明らかにしたもので,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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