学位論文要旨



No 212450
著者(漢字) 神山,務
著者(英字)
著者(カナ) カミヤマ,ツトム
標題(和) 微生物由来新規血栓形成阻害物質に関する研究
標題(洋)
報告番号 212450
報告番号 乙12450
学位授与日 1995.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12450号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 鈴木,昭憲
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 助教授 早川,洋一
内容要旨

 血栓症及び塞栓症は、血栓形成状態と血栓溶解状態の微妙な平衡が何らかの病変により血栓傾向に傾いた場合に発症する。血管内に血栓が留まり成長を続け血管内部を閉塞すると、血流が遮断され血栓形成部位よりも末梢に存在する組織は、物質の供給が断たれ機能的にも形態的に障害を引き起こし、各種病態の発症、遷延化、重症化を招く。本研究では、このような血栓形成による引き起こされる各種病態の治療薬、あるいは、予防薬への応用が期待できる血栓形成阻害物質を微生物代謝産物から発見することを目的とし、抗血小板剤並びに抗血液凝固剤のスクリーニングを行なった。抗血小板剤のスクリーニングにおいては、今までに開発された薬剤の作用点よりも特異性の高い、血小板上の糖タンパク質(GPIIb/IIIa)受容体とフィブリノーゲンの結合を阻害する物質、血管内皮細胞に結合したvon Willebrand因子と血小板上の糖タンパク質(GPIb/IX)受容体の結合を阻害する物質を標的とした。抗血液凝固剤のスクリーニングにおいては、血液凝固カスケードにおいて最も重要な酵素であるトロンビン、血液凝固第Xa因子の阻害物質を標的とした。著者は、本探索において、フィプリノーゲン受容体阻害物質としてtetrafibricin及びmonamidocinを、von Willebrand因子受容体阻害物質としてsulfobacins A及びBを発見した。また、トロンビン及び血液凝固第Xa因子阻害物質として、bacithrocins A、B、C、及びRo 09-1679を発見した。さらに、これらの新規生理活性物質について、発酵生産、物質の単離精製と構造決定、薬理活性について詳細なる検討を行なった。以下その結果を要約する。

 1.Tetrafibricinはフィプリノーゲン受容体阻害物質として、Streptomyces neyagawaensis NR 0577株の培養液より見いだされた新規な両性水溶性物質である。培養瀘液をDiaion HP-21による吸脱着、有機溶媒による洗浄、MCIGEL CHP-20P及びToyopearl HW-40カラムクロマトグラフィー及び逆相系カラムを用いた分取HPLCにより単離精製した。Tetrafibricinは分子量781、分子式C41H67NO13の化合物で、その構造を本物質及びその誘導体の各種NMR実験により決定した。Terafibricinは分子内に共役テトラエン酸、1級アミン及び連続した1,3-ジオール構造を有し、天然物由来非ペプチド性の阻害剤として初めて単離された。

 Tetrafibricinは固相系でフィプリノーゲンとGPIIb/IIIa結合を非常に強く阻害した(IC50値=46nM)。トロンピン、ADP又はコラーゲンにより惹起された血小板凝集も強く阻害した(IC50値=5.6〜11M)。

 

 2.Monamidocinはフィプリノーゲン受容体阻害物質として、Streptomyces sp.NR 0637株の培養液より見いだされた新規な両性脂溶性物質である。培養瀘液を活性炭による吸脱着、n-ブタノール抽出、SP-Toyopearl、シラナイズドシリカ及びSephadex LH-20カラムクロマトグラフィー及び逆相系カラムを用いた分取HPLCにより単離精製した。Monamidocinは分子量322、分子式C15H22N4O4の化合物で、その構造を各種NMR実験及び全合成により決定した。

 MonamidocinはL-フェニルアラニンのN-アシル誘導体で、構造が単純なため類縁体の合成が容易と考え、20種の類縁体を合成し構造活性相関を検討した。Monamidocinは固相系でのフィブリノーゲンとGPIIb/IIIa結合を強く阻害した(IC50値=0.21M)。トロンビン、ADP又はコラーゲンにより惹起された血小板凝集も阻害した(IC50値=30〜77M)。

 

 Monamidocinの構造類縁体の中で、N-[(R)-5-guanidino-2-hydroxypentanoyl]-L-tyrosineは、固相系においてmonamidocinに比べて約10倍強い活性を示した。又、固相系において強い阻害活性を示した化合物を血小板凝集実験において評価したところ、monamidocinとほぼ同等の阻害活性を示した。

 3.Sulfobacin A及びBはvon Willebrand因子受容体阻害物質として、Chryseobacterium sp.NR 2993株の培養液より見いだされた新規な酸性脂溶性物質である。菌体エタノール抽出液から、酢酸エチル抽出、Sephadex LH-20及びシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより単離した。Sulfobacin Aは分子量619、分子式C34H60NO6Sの化合物で、その平面構造は各種NMR実験及びメタノリシスにより決定した。Sulfobacin Aはアミノスルホン酸のN-アシル誘導体で、N-アシル基の構造はメタノリシスにより得られた脂肪酸メチルエステルの文献値との比較から、アミノスルホン酸の構造はHRFAB-MS及び11H NMRスペクトルの解析から決定し、その絶対配置はMTPA誘導体を用いた改良Mosher法により決定した。

 Sulfobacin Bは分子量575、分子式C32H65NO5Sの物質でsulfobacin AのN-アシル部分の構造が異なる類縁体である。N-アシル基の構造は標品との物理化学的性状の比較から、アミノスルホン酸の構造をジアセチル誘導体に変換後、sulfobacin A由来のアミノスルホン酸のジアセチル誘導体との比較で確認した。

 Sulfobacinsは固相系でのvon Willebrand因子とGPIb/IX結合を強く阻害した(IC50値A:0.47M,B:2.2M)。Sulfobacin Aは、ristocetin存在下in vitrovon Willebrand因子とパラホルムアルデヒド固定化血小板の結合を強く阻害した(IC50値=0.58M)。

 

 4.Bacithrocin A、B及びCは、トロンビン及び血液凝固第Xa因子阻害物質として、Bacillus laterosporus Laubach NR 2988株の培養液より見いだされた新規な塩基性脂溶性物質である。

 培養瀘液をn-プタノール抽出、SP-Toyoperalカラムクロマトグラフィー及び逆相系カラムを用いた分取HPLCにより単離精製した。Bacithrocin Aは分子量389、分子式C20H31N5O3の化合物で、溶液中でC末端のアルギナール由来の互換異性体の混合物として存在していた。

 そこで、bacithrocin Aを酸化し、各種NMR解析から決定した酸化体の構造を基にしてその構造を決定した。又、酸化体の構造は合成標品との比較により確認した。

 

 Bacithrocin B(分子量375、分子式C19H29N5O3)、bacithrocin C(分子量361、分子式C18H27N5O3)及びbacithrocin D(分子量347、分子式C17H25N5O3)は、その理化学的性状からbacithrocin Aの類縁体と考えられた。これらを酸化し、合成標品との比較により酸化体の構造を決定後、それに基づいてbacithrocinB、C及びDの構造を決定した。Baclthrocin Dは、既知物質のthiolstatin Dであった。

 Bacithrocinsは、トロンビンに対してIC50値=48M-84Mの阻害活性を示した。また、血液凝固第Xa因子に対してIC50値=13M-17Mの阻害活性を示した。さらに、クロッテイングアッセイにおいてbacithrocinsの血液凝固時間を延長する効果を示すことが確認された。

 5.Ro 09-1679は、トロンビン及び血液凝固第Xa因子阻害物質として、Mortierella alpina NR6773株の培養液より見いだされた新規な塩基性水溶性物質である。培養瀘液を活性炭による吸脱着、SP-Toyoperal、Sephadex LH-20カラムクロマトグラフィー及び逆相系カラムを用いな分取HPLCにより単離精製した。Ro 09-1679は分子量525、分子式C22H39N9O6の物質で、溶液中でC末端のアルギナール由来の互変異性体の混合物として存在した。そこで、Ro 09-1679を酸化し、酸化体の各種NMR解析から、その構造を決定し、酸化体の構造を基にその構造を決定した。

 Ro 09-1679は、トロンビン及び血液凝固第Xa因子に対してそれぞれIC50値=267M、IC50値=29Mの阻害活性を示した。さらに、クロッテイングアッセイにおいて血液凝固時間を延長する効果を示すことが確認された。

 

 近年、社会の老齢化、医療の進歩などに伴い、血栓形成に起因する疾病患者数はますます増加しつつある。食生活の欧米化や高齢化に伴って急増する循環器疾患に対する有効な予防薬、治療薬が望まれる中、明確な作用点を持ち、高い薬効を示す薬剤を見いだすことは、医薬品研究に携わるものの課題である。この点において、本研究は、微生物代謝産物からの新しい骨格を持つ医薬品の探索研究の方向性を示すものとして意義あるものと確信する。

審査要旨

 血栓塞栓性の疾患は生活習慣の欧米化に伴って年々増加傾向にあり,心筋梗塞等の虚血性心疾患や脳梗塞等の血栓塞栓性疾患による死亡者数はガン疾患に次いで多い。これらの疾患の治療に用いる抗血栓剤は,長期間投与されることが多く,副作用が少なく安全性の高い薬剤の開発が現在も求められている。

 本論文はこのような背景に基づき,微生物培養液中より新規な抗血栓剤の発見を目的とし,抗血小板剤並びに抗血液凝固剤の探索研究をまとめたもので6章よりなる。

 第1章では,抗血小板剤のスクリーニング方法として,フィブリノーゲン-GP IIb/IIIa結合阻害並びにvon Willebrand因子(vWF)-GP Ib/IX結合阻害検定系,抗血液凝固剤のスクリーニング方法として,蛍光基質を用いたトロンビン並びに血液凝固第Xa因子(FXa)阻害検定系について述べている。

 第2章は,フィブリノーゲン受容体結合阻害物質として放線菌の培養液より発見されたtetrafibricin(1)の発酵生産,単離精製,構造決定及び薬理活性に関するものである。1の構造は

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 図の様に決定した。1はIC50=46nMの活性を示し,各種恕起物質による血小板凝集を強く阻害した(IC50=5.6〜11M)。

 第3章は同受容体結合阻害物質として,放線菌の培養液より発見されたmonamidocin(2)の発酵生産,単離精製,構造決定,類縁体合成及び薬埋活性に関するものである。2の構造を図の様に決定し,その構造類縁体の合成を行い,構造活性相関も合わせて検討した。2はIC50=0.21Mの活性を示し,各種惹起物質による血小板凝集を阻害した。

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 第4章は新規vWF受容体結合阻害物質として,細菌の培養液より発見したstlfobacins A(3A)及びB(3B)の発酵生産,単離精製,構造決定及び薬理活性に関するものである。3A及び3Bの構造を図の様に決定した。3は0.5M〜2.2M(IC50)の活性を示した。

 第5章は新規トロンビン及びFXa阻害検定系において,細菌培養液から発見された新規プロテアーゼ阻害剤bacithrocin(4)類の発酵生産,単離精製,構造決定及び薬理活性に関するものである。4の構造を図の様に決定した。4はトロンビンに対し,IC50=48-84M,FXaに対しIC50=13〜17Mの阻害活性を示した。さらに,クロッテイングアッセイにおいて血液凝固時間延長効果を示した。

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 第6章は同酵素阻害検定系において,カビ培養物より発見された新規プロテアーゼ阻害剤Ro 09-1679(5)の発酵生産,単離精製,構造決定及び薬理活性に関するものである。5の構造を図の様に決定した。5はトロンビン及びFXaに対し,それぞれIC50=257M,IC50=29Mの阻害活性を示した。さらに,クロッテイングアッセイにおいて血液凝固時間延長効果が確認された。

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 以上,本論文は,抗血小板剤及び抗血液凝固阻害剤の探索,発酵生産,単離精製,構造決定を行い,その薬理活性を明らかにしたものであって,学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって,審査委員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与して然る可きものと判断した。

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