学位論文要旨



No 212451
著者(漢字) 田村,順一
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ジュンイチ
標題(和) -1,4-ポリガラクトサミン分解酵素に関する研究
標題(洋)
報告番号 212451
報告番号 乙12451
学位授与日 1995.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12451号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 教授 荒井,綜一
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 助教授 五十嵐,泰夫
内容要旨 1)(研究の目的)

 本研究は新規酵素である-1,4ポリガラクトサミン分解酵素に関してその基礎的知見を得、且つ本酵素がどのような酵素群に所属するものか明らかにし、併せて新規オリゴ糖である-1,4ポリガラクトサミノオリゴ糖類の生産を目的にしたものである。

2)(分解菌の分離同定)

 目的酵素の基質であるPaecilomyces sp.I-1が生産する多糖-1,4ポリガラクトサミンの高度精製法を確立した。次いで、この-1,4ポリガラクトサミン分解酵素生産菌を検索し、これを土壌中より分離した。この時には精製-1,4ポリガラクトサミンではなく非精製多糖すなわち培養液エタノール沈殿物を分離用培地の炭素および窒素源として用いた。これは-1,4ポリガラクトサミンが高分子であることと該多糖自身が持つ抗菌性が障害になったからである。そして、分離された数株について同定を行ったところ、Pseudomonasに属する新speciesの菌であることが明らかとなった。

3)(酵素の精製と性質、分解様式とサブサイト構造)

 Pseudomonas sp.881の生産する-1,4-polygalactosaminidaseを1988年に初めて精製し、その酵素化学的な性質が明らかにしてきた。本酵素は基質であるポリガラクトサミンのほかガラクトサミノオリゴ糖、カラクトサミン、N-アセチルガラクトサミンによって誘導生産された。エタノール沈殿、CM-Sephadex,Phenyl-Sepharose CL-4B,Sephadex G-50カラムクロマトグラフィーにより精製した。本酵素の分子量は31,000、等電点は6.7、至適pHは5-5.5で4-8で安定(クエン酸緩衝液中)、最適温度は55℃、45℃から徐々に失活した。本酵素は幾つかの金属イオンによって阻害されたが鉄イオンとSDSによっても影響されたのが特徴的であった。また、基質特異性は高く各種多糖をはじめ-1.4-N-アセチル化ポリガラクトサミンにも作用しなかった。ガラクトサミノオリゴ糖(GOS)に対しては4糖(GOS4)までは分解したがGOS3以下のオリゴ糖は分解しなかった。作用機作を検討した結果、本酵素は基質をランダムに分解するエンド型の-1.4-ポリガラクトサミニダーゼであることが判明した。さらに、本酵素は基質をランダムに分解するがガラクトサミノモノマーを殆ど生成しなかった。ガラクトサミノオリゴ糖の対する挙動からサブサイト構造を推定した。本酵素の全サブサイト数は8個より成り、非還元末端から3番目と4番目との間に触媒部位が存在する。基質がGOS6以上の場合にはサブサイトのNo.1から順次、サイトを埋める様に結合して分解される。ところがGOS5以下の基質ではNo.1からではなくNo.2から入るようになる。恐らく、No.6のサイトの結合力が強いためと想像される。従ってGOS5は主に非還元末端からGOS3+GOS2のように分解されるのではなく、GOS2+GOS3と分解される傾向にあると考えられる。さらに、本酵素は糖転移反応を示した。GOS4を分解すると生成物としてGOS2とGOS3とが得られた。この時、酵素はGOS4を分解GOS2+GOS2を生成し、一部のGOS2が基質であるGOS4に転移されGOS6を生じる。生成したGOS6は再度分解されてGOS3、2分子になると推定された。

4)(遺伝子のクローニングと酵素の所属、発現)

 本酵素の遺伝子学的な性質は全く未知のものであり本酵素の分類上の位置も不明であった。近年、遺伝子技術の進歩によってDNA配列から容易にアミノ酸配列が決定されるようになった。その結果、類似基質に作用する酵素類には共通のアミノ酸配列が存在することが明らかになりつつある。-amylase類やcellulase/xylanase/chitinase/類などの例が知られる。基質とした-1,4ポリガラクトサミンはPaecilomyces sp.I-1によって菌体外に生産されるホモ多糖で、chitosanと同様、リボン状に結合した2糖の単位が繰り返す構造をしている。しかし、ガラクトサミンの炭素4に結合する酸素原子の角度の違いのため繊維軸方向に15%、chitosanより短く、ペクチン酸のそれに近い。それでは本酵素はgalactanase類なのかchitosanase(chtinase)類に属するものなのか興味のあるところであった。

 精製酵素のN末及びlysylendopeptidase分解産物のアミノ酸配列を決定し、予想されるDNA配列からオリゴヌクレオチドを合成した。これをプライマーに、Pseudomonas sp.881のtotalDNAをテンペレートに、PCRを行いDNA断片260bpを合成した。この合成DNAの配列を決定し、酵素タンパク質のアミノ酸配列をコードしていることを確認した。このDNA配列から再度オリゴヌクレオチドを合成し、32Pラベルしてプローブとした。サザンプロットの結果、目的DNAはEcoRI6.2kb断片中に存在した。charomid9-36に連結し、E.coli DH-1株を形質転換した。形質転換株6,000コロニーから2株のポジティブクローンを取得した。次いで、この6.2kb断片を各種制限酵素で分解し、pUC119もしくは118にサブクローニングした。lacプロモータに対し、順向き (pGNE,pGNM,pGNA,pGNS)と逆向きもの(pGNEK,pGNSR)についてP-GalNase活性を測定したところ、lacプロモーターに順向きのものはペリプラズム層に酵素を生産していた。これに対し逆向きものでは発現していなかった。このことは本遺伝子が大腸菌の発現系を利用して発現していることを示している。DNA配列を決定したところ本酵素のORFは882bpで294アミノ酸をコードしていた。その結果、成熟タンパク質のN末と翻訳開始メチオニンとは51アミノ酸離れていた。そのうち37アミノ酸が典型的なシグナル配列で、グラム陰性菌のものとしてはかなり長いものであった。コドン使用頻度ではPseudomonas aeruginosaのそれによく似ており、第3コドンのGC含量は90%を越えていた。大腸菌で発現されるP-GalNaseを精製したところ、SDS-PAGEで原菌の成熟タンパク質(31kD)と同じか、やや大きい所に2本バンドが認められた(p-1,p-2)。FPLCで3者の分子量を測定したところDNA配列から予想される分子量(27.2kD)に一致した。p-1、p-2のN末配列を決定したところ翻訳開始Metから37、49アミノ酸がそれぞれ失われていた。アミノ酸配列上からは-51Metから-15Alaまでの37アミノ酸が典型的なシグナル配列で-14Pheから-1Alaまでがプロ配列の様に思われるが、51アミノ酸の全てがシグナル配列であることも考えられる。

 GenBankのSWISS-PLOTに登録される全タンパク質についてホモロジー検索を行った。しかし、酵素タンパク質全体に渡って類似するものは存在しなかった。ところが、キチナーゼ関連酵素の2保存領域と一致する配列が認められ、特に活性発現に関与していると考えられている4アミノ酸(S,G,D,E)を持っていた。その結果、本酵素がペクチナーゼやキトサナーゼではなくキチナーゼ類縁酵素であることが明らかとなった。

5)(オリゴ糖生産および精製性質)

 本酵素の最適よりも低いpHで反応させることで高級オリゴ糖を効率良く生産させ、弱イオン交換体に吸着させ食塩で流出させる事で各GOSを分離精製することが出来た。精製GOSは新規のオリゴ糖でその各種性質は初めて報告されるものである。中でも重要な性質と思われるのは旋光度と重合度との関係で[]n=n×103/(MW)n{28.69(n-1)/n+7.23} (n>1)に示す関係が成り立ち、旋光度を測定することで簡単に重合度を特定することができる。本新規オリゴ糖は1988年からフナコシ製薬(株)より生化学試薬として市販されている。

審査要旨

 自然界に存在する-1,4-ポリガラクトサミンはNeurospora crassaやAspergillus oryzaeなどの糸状菌の細胞壁成分やAspergillus parasiticusが生産する菌体外多糖など極く少数のものに限られた希少な多糖であると考えられていた。しかし,Paecilomyces sp.I-1,Cordyceps ophioglossoidesや更には多くの黄麹菌が同様なポリガラクトサミンを菌体外に生産していることが明らかにされるにつれ,意外に広く分布していると考えられるようになり,-1,4-ポリガラクトサミンを分解,資化する微生物も広く存在していると予想されたが,本多糖を加水分解する-1,4-ポリガラクトサミニダーゼの存在を示した報告はこれまで皆無であった。

 本論文はこのような酵素の生産菌を分離・同定し,その酵素学的な性質を明らかにするとともに,遺伝学的手法を用いて,本酵素の分類学的位置を推定,あわせて本酵素を用いた新規オリゴ糖であるガラクトサミノオリゴ糖の工業的生産について述べたもので7章よりなっている。

 第1章では本酵素の基質である-1,4-ポリガラクトサミン構造上の特徴を,類似多糖であるキトサンきペクチン酸と比較して述べ,酵素分解産物である-1,4-ガラクトサミノオリゴ糖生産の意義について述べている。

 第2章では-1,4-ポリガラクトサミン分解酵素生産菌のスクリーニングについて述べている。本多糖のような抗菌性を有する物質を基質とし,かつ誘導型の分解酵素生産菌のスクリーニングを試みたが,本多糖を唯一の炭素源,窒素源とした場合には目的の微生物は分離されなかった。そこで,通常の栄養源を少量含む培地に-1,4-ポリガラクトサミンを炭素源および窒素源として加え,目的酵素の生産菌の分離を試みた結果,土壌中より18株の分解酵素生産菌を得ることに成功している。

 第3章では-1,4-ポリガラクトサミン分解酵素生産菌の同定について述べている。分離した18株のうち酵素生産力の強いと思われた5株について同定試験を行ったところ,それら-1,4-ポリガラクトサミン分解酵素生産菌5株のすべてがPseudomonas属に属する新種の菌であったことを述べている。

 第4章では分離菌のひとつであるPseudomonas sp.881が生産する-1,4-ポリガラクトサミン分解酵素の精製とその酵素化学的性質について述べている。本酵素が基質によって誘導生産されるエンド型の-1,4-ポリガラクトサミン分解酵素であることを明らかにし,さらに,オリゴ糖に対する分解特性からサブサイトの構造を推定し,その分解特性と強い転移反応を示すことでエンド型の酵素でありながら分解産物としてガラクトサミンモノマーをほとんど生じない性質を持つことを明らかにしている。

 第5章では-1,4-ポリガラクトサミン分解酵素遺伝子のクローニングとそのDNA配列について述べている。精製酵素の一部のアミノ酸配列を決定し,その配列から予想されるオリゴヌクレオチドを合成し,PCRを行って目的遺伝子の一部の配列を明らかにした。さらにそれに基づいて新たにオリゴヌクレオチドを合成,これをラベルしてプローブを作成,目的遺伝子の世界で初めてのクローニングとDNA配列の決定に成功している。このDNA配列から本酵素の全アミノ酸配列を決定し,その類似性から本酵素がペクチナーゼや,キトサナーゼよりもキチナーゼに近い酵素であることを明らかにしている。

 第6章では-1,4-ポリガラクトサミン分解酵素遺伝子の大腸菌における発現について述べている。本酵素遺伝子は大腸菌においてpUCプラスミドのlacプロモーター支配下で発現し,産物は大腸菌ペリプラズムからのみ回収されること,N-末端アミノ酸配列の異なる2種類の酵素が生産され,ブレプロタンパク質として生合成される可能性があることを明らかにしている。

 第7章では本酵素による-1,4-ポリガラクトサミノオリゴ糖の生産と今後の展開について述べ,本酵素を利用することによって新規オリゴ糖であるガラクトサミノオリゴ糖(GOS)を工業的に効率よく生産し,これを商品として社会に提供していることについて述べている。

 以上要するに,本研究は新規酵素である-1,4-ポリガラクトサミン分解酵素に関し,その分解酵素生産菌を分離・同定し,酵素についての基礎的知見を得,かつ本酵素がどのような酵素群に所属するかを明らかにし、併せて新規オリゴ糖である-1,4-ポリガラクトサミノオリゴ糖類の工業的生産を達成したもので学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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