アポリポプロテインEは、生体にとって必須な脂質成分であるトリグリセリド、コレステロールエステルなどの血中での移動に関与するアポ蛋白の一種であり、とくにその末梢組織(血管)から肝臓へ脂質を転送する働きは動脈硬化治療の可能性も含めて注目を集めている。また、最近はアルツハイマー病との関与についても研究されている。 このような生体内蛋白を大量に得るためには、これまで組換えDNA技術を用いた手法が検討されてきた。その中で、宿主としての酵母は真核生物であり、動物細胞に比べ増殖も早く、安価な培地を用いて容易に大量(高密度)培養できるなどの特徴を有する。また、蛋白を分泌生産させることは、以後の精製の簡便さ、活性体として発現される場合が多いなどの多くの利点を有することから、真核生物に共通する蛋白分泌機構(オルガネラ)を有する酵母は異種蛋白を分泌生産させる宿主としても期待されている。 これまでにアポリポプロテインEを酵母を用いて発現させた報告によると、ヒトアポリポプロテインEは酵母Saccharomyces cerevisiaeの有するプロテアーゼに高い感受性を示し、その分泌生産には外因性のコレステロールを取り込み、エステル化する形質を示す変異株を用いることが必須であるが、その分泌生産量は極微量であるとされている。ただ、これまでにその分泌発現に関して、酵母で有用に機能することが知られているシグナルペプチドを用いた検討についてはまだ報告されていない。 そこで本研究においては、まず、ラットアポリポプロテインEを用いて、ムコールレンニンのシグナルペプチドの有用性について検討するとともに、その様々な領域を用いた際の分泌効率について検討した。次に、これらの知見に基づいてヒトアポリポプロテインEについても同様に検討し、合わせて最大分泌生産量を得るための様々な諸因子について検討した。さらに、ヒトアポリポプロテインEを分泌させる担体としての機能について、ムコールレンニン同様、酵母から高分泌生産されることが知られているヒト血清アルブミンについても検討した。 まず、ラットアポリポプロテインEの酵母S.cerevisiaeからの分泌発現の検討に際し、その遺伝子をラット肝臓から調製したcDNAライブラリーよりPCR法にて取得した。このラットアポリポプロテインE遺伝子を酵母S.cerevisiaeにおいてGAL7プロモーターの支配下、発現を試みたが、酵母細胞内外でラットアポリポプロテインEを検出することはできなかった。そこで、これまでに酵母からの異種蛋白の分泌生産に成功している毛かびMucorpusillusの分泌するアスパラギン酸プロテアーゼ(ムコールレンニン)のプレ配列、プレプロ配列をラットアポリポプロテインEの成熟体配列に連結し,同様に発現を試みたが、酵母細胞内外でラットアポリポプロテインEを検出することはできなかった。しかしながら、全ムコールレンニン配列の下流にラットアポリポプロテインEの成熟体配列を連結した場合には顕著な量のその分泌発現に成功した。酵母細胞内ではプロ体と推測されるムコールレンニンとの融合蛋白が検出された。培養上清中では76,74kDaの分子が観察された。ムコールレンニンとラットアポリポプロテインEから推定される融合蛋白の分子量は76kDaであること、これらの蛋白をEndoH処理した結果、72kDaの大きさに収束したこと、ラットアポリポプロテインEにはN型糖鎖付加に必須な配列がないことより、これら2種類の大きさの分子は、ムコールレンニンのN型糖鎖の多様性によるものと考えられた。培地中に分泌された融合蛋白は培養後期に分解された。さらにムコールレンニンとラットアポリポプロテインE抗体による検討の結果、その融合蛋白のうちでもラットアポリポプロテインE部分が選択的に分解されていることが明らかになった。この結果について酵母のプロテアーゼA欠損株であるAB103-1(pep4)を用いて検討したところ、分泌量は数分の一に低下したが、培地中での分解は完全に抑えられた。このことから、この融合蛋白の培地中での分解にはプロテアーゼAが関与していることが明らかになった。 これらの知見に基づいて、次にヒトアポリポプロテインEの酵母S.cerevisiaeからの分泌生産について同様に検討すると共に、最大分泌生産量を得るための諸因子について検討した。まず、ヒト肝臓mRNAから調製したcDNAライブラリーよりPCR法にてヒトアポリポプロテインE遺伝子を増幅しクローニングした。この遺伝子を用いてラットの場合と同様にムコールレンニンのシグナルペプチド等の有用性について検討した。その結果、ヒトアポリポプロテインE自身のシグナル配列、ムコールレンニンのプレプロ配列を用いてGAL7プロモーターの支配下、それらの発現を試みたが酵母細胞内外でヒトアポリポプロテインEは検出できなかった。しかしながら、全ムコールレンニン配列の下流にヒトアポリポプロテインEの成熟体配列を連結した場合には顕著な量のその分泌発現に成功した。また、プロテアーゼ活性を消失させた変異ムコールレンニンと融合させた場合も同様に発現した。培地中に分泌された融合蛋白は76,74kDaの分子が観察され、EndoH処理の結果等から融合させたムコールレンニンの糖鎖の多様性が考察された。また、活性消失変異ムコールレンニンとの融合蛋白を発現させた場合にはこれらの蛋白以外にやや大きい分子が観察された。これらの分子は酵母細胞内で観察された分子の大きさに等しいこと、酵母から分泌されたムコールレンニンはプロ体として分泌された後に、培地中にてプロッセシングされることより、プロ体ムコールレンニンとの融合蛋白によるものと推測された。培地中へ分泌された融合蛋白は培養後期には分解された。この現象は活性消失変異ムコールレンニンとの融合蛋白を発現させた場合にも観察されたことから、この分解には主に宿主由来のプロテアーゼ活性が関与していると考えられた。培地中での融合蛋白の分解を抑制するために培養条件を検討した結果、通常の窒素源の3倍量を含むYPGal培地を用いた場合には、その培地中での分解はほとんど抑えられた。培地中のpHについて検討したところ、培養後期には通常のYPGal培地では酸性に傾くが、窒素源を3倍にした場合には、逆に中性から弱アルカリ性に変化していた。そこで融合蛋白の分解と培地のpHとの関係について、pHを中性に保つための緩衝剤を加えた培地を用いて検討したところ、融合蛋白の分解はかなり抑えられた。このことから、培地中のpHを調整することにより宿主の細胞外プロテアーゼ活性を制御できることが明らかになった。また、これらのプラスミドの安定性について検討した結果、プロモーター活性を誘導するYPGal培地で培養した場合にはかなり不安定であることが明らかになった。そこで染色体組込み型ベクターを構築し検討したところ、その分泌生産量は向上した。これら諸因子の検討を重ねた結果、その融合蛋白の分泌量は53.0mg/Lに達した。また、この融合蛋白はヒトアポリポプロテインEの有する生物活性のひとつであるヘパリン結合能を保持していた。 ヒトアポリポプロテインEを分泌させる分泌担体としての機能を有する蛋白について酵母より高分泌生産されることが知られている蛋白の中からヒト血清アルブミンについて検討した。まず、ヒト肝臓cDNAライブラリーよりPCR法にてヒト血清アルブミン遺伝子を増幅し、クローニングした。ヒト血清アルブミンを酵母S.cerevisiaeから効率よく分泌させるには、そのプロ配列の除去が必要であること、ヒト血清アルブミンは3つのドメインからなることから、そのプロ配列を除去し、3種類のドメイン長を有する遺伝子を調製した。これらを酵母S.cerevisiaeにおいてGAL7プロモーターの支配下、発現を試みた結果、各々の蛋白は顕著に培地中に分泌された。そこで、これらの遺伝子の下流にヒトアポリポプロテインE遺伝子を連結し、それを分泌させる担体としての機能について検討した。その結果、ヒトアポリポプロテインE単体で発現させた場合には酵母細胞内外で発現が確認されなかったが、ヒト血清アルブミンの各ドメインと融合させた場合には酵母細胞内外でヒトアポリポプロテインEは検出された。また、ドメイン1とドメイン3までを各々ヒトアポリポプロテインEと融合させた場合、酵母細胞内外での全発現量は後者がヒトアポリポプロテインEとして約2倍であったが、細胞外への分泌量は約100倍向上した。これらのことはヒト血清アルブミンの分子の大きさにより、酵母の有するプロテアーゼに対する保護基としての機能は同程度であっても、ヒトアポリポプロテインEを分泌させる担体としての機能には大きな差があることを示している。 酵母より異種蛋白を効率よく分泌発現させるには、シグナルペプチドの効率もさることながら、その蛋白自身の性質に負うところも大きい。したがって、アポリポプロテインEのように酵母より"分泌されにくく"、そのプロテアーゼに高い感受性を示す蛋白を高分泌発現させるには、本実験で明らかにしたように、酵母から高分泌される蛋白と融合蛋白にすることより、"分泌されやすい"蛋白として発現させることもひとつの方法である。このような手法は異種蛋白生産の宿主としての酵母の可能性をより一層広げるものと考えている。 |