学位論文要旨



No 212454
著者(漢字) 乘松,真理
著者(英字)
著者(カナ) ノリマツ,マリ
標題(和) 豚に対する細菌性内毒素の作用に関する研究
標題(洋) Studies on Responses to Bacterial Lipopolysaccharides in Pigs
報告番号 212454
報告番号 乙12454
学位授与日 1995.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第12454号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 板垣,慎一
内容要旨

 近年、家畜衛生分野において大腸菌感染症やヘモフィルス感染症といったグラム陰性菌を原因とする慢性感染症の防除が重視されつつあるのに伴い、グラム陰性菌を主剤とする動物用ワクチンが増えつつある。グラム陰性菌共通の細胞壁の構成成分である内毒素は、人や実験動物に対して様々な生物活性を示すことが知られている。特に、内毒素に基づく発熱やショック等は、ワクチンの安全性を考える上で看過できない問題となっている。さらに、現在承認されている家畜のグラム陰性菌不活化ワクチンには、アジュバントとしてアルミニウムゲルあるいはオイルが添加されており、これらアジュバントの内毒素の作用に及ぼす影響を明らかにすることも重要である。

 一方、家畜に対する内毒素の作用については不明な点が多く、ワクチン対象動物に対する内毒素の作用を明らかにすることはワクチンに起因する副作用を回避する上で極めて重要な研究課題といえる。

 本論文では、内毒素の本態として知られているリポポリサッカライド(LPS)を用い、ワクチン対象動物の一つである豚における内毒素の基本的作用を確認し、ついで、豚と同様の反応を示したマウスをモデルとして、内毒素の作用の一つである免疫系への影響について検討を加えた。さらに、実際のワクチンを想定し、内毒素の作用に及ぼすアジュバントの影響についても検討した。

1豚に対する内毒素の作用

 若齢豚に大腸菌由来のLPS(0.0001〜2mg/kg)を静脈内投与した結果、臨床的に末梢血白血球の一過性の減少、発熱、嘔吐、起立困難及び死亡が用量依存性に観察された。病理組織学的には、致死量あるいはそれに近い量を投与した豚で、投与1日後に胃の充鬱血・出血、肝壊死、血栓形成及び胸腺やリンパ節でのリンパ球のアポトーシスが認められた。また、血中の内毒素、腫瘍壊死因子(TNF-)及び副腎皮質ホルモンがほぼ用量依存性に検出された。

 以上のように、従来報告されてきた豚に対するLPSの作用に加え、リンパ器官でのアポトーシスが初めて明らかにされ、内毒素を含むワクチンによって免疫抑制が誘導される可能性が示された。また、豚に対するLPSの作用の指標として、血中TNF-や副腎皮質ホルモンの動態が重要であることが示された。

2マウスに対する内毒素の作用-豚との比較

 LPS感受性(C3H/HeN)及び抵抗性(C3H/HeJ)マウスに大腸菌由来のLPSを静脈内投与したところ、豚と同様の病理学的変化が観察され、特に投与1日後に胸腺、リンパ節及び脾臓でアポトーシスによるリンパ球死が顕著に認められた。血中TNF-及び副腎皮質ホルモンは、感受性マウスで高い値を示した。また、血中副腎皮質ホルモンの推移は、リンパ球アポトーシスの発現と一致していた。

 以上のように、LPS感受性マウスで豚と同様の病理学的及び病態生理学的変化が認められたことから、LPS感受性マウスが豚に対するLPSの作用を解析するモデルとして有用であることが示された。

3LPSの免疫系に及ぼす影響

 豚に大腸菌由来のLPS(0.5mg/kg)を筋肉内投与したところ、組織学的に胸腺皮質の菲薄化が、また、フローサイトメトリーによってCD4+CD8+細胞を主体とする胸腺細胞の減少が、それぞれ投与後7日目においても顕著に観察された。

 マウスモデルでのフローサイトメトリーによる経時的解析の結果、胸腺ではLPS投与2日後にCD4+CD8+細胞を主体とする胸腺細胞の減少が認められ、5日目にCD4+CD8+細胞がほとんど消失した後、投与21日後に対照群と同様の細胞数及びFACSパターンに回復した。脾臓や末梢血でも投与後2日目にTリンパ球の減少が認められた。さらに動物用診断薬である精製鳥型ツベルクリンを用いた遅延型過敏症反応によって細胞性免疫能を検討したところ、LPS投与後2日月に免疫能の低下が認められた。ついで、LPSの複数回投与の影響を検討した。初回投与後14日目に2回目投与を行ったところ、2回目投与後2日目の胸腺細胞やT細胞の減少さらに細胞性免疫能の低下は、初回投与後2日目のそれと比べて有意に緩和された。

 以上のように、LPSによって細胞性免疫能が抑制されることが確認され、その一因として全身性のT細胞減少が考えられた。一方、LPSの反復投与によって細胞性免疫能の抑制が緩和されることも示された。このことは、家畜の内毒素への暴露歴の違い(グラム陰性菌感染歴の有無等)によって、LPSの免疫系に及ぼす作用の強さが変化する可能性を示唆している。

4豚に対する内毒素の作用に及ぼすアジュバントの影響

 若齢豚に、大腸菌LPSを生理食塩水、アルミニウムアジュバント及びオイルアジュバントに添加して筋肉内投与したところ、両アジュバント群で白血球減少や震えといった臨床症状が軽減された。また、アジュバント群では、生理食塩水群と比較して、血中TNF-及び副腎皮質ホルモンが明らかに低い値を示した。さらに、アジュバント群では血中内毒素値が生理食塩水群と比べて低く、それにも拘らず長時間検出された。また、アルミニウムアジュバントはLPSのマウス致死活性及びリムルス活性を顕著に抑制した。

 以上のように、アジュバント添加によってLPSに対する全身性反応が緩和され、特にアルミニウムは直接的にLPSの活性を抑制することが明らかにされた。また、LPSの生体に対する作用の指標として、血中TNF-及び副腎皮質ホルモンが有用であることが示唆された。

 以上、本研究の結果、(1)豚に対するLPSの作用として、従来報告されてきたもののほかに、リンパ器官でのアポトーシスが初めて明らかにされた。(2)豚に対するLPSの作用の指標として、血中TNF-及び副腎皮質ホルモンの動態が重要であることが示された。(3)LPS感受性マウスは豚と同様の病理学的及び病態生理学的変化を示すことから、豚に対するLPSの作用を解析するモデルとして有用であることが示された。(4)LPS感受性マウスを用いてLPSの免疫系への影響を検討したところ、LPSが細胞性免疫抑制を誘導することが確認され、その一因として全身性のT細胞の減少が考えられた。また、生体のLPSへの暴露歴の違いによって、LPSの免疫系への影響が変化する可能性が示唆された。(5)アルミニウム及びオイルアジュバントの添加によって、LPSに対する全身性反応は軽減されることが示された。このように、本研究では、豚に対する細菌性内毒素の生物活性について新たな面を明らかにし、グラム陰性菌ワクチンの安全性評価のための基礎となる重要な知見を得ることができた。

審査要旨

 本研究では,ワクチン中に含まれる細菌性内毒素の家畜に対する作用を明らかにすることを目的として,内毒素の本態であるリポポリサッカライド(LPS)を用い,ワクチン対象動物の一つである豚における内毒素の基本的作用を確認し,ついで,豚と同様の反応を示したマウスをモデルとして,内毒素の作用の一つである免疫系への影響について検討したものである。さらに,グラム陰性菌不活化ワクチンに添加されているアジュバントの内毒素の作用に対する影響についても検討を加えている。得られた主な結果は以下の通りである。

 1.若齢豚に大腸菌由来のLPS(0.0001〜2mg/kg)を静脈内投与した結果,従来報告されてきた豚に対するLPSの作用に加え,リンパ器官でのアポトーシスが初めて明らかにされ,内毒素を含むワクチンによって免疫抑制が誘導される可能性が示された。また,血中の内毒素,腫瘍壊死因子(TMF-)および副腎皮質ホルモンがほぼ用量依存性に検出され,豚に対するLPSの作用の指標として,血中TNF-や副腎皮質ホルモンの動態が重要であることが示された。

 2.LPS感受性(C3H/HeN)および抵抗性(C3H/HeJ)マウスに大腸菌由来のLPSを静脈内投与したところ,LPS感受性マウスで豚と同様の病理学的および病態生理学的変化が認められたことから, LPS感受性マウスは豚に対するLPSの作用を解析するモデルとして有用であることが示された。

 3.LPS筋肉内投与後の豚およびマウス胸腺をフローサイトメトリーで解析したところ,CD4+CD8+細胞を主体とする胸腺細胞の減少が認められた。脾臓や末梢血でもTリンパ球の減少が認められた。さらに,精製鳥型ツベルクリンを用いた遅延型過敏症反応によって細胞性免疫能を検討したところ.LPS投与によって細胞性免疫能が抑制されることが確認され,その一因として上述した全身性のT細胞減少が考えられた。ついで,LPSの複数回投与の影響を検討したところ,反復投与によって細胞性免疫能の抑制が緩和されることも示された。このことは,家畜の内毒素への暴露歴の違いによって,LPSの免疫系に及ぼす作用の強さが変化する可能性を示唆している。

 4.若齢豚に,大腸菌LPSを生理食塩水,アルミニウムアジュバントおよびオイルアジュバントに添加して筋肉内投与したところ,両アジュバント群でLPSに対する全身性反応が緩和され,特にアルミニウムは直接的にLPSの活性を抑制することが明らかにされた。また,本実験系においても,LPSの生体に対する作用の指標として,血中TNE-および副腎皮質ホルモンが有用であることが確認された。

 以上,本研究は,豚に対するLPSの作用として,従来報告されてきたもののほかに,リンパ球のアポトーシスという新たな知見を加えて,また,LPS作用の指標として,血中TNF-および副腎皮質ホルモンの動態が重要であることを明らかにした。 さらに,豚に対するLPSの作用を解析するモデルとしてLPS感受性マウスを用い,LPSによって,全身性のT細胞減少が一因をなすと考えられる細胞性免疫抑制が誘導されることを明らかにした。 また,アジュパントの添加によってLPSC対する反応が軽減されることも示した。 これらの知見は, 細菌性内毒素の生物活性の詳細の解明,ダラム陰性菌ワクチンの安全性評価法の確立に大きく寄与するものと考えられ,審査員一同,本研究は博士(獣医学)の学位として十分な内容をもつものと判定した。

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