学位論文要旨



No 212455
著者(漢字) 笹生,好久
著者(英字)
著者(カナ) サソウ,ヨシヒサ
標題(和) ウサギ粥状動脈硬化モデルの開発と利用に関する実験病理学的研究
標題(洋)
報告番号 212455
報告番号 乙12455
学位授与日 1995.09.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第12455号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 菅野,茂
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 板垣,慎一
内容要旨

 高脂肪食飼育ウサギは,代表的な粥状動脈硬化モデルとして多用されてきたが,ヒトの粥状動脈硬化患者にはみられないような血清脂質の顕著な上昇と全身性の脂肪沈着を示して全身状態が悪化するなど,病態モデルとしては必ずしも適切とは言い難い.そこで,本研究ではまずヒトの病態により近いモデルの作成を試み,ついで抗動脈硬化薬の薬効評価系としての本モデルの有用性について検討した.さらに、本モデルで抗動脈硬化作用が確認されたカルシウム拮抗薬・クレンチアゼムの抗勤脈硬化作用のメカニズムを,血管平滑筋細胞(Smooth Muscle Cell,SMC)の増殖との関連で,in vivoおよびin vitroの実験系で追求した.

(1)新しいウサギ粥状動脈硬化モデルの作出

 0.2%コレステロールと6%ピーナツ油を添加した飼料で4週間飼育したウサギの大動脈内皮をバルーン・カテーテルで剥離し,さらに4週間問じ飼料で飼育した(大動脈内皮剥離モデル).また,この新規モデルを,従来の食餌性粥状硬化モデル(0.5%コレステロールと3%大豆油あるいは6%ピーナツ油添加食で14週間飼育)と比較した.

 食餌性粥状硬化モデルでは,血清コレステロール値の異常な上昇や肝臓および副腎等の脂質沈着が観察され,特にピーナツ油添加食飼育群では心筋梗塞による死亡例も認められた.病理学的には,粥腫形成は大動脈弓部で最も強く,ヒトでの病変分布とは異なっていた.

 一方,大動脈内皮剥離モデルでは,ヒトの高コレステロール患者で観察される程度の血清コレステロール・レベルを示し,また,病変の分布(粥腫形成は腹部大動脈で最も顕著)ならびに病理組織学的性状もヒトのそれに良く似ていた.さらに,粥状硬化の発現に要する期間も,過去の報告に比べ短期間で十分であった.このように,申請者が作出した新しいウサギ・モデルは,従来の代表的なモデルと比べて,よりヒトのそれに近い病態を,より短期間で再現できることが示された.

(2)新しいウサギ粥状動脈硬化モデルの薬効評価系としての有用性

 上記の大動脈内皮剥離モデルの,薬効評価系としての有用性を評価する試みのひとつとして,カルシウム拮抗薬・ジルチアゼムおよびクレンチアゼムの抗動脈硬化作用を,このモデルを用いて評価した.ジルチアゼムとクレンチアゼムは,手術日から殺処分前日まで毎日各々30mg/kgずつ経口投与した.薬物の大動脈粥状硬化病変に対する作用は,一匹につき10カ所の大動脈横断切片を作り,その切片上における内膜及び中膜の面積比を用いて評価した.

 その結果,ジルチアゼムおよびクレンチアゼムはともに,血清脂質レベルおよび大動脈脂質含量に影響を与えることなく,大動脈粥状硬化病変の形成と大動脈壁コラーゲン含量の増加を抑制した.また,この抑制効果は,両薬剤のカルシウム拮抗作用の強さに比例していた.このように,大動脈内皮剥離モデルは,カルシウム拮抗薬の抗動脈硬化作用の薬効評価系として利用できることが明らかにされた.さらに,本モデルは,経皮的冠動脈形成術(Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty,PTCA)後再狭窄防止薬の薬効評価系としても応用可能なことが示唆された.

(3)クレンチアゼムの抗動脈硬化作用

 上記のように,カルシウム拮杭薬・クレンチアゼムはin vivoで大動脈粥状硬化病変の形成を抑制することが示された.そこで,この抗動脈硬化作用のメカニズムの一端を明らかにするため,主として動脈硬化病変の発症・進展に深く関わっているSMCの増殖に及ぼす影響を中心に検索した.また,動脈硬化と深い関係のある血圧に対する作用についても検討し,以下の結果を得た.

 1.クレンチアゼムは,ヒト及びウサギ血小板のコラーゲン誘起凝集を抑制し,同時にヒト血小板からの血小板由来増殖因子(Platelet-derived Growth Factor,PDGE)遊離を抑制した.

 2.クレンチアゼムは,ウサギの大動脈SMCを,10%牛胎児血清あるいは30ng/mlのPDGFで刺激したときの、細胞数の増加とDNA合成亢進に対し,細胞障害性を示さない濃度で抑制作用を示した.

 3.クレンチアゼムは,マウスBALB/c3T3細胞のPDGF受容体チロシンリン酸化及びPDGF受容体量に影響を与えなかった.

 4.クレンチアゼムは,無麻酔拘束ウサギに対し,30mg/kg以上の経口投与量で用量依存的な降圧作用を示した.

 以上から,クレンチアゼムは降圧作用に加え,SMCの増殖に対して直接的な抑制作用を示すとともに,血小板機能の調節を介しPDGFの遊離を抑制する事が明らかとなった.すなわち,クレンチアゼムはSMCの増殖を直接的および間接的に抑制し,その結果抗動脈硬化作用を示すものと考えられた.

 以上,本研究で新たに作出した粥状動脈硬化モデル(ウサギ大動脈内皮剥離モデル)は,抗動脈硬化薬やPTCA後再狭窄防止薬の開発・研究上極めて有用な病態モデルとして利用できるものと考えられる.

審査要旨

 高脂肪食飼育ウサギは、代表的な粥状動脈硬化モデルとして多用されてきたが、ヒトの粥状動脈硬化患者にはみられないような血清脂質の顕著な上昇と全身性の脂肪沈着を示して全身状態が悪化するなど、病態モデルとしては必ずしも適切とは言い難い。そこで、本研究ではまずヒトの病態により近いモデルの作製を試み、ついで抗動脈硬化薬の薬効評価系としての本モデルの有用性について検討した。さらに、本モデルで抗動脈硬化作用が確認されたカルシウム拮抗薬・クレンチアゼムの抗動脈硬化作用のメカニズムを、血管平滑筋細胞(Smooth Muscle Cell,SMC)の増殖との関連で検索した。

 0.2%コレステロールと6%ピーナッツ油を添加した飼料で4週間飼育したウサギの大動脈内皮をバルーンカテーテルで剥離し、さらに4週間同じ飼料で飼育した(大動脈内皮剥離モデル)。また、この新規モデルを、従来の食餌性粥状硬化モデル(0.5%コレステロールと3%大豆油あるいは6%ピーナッツ油添加食で14週間飼育)と比較した。従来の食餌性粥状硬化モデルでは、血清コレステロール値の異常な上昇や肝臓および副腎等の脂質沈着が観察され、心筋梗塞による死亡例も認められた。粥腫形成は大動脈弓部で最も強く、ヒトでの病変分布とは異なっていた。一方、大動脈内皮剥離モデルでは、ヒトの高コレステロール患者で観察される程度の血清コレステロール値を示し、また病変の分布(粥腫形成は腹部大動脈で最も顕著)およびその性状もヒトのそれと類似していた。さらに、粥状硬化の発現に要する期間も、過去の報告に比べて短期間であった。このように、新しいウサギモデルは従来のモデルと比べて、ヒトの粥状硬化により近い病態をより短期間で再現できることが示された。

 次に上記の大動脈内皮剥離モデルの、薬効評価系としての有用性を評価する試みのひとつとして、カルシウム拮抗薬ジルチアゼムおよびクレンチアゼムの抗動脈硬化作用を、このモデルを用いて評価した。ジルチアゼムとクレンチアゼムは手術日から殺処分前日まで毎日各々30mg/kgずつ経口投与した。薬物の効果は切片上における内膜および中膜の面積比を用いて評価した。その結果、ジルチアゼムおよびクレンチアゼムはともに、血清脂質レベルおよび大動脈脂質含量に影響を与えることなく、大動脈粥状硬化病変の形成と大動脈壁コラーゲン含量の増加を抑制した。また、この抑制効果は両薬剤のカルシウム拮抗作用の強さに比例していた。このように、大動脈内皮剥離モデルはカルシウム拮抗薬の抗動脈硬化作用の薬効評価系として有用であることが明らかになった。さらに、本モデルは経皮的冠動脈形成術 (Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty,PTCA)後再狭窄防止薬の薬効評価系としても応用可能であることも示唆された。

 次に、上述したクレンチアゼムの抗動脈硬化作用のメカニズムを明らかにするため、動脈硬化病変の発生進展に深くかかわっているSMCの増殖に及ぼす影響および血圧に対する作用について検索した。その結果、クレンチアゼムは、(1)ヒトおよびウサギ血小板のコラーゲン誘起凝集とヒト血小板からの血小板由来増殖因子(Platelet-Derived Growth Factor,PDGF)遊離とを抑制した、(2)ウシ胎仔血清あるいはPDGFで刺激した後のウサギ大動脈SMCの細胞数増加とDNA合成亢進とを、細胞障害を示さない濃度で抑制した、(3)マウスBALB/3T3細胞のPDGF受容体量およびPDGF受容体チロシンリン酸化に影響を与えなかった、(4)無麻酔拘束ウサギに対し、30mg/kg以上の経口投与量で用量依存的な抗圧作用を示した。従って、クレンチアゼムは抗圧作用に加え、SMCの増殖を直接的に抑制すること、血小板機能の調節を介してPDGFの遊離を抑制することが明らかになった。すなわち、クレンチアゼムの抗動脈硬化作用は直接的、間接的なSMCの増殖抑制によるものと考えられた。

 以上、本研究で新たに作出した粥状動脈硬化モデル(ウサギ大動脈内皮剥離モデル)は抗動脈硬化薬の開発・研究上極めて有用な病態モデルとして利用できるものと考えられ、循環器系疾患の治療薬開発および臨床研究進展への多大な貢献が期待される。よって審査委員一同は、申請者が博士(獣医学)の学位を受けるにふさわしいと判定した。

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