緒言 近年、周産期医学の進歩により胎児の予後は改善されてきたが、low risk妊娠例においても、予期せぬ胎児死亡や障害の発生に遭遇することがあり妊娠中及び分娩時の管理には未だ改善の余地が残されている。 分娩前のfetal monitoringとして現在、fetal heart rate monitoringや超音波断層法による胎児発育評価及び行動観察などのbiophysical methodが広く用いられているが、一般臨床において、これらを全例に定期的に行うことは、効率,費用や要員の確保などの点から必ずしも推奨されていない。簡単なスクリーニング法によって、low risk妊娠例の中から胎児仮死発生の可能性が高い症例を抽出できれば、それらに対して、より診断精度の高い検査を行い、胎児仮死の早期診断が容易になると思われる。そこで、胎児胎盤系に由来する物質に着目し、low risk妊娠例を対象に、胎児仮死の予測を目的として以下の研究を行った。 1)妊娠後期の母体血中各種胎児胎盤系に由来する物質を測定することによる胎児予後判定法の精度を検討した。 2)各種検査法を組み合わせた胎児予後判別式を作成した。 3)その判別式を用いてprospective studyを行い判定精度を検討した。 対象及び方法 1)low risk妊娠例158例(初産78例、経産80例)を対象として妊娠後期、妊婦検診毎に母体末梢静脈血を採取し、同一検体についてunconjugated estriol(U.E3),11-deoxycortisol(Comp.S),human placental lactogen(hPL),cystineaminopeptidase(CAP),heat-stable alkaline phosphatase(HSAP), 1SP1glycoprotein( 1SP1)を測定した。各測定時期の検査項目別に、高値(90%タイル以上)を示した症例及び低値(10%タイル未満)を示した症例における胎児予後不良例の発生率を求め、胎児仮死発生予測精度を検査時期別、検査法別に比較検討した。陽性適中率,感受性、特異性、正診率、相対危険率を算出し比較した。 2)対象158例のうち、無作為に頭位経腟分娩例43例を選び、予後良好群(臍帯動脈血pH値7.20以上,34例)と予後不良群(臍帯動脈血pH値7.20未満,9例)に分け、両群間について6項目の検査値を用い、step wiseの判別分析を行い、各検査時期毎(2週間毎)の6種類の胎児予後判別式を作成した。同様の分析を妊娠31〜34週と妊娠36〜39週のそれぞれ4週間の検査値を用いて行い、さらに2種類の判別式を作成した。これらの判別式を用いて残りの115例を対象としてexternal checkを行った。1)と同様に、胎児仮死発生予測精度を検査時期別、判別式別に比較検討した。 3)2)の結果に基づき、予測精度のよい検査時期,検査項目及び判別式を決定し、prospective studyを行った。low risk妊娠例198例(妊娠29〜30週の測定は93例,妊娠36週の測定は105例)を対象として、妊娠29〜30週において血中U.E3,CAPを、妊娠36週においてはU.E3,CAP, 1SP1をそれぞれ測定し、前に作成した判別式を用いて判定を行い予後との関係を初産,経産別に検討した。 妊娠29-30週の判別式は  妊娠36週の判別式は  である 成績 1)各種検査法の比較では陽性適中率と特異性は妊娠29〜30週のCAP低値が最も高く、感受性,正診率と相対危険率は妊娠33〜34週のHSAP高値が最も高かった。胎児予後不良の相対危険率が3.0以上を示したのは妊娠29〜30週でのCAP低値,妊娠31〜32週でのHSAP高値,妊娠33〜34週でのU.E3高値,HSAP高値であった。 2)step wiseの方法で判別式作成に選択された主な項目は、U.E3,CAP, 1SP1であった。各時期のinternal checkの正診率は80〜100%であった。external checkでは、相対危険率は妊娠29〜36週の各時期において3.0以上を示し、特に妊娠29〜30週では5.1,妊娠36週では3.7と、比較的良好な成績が得られた。これらの成績に基づき、prospective studyでは比較的判別効率が良いと思われる、妊娠29〜30週と妊娠36週において採血し、それぞれの判別式を用いて判定を行った。 3)low risk妊娠例93例を対象とした妊娠29〜30週でのprospective studyの予測精度は初産と経産を合わせた検討対象68例では有意性は認められなかったが、初産例のみでは陽性適中率33.3%,感受性60.6%,特異性81.3%,相対危険率4.7となりP<0.05で有意性が認められた。初産例37例中9例を判定異常とした結果、その中で実際に3例が予後不良(臍帯動脈血pH値7.25未満)であった。それ以外の28例を判定正常とした結果、実際は2例が予後不良であった。判定正常例の臍帯動脈血pH値の平均値は7.29±0.04(S.D.)、判定異常例の平均値は7.24±0.05(S.D.)で、両者間にP<0.05で有意差が認められた。 low risk妊娠例105例を対象とした妊娠36週でのprospective studyの予測精度は初産と経産を合わせた検討対象76例では有意性は認められなかったが、経産例のみでは陽性適中率27.3%,感受性100%,特異性77.1%となり、P<0.01で有意性が認められた。経産例38例中11例を判定異常とした結果、その中で実際に3例が予後不良(臍帯動脈血pH値7.25未満)であった。それ以外の27例を判定正常とした結果、予後不良例はなかった。判定正常例の臍帯動脈血pH値の平均値は7.33±0.04(S.D.),判定異常例の平均値は7.29±0.07(S.D.)で、両者間にP<0.05で有意差が認められた。 考察 母体血や尿を用いた胎児胎盤機能検査は、これまで胎児発育遅延等のhigh risk妊娠例を含めて検討されており、そのような症例における臨床的意義に関する研究は多数あるが、本研究のように、胎児の発育が正常なlow risk妊娠例を対象とした、多項目検査による判定法と胎児予後との関係を検討した報告はない。 今回、比較的測定が容易な胎児胎盤系由来物質6項目を測定し、各項目別及び判別式の胎児予後予測精度を比較した結果、単一の項目より、複数の項目を用いた判別式の方が多くの週数において有意性を示した。最も予測精度の高い検査時期を選んで行ったprospective studyにおいても、妊娠29〜30週では初産例で、妊娠36週では経産例で胎児予後が有意に判別された。このように至適時期に検査を行い、本研究で作成した判別式を用いることによって、分娩時に胎児仮死となる可能性の高い症例をある程度効率良く抽出できることが示された。判別式で異常と判定された症例については、より診断精度の高い検査法を用いてfetal monitoringを行い、胎児仮死を早期に診断することによって胎児の安全性が高まると考えられる。今後更に多数例について検討し、改良を加え、実地臨床に応用できるようにしていきたい。 結論 1)妊娠後期の母体血中各種胎児胎盤系由来物質を測定し、それらを組み合わせた判別式による胎児予後判定法を比較検討した結果、初産は妊娠29〜30週においてU.E3,CAPを経産は妊娠36週においてU.E3,CAP, 1SP1を測定し判別式を用いる判定法によって、有意に胎児予後が判別されることがわかった。 2)本研究で開発した、母体血の胎児胎盤機能検査による判別式を用いた判定法により、low risk妊娠例の中から胎児仮死発生の可能性が高い症例を抽出し、それらに対して、より診断精度の高い検査法を用いることによって、胎児仮死の早期診断が容易になると考えられた。 |