学位論文要旨



No 212458
著者(漢字) 藤井,秀太
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ヒデタ
標題(和) 哺乳動物中枢神経系の発生に関与する遺伝子群の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular characterization of genes involved in the development of the mammalian CNS
報告番号 212458
報告番号 乙12458
学位授与日 1995.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12458号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 廣川,信隆
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 高橋,智幸
 東京大学 講師 サーフェン・デービット・ウエイン
内容要旨

 中枢神経系の発生に関与している遺伝子群は主にショウジョウバエや線虫などの無脊椎動物を使い単離、解析されてきた。それらの多くは転写因子であることが分かっている。哺乳動物の中枢神経系の発生に関しては、現在ほとんど何も知られていないが、転写因子が関与していることは容易に想像される。POU転写因子はホメオボックス類似のドメインとPOU特異的ドメインを持ち、オクタマー配列(ATTTGCAT)を認識する転写因子であるが、最近になってマウスを含めた複数の生物種において特定の細胞系列に特異的に発現し、細胞の特異性の決定に関与していることがわかってきた。多能性胚性腫瘍細胞の1つであるP19細胞はレチノイン酸刺激によりin vitroで神経細胞や神経膠細胞へ分化することが知られているが、我々はこの系をモデルとして、中枢神経系に特異的に発現し哺乳動物の神経発生に関与すると思われているclass III POU転写因子(Oct-6,Brn-2,Brn-1,及びBrn-4)の発現を調べた。ゲルシフトアッセイにより、P19細胞が神経系細胞に分化するとき一種類のオクタマー配列結合因子が特異的に発現誘導されることがわかっていたが、我々は、抗Brn-2抗体によりこの因子がスーパーシフトを起こすことから、この因子がBrn-2であることを証明した。他の3つのclass III POU転写因子はノーザンプロットやゲルシフトアッセイにより、未分化なP19細胞で発現がほとんど認められず、かつ誘導の前後で発現に変化はみられなかったことから、このP19神経細胞分化系では、Brn-2遺伝子発現が選択的に誘導されることがわかった。又、P19細胞はdimetyl sulfoxide処理により心筋や骨格筋に分化することができるが、これらの細胞ではBrn-2が検出できないことから、この誘導は神経系細胞に特異的であることがわかった。このBrn-2発現誘導は神経系細胞への分化初期からみられたが、我々がアンチセンスRNAを用いてBrn-2誘導を阻害したところ、これらの細胞(227細胞と418細胞)は神経細胞や神経膠細胞へ分化することができなかった。そのかわりに、これらの細胞は平滑筋細胞や骨格筋細胞などの神経系以外の細胞に分化した。更に、418細胞のアンチセンスRNAの量を減少させたところ、それらの細胞は再び神経系細胞に分化することができた。以上の結果により、Brn-2はP19細胞の神経系細胞への分化において必須であることが示され、Brn-2が哺乳動物の中枢神経系発生に必要な遺伝子の1つであることが示唆された。 (第一部)

 次に、我々はこのP19神経細胞分化系を用いて、哺乳動物の中枢神経系発生においてin vivoで必須とされる新しい遺伝子群のクローニングを試みた。2日間分化誘導したP19細胞よりcDNAライブラリーを作成し、高感度のsubtraction hybridization法を用いてsubtracted plasmid libraryを作成した。このライブラリーの独立した11、000クローンをスクリーニングし、未分化なPl9細胞やマウスの中枢神経系以外の組織に発現されず、2日間分化誘導したP19細胞に発現される約20種類の新しいクローンを得た。更に、2日間分化誘導した227細胞由来のcDNAと対照のP19細胞由来のcDNAを使ったdifferential hybridizationにより、それらのうちいくつかはBrn-2遺伝子の下流に位置するものと思われた。我々はこれらの遺伝子のin vivoでの機能を推測するために、9.5日令マウス胎児における発現をwhole mount in situ hybridization法により調べた。大部分のクローンは中枢神経系に特異的な発現を示し、このP19神経細胞分化系がより複雑な哺乳動物の中枢神経系発生を研究するために有益な系であることが実証された。(第2部)

審査要旨

 本研究は、哺乳動物中枢神経系発生過程において重要な役割を演じていると考えられる遺伝子群のカスケードを明らかにするため、マウス胚性腫瘍細胞(P19)がレチノイン酸にて神経系細胞へ分化誘導する系を利用し、class III POU転写因子の機能解析および分化特異的遺伝子群の単離を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ノーザンプロット法により、未分化及び分化P19細胞におけるclass III POU転写因子(Oct-6,Brn-1,Brn-2,及びBrn-4)の発現を調べたところ、Brn-2のみが分化特異的に発現誘導され、他の3つの因子は分化前後でほとんど検出されなかった。

 2.ゲルシフトアッセイにより、Pl9細胞が神経系細胞に分化するとき一種類のオクタマー配列結合因子が特異的に発現誘導されることがわかっていたが、抗Brn-2抗体によりこの因子がスーパーシフトを起こすことから、この因子がBrn-2であることが示された。

 3.P19細胞がdimethyl sulfoxide処理により筋細胞に分化するときには、ゲルシフトアッセイによりBrn-2が検出されないことから、Brn-2発現誘導は神経系細胞に特異的であることが示された。

 4.アンチセンスBrn-2RNAを発現するベクターを高コピー数組み込んだ細胞(227細胞と418細胞)では、レチノイン酸誘導2日後のBrn-2蛋白量がコントロールと比較して5分の1以下に減少していた。これらの細胞はレチノイン酸誘導6日後に95%以上が死に、残った細胞は神経系の細胞へ分化することができずに平滑筋細胞や骨格筋細胞などへと分化することが示された。

 2-1

 5.418細胞をG418を加えない培養液で1週間培養すると、アンチセンスベクターのコピー数が2分の1になり、アンチセンスRNA量が数分の1に減少した(418(一)細胞)。この418(一)細胞をレチノイン酸処理すると、再び神経系の細胞へ分化することができた。以上の結果により、Brn-2はP19細胞の神経系細胞への分化において必須であることが示され、Brn-2が哺乳動物の中枢神経系発生に必要な遺伝子の1つであることが示唆された。

 6.2日間分化誘導したP19細胞よりcDNAライブラリーを作成し、高感度のsubtraction hybridization法を用いてsubtracted plasmid libraryを作成した。このライブラリーの独立した11、000クローンをスクリーニングし、未分化なP19細胞やマウスの中枢神経系以外の組織に発現されず、2日間分化誘導したP19細胞に発現される約20種類の新しいクローンを得た。更に、2日間分化誘導した227細胞由来のcDNAと対照のP19細胞由来のcDNAを使ったdifferential hybridizationにより、それらのうちいくつかはBrn-2遺伝子の下流に位置するものと考えられた。これらの遺伝子のin vivoでの機能を推測するために、9.5日令マウス胎児における発現をwhole mount in situ hybridization法により調べた。大部分のクローンは中枢神経系に特異的な発現を示し、このP19神経細胞分化系がより複雑な哺乳動物の中枢神経系発生を研究するために有益な系であることが実証された。

 以上、本論文はアンチセンスRNAを使った機能阻害実験により、マウス胚性腫瘍細胞P19がレチノイン酸処理により神経系細胞へ分化するときにBrn-2が必須であることを証明した。更に、subtraction hybridization法により、2日間分化誘導したP19細胞に特異的に発現される約20種類の新しい遺伝子をクローニングし、それらが発生中のマウス胎児の中枢神経系に特異的に発現されることをwhole mount in situ hybridization法により示した。本研究はこれまで未知に等しかった、哺乳動物中枢神経系初期発生過程に働くと考えられる遺伝子群のカスケードの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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