学位論文要旨



No 212459
著者(漢字) 中村,敬
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,タカシ
標題(和) 低出生体重児出生率の年次的変遷に関する研究
標題(洋)
報告番号 212459
報告番号 乙12459
学位授与日 1995.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12459号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳沢,正義
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 和田,攻
 東京大学 助教授 柏崎,浩
内容要旨

 わが国における低出生体重児出生率は、年次別に推移をみてみると、1970年代半ばまで、年々減少していたが、その後、徐々に増加し始め、現在では、そのときの約1.4倍になっている。わが国の母子保健水準は高く、乳児死亡率は世界一を誇っているが、最近では、いったん、下降した低出生体重児出生率が上昇し始めており、これが何を意味するのかを探ってみる必要がある。低出生体重児の発生に関連する大きな要因は、理論的にみて分娩時の妊娠週数と胎内発育の2つであり、これらに影響を与える要因が変化したことと、医療の進歩により、死産が減少し出生する未熟児が増加してきたことなどが考えられる。そこで、今回東京都母子保健サービスセンターで保有している東京都居住者の人口動態統計資料を用いて、1979年と1992年について、低出生体重児出生率の変化、低出生体重児の原因になる早産や胎内発育に影響をうえる因子(初産の割合、非嫡出児の割合、多胎の頻度、若年出産および高年出産の割合)の変化、分娩時妊娠週数分布の変化、胎児の胎内発育の変化(妊娠週数別出生体重平均値の変化)、幼若な未熟児における死産と出生の割合の変化を統計学的に比較、検討した。さらに、胎児発育に関係する妊娠中の栄養摂取の変化をみる目的で、東京都立築地産院の分娩記録を用い、妊娠中の母体の体重増加量について検討した。

 結果は1979年と1992年の低出生体重児出生率を検討してみると、1979年では4.94%であったものが、1992年では6.65%であり、相対危険度1.344を示した。早産出生率(%)は、それぞれ、3.72%、4.51%であり、相対危険度1.213であった。低出生体重児出生に関連する要因について比較検討した結果では、初産の頻度は1979年、46.60%、1992年、51.62%であり、相対危険度1.108で、1992年で増加がみられた。非嫡出児の割合はそれぞれ1.15%、1.71%、相対危険度1.483と増加し、多胎児出生の割合はそれぞれ、1.22%、1.43%、相対危険度1.171でわずかな増加がみられた。若年出産の割合はそれぞれ、0.64%、1.16%、相対危険度1.823であり、高年出産の割合はそれぞれ、6.47%、11.52%、相対危険度1.782と約2倍近く増加していた。

 そこで、コクラン・マンテル・ヘンゼル統計を用いて、低出生体重児の原因になる早産や胎内発育に影響のある要因(初産の割合、非嫡出児、多胎、若年出産、高年出産の5要因)で補正(調整)して、両年次間の低出生体重児出生率の相対危険度任検討すると、Breslow-Day検定は有意であるが、各層別相対危険度でみると、殆どが1以上であった。これはサンプルサイズが大きいために、量的には各要因の交互作用があるも、質的には交互作用は少ないと考えられた。

 次に、両年次の分娩時妊娠週数分布を初産、経産別および出産年齢別(年齢35歳未満と年齢35歳以上の2群)に比較してみると、1979年に比べ1992年では、いずれの群でも分布全体が妊娠週数の若い方に移動してきており、過去に比べ妊娠週数の若い時期に生まれるものが増加していることを示していた。また、胎児の胎内発育の変化を検討するために、妊娠週数別出生体重の平均値を、同様に初産・経産別および出産年齢別に検討してみると、1979年に比べ1992年では、との妊娠週数でも出生体重が小さくなっており、平均値の差の検定では、妊娠34週から41週までの間で統計学的有意差を認めた(t検定)。さらに、1979年から1992年までの早産出生率の経年変化をみてみると、年々上昇してきていた。また、出産数の最も多い妊娠38週から40週までの成熟児の平均体重の経年変化をみてみると、これは年々低下してきていた。

 もう一つの重要な問題として、幼若な未熟児の出生が増加しているかどうかを検討してみると、妊娠週数28週未満の早産出生児を、妊娠22-23週、24-25週、26-27週の3階級に分けて、年次別推移をみてみると、いずれの群でも年々、出生率が上昇してきていた。そこで、妊娠22週から32週までの出生と自然死産の割合を、1週ごとに1979年と1992年で比較してみると、妊娠22週を除いて、他の週数では1992年で有意に出生の比率が上昇していた。さらに、超低出生体重児(出生体重1000グラム未満)の妊娠週数分布を、1979-1980年と1991-1992年で比較してみると、妊娠23〜24週と妊娠29週以降の占める割合が後者で増加してきていた。

 妊娠中の母体の体重増加量の妊娠週数別平均値を、1981年と1990年で比較してみると、1990年で有意に低下(t検定)しており、妊娠週数別出生体重平均値の変化とよく一致していた。

 これらの結果から考えられることは、最近の低出生体重児出生率の上昇は、過去に比べて、妊娠週数の若い時期に出産するものが増加し、結果として、相対的に出生体重の小さいものが増加してきたものと思われる。この現象の背景を探ると、1970年代の半ば以降、全国的にNICU(neonatal intensive care unit)が普及し始め、新生児医療は従来の保存的医療から積極的救命の医療へと大変革を遂げた。このように、新生児医療が先駆けて、周産期医療全体が大きく変わり、医療側の分娩時期に対する考え方も大きく変化してきた。結果として、胎児の胎外生活が可能な時期と判断されれば、環境が悪化している子宮内に留めることなく、早期に娩出を図るという積極的な医療へと変化してきたことを反映している。かつてのように、自然の陣痛発来を待つのではなく、過期産や巨大児を予防し、陣痛誘発などによる分娩への積極介入も行われるようになり、結果として早めの妊娠週数で出産するものが増加してきたものと考えられる。したがって、これは主として,医療側の考え方の変化から生じてきた現象と理解することができる。

 一方、社会が豊かになり、飽食の時代を迎え、栄養摂取の過剰が社会的な問題として捉えられている。妊娠・分娩においても、栄養摂取の過剰が、糖質代謝異常、大き過ぎる胎児、妊娠中毒症、手術分娩、分娩時の大量出血など難産の方向へと向かうことがわかってきており、妊娠中の栄養摂取の過剰を厳しく戒める方向で保健指導が行われている。かつては、妊娠中はより多くの栄養を摂取することを勧めていた栄養指導も、最近では、体重の増加を抑える方向に重点を置いたものが多くなってきており、このような妊娠中の保健指導の考え方の変化が、胎児の発育に影響を与えているものと考えられる。

 もう一つの問題として、死産率の高い幼若な未熟児の出生率が年々上昇し続けていることである。これは、死産が減少し、出生の割合が増加してきたためである。これは医療の進歩により、幼若な未熟児が死産を免れて、出生してくる比率が高くなったことを表している。

 低出生体重児の体重分布をみると、2000〜2500グラム未満の低出生体重児が約5%を占め、1500〜2000グラム未満が約0.8%、1000〜1500グラム未満が約0.35%、1000グラム未満が約0.18%であり、妊娠28週未満の出生は0.2%にも満たない。このことは、低出生体重児出生率を上昇させているのは、件数の関係から体重の大きな2000〜2500グラム未満の低出生体重児の増加が主原因と考えられる。したがって、妊娠28週未満の幼若な未熟児も増加してきてはいるが、これらが、低出生体重児出生率を直接押し上げているわけではないことが理解できる。

 結論は、今日の低出生体重児出生率の上昇は、過去に比べ妊娠週数の若い時期に出生するものが増加してきたことと、妊娠中の栄養摂取に関係して、過去に比べ胎児の胎内発育が低下してきていることが、主な原因と考えられる。この現象は周産期医療・保健の進歩に起因し、前者は主として、医療側の考え方の変化から生じ、後者は、妊娠中の栄養指導の考え方の変化から生じているものと考えられる。したがって、このような理由による低出生体重児出生率の上昇は、現段階では、わが国の母子保健水準にとって、問題はないものと考えられるが、出生体重が年々低下してきていることは事実であり、単純に、わが国の健康管理が行き届いたための良好な結果であると言うのは危険である。厚生省による1990年の乳幼児身体発育調査でも、1980年の同調査に比べ、乳幼児の体格はわずかに小さくなってきており、また、行き過ぎた妊娠中の体重調節と思われる事例もあり、次の3点、(1)早産が増加することによる新生児期のケアの問題、(2)その後の乳幼児の身体発育の問題、(3)行き過ぎた保健指導により生じるかもしれない栄養障害の問題について、今後の注意深いモニタリングが必要である。また、妊娠期間の極めて短い未熟児の出生も増加しており、この部分は、これからの医療や保健の重要な課題として、その対策を講じる必要があるものと考えられる。

審査要旨

 本研究は、近年低出生体重児出生率が上昇してきている事実に着目して、人口ベースのデータを用いて、その理由について統計学的に分析したものである。我が国の低出生体重児出生率は1970年代の後半まで、年々低下してきていたが、この頃を境として上昇に転じはじめた。そこで、この理由について次の仮説を立て、東京都の人口動態統計を用いて検討している。第一の仮説は「何らかの理由で早産が増加してきている」、第二の仮説は「何らかの理由で胎内での児の発育が劣ってきている」、第三の仮説は「妊娠週数の幼若部分で死産が減少し、生産の割合が増加してきている」とし、それぞれについて分析し、以下の結果を得ている。

 1.出生児の妊娠週数分布をみると、過去(1979年)に比べ、現在(1992年)では若い方(左方)へ移動してきており、過去よりやや早めの週数で出生するものが増加してきていた。さらに、早産率(妊娠週数37週未満)の年次推移をみると、年々上昇してきており、これが低出生体重児出生率上昇の原因の一つであることが示された。

 2.妊娠週数別出生体重の平均値をみると、過去(1979年)よりも現在(1992年)では小さくなってきており、胎内発育が過去に比べて、低下してきており、これが低出生体重児出生率上昇の原因の一つになっているという考えが示された。

 3.上記の早産の増加や胎内発育の低下に関与し、低出生体重児出生の要因になると思われる因子、すなわち、初産、非嫡出児、多胎、若年出産や高年出産の割合について検討した結果では、これらの要因はいずれも過去に比べて年々増加してきていることが示され、さらに、コクラン・マンテル・ヘンゼル統計を用いて、これらの要因で補正をして低出生体重児出生率をみると、これらの要因による質的交互作用は少なく、最近の低出生体重児出生率の上昇は、これらの要因が増加したことによって生じた現象ではないという考えが示された。

 4.胎内発育が低下してきている理由として、最近の妊娠中のウエイト・コントロールに対する考え方や指導の変化に着目して、過去(1981年)と最近(1990年)の妊娠中の母体の体重増加量について検討した結果では、いずれの妊娠週数でみても体重増加量は、過去(1981)に比べて、最近(1990年)で低下してきており、出生体重平均値が、過去に比べて最近で低下してきている事実とよく一致していることが示されていた。さらに、出生体重を従属変数、妊娠週数を分類変数とした分散分析(GLMプロシージャ)を用いた検討では、妊娠中の母体の体重増加量は出生体重を予測する上で、大きく寄与しているという結果が示された。

 5.妊娠週数の早めの時期に生まれるものが増加してきている理由は、医学的に必要なら積極的に分娩に介入するという周産期医療の進歩にともなう医療側の考え方の変化であり、胎内での胎児の発育が劣ってきている理由は、最近の妊娠中のエネルギー摂取の制限が大きく影響しているとし、年々の低出生体重児出生率の上昇はこの2つの要因によるとの見解が示された。

 6.結論として、これらの理由により、増加してきている低出生体重児は比較的体重の大きな群であり、最近の周産期医学の進歩にともなった妊娠中の管理の変化により生じたものと考えられ、現段階では、医学的に大きな問題はないとの見解が示された。しかしながら、出生体重が低下し続けていることは事実であり、今後もこの状況が進行するならば、早産が増加することにより生じる新生児期のケアーの問題、胎内発育が低下することにより生じる児のその後の発育への影響、行き過ぎた体重調整により招来するかもしれない栄養障害などの不測の事態に対する厳重なモニタリングが必要であると警告している。

 7.一方、幼若な未熟児の死産と出生割合を検討した結果では、過去に比べ死産率が減少し、その分、出生率が上昇してきていることが統計的に示された。これは、妊娠週数の極めて若い未熟児や高度の胎内発育不全の未熟児が、死産を免れて、生きて生まれるようになってきたことを物語っており、結果として、幼若で体重の小さい未熟児の出生割合が増加してきているものと考えられ、これからの地域において、医療・保健・福祉・教育の場におけるこれらの未熟児の受け入れ体制の整備が、社会的により重要な課題になるとの考え方が示された。

 以上、本論文は1970年代後半より上昇し続けている低出生体重児出生率について着目し、人ロベースの大量のデータを用い、無理のない統計学的手法によって解析した研究であり、信頼できる結果が得られている。また、低出生体重児出生率は重要な母子保健指標と考えられており、年々上昇している事実は認識されているが、その理由について、詳細に分析した研究は見当たらない。この研究は、これからの周産期医療、地域保健における低出生体重児対策に対し、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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