学位論文要旨



No 212462
著者(漢字) 山下,雅知
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,マサトモ
標題(和) 出血によるプラスミノーゲン・アクチベーター・インヒビター1の誘導
標題(洋) Induction of plasminogen activator inhibitor-1 by hemorrhage
報告番号 212462
報告番号 乙12462
学位授与日 1995.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12462号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 熊田,衛
 東京大学 助教授 斎藤,英昭
 東京大学 助教授 多久和,陽
 東京大学 講師 北村,聖
内容要旨

 プラスミノーゲン・アクチベーター・インヒビター1(plasminogen activator inhibitor-1,PAI-1)は、約50kDaの糖タンパクで、組織および尿中プラスミノーゲン・アクチベーター(tPA,uPA)の主要なインヒビターであり、線溶系の最も重要な調整因子の一つである。PAI-1は、敗血症、血栓症、心筋梗塞、術後など種々の病態で増加することが報告されており、一方で、インターロイキンー1(IL-1)、tumor necrosis factor(TNF),グルコルチコイド、性ホルモン、インシュリンなど多くのサイトカインやホルモンがPAI-1の生成に影響をおよぼすことが、指摘されており、その調節機構に大きな関心がよせられている。とくに、エンドトキシン血症では、PAI-1が増加することにより、血液中のフィブリンの除去が遅れ、播種性血管内凝固症候群(DIC)がおこりやすくなると考えられている。救急患者では、大量出血に遭遇することが稀ではないが、この場合にも、様々な凝固・線溶系の異常がおこることが、Hewson(1772)やCannon(1914)以来、指摘されてきた。今回、著者らは、次の3実験を施行し、大量出血がPAI-1に与える影響およびそのメカニズムを解明しようと試みた。

 実験1では、まずラットの出血モデルを作成した。ペントバルビタール腹腔内麻酔下に、大腿動脈および静脈に細いカニューラを挿入し、覚醒後、温度および湿度を自動調整した動物室にて、一匹ずつ飼育した。光は、12時間毎にon/offとし、食物および水分は自由に与えた。術後、72時間して、覚醒下に、6匹のラットに20ml/kgの脱血を施行し、0,0.5,1,2,4,6,8,24時間後に採血した。別の6匹の正常のラットをコントロールとして使用し、同様に動脈血を採取した。採血前に、平均動脈圧および心拍数を測定した。PAIの活性は、2ステップ法にて測定し、arbitrary unitで表記した。1AUとは、22℃にて、10分間に1 international unitのtPAを阻害する量である。ついで、PAI-1のmRNAの変化を同定するため、8群各5匹のラットから、出血(20ml/kg)0,0.5,1,2,4,6,8,24時間後に臓器を摘出し、同様に、7群各4匹のラットから、出血(15ml/kg)0.5,1,2,4,6,8,24時間後に臓器を摘出した。Positive controlとして、エンドトキシン血症のラットの肝臓のmRNAを使用し、polymerase chain reaction(PCR)の条件を設定した。すなわち、エンドトキシン血症のラット肝のcDNAを用いて、PCRがplateauに達するサイクル数を求め、ついで、RNAの量とPCR productの量がlinearになる範囲を設定した。以後の測定はすべて、この条件で施行した。摘出した臓器はすぐに液体窒素にて冷凍し、acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform法にてRNAを抽出した。抽出したRNAは、murine leukemia virus reverse transcriptaseにて、逆転写(RT)し、first strand cDNAを作成した。作成したcDNAをPCRにて増幅し、high performance liquid chromatography(HPLC)にて定量した。20ml/kgの出血後、心拍数は4時間以内に回復したが、血圧は、出血前より低いレベルで安定した。PAI活性は、出血前に比し、出血0.5, 1,2,4,6,8時間後において、有意に増加した。PAI-1mRNAも、出血後、急速に増加し、全ての臓器で増加を認めた。肝臓では、4時間後に最大値を示し、24時間後には、ほぼ出血前のレベルに戻った。15ml/kgの出血後には、20ml/kgの出血後よりも有意に小さなPAI-1mRNAの増加を認めた。

 実験2では、肝臓のどの細胞にPAI-1のmRNAが誘導されるのか同定を試みた。ラットの出血モデルは実験1と同様に作成し、エンドトキシン血症のラット肝をpositive controlとして使用した。肝臓は摘出後、すぐに4%パラホルムアルデヒドで一晩、15%蔗糖溶液にて4時間固定後、HistoPrepにて-70℃に冷凍保存した。PAI-1のプローブは、PCR productの内部に位置するように作成した。このDNAプローブの有効性は、Northern hybridizationで確認した。このプローブの3’端に、terminal transferaseにてdigoxigenin-11dUTPを結合させてラベルした。ナンセンス・プローブとして、corticotropin-releasing factor(CRF)のプローブを同様にラベルした。まず、standardなin situ hybridizationでPAI-1のmRNAを検出しようとした。組織を4%バラホルムアルデヒドにて4℃で、10分間固定後、proteinase Kにてpermiabilizationし、prehybridizationを施行した。ついで、ラベルしたプローブとhybridizationし、digoxigeninを抗digoxigenin-alkaline phosphataseで検出しようと試みたが、出血肝、エンドトキシン肝、いずれにおいてもPAI-1のmRNAに対する信号は検出できなかった。そこで、次に、in situ RT-PCRを試みた。肝臓標本は、in situ hybridizationと同様に固定し、proteinase Kにてpermiabilizationした。DNAを消化後、実験1で用いたanti-sense primerにて逆転写を施行した。ついで、実験1で使用したのと同じprimerを用いて、PCRを施行後、digoxigeninでラベルしたprimerとhybridizeさせると、PAI-1mRNAに対する信号を検出できた。エンドトキシン肝を用いて、適正なサイクル数を求めると、PCR12サイクルが解析に最適であった。以後の解析は12サイクルで施行した。この条件下に、出血肝、エンドトキシン肝の両者において、血管内皮細胞および漿膜中皮細胞にPAI-1のmRNAに対する強い信号を認め、肝細胞には認めなかった。正常肝では、PAI-1のmRNAに対する信号は検出できなかった。RTを省略した場合、RTに先たって、RNA digestionを施行した場合、CRFに対するプローブを使用した場合にも、PAI-1のmRNAに対する信号は検出できなかった。

 実験3では、出血に際して、どのようなmediatorがPAI-1を増加させるのか探索した。出血に際しては、性ホルモンやインシュリンの変化は少ないが、副腎髄質ホルモン、副腎皮質ホルモン、レニン・アンギオテンシン系、サイトカインなどは、著明に変化する。そこで、ラットに対して、副腎摘出または、薬物による前処置(angiotensin II type I receptor antagonist,soluble TNF receptor,IL-1 receptor antagonist)を施行後、脱血を施行し、PAI-1のmRNAの変化を同定した。まず、実験1と同様にカニューレーション後、dorsal approachにより、両側の副腎を摘出した。術後は、0.9%生理的食塩水を投与し、5日後に出血を施行した。副腎を摘出されたラットは、20ml/kgの出血後、4時間以上生存出来ないので、まず、15ml/kgの出血後のPAI-1のmRNAの経時的変化を追った。副腎摘出をした群とsham群で、出血後のPAI-1のmRNAの変化に有意差は認められなかった。20ml/kgの出血2時間後のPAI-1のmRNAの変化でも、両者に有意差は認めなかった。ついで、antagosnistを使用する実験を施行した。Angiotensin II type I receptor antagonistを投与した群とコントロール群で、両者の間に、出血(20ml/kg)4時間後のPAI-1のmRNAの変化に有意差は認められなかった。しかし、soluble TNF receptor投与群、IL-1 receptor antagonist投与群、および両者併用群では、コントロール群に比し、出血(20ml/kg)4時間後のPAI-1のmRNAの増加は、有意に抑えられた。

 以上の3実験をまとめると、生体において大量出血がおこると、TNF,IL-1などのサイトカインが血管内皮細胞および漿膜中皮細胞を刺激し、PAI-1の生成を増加させると考えられた。血管内皮細胞は、ストレスを受けるとprocoagulant activityを獲得することが知られているが、大量出血によるPAI-1の誘導は、大量出血後の血管内皮細胞の機能異常、ひいては、臓器機能不全のモデルと考えることができるかもしれない。

審査要旨

 本研究は、線溶系の主要な調節因子であるプラスミノーゲン・アクチベーター・インヒビター1(plasminogen activator inhibitor-1,PAI-1)の大量出血後の動態、および、その調節のメカニズムを明らかにするため、ラットの出血モデルを使って3つの実験を施行したものであり、下記の結果を得ている。

 1.実験1では、まず、ラットの出血モデルが作成され、PAIの活性および、PAI-1 mRNAの変化が解析された。PAIの活性は、大量出血(20ml/kg)後、0.5,1,2,4,6,8時間において、出血前に比し、有意に増加することが示された。PAI-1 mRNAも、出血後、検索した全ての臓器(肝、心、腎、肺、脳)において増加することが示された。さらに、肝臓では、PAI-1 mRNAは、出血4時間後に最大値を示し、24時間後には、ほぼ出血前のレベルに戻ること、および、15ml/kgの出血後には、20ml/kgの出血後よりも、有意に小さなPAI-1 mRNAの増加を認めることが示された。

 2.実験2では、肝臓のどの細胞にPAI-1 mRNAが誘導されるのか、同定が試みられた。ラットの出血モデルは、実験1と同様に作成され、エンドトキシン血症の肝がpositive controlとして使用された。まず、standardなin situ hybridizationにより、PAI-1 mRNAの検出が試みられたが、出血肝、エンドトキシン肝、いずれにおいてもPAI-1 mRNAに対する信号は検出できないことが示された。ついで、in situ RT-PCRが試みられ、この方法により、出血肝、エンドトキシン肝の両者において、血管内皮細胞および漿膜中皮細胞に、PAI-1mRNAに対する強い信号が認められるということ、肝細胞には認められないということが示された。

 3.実験3では、出血に際して、PAI-1の生成を調整するmediatorの探索が行われた。副腎摘出または、薬物による前処置(angiotensin II type I receptor antagonist,soluble TNF receptor,IL-1 receptor antagonist)を施行後、脱血が施行され、PAI-1 mRNAの変化が解析された。副腎を摘出をした群とsham群で、また、angiotensin II type I receptor antagonistを投与した群とコントロール群で、両者の間に、PAI-1 mRNAの変化に有意差は認められなかったが、soluble TNF receptor投与群、IL-1 receptor antagonist投与群、および両者併用群では、コントロール群に比し、出血(20ml/kg)4時間後のPAI-1 mRNAの増加が有意に抑えられることが示された。

 以上、本論文は、生体において大量出血がおこると、TNF,IL-1などのサイトカインが血管内皮細胞および漿膜中皮細胞を刺激し、PAI-1の生成を増加させることを明らかにした。本研究は、これまで詳細が不明であった、生体内におけるPAI-1生成の制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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