(1)エナンチオ選択的ダルツェン反応 ダルツェン反応は、塩基によって-ハロエステルから生成するエノラート2がケトン、あるいはアルデヒド3と縮合し、ハロヒドリン4を経由してグリシド酸エステル5を与える反応である(図1)。従って、生成するエノラート2に光学活性なリガンドを作用させ反応を行えば、光学活性なグリシド酸エステル5が得られると考えられる。
図1 そこで、エナンチオ選択的アルドール反応で高い不斉収率が得られているキラルアミン6を用いスキーム1に従って、塩基の等量数(表1)、エノラート生成温度(表2)、昇温温度(表3)を検討した。その結果、キラルアミン6を1.1等量、最初のn-BuLi(1st.n-BuLi)、2回目のn-BuLi(2nd.n-BuLi)をそれぞれ1.2等量、エノラート生成温度を-45℃、昇温温度を-20℃としたとき最も高い不斉収率が得られた。また、反応溶媒の検討を行ったところ、THF中のみで不斉誘起が認められた(表4)。
図表スキーム 1 / 表1 塩基の等量数の検討1) / 表2 エノラート生成温度の検討 / 表3 昇温温度の検討 / 表4 溶媒の検討1) 尚、不斉収率は、光学活性カラムを用いてHPLCより決定した。
前述した反応条件用いて23種のキラルアミンについて検討を行った。環状部分Xを変化させると6員環であるピペリジシが最も高い不斉収率を与えた。次にXをpiperidine環として側鎖部分を変化させた。その結果、化学収率、不斉収率ともに高いキラルアミンは、イソペンチル基を有するキラルアミン8であった(76%,81%ee)。
図2 次にキラルアミン8を用いて基質の検討を行った。電子供与基を有するp-アニソールでは、ベンズアルデヒドの場合とほぼ同等の不斉収率を与えたが、電子吸引基であるクロロ基をもつp-クロロベンズアルデヒドでは72%eeと不斉収率の低下が見られた(表5)。
表5 基質の検討(2)エナンチオ選択的ダルツェン反応のNMR解析 本反応のproceduerに沿って6Li,15N-NMRを測定した。その結果、キラルリチウムアミドは、THF中でmonomer9とdimer10の混合物(dimer10がmain)として存在しており、トルエン中ではdimer10のみが生成することが判明した。
図3 また、THF中のエノラート-キラルリチウムアミド複合体の6Li,15N-NMRを測定すると(図4)、11のような構造を示す3種の活性種(speciesA,B,C)と6LiCl-キラルリチウムアミド複合体12(speciesD)が生成していることが判明した。トブチル酢酸エステルを基質として6Li,15N-NMRを測定すると、13のような構造を有する1種の活性種のみが見られたことから活性種11は、エノラートのE,Z異性体の混合物である可能性が示唆された(図5)。
図表図4 / 図5 一方、トルエン中では、エノラートとキラルリチウムアミドが複合体を形成しておらず、そのため不斉が誘起されないことが明らかとなった。
次に昇温による活性種の変化を調べた。エノラートを-78℃で生成させた後、-20℃で20分間昇温すると6Li,15N-NMRにおいてspeciesAのシグナルが減少し、さらに0℃で30分間昇温するとspeciesA、speciesBのシグナルが消失した。実際の反応条件(エノラート生成温度:-45℃,昇温温度:-20℃)では、speciesAのシグナルがほとんど観測されない。活性種の変化と不斉収率とを比較すると、speciesAが減少するにつれて不斉収率が増加し、speciesAが消失したときに最も高い不斉収率を与えることがわかった。
昇温による活性種の変化の1つをエノラートのEZの異性化と考え、生成するエノラートをシリル化し、その比を1H-NMRで測定した(表6)。-78℃でエノラートを生成させるとE/Z=1/2であったが、0℃に昇温するとE/Z=1/9に変化した。また、実際の反応条件では、E/Z=1/3であった。この結果から昇温によってE体からZ体へ異性化していることが明らかとなった。
表6 以上まとめると、エナンチオ選択的ダルツェン反応を検討し、化学収率76%、不斉収率81%でフェニルグリシド酸エステルを得ることができた。さらに、6Li,15N-NMRを用いて反応解析を行い、THF中で反応に関与する活性種は、エノラートのE,Zの異性体を含めて3種存在すること、さらにそれらの割合が昇温することによって変化することを明らかにした。また、トルエン中ではエノレート同士、キラルリチウムアミド同士で会合しているため不斉が誘起されないことが判明した。