学位論文要旨



No 212466
著者(漢字) 渡邉,信英
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ノブヒデ
標題(和) ロジウム(II)カルボキシラート錯体を触媒とする高選択的分子内C-H挿入反応の開発
標題(洋)
報告番号 212466
報告番号 乙12466
学位授与日 1995.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12466号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 笹井,宏明
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 1.はじめに

 ロジウム(II)アセタート錯体を触媒とする-ジアゾカルボニル化合物の分子内C-H挿入反応は炭素五員環構築が可能なことから合成化学上重要な反応として位置付けられる。しかし、複雑な天然物合成への適用は挿入位置の予測及び制御に問題を残し、その利用はそれ程進展していない。従来、この問題は基質を適宜調整することにより克服されてきた。筆者は錯体によっても挿入位置の制御が可能ではないかと考え、触媒による反応制御に基づく高選択的分子内C-H挿入反応の開発に着手した。

2.位置選択的分子内C-H挿入反応

 筆者が所属した研究室では、PGI2安定炭素類縁体イソカルバサイクリンの基本骨格構築に分子内C-H挿入反応を適用し、その収束型合成法の開発に成功している。懸案であった選択的ビシクロ[3.3.0]オクタン環構築は、基質のカルボニル基の保護をエチレンケタールからより嵩高い2,3-ブタンジオールよる保護に変えることにより解決されている。筆者は、嵩高い配位子を有するロジウム(II)カルボキシラート錯体を用いることによっても同様な制御が可能ではないかと考え、ロジウム(II)トリフェニルアセタート錯体[Rh2(PTA)4]を本反応系に適用した。期待通り望みとするビシクロ化合物を高い選択性で得ることができた。さらに、種々のロジウム(II)錯体を触媒とし検討した結果、配位子の嵩高さが増加するに従いビシクロ化合物の生成比が高くなることからRh2(TPA)4の選択性発現は、配位子の極端な嵩高さに因ることが明確にできた。また、Rh2(TPA)4はケタール部を有しない単純系においてもビシクロ化合物のみを与え、ビシクロ[3.3.0]オクタン環構築において優れた触媒であることが明らかにできた。また、炭素六員環へのC-H挿入反応においては、高い位置および立体選択性でトランスビシクロ[4.3.0]ノナン化合物を得ることができた。

 

 上記の結果は、Rh2(TPA)4が既存のロジウム(II)錯体には見られない選択性を発現することを示すものである。本錯体の特徴を明確にすべく挿入位置が競合する反応系を種々検討した。その結果、芳香環C-Hに対する極めて高い選択性を発現することが判明した。即ち、芳香環C-H挿入と種々のC-H挿入が競合する反応系にRh2(TPA)4を適用すると2-インダノン誘導体が極めて高い選択性で得られてきた。さらに、反応基質として-ジアゾケトン用いることにより、ジアゾケトエステルでは完璧な選択性が得られなかったメチレンC-H挿入ならびにオレフィンへの付加との競合系についても克服することができた。ここに1位置換2-インダノン誘導体の一般的合成法を確立できた。

 

3.分子内不斉C-H挿入反応

 光学活性な配位子を組み込めばエナンチオトピックなC-H結合の識別が可能ではないかと考え、分子内不斉C-H挿入反応への展開を図ることにした。まず、3-フェニルシクロペンタノンを標的分子とする反応系を用いて、キラルな錯体の不斉識別能を比較した(括弧内に不斉収率並びに優先配置を示す)。その結果、ロジウム(II)N-フタロイル-(S)-フェニルアラニナート錯体[Rh2(S-PTPA)4]が良好な不斉触媒であることが判明した。さらに高い選択性の獲得を目指し、重複不斉誘起による相乗効果を狙いとしてエステル部にキラルなアルコールを組み込み検討した。その結果、最高80%deを実現できたが、高選択性はアルコールのキラリティーに依存しないことが判明した。そこで、再びエステル部の立体効果について検討し、錯体の不斉識別能を効果的に増幅させる2,4-ジメチル-3-ペンタノールを見いだした。さらに、系統的な検討結果から高いエナンチオ選択性を発現させるには位が分岐しかつ’位が置換されているアルコールが必須であることが判明した。また、種々の3位置換シクロペンタノンの不斉合成の検討結果から挿入位置に電子吸引性置換基を有する場合に触媒の不斉識別能が増幅されることが示唆され、フェニル基ならびにビニル基に種々の官能基を導入し、置換基効果について検討した。その結果ベンジル位ならびにアリル位のエナンチオトピックなメチレン水素識別において80%eeを実現することができた。この結果は、求電子性ロジウムカルベン錯体に対するC-H結合の反応性を低下させることが高エナンチオ選択性発現に重要であることを示唆する。

 

 

 以上、Rh2(TPA)4を開発し、分子内C-H挿入反応によるビシクロ[3.3.0]オクタン環の高選択的構築ならびに1位置換2-インダノン誘導体の一般的合成法の開発ができた。また、不斉触媒としてRh2(S-PTPA)4錯体を開発し、3位置換シクロペンタノン誘導体の不斉合成において最高80%eeを実現できた。

審査要旨

 ロジウム(II)アセタート錯体(1)を触媒とする-ジアゾカルボニル化合物の分子内C-H挿入反応は、環状炭素骨格構築のための有用な反応であるが、挿入位置の制御に問題を残していた。本論文は、触媒である錯体の構造を検討し、ロジウム(II)トリフェニルアセタート錯体[Rh2(TPA)4](2)を用いた位置選択的分子内C-H挿入反応によるビシクロ[3.3.0]オクタン環の高選択的構築ならびに1位置換2-インダノン誘導体の一般的合成法を開発するとともに、その結果の考察から、不斉触媒錯体であるロジウム(II)N-フタロイル-(S)-フェニルアラニナート錯体[Rh2(S-PTPA)4](3)を設計、合成し、これを用いた3位置換シクロベンタノン誘導体の不斉合成にも成功した経緯を記したものである。

 すなわち、下記の反応によるビシクロ[3.3.0]オクタン環の合成は、ケタール部を嵩高くすることによって達成されていた。本研究は、嵩高い配位子を持つロジウム(II)カルボキシラート錯体を用いることによってもビシクロ化合物を高い選択性で得ることができることを明らかにした。2はケタール部をもたない場合でもビシクロ化合物を高い選択性で与えることが示された。

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 2の触媒としての特徴を明らかにするため、挿入位置が競合する反応系を種々検討したところ、この触媒は芳香環C-Hに対して極めて高い選択性を発現することが判明した。この触媒を用いることにより、例に示すように、1-置換2-インダノン誘導体の一般性のある合成法が確立された。

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 上記の結果は、光学活性な配位子を組み込めば、エナンチオトピックなC-H結合の識別ができる可能性を示唆している。そこで、様々な構造のキラルなロジウム(II)錯体を設計、合成し、3-置換シクロペンタノン類を標的分子とする反応系を用い検討を行った結果、3が良好な不斉触媒であることを見出した。例を示す。

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 以上本研究は、-ジアゾカルボニル化合物の分子内C-H挿入反応を触媒するロジウム(II)カルボキシラート錯体を広く検索することによって、2を用いる位置選択的分子内C-H挿入反応を実現するとともに、3を用いる分子内不斉C-H挿入反応へと展開したもので、有機合成化学の進歩に寄与するものとして、博士(薬学)に値する研究成果であると認める。

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