学位論文要旨



No 212467
著者(漢字) 宮嵜,洋二
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,ヨウジ
標題(和) アルケニル及びアルキニル鉛(IV)トリアセタートを用いる新規合成反応の開発と応用
標題(洋)
報告番号 212467
報告番号 乙12467
学位授与日 1995.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12467号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 笹井,宏明
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 1.-ケトベンジルエステルから-(E)-1-アルケニルケトンの合成と(+)-イソカルバサイクリン収束型合成への応用

 ケトンの位にアルケニル基を有する化合物は多様な化学変換が可能であり、特にその環状誘導体は、Cope、oxy-Cope転位反応を基本戦略とする中・大員環状天然物合成の重要中間体として位置づけられる。現在までに数多くの-アルケニル化反応が開発されてきたが、i)非対称ケトンでの導入位置の制御、ii)アルケニル基の立体化学の制御、iii)操作の簡便性の3条件を兼ね備えた実用的合成法は見当たらない。筆者はPinheyらのアルケニル鉛(IV)トリアセタートを用いる-ケトエステルの-アルケニル化反応を足掛りに、二重結合の異性化等を伴わない緩和な条件下での脱アルコキシカルボニル化を行うことにより、上記3条件を充たす-アルケニルケトン合成を達成すべく研究に着手した。

 Pinheyらはジアルケニル水銀と四酢酸鉛から鉛試薬3を調製しているが、我々はジアルケニル水銀の代りにアルケニルスズ化合物1からリチオ化を経て調製したアルケニル亜鉛クロリド2を用いることによりPinhey法よりも経済性に優れた改良法の開発に成功した。続くエステル部の除去は種々検討の結果、-アルケニル--ケトベンジルエステル5を基質とし、Et3N存在下W-2 Raney Niを用いる脱ベンジルオキシカルボニル化を行った場合にのみ、共役エノンや飽和ケトンの副生を全く伴うことなく-アルケニルケトン6が得られることを見い出した。改良Pinhey法によるアルケニル化とそれに続くRaney Niを用いる脱ベンジルオキシカルボニル化を非対称ケトンから導いた-ケトベンジルエステルに適用し、-アルケニルケトンの位置及び立体選択的合成が可能となった。なおアルケニルスズ化合物としてE/Z混合物を使用しても、(E)-アルケニル基のみが導入され、(Z)-アルケニル化は起こらない。

 

 筆者の所属する研究室で開発された(+)-イソカルバサイクリン10はPGI2の安定炭素類縁体で、循環器疾患の治療薬として期待されている化合物である。我々はイソカルバサイクリン収束型合成の研究過程において、重要中間体である二環性-ケトエステル7への鎖直接導入と、それに続くエステル部除去に新たに開発した反応を適用した。

 

2.-ケトベンジルエステルから-(Z)-1-アルケニルケトンの合成

 先に述べたように、改良Pinhey法ではZ配置のアルケニル基導入は起こらない。そこで(Z)-アルケニルケトン合成については、三段階を経る方法で行った。すなわち、i)-ケトベンジルエステルの-アルキニル化、ii)Lindlar還元によるZ配置のアルケニル基への変換、iii)Raney Niを用いるエステル部除去、によるものである。この一連の反応により、従来困難であった-(Z)-1-アルケニルケトンの選択的合成を高収率で達成した。なおi)のアルキニル化としては、やはりPinheyらのアルキニル鉛(IV)トリアセタート12による方法が知られている。Pinheyらは鉛試薬を対応するスズ化合物から調製しているが、各種金属試薬で検討の結果、リチウムアセチリドと四酢酸鉛から調製した鉛試薬を用いると、より効果的に-アルキニル化を行えることが判った。すなわち本法は操作の簡便性に加え、Pinhey法では満足のいく結果を与えない鎖状及び立体障害の大きな環状ケトエステルにも適用できる。

 

3.-(Z)-1-アルケニルケトンの改良合成と(-)-ペリプラノン-B鍵中間体合成

 -ケトベンジルエステルからの-アルケニルケトン合成では、エステル部除去の際基質に対して過剰量のRaney Niを必要とし、また基質が無置換エノンの場合にはエノン部が還元を受けるなど改良すべき点が残されていた。そこでアリルエステルが緩和な条件下Pd触媒で除去できることに着目し、-ケトアリルエステルからの-アルケニルケトン合成を試みた。しかしながら、Z体の合成に関しては-アルキニル化に続くLindlar還元の際、アリル基の二重結合が還元を受け、目的の変換を行うことができなかった。そこでエステル部をかさ高くすれば二重結合が還元を受けずにすむのではと考え検討を加えたところ、3-メチル-2-ブテニルエステル(プレニルエステル)を用いた場合にエステル部二重結合の飽和を全く伴うことなく、アルキニル基をZ配置のアルケニル基に変換できることが判った。Liodlar還元に続くプレニルエステルの除去は辻法すなわちPd-HCO2HNEt3で行うと脱アルコキシカルボニル化が二重結合の異性化を伴うことなく円滑に進行し、-ケトプレニルエステル18から三工程による-(Z)-1-アルケニルケトン20の改良合成に成功した。従来法では満足のいく結果を与えない無置換エノンについても目的の変換が効率よく行える点は、本法の大きな特徴である。

 

 森らは、位に(Z)-アルケニル基を持つシクロヘキセノン誘導体26を重要中間体として、ワモンゴキブリの性フェロモンである(-)-ペリプラノン-B27の全合成に成功している。そこで筆者は新たに開発した方法をこの鍵中間体合成に適用した。

 

4.-アレニルケトンと2,3,5-三置換フランの合成

 -ケトアリルエステル28にアルキニル鉛(IV)トリアセタート12でアルキニル基を導入後Pd-HCO2HNEt3で処理すると、まず-アレニルケトン30や-アルキニルケトン31が生成したのち徐々に異性化し、2,3,5-三置換フラン32が高収率で得られることを見出した。

 

審査要旨

 -アルケニルケトン類は多様な化学変換が可能であり、数多くの合成法が開発されてきているが、非対称ケトンにおける導入位置の制御、アルケニル基の立体化学の制御、操作の簡便性の全てを兼ね備えた実用的な合成法の開拓が強く望まれている。本研究はPinheyらのアルケニル鉛(IV)トリアセタートを用いる-ケトエステルの-アルケニル化反応を足がかりとして、上記の条件を満たす-アルケニルケトン類の合成法の検討を行い、以下の結果を得ている。

1.-ケトベンジルエステルから-(E)-1-アルケニルケトンの合成

 Pinheyらはジアルケニル水銀と四酢酸鉛から鉛試薬(3)を調製しているが、ジアルケニル水銀の代わりににアルケニルスズ化合物(1)からリチオ化を経て調製した塩化アルケニル亜鉛(2)を用いる3の改良合成法を見出した。また、生成物(5)のエステル部の除去法として、Et3Nの存在下にW-2 Raney Niをもちいて脱ペンジルオキシカルボニル化を行うことによって、共役エノンや飽和ケトンの副生を全く伴うことなく、目的の-アルケニルケトン(6)が得られる事を見出した。アルケニルスズ化合物としてE/Z混合物を用いても、(E)-アルケニル基のみが導入される。この結果、-(E)-アルケニルケトン類の位置および立体選択的合成か可能となった。本法は、(+)-イソカルバサイクリン(10)合成における-鎖の導入とそれに続くエステル部除去に適用できる。

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2.-ケトベンジルエステルから-(Z)-1-アルケニルケトンの合成

 従来困難であった-(Z)-アルケニルケトンの合成法として、-ケトベンジルエステルの-アルキニル化、Lindlar還元による(Z)-アルケニル基への変換、Raney Niをもちいるエステル部の除去、の三段階を経る方法を開発した。本法は、鎖状および立体障害の大きな環状ケトエステルにも適用できる。

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3.-(Z)-1-アルケニルケトンの改良合成法

 アリルエルテルが緩和な条件下Pd触媒で除去できることに着目し、-ケトアリルエステルからの-アルケニルケトンの合成を試みた。Z体の合成に関しては、3-メチル-2-ブテニルエステル(プレニルエステル)を用いた場合に、エステル部二重結合の飽和を伴うことなく、アルキニル基をZ配置のアルケニル基に変換でき、辻法による脱アルコキシカルボニル化も二重結合の異性化を伴うことなく円滑に進行し、18から20を得ることができた。本法を用いて、(-)-ペリプラノン-B(27)の形式全合成にも成功した。

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4.2,3,5-三置換フランの合成

 上記の方法を活用し、-ケトアリルエステル(28)から高収率で2,3,5-三置換フラン(32)を得ることができた。

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 以上本研究は、-アルケニルケトン類の効率的な合成法の開拓を行うとともに、天然物の全合成へ有用性を実証したもので、有機合成化学に寄与するものであり、博士(薬学)の学位に値する研究であると認める。

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