1.-ケトベンジルエステルから-(E)-1-アルケニルケトンの合成と(+)-イソカルバサイクリン収束型合成への応用 ケトンの位にアルケニル基を有する化合物は多様な化学変換が可能であり、特にその環状誘導体は、Cope、oxy-Cope転位反応を基本戦略とする中・大員環状天然物合成の重要中間体として位置づけられる。現在までに数多くの-アルケニル化反応が開発されてきたが、i)非対称ケトンでの導入位置の制御、ii)アルケニル基の立体化学の制御、iii)操作の簡便性の3条件を兼ね備えた実用的合成法は見当たらない。筆者はPinheyらのアルケニル鉛(IV)トリアセタートを用いる-ケトエステルの-アルケニル化反応を足掛りに、二重結合の異性化等を伴わない緩和な条件下での脱アルコキシカルボニル化を行うことにより、上記3条件を充たす-アルケニルケトン合成を達成すべく研究に着手した。 Pinheyらはジアルケニル水銀と四酢酸鉛から鉛試薬3を調製しているが、我々はジアルケニル水銀の代りにアルケニルスズ化合物1からリチオ化を経て調製したアルケニル亜鉛クロリド2を用いることによりPinhey法よりも経済性に優れた改良法の開発に成功した。続くエステル部の除去は種々検討の結果、-アルケニル--ケトベンジルエステル5を基質とし、Et3N存在下W-2 Raney Niを用いる脱ベンジルオキシカルボニル化を行った場合にのみ、共役エノンや飽和ケトンの副生を全く伴うことなく-アルケニルケトン6が得られることを見い出した。改良Pinhey法によるアルケニル化とそれに続くRaney Niを用いる脱ベンジルオキシカルボニル化を非対称ケトンから導いた-ケトベンジルエステルに適用し、-アルケニルケトンの位置及び立体選択的合成が可能となった。なおアルケニルスズ化合物としてE/Z混合物を使用しても、(E)-アルケニル基のみが導入され、(Z)-アルケニル化は起こらない。 筆者の所属する研究室で開発された(+)-イソカルバサイクリン10はPGI2の安定炭素類縁体で、循環器疾患の治療薬として期待されている化合物である。我々はイソカルバサイクリン収束型合成の研究過程において、重要中間体である二環性-ケトエステル7への鎖直接導入と、それに続くエステル部除去に新たに開発した反応を適用した。 2.-ケトベンジルエステルから-(Z)-1-アルケニルケトンの合成 先に述べたように、改良Pinhey法ではZ配置のアルケニル基導入は起こらない。そこで(Z)-アルケニルケトン合成については、三段階を経る方法で行った。すなわち、i)-ケトベンジルエステルの-アルキニル化、ii)Lindlar還元によるZ配置のアルケニル基への変換、iii)Raney Niを用いるエステル部除去、によるものである。この一連の反応により、従来困難であった-(Z)-1-アルケニルケトンの選択的合成を高収率で達成した。なおi)のアルキニル化としては、やはりPinheyらのアルキニル鉛(IV)トリアセタート12による方法が知られている。Pinheyらは鉛試薬を対応するスズ化合物から調製しているが、各種金属試薬で検討の結果、リチウムアセチリドと四酢酸鉛から調製した鉛試薬を用いると、より効果的に-アルキニル化を行えることが判った。すなわち本法は操作の簡便性に加え、Pinhey法では満足のいく結果を与えない鎖状及び立体障害の大きな環状ケトエステルにも適用できる。 3.-(Z)-1-アルケニルケトンの改良合成と(-)-ペリプラノン-B鍵中間体合成 -ケトベンジルエステルからの-アルケニルケトン合成では、エステル部除去の際基質に対して過剰量のRaney Niを必要とし、また基質が無置換エノンの場合にはエノン部が還元を受けるなど改良すべき点が残されていた。そこでアリルエステルが緩和な条件下Pd触媒で除去できることに着目し、-ケトアリルエステルからの-アルケニルケトン合成を試みた。しかしながら、Z体の合成に関しては-アルキニル化に続くLindlar還元の際、アリル基の二重結合が還元を受け、目的の変換を行うことができなかった。そこでエステル部をかさ高くすれば二重結合が還元を受けずにすむのではと考え検討を加えたところ、3-メチル-2-ブテニルエステル(プレニルエステル)を用いた場合にエステル部二重結合の飽和を全く伴うことなく、アルキニル基をZ配置のアルケニル基に変換できることが判った。Liodlar還元に続くプレニルエステルの除去は辻法すなわちPd-HCO2HNEt3で行うと脱アルコキシカルボニル化が二重結合の異性化を伴うことなく円滑に進行し、-ケトプレニルエステル18から三工程による-(Z)-1-アルケニルケトン20の改良合成に成功した。従来法では満足のいく結果を与えない無置換エノンについても目的の変換が効率よく行える点は、本法の大きな特徴である。 森らは、位に(Z)-アルケニル基を持つシクロヘキセノン誘導体26を重要中間体として、ワモンゴキブリの性フェロモンである(-)-ペリプラノン-B27の全合成に成功している。そこで筆者は新たに開発した方法をこの鍵中間体合成に適用した。 4.-アレニルケトンと2,3,5-三置換フランの合成 -ケトアリルエステル28にアルキニル鉛(IV)トリアセタート12でアルキニル基を導入後Pd-HCO2HNEt3で処理すると、まず-アレニルケトン30や-アルキニルケトン31が生成したのち徐々に異性化し、2,3,5-三置換フラン32が高収率で得られることを見出した。 |